Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第22話 聖杯問答(丙)

 

「いいだろう。私の夢を聞かせてやる。ブリテンの再興──選定のやり直しによる、我が故国滅亡の否定だ!」

 

 なにも恥じることはない、とでもいうようにこれまでとはうってかわったきっぱりとした大声で言い放った。

 

「はっはっは! おいおい、聞いたかよライダー。この小娘、よりにもよってやり直しと来たぞ。これほど愉快な道化など、早々いない! あっはっは」

 

 そして、アーチャーは笑い転げる。

 

「……セイバー。おぬし、それは本気か?」

 

 ライダーはアーチャーをちらりと見やって、沈痛な声で問う。同情している、のか。まるで傷ついた小鳥でも見るかのように痛々しげな視線。

 

「まあ、これが小話の類だったら我が宝具をくれてやってもよいのだがな。まったく、見事な笑い話だ。現代でこれほどに笑える話ができる奴が他にいるかよ。くっく──」

 

 アーチャーは笑いを収める様子はない。

 

「アーチャー貴様、ここで叩き斬るぞ!」

 

 ガン、と不可視の剣の柄を石畳に叩きつけた。

 

「まあまあ、落ち着け。そうトサカを立てるでないセイバーよ。で、選定のやり直しということは、その言葉の通りか? 自分が王であったことをなかったことにしたい、と」

「──そうだ、ライダーよ。何の不思議がある。我々英雄は故国に身を捧げた。ならば滅亡を回避したいと思うのは当然ではないか。王たるものならば、身を挺して故国の繁栄を願うはず!」

 

「いいや。違うぞ、セイバーよ。王が捧げるのではない。国が、民草がその身命を王に捧げるのだ! ……断じて、その逆ではない」

 

 一喝した。セイバーは一瞬だけ委縮してしまい。

 

「それは暴君の治世だ! そのような世こそ否定されなければならんとなぜ気付かん!?」

 

 激昂した。あまりにも堂々と言い放たれて唖然とした──が、考えてみればそれこそ暴君の姿である。民を不幸に落とす暴君の戯言である。認めるわけにはいかない。

 なぜなら、そんな暴君が存在するからこそ、自分が清廉潔白なる王にならねばならなかったのだから。

 

「我らは暴君であるがゆえに英雄だ。だがな、セイバー。自らの治世を──結末を悔やむ王がいるとしたら、それはもはや暗君だ。暴君よりも始末が悪い。貴様は今、家臣の誇り、忠義、生き様、彼らの人生の全てを否定したのだぞ!」

 

 そして、続く言葉に背中に氷柱を入れられたような心地になった。悔やんだのは本当で、国が滅んだのなら再興を望むのは当然だと思っていた。だが、それは自分に忠義を尽くしてくれた騎士たちを否定することになる? 

 確かに選定の儀をやり直せば、彼らとの絆はなかったことになる。彼らは歴史から消える。──いや。

 

「イスカンダル、貴様とて世継ぎは葬られ、築きあげた帝國は三つに引き裂かれて終わったはずだ。その結末に何の悔いもないというのか」

 

 自分が間違っていて、だから正しい者に王の座を譲り渡せばブリテンの滅びは回避できると信じている。そして、付き従った騎士たちもまた悲劇の結末をたどることなく、新しい王のもとで栄光のうちに生涯を閉じるはずだ。

 そう、消えるとしたら自分のみと──他の結末など想像できるはずもない。彼らの誇りや生き様を地に落としたままにしておけるはずがなかろうが!

 

「──ない」

 

 その言は自信に満ちていて、はっきりと本心を告げていた。

 

「……っな」

 

 馬鹿な。子孫も帝國も泡沫の夢と消えたことを肯定するのか。なぜそんなことができる? 自分を信じてくれた者の滅びを許容できるというのか。馬鹿げている。国が消えたのが、別にそれで良くて変える必要はないと?

 

「余の決断。世に従った臣下たちの果てに築いた結末ならば、その滅びは必定だ。悼みはしよう。涙も流そう。だが、その滅びは決して悔やみはしない」

 

 なぜ、そんなことができる? 滅びを悔やまないなど、まるで──ああ。自分に恥じることが一切なかったようではないか。

 

「そんな」

「いいや。その点については俺は支持するぞセイバー」

 

「……キャスター」

 

 肯定されたライダーは苦い顔に変わった。まあ、甘粕になんか賛成されたくはないだろう。

 

「もし日本帝國が滅んだとして、まあ滅んだのであろうがよ。俺がいたころの日本と、今の日本は別物だ。アメリカに滅ぼされた我が故国を悼むし、核なぞが落とされたことには歴史を変えたいとも願うさ」

「……キャスター」

 

 その声には、まさかあなたがまともなことを言うなんて、という驚きに満ちていた。

 

「ああ、滅んだ故国を取り戻したいと願うのは当然だ。それで、歴史を変えたいというのもいいだろう。タイムパラドックスだの歴史の改変だのと自称常識人たちは鬼の首を取ったように責めるであろうが、叶えたい願いがあるのだ。それを実現させようとして何が悪い?」

「……」

 

「だがな、騎士王。貴様、何を他人任せにしている?」

「──ッ! 他人任せだと!? 私は、私自身の手で聖杯を掴もうとしている! 誰に頼るものか──私の願いは私の手で叶える」

 

「それは嘘だな」

「この私の願いを愚弄するか!」

 

「故国を救いたいというおまえの願いは素晴らしい。失ったものを取り戻したいと思うのは必然で、そこで王として民草のことを考えることができるというのは理想の王のあるべき形の一つなのだろうさ。そうとも、やり直しを願うことのどこが悪い」

「その通り。故国の滅びを取り戻したいと思うのは必然。幸福の中で息絶えることを望まない人間などいないし、国とて同じでないはずがなかろうが」

 

「お前の言うことは一々もっともらしいな。だがな、俺が言っていることはライダーとは違うぞ。俺はな……選定のやり直しを望むのが気に食わんと言っている。貴様、なぜ自らの手で滅びを回避しようとしない?」

「──あ。な……いや、それは……」

 

 考えたことがなかった。

 

「願うならば、選定ではなく治世のやり直しであろうがよ。もしくは後継の選抜。貴様、何を見知らぬ他人に願いを託している。自分の目で見極めもせずに、選定の剣とやらが抜ければそいつはブリテンを救ってくれるのか? 愚かな自分は身を引くと。ふざけるなよ、騎士王。貴様、自分の誇りをどこへやった!?」

「いや。そんな馬鹿な。私は──私は、そんなつもりでは……」

 

 ない、とは口に出せなかった。

 

「……そこまでにしておいてくれんか。さすがに哀れに過ぎよう」

「では征服王よ、お前の願いを聞かせてもらおうか」

 

「ん? 余の願いは受肉だ」

 

 

 

「──ッはあ!?」

 

 大きな声を上げたのは近くの茂みに隠れている──普通に髪の毛や肩が見えていたが、本人だけは隠れているつもりのウェイバーが声を上げた。

 

「「「──」」」

 

 サーヴァント達の呆れた3対の視線を受けて口をつぐんでしゃがみこんだ。今度は全身が隠れている。……位置はバレバレだが。

 

「征服を願うのではないのか? 征服王よ」

「それではつまらんだろ? (さかづき)ごときに世界を取らせるなど、笑い話にすらならんわ」

 

 かっかっかと笑った。

 

「その点、セイバーの笑い話は上出来であったな。くっくっく」

「……アーチャー。お前なあ」

 

 いい加減、しつこい男である。

 

「ふむ。取り立てて思想もなく、所有物を守ろうとするだけのどこぞの小物よりもよほど良い夢だと思ったがな」

「キャスター。お前もういい加減にしとくれ」

 

「貴様とは、ここで決着をつけるべきだな。その狂った頭をぶちまけてれくる」

 

 アーチャーが宝物庫を展開する。

 

「ふむ。雑魚ならば、緒戦で落としておいた方がいいか。──下がれ、セイバー、ライダー。こいつは爆撃範囲はそう広くないが、さすがにそこまで近くに居られると危ないのでな」

 

 キャスターが宝具ロッズフロムゴッドを衛星軌道上に展開した。発射体勢に入る。

 

 一触即発──どころか、すでに西部劇の決闘めいた早撃ちに勝負が移っている。──先に的にぶち込んだ方が勝ちだ。

 

「……待てぇい! 貴様らに今一度それが王の有様か問わせてもらおう! 誇りを汚されれて泣き寝入りなど、王どころか男ですらない。だが、しかし──感情のままに剣を振るう有様が貴様らの描く王の姿であるのか!? そしてセイバーよ。無力な王など飾り物にも劣るぞ。何を呆けておるか。貴様など、王たる理想に縛られた小娘にすぎんということか」

 

 ライダーが一喝した。戦闘態勢に入っていた二人は動きを止める。

 

「王とは、誰よりも強欲に、誰よりも饗し、誰よりも激怒するもの。清濁含めて人の臨界を越えし者。そうであるからこそ、臣下は王に魅せられる。一人一人の民に我もまた王たらんと憧憬の火を灯すのが我が王道なり」

 

 暗に、このままバトル勃発で、勢いのままアクセル全開で突っ走って、王として恥ずかしくないのかと言っている。

 

「これが宴の最期の問いだ。そも、王とは孤高なるが否や?」

 

 これ以上は無理と判断したのだろう。馬鹿二人にぶち壊される前に聖杯問答を締めにかかる。

 

「──王ならば、孤高であるより他にないだろう……!」

 

 セイバーがうめいた。彼女が今宵一番の被害者だろう。想いを否定され、目的すらもぶち壊されるところだった。

 

「だめだな。全く分かっておらん。そんな貴様には余が今ここで、真なる王の姿を見せつけてやらねばなるまいて」

 

 景色が変わる。一面の砂景色へと。──そうとも、この場にいる馬鹿が二人だけなど誰が言った。

 

「ここはかつて我が軍勢が駆け抜けた大地。世と苦楽を共にした勇者たちが等しく心に焼き付けた風景だ。この世界、この景観を表すことができるのは、我ら全員が心に焼き付けた心象であるがゆえ。──見よ、我が軍勢を。死後、その魂は英霊として世界に召し上げられてそれでもなお余に忠義する伝説の勇者たち。彼らこそ我が宝具……我が至宝」

 

 “世界”が広がる。人間がその意志のみで世界を侵食する。

 

「──『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』」

 

 これぞ魔術の秘奥、固有結界。世界を己が心象へと書き換える究極に近い大魔術である。

 

「これでも我が軍勢と戦うか? キャスター、そしてアーチャー。どちらが先だ? ……共闘してもかまわんぞ」

 

 征服王の軍勢は一糸乱れぬ動きで行軍する。彼ら一人一人が英霊である。ゆえに、その総軍たるや一個の軍隊すらも遥かにしのぐ。

 

「誰がこの雑種などとともに戦うものか。──不快だな。帰る」

 

 本当に帰ってしまった。……徒歩で。

 

「戦場を共に駆け抜けた絆の具象か。素晴らしいとしか言いようがない。いいぞ、お前ら──歴戦の強者、そして生死を共にした仲間たち。お前たちの強固な絆を味わえるならそれもよかろうが、そういう空気ではないな」

 

 後ろを向いた。まあ、アーチャーと合わせてこの馬鹿二人は気分屋だ。ノリしだいでどこまでもはっちゃけるし、乗りづらいノリなら帰ってしまう。怒られて、それで逆切れして何もかも台無しにするようなチンピラ風情ではないのだ。

 

「──」

 

 戦う気が失せたのを見て固有結界を消した。

 

「ライダー?」

「帰るぞ、ウェイバー。聞くべきことは聞いた」

 

 マスターの首根っこを掴んで戦車に乗る。

 

「いいや。最後の問いに俺は答えていない。魔王として在りたければ孤独であるほかない。だが、勇者は仲間を持つものだ」

 

「キャスターよ。あなたの言葉は参考になった。礼は言わせてもらおう。どうブリテンを救うのか、答えが出たら貴様に聞かせることにしよう」

 

 もう顔など見たくないとばかりに背を向けて、声も苦虫を噛み潰したようなものであったが、それでもセイバーは前を向く。マスターがどうだのと言う前に、まず自分の心と向き合わねばならない。

 

「なに。良いものを見せてもらった礼とでも思ってくれ。お前とアーチャーが空亡に挑む様は実に勇敢であった」

「ほざけ。次に会った時が貴様の最期だ。覚悟しておけ、死にたがりの魔王よ」

 

「覚えておこう。理想に準じる少女よ」

 




次話で胃が痛くなるのは誰でしょう?
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