Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
とある工房の中。ランクとしては中の下といったところか。ただし、これがあり合わせで作った突貫作業だったことを知れば誰もが作成者の腕に瞠目することだろう。
工房の主とその従者が中央で相対している。
「ランサーよ、偵察の首尾はどうであったか?」
「は。遠坂の本城にて激しい争いが見られた他はなんとも」
「では、ランサーよ。お前はこの聖杯戦争に集った魔術師たちは三日間も何もしないでいる戯けだと思っているのか?」
「──いえ。おそらくは、各陣地にて機会をうかがっているものと思われます」
「では、最も消耗している陣営はわかったか? そして、すでに判明していた御三家以外の拠点を見つけることはできたか」
「主には弱ったところを襲撃するなどという卑怯な手段は必要ありますまい。あなたならば、全ての罠を打ち砕き、敵マスターを討つことができるでしょう」
「で、その間お前はどうするというのだ?」
「は。私は敵サーヴァントを討ってごらんにいれます」
「──は。できるのかね? 貴様に。キャスターにすら敵わぬその槍で何を貫けるというのだね、お前は」
「……マスター! その発言は撤回していただきたい。次こそ、あやつの首級を上げて見せます。確かに奴の魔術は脅威──しかし、奴の剣技の底はすでに見抜きました。次に見えた時が奴の最期でございます」
「まあよい。貴様がいかに無能であろうと、キャスターくらいは抑えられよう。お前は足止めだけしておればそれでいい。私がマスターを倒し聖杯戦争の勝者となる。貴様は聖杯戦争における三騎士──アサシンに次ぐ弱いクラスであるキャスターを抑えるくらいはできるだろうからな」
「……マスター」
「出陣の用意だ! あの卑怯者に忠罰を下す。待っていろよ、魔術師殺し──貴様の頼る近代兵器など、魔術師にとっては物の数ではないことを教育してくれる」
「──は。存分にお力を振るいください。私は、あのキャスターを討って汚名返上して見せましょう」
ことここに至っても、この主従は互いを見る事はない。まるで煙を見ているように本質を何も捉えちゃいない。
ここで攻めるという方向性に行ったのは間違いではない。切嗣にホテルごと工房を爆破されたために予備に用意した一軒屋に籠っているが、侵入者迎撃用の罠や使い魔ははっきり言って間に合わせの代物だ。
さらに言えば他の予備は全てホテルだ。ここらへんは魔術師というより現代人の感覚と言ってもいいだろう。もしくは金持ちか。
きちんとした住居でなければ耐えられないのだ。例えば雁夜は下水道を移動手段にすることで他マスターからの暗殺を、むしろ一般人にすら劣る彼の身体能力でしのいでいる。
だが、ケイネスは下水道に入ることを拒否するどころかその手段を思い浮かぶことすらない。同じように屋根のない生活というのも耐えられないし、それを発想することもできない。
こことて別に安全が保障されているわけではないのだが、ホテルに泊まったとてまた爆破されるだけだ。工房にするだけの下準備をする余裕はない。
この工房が破壊されたら、次に隠れることができる場所などないのだから。かと言って工房を作らないというのは選択肢には上らない。それはそれでケイネスの魔術が劣化する。
つまるところ防衛態勢の構築ができないのだから、打って出るのは英断である。
ここまで戦術的なことを述べてきたが、彼は別に戦術的に判断して攻勢を決めたわけではない。
そしてランサーも主が決めたから忠犬のごとくハイハイ言っているだけで、戦術的な有利とかは全然考えていないのだ。
そう、ケイネス=アーチボルトは女にいいところを一つも見せることができていないから出陣するのである。
ただし、これは彼だけの責任とは言えないだろう。遠坂邸の一件から三日間、両名は何もしていなかったわけではないのだ。確かに夢見る乙女は何もしていなかったが、彼らは寝る魔も惜しんで働いていた。
ケイネスには工房を整えるという大仕事をやっていたし、ランサーは命令のもとに偵察のため走り回っていた。
もっとも、ここでも主従の意識は完全に食い違っている。彼らが生きる世界観は断絶している。
それは老人が最近の若者はわからんとか言う程度のものではない。常識自体が異なっていても、話すことはできるというある種ねじれた環境にいる。
他の主従はある程度サーヴァントの手綱を握っているから問題ないが、ランサーの場合は放し飼いにされているゆえに対話がない。
……彼らの理解は己の形で閉じている。
ケイネスは思った。他の陣営を偵察し、探らせれば弱点はわからずともどの陣営が弱っているかくらいはわかるだろう、と。
実際、遠坂邸であれだけの騒ぎを起こしたのだ。一般人はあずかり知らぬことだろうが、魔術師的には大事件だ。この一件を知らぬものはそも魔術師ではない。……アサシンのマスターのように。
だからこの一件でサーヴァントやマスターたちがどれだけ弱っているのか調査させるつもりだった。あるいは脱落した者もいるかもしれない、と淡い希望も持って。
一方で、探索を命じられたランサーは思った。これは、次に戦いを仕掛ける相手を品定めして来いと命じられたのだと。
だから、体調が万全なサーヴァントを探しに行った。もちろん、薄汚い暗殺者であるアサシンなどは最初から除外している。また、敵マスターの城に深く踏み込むつもりもなかった。
戦うときは堂々と。主の前で一騎打ちをするのが当然だと思っていたから、戦闘になりそうな深入りは避けた。そんな調査でまともな情報が得られるはずがない。ただ屋敷や森の周辺、町の中をうろうろするだけで終わった。もちろん、ライダー陣営は影も形も見つけられなかった。
ケイネスからしてみればアテが外れたとしか言うほかない。情報が少なすぎてどうしていいのかわからないのだ。今分かっているのは5騎の敵サーヴァントの顔と御三家の本拠地くらい。そう、三日前から何も進展などしちゃいないのだ。
こんな状況で焦るなという方が無理だ。それ以外にも愛する女はランサーに夢中で自分のことなど眼中にないのがさらにケイネスを苛立たせる。
だから勇敢に攻勢を選択するのだ。女の目の前でかっこをつけるために。
それも必要なことだろう。彼女は今もランサーにメロメロで、色目を使って必死に尻尾を振っている。
ケイネス視点ではランサーも満更ではなさそうなのだ。あくまで彼の思うこと。そう思っているだけなのだが、そう思っているのなら本人にはそれが真実だ。ランサー本人の反論については聞いちゃいない。
大体、状況が詰んでいる。
大きな騒ぎがあったのに、なにもわからない。実際、どのサーヴァントが戦ったのかさえ判然としない。
遠坂の土地だから、遠坂が対応したのは間違いなかろうが、では遠坂のサーヴァントはどのクラスかというとこれはわからない。
この陣地とていつ攻撃を受けて破壊されるかもわからない。あくまで突貫、サーヴァントの襲来に耐えられるレベルではない。
わかるのは開催者連中の本拠地だけで、他のサーヴァントの所在もわからない。そもそもランサーは防衛に向かないサーヴァントである。
もう、これだけ不利な条件がそろってくれば笑えてくるものだろう。
とっととランサーを自害させて逃げろよ、なんて外野からは気軽に言えるかもしれないが本人はそう簡単に決断できるものではない。
状況がどうだというのなら、彼の背景も考慮しなければならないだろう。
目的は聖杯戦争を勝ち抜くことによって箔をつけることである。この時点で脱落することは家名そのものに泥を塗る結果になりかねない。
これでは婚約者を取られておめおめ逃げ帰った腰抜けになってしまう。時計塔などは少し弱みを見つければ鬼の首を取ったように叩く狸爺ばかりが生息している。
どれだけ屈辱的な仕打ちを受けるか考えたなら、五体満足で令呪も残っているのに棄権することは心情的にもできない。
ゆえに不利な状況を打開するために突撃を選んだ。とにもかくにも、盲目の主従はアインツベルンの結界へ突入することを決定した。
来襲と言いつつ攻めてない……