Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
「切嗣よ、ついに敵が攻めて来たぞ。さて、どうするね? 俺が出向いてもいいが」
魔王がニヤニヤと笑っている。
さてはこいつの差し金かと切嗣は疑うが、それを口に出しても意味がないことはわかる。こいつは目的が不透明だ。いや、人間に試練を与えるというところまではわかるが、それで何かが分かることなんてない。
何をするかわかったものではないのだ。この襲撃とて彼の計画の一部だと疑ってはいるものの、ではこれで聖杯戦争がどう動くかといえば予想が付かない。
「──アイリ」
だから警戒する。さすがにサーヴァント相手に何かを仕込めはしないだろう。ならば、何かの様子見か別の方向からの奇襲が目的かと当たりをつける。その方面は彼女たちに担当してもらうことになるだろう。アイリスフィールはうなずいて了解の意を示し、それを口にすることはない。代わりに甘粕に話していい範疇で説明する。
「本当ね。今、結界を破ろうとし始めた。かなりの手練れ……遠坂は除いていいから、おそらくはアーチボルトのマスターね。それにしても乱暴なやり方だわ。これほどの実力を持っているのなら、前準備さえ十全なら気付かれることなく侵入してこれたかもしれないのに」
とりあえず、目の前のことをきちんと片づける必要もある。甘粕に気を取られて全滅しましたでは笑い話にもならない。
「なるほど。ベルベットの仕業という線はないか?」
「ありえんよ。ライダーがこんな真似を許す物か。あえて言うならこれはドアの鍵を破壊して侵入するようなものだ。あの御人ならばドアごと壊す」
切嗣は甘粕の反論には何も返さない。徹底して何も聞かなかったふりをするのだ。その裏で最大限に警戒して一言一句から彼の計画を読み取ろうとする。
この場では二つの戦いが起こっている。アーチボルトへの防衛戦、そして甘粕との心理戦。気を抜けば殺られると、切嗣はひどく神経をとがらせている。
「それは、おそらくないわね。資料から見た限り、彼にはこの結界をここまで鮮やかに破壊することはできない。──破壊されたわ。隠ぺいも完璧。他マスターに介入される恐れはほぼないとみていいかもしれない」
「いや、そこは警戒しておこう。ケイネス・アーチボルトに注目しているマスターが居たならば、彼の行動を利用しようとしてもおかしくはない。アイリはここで結界の外の動向に注目していてくれ」
「あなたはどうするの?」
「僕は敵を叩きに行く。方針は変わらない。サーヴァントを囮として僕がマスターを無力化する」
「ふむ。俺と切嗣の初の共闘となるわけだ。──基本的に俺が注意をひきつけて、敵マスターが急所を撃ちぬくのがマスター殿のやり口だろう?」
「──」
ここで、切嗣は考えた。確かにそれが彼のやり方で、事実聖杯戦争が始まる前は──というより、甘粕なんかを召喚する前はおぼろげながらもそういう方針で行こうと思っていた。
──だが、それでいいのか?
はっきり言って、身の危険を感じる。何の他意もない、純然たる生命の危険である。
このサーヴァント、調子に乗って僕ごと敵を殺しかねんな。と本気で思っていて、事実としても間違っていない。
「いや、二手に分かれる。僕が敵マスターの相手をする。お前はランサーの相手をしろ。くれぐれも言っておくが、わざと逃がすなよ。お前がホテル爆破の際に奴らを取り逃がしたこと──あれが故意でも僕は驚かない」
結局、こういう結論を下した。まあ、間違ってはいない。敵魔術師と直接交戦するのは確かに危険だが、甘粕の攻撃の方がはるかに危険だと言うのは道理だ。
令呪の副次的要素としての縛りがあろうとも、甘粕は害意を持っているわけではない。“つい”やりすぎてしまうだけだ。
「はて、なんのことやら。俺はお前に逆らう気などないよ、切嗣。サーヴァントとして、お前の意思を尊重しよう」
「信用など置けるものか。大体、三日前の行動にしたって僕は納得していない」
「ふむ。さすがにアインツベルンの城の前で酒盛りなどはまずかったかね?」
「あそこで戦えと言うほど馬鹿じゃないさ。それに、酒盛りの前にやらかしたことを僕が知らないとでも?」
「ふ──マスターの懐の大きさには感謝するばかりだ」
凶悪な笑みを浮かべた。立場としては従だが、主には敬意を払ってはいても勝手に動くし命令にも違反する。しぶしぶ命令に従いながらもマスターを疎ましく思う通常の聖杯戦争の在り方とは全く違う。
「まあ、いいさ。しょせん、僕とお前の契約は聖杯を取るという共通目的によってのみ縛られる。絆だのなんだの馬鹿らしいことに付き合う気はない。僕はお前を利用する。お前は僕を利用する。それだけだ」
「いいや、切嗣。たとえ利害関係から始まろうと、人と人が関わればそこに絆は生まれるものだ。ゆえに、俺はお前のことを大切な友人だと思っているよ。むろん、アイリスフィールも。イリヤスフィールも同じく。大切な友人だ──幸せになってもらいたいと、心から願っている」
「──ッ! 黙れよサーヴァント。いい加減黙らないと、令呪を使うぞ」
「こんなところで大事な令呪を浪費されてはかなわないな。では、職務に励んでくるとしよう」
霊体化する。その状態ならアインツベルンの城を物質の縛りなく移動できる。まあ、もっとも霊体化なんてものは使わずともその程度はできるが。
「ああ、そうだ切嗣。ランサーだけでなくマスターも倒してしまって構わんだろう?」
言い残して、ランサー主従の元へ一直線へかけていく。
「信用できないから僕も出るのさ」
銃を取った。
「──切嗣」
今まで黙っていた舞弥が声を上げた。
「心配は要らない。すでにこの城には多数の罠が仕掛けてある。魔術師殺しの本領を見せてやる」
そして、妻へと向き直り幼子にするように頭を撫でて。
「正々堂々真っ向から不意討ってご覧にいれてやる。だから安心して待っていてくれ、アイリ」
切嗣はエントランスに立つ。
こういう時、魔術師は普通に扉から入ってくる。切嗣としては、普通は入り口ではない場所……できればどこかの壁を壊して入りたいし、目立つならば窓から入ることにしているのだが。
魔術師なんて間抜けな連中だと思う。まあ、戦いを生業にしていないから甘いのは当然なのかもしれない。
敵の位置はアイリスフィールが把握して無線で伝えてくれる。万が一なんてない。あるとすれば、敵の攻撃手段が予想外に強かった時だ。
とてつもない防御力があるのはホテル爆破の際の自由落下に耐えたことからも分かる。だが、攻撃の方はどうか。
敵が本気を出せば切嗣の魔術の腕ではあの防御を貫けないだろう。──防御しようがない切り札を除いては。
要するに、ケイネスは切嗣に情報を漏らしすぎた。逆にケイネスは切嗣が近代兵器を駆使することくらいしか知らない。
さらに言えば、甘粕とランサーの成績は1勝 1引き分けである。──すでに勝負がみえた戦闘が始まる。
「我が名は大日本帝国特高警察憲兵大尉、麹町憲兵分隊長──甘粕正彦大尉である。益荒男よ、いざ尋常に勝負!」
先鋒を務めるランサーの前に甘粕が現れた。それも、手袋を投げるというおまけつきで。
「これは──」
戸惑う。こいつは、こんなことをする奴だったか? 誇りを胸に正々堂々と一騎打ちを──だなんて。
「ランサーよ。いざ問おう、貴様に決闘に応じる気概はあるや否や?」
「否などと言えるものか。このランサー、いざ尋常に勝負つかまつらん。フィオナ騎士団筆頭騎士ディルムッド・オディナ──その決闘を受けよう」
疑問は抱いたものの、挑戦を受ければ勝負しないわけにはいかない。直前に抱いた不信は忘却の彼方へ去ってしまった。
「……ランサー」
猜疑をたっぷりと含んだ声はケイネスから。幸運にもそれは発破をかける結果になったようだ。
「マスターは魔術師殺しの元へ。こやつは私が仕留めて見せます」
自分を信用してくれない。それがランサーの悩みであるから、ここでそれを得る良い機会だと奮起した。
実はそんな次こそは、などという態度が無責任に見えるから信用できないとは考えもつかない。
「ふん──貴様のことなど信用しておらぬが、精々私があの無礼者に忠罰を下すまでは生き残ってみせろ」
「その言葉、ありがたくいただきます」
この状況、別に甘粕は考えがあったわけではない。ただ、この主従を実際に見て、このノリならば1対1の方が楽しめそうだと思っただけ。亀裂の入った絆などに興味がないというだけの話である。だから、ケイネスは見逃した。
「「──おおお!」」
ランサーと甘粕が激突する。
聖杯戦争でこれほど険悪な主従が居たでしょうか。