Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
ある寂れた家。そこは見捨てられたとしか思えない場所。表通りに比較的近く、しかしここには人っ子一人見えない。
なのに、多くの気配が息づいている。それは明白な矛盾である。見つかりそうでいて、しかし見つけること叶わぬ隠れ家なのだ。
「──む。これは」
そこに侵入してきた神父服を着ていた男は眉をひそめる。何か嫌なものを嗅いだような、いや、そのものだ。腐敗臭に据えた臭い──人として嫌悪感を掻き立てざるをえない臭い。彼も人としてまっとうに憎むことができた。この瞬間までは。
「……あ」
見てしまった。そして、嫌悪は歓喜へ反転する。知らず知らずのうちに恍惚とした笑みまで浮かべている。
ああ、自分はなんて最悪な人間なんだと……それから目を離せない時点で確信できてしまう。
「子羊たちよ……」
犠牲になっているのは子供たちだ。その時点で人ならば義憤を抱くはずであり、それを美しいと思うのは人間としてあり得ない。畜生にすら劣る悪魔のような性情。地獄に落ちろ、と綺礼は自らを唾棄した。
「おお。これは──なんと、甘美な」
だから、これは異常だ。
子供たちが装飾品にされている。生きたまま肉を削がれ皮を剥かれて内臓を抜かれて加工され、苦しみに喘いで己が醜さに泣き果てている。
彼が見ていることを悟った瞬間、この子たちは痛ましげに顔であったらしき部分を歪めてキンキンと高い声で絶叫する。魂さえも凍らせてしまうようなおぞましい地獄からの叫びであった。
なんと悲惨な光景だ、と思わない人間は今すぐ地獄に送られるべきだ。
ゆえに、ここに居る異端者を殺せ。それがお前の信仰だろう。ならば、
綺礼は己がどうしようもない人間以下だと自覚して。
「ああ、私はどこまで堕ちる気だ?」
頭ではそう考える。
だが、感情はそう言っていない。殺せ殺せとやかましくさえずる自分の脳髄など知らんとばかりに食い入るように目の前の光景を見つめる。
こんなものをありがたがるなど狂気の沙汰だ。ああ、この光景を作り上げたやつも、それを賛美するやつも狂っていると自戒する。
「……きれいだ」
だが、ダメだ。感動が抑えられない。
ゆえ、自分は最悪なのだと理解した。理解したくもないことを、完全に理解し納得した。それが言峰綺礼という人間。
その魔性たるや犬にも劣る劣等悪魔なのだと、深く絶望した。
「──これは意外よな」
その声が聞こえた瞬間、外面を取り繕う。
彼の刃を身に受けないかという身の危険よりも何よりも、この卑賤な笑い顔を見られることが嫌だった。焦って思考がまとまらない。
とはいえ、この身は言峰綺礼。魔性が外面を偽ることができなくてどうする。
「征服王、あなたか。残念ながらこの工房の主は外出中のようですな」
相手はどうやらライダー。それも戦車に搭乗中らしい。
こんなところで相手ができるサーヴァントではない。ここは工房で、逃げ場がないのだ。戦いとなったら、一か八かマスターを狙うしかないだろう。
……相打ちならば、取れる確率は低くないと踏んだ。
「ふむ、残念なことかどうかはわからんがな」
そんな状況で彼は、なんというか真面目な顔をしている。この犠牲となって苦しんでいる子供たちを悼んでいるというわけではなさそうだ。この行為を肯定しているなどということはあり得ないだろう。ならば、どういうことか。
「私を警戒しているのか? 英霊が警戒するほどでもないと思うが」
いけしゃあしゃあと抜かした。人畜無害な神父の顔を装う。綺礼とて、喜んで相打ちになりたいわけではない。
「まさかな。お前の鍛えられ上げた肉体が脅威でないと余が思うと? 小僧を守らねばならんし、そして余一人であっても油断できるとも思えんがな」
「買い被りを。私はただの元聖職者ですよ」
「一度でも聖職に着いた者があのような顔ができるものかよ。聖職以前に──おぬし、本当に人間か」
「──ッ!」
……ッ見られた! 殺さなくては、と瞬間的に戦闘態勢へ移行しかける。
「やめい! 貴様が攻撃を放った瞬間、この戦車が貴様を轢き殺す」
ライダーの殺気が綺礼を止めた。
「……私のようなものは潰されて打ち捨てられるのがお似合いか」
沸騰しかけた頭が冷えた。気を取り直して、呟いて、黒鍵を4方の子供たちへと放つ。ライダーもさすがに対応できない。
というか、そこからの攻撃への警戒こそが肝要。不意を突いて逃げ出せればと思ったがライダーは油断なく敵を見据える。
「やはり、手練れよな。その凶悪なる気質さえなければ余の仲間に引き入れたいところであった」
「聖職者として、あのようにかわいそうな者を放っておくことなどできませんよ。哀れな子羊に神の慈悲を」
「確かに、ああなっては死んだ方がマシよな。しかし、その顔では説得力があるまい。そもそも、本気でそんなことを思っているわけでもあるまいに」
「……そんなことは」
火が燃え広がる。黒鍵は子供たちの急所を貫いて痛みすら与える暇もなく絶命させた。そして黒鍵に付加された火葬式典により、文字通り火葬されて跡も残らない。
残るのは灰と化したこの工房の残骸のみ。そして工房に火が回るまでの時間はあといくらかのみ。
「一つ聞こう。なぜおぬしは人間の世界で暮らしてこれたのだ?」
「それは……」
考えて。そうだ。なぜ自分のような畜生が生き残ってこれたのか。こと戦闘にかけては代行者を務めていた手前、人語に落ちぬ自信がある。
だが、そういうことではない。自分は落ちたのではないのだ。初めから堕ちている。堕落している。人が快いと思うものに全く共感できなかったのがその証ではないか。
「私が私であると気付かなかった理由──それは」
我が父か。偉大なる我が父の子がこのような畜生であることは許されないと幼少の時から自覚していて、だから目を背けていた。背けていた? ならば、我が人生であった問いの答えは初めから出ていたのか。それを認めたくなかっただけで。
「征服王。あなたは多くの部下を持っている」
「その通り。皆、自分で世についてくることを選んでくれた英雄だ。誰に恥じることもなく己が生き様を貫いた者たちである」
「ならば、その者に自らの性質に背いた者がいるか? 征服王、あなたは信仰のために自分に背を向けた者をどう評価するか聞かせてもらいたい」
「余の配下に自らに背を向けた者はいない。だが、信仰のために自らの性質に背を向ける者がどう扱われるべきか──な。難しい」
「否定するのではないのか?」
「もちろん、欲のために信仰に背を向け凶行に走る者は許せん。それはもはや人の道から外れた外道よ。討伐するしかない。だが、畜生の性を持ちながらも信仰に生きる者をどうすればよいのかは何も言えん」
ライダーは首を振って嘆息する。
「それは苦しい道であろう。そして、そいつが自身に負けたら民草がどれだけ恐怖し、嘆くことか。だがな、耐えているならばそいつを見捨てるのは違うだろう。しかし、いざというときに苦しむのはそやつではなく民草よ」
「なるほど。リスクの考えか。一人より百人を選ぶ。だが、それだけか? 確かに王としては殺してしまった方が面倒がなくて、しかし人として罪もない人間を予防のごとく殺すのは抵抗がある。と──貴様がそんな普通の民草のようなことを言うとは驚きだ」
「ぬう。そう来たか。つまりアレか。余は余らしく──征服王としての答えを出せということか」
「そうしていただければありがたい」
「ふむ──ゆっくり考えたいところだが、いかんせん火が回ってきて時間がないな。よし! では余らしく豪快な答えを返してやろう。おぬしはおぬし。他は他だ。それが許せないならば、絶対にするな。他人が何と言おうと関係ない。自分で決めて自分で背負え。余の夢は我が部下全ての夢であり、等しく背負うもの。だが、おぬしの夢は一人でしか背負えぬ類のものであろう」
「余が言えるのはたった一つ。 夢を決して諦めるな! やると決めたのならやり通せ。それがどんなにつらく厳しいものでも。……それが男と言うものだろう」
はっは、と締めくくる。
「なるほど。参考になった。しかし、英雄は皆、やると決めたことは最期までやれと言うような決まりでもあるのか?」
「ふん。そんなもの──やると決めたことをやりとおせず後悔したような輩が偉業など打ち立てられるものか。諦めるのは賢いやり方かもしれんがな、それは我々の生き方ではない。お前はどういう生き方を成す? 己が魔性に反して聖職を歩む者よ」
ライダーは綺礼を向いて、答えは返したとばかりに威張って見せる。そして離脱した。
万が一、マスターを殺されるようなことがあってはならない。安堵したような、しかし納得のいかない顔をした綺礼はそれを見送った。
十分にライダーが離れた後に、彼も炎上する工房から脱出する。
「坊主、なぁにをしょげておる! さっさと帰るぞ」
空の上、ウェイバーは足下を見ている。言峰はこの光景に言葉を失ったのだろうと推測していたし、実際犠牲者たちを見て吐き気を覚えたし気絶しそうにもなった。
けれど、彼は要領がよければ頭の回りもいい。ここで言峰綺礼がマスターであるという事実を知られることがどういう結果を生み出すのかを、この時点では綺礼は知らない。そして、遠坂もこの事実を知ることはない。