Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第30話 大海魔始動

 

「ランサー」

 

女が情欲を込めた声で傍らの騎士へと声をかける。

 

「は。ソラウ殿」

 

答える声に気を良くした彼女は童女のようにはしゃぐ。

 

「ねえ、ランサー。私の魔力はどうかしら?」

 

とろけるような笑みを浮かべている。もっとも、その笑みは遊女のそれでランサーとしては見るに耐えない。

黒子の魔力にやられた女がよく浮かべる表情で、正直うんざり以外の感情はないが一応相手は女なので笑みを浮かべて見せる。それが女の気をよくさせてさらにべたべたしてくるという悪循環。

 

「以前よりレイラインをソラウ殿とつなぎ、あなたから魔力を得ていたので変わりはありません。そしてケイネス殿が持っていた令呪をあなたが受け継ごうと我が主はケイネス様です。その意味では全く何も変わらないかと」

 

不快感しか感じなくても耐える。相手は主の妻なのだから失礼なことはできないと考え、しかしそれを振りほどかないことは主に多大なる不信を抱かせる。

けれど振りほどいたところで、その行為は女の精神に大いなる悪影響を与える。どっちに転んでも騎士の存りかたを揺るがされる。

 

「あなたはケイネスに対して何か思うところはないの? アインツベルンに挑んで、挙句にあの様。あなただって、何の策もなくキャスターと戦わされて大きく消耗したのでしょう?」

 

しなだれかかる。ランサーが嫌な思いをしているなどと想像すらしていない。どころか、ああランサー様が私のことを受け入れてくださったなどと幸せな妄想に浸っている。

彼女の視界ではランサーは優しい笑みを浮かべているのだ。実際には引きつった笑顔もどきだとしても。

 

「いくら奥方と言えど、ケイネス殿の悪口は慎んでいただきたい。アインツベルンとの戦いの結果は一重に私のいたらなさゆえ」

 

実際、その通りではある。情報が全くないから馬鹿なことをしたのだ。ランサーがもう少し情報を集めていたら、この聖杯戦争が正道とは程遠いことが分かるだろう。そして、その中で表だって動くのが悪手だということはすぐにわかる。

 

「まだ脱落したサーヴァントはいないのよね?」

 

むむ、と顔を歪ませて話を逸らした。この恋に浮かされた女に戦況の判断などできはしない。

ランサーなら勝てると思って、だから自らが聖杯戦争を勝利することを疑っていない。根拠? そんなものはランサーだからでそれ以上は必要ない。そこから先の考えなどないのだ。

 

「サーヴァントの脱落は確認できていません。しかし、相手の事情が分からない以上は楽観的に考えることは厳に戒めるのがよろしいかと存じます」

 

ランサーはもう少し現実的にものを見ている。この状況はランサーの陣営だけが一方的に不利に傾いている。

ダメージが残っているサーヴァントはランサー含めて4騎。だが、マスターに酷いダメージがある陣営は自分だけ。状況は不透明で、先は見えない。

 

「しかし、7つ巴なのでしょう。いづれかのサーヴァントが倒されていてもおかしくないと思います。聖杯戦争は魔道の腕を競う場であるはずです。工房に閉じこもっていては家名に傷がつきましょう」

 

口をとがらせる。

惚れた男が弱音を吐くのなんて見たくない。きらびやかな活躍をして、ああ自分が惚れた男は何と素晴らしいのだと賛美させてほしい。

情けないランサーなんて私が惚れたランサーなんかじゃないと憤慨する。騙された気分だ。

 

「この聖杯戦争はどうやら趣を異にするようです。その上、アサシンが騒ぎを起こしているとか」

 

もっとも、そんな女の感傷など気にもせずに聖杯戦争は進む。悪意を持って、全てを飲み込もうとうずいている。

 

「聖堂教会のお触れですか。さすがにあそこまでの事件は隠し切れないみたいね。でも、狂犬を始末するのは下々の人間のやることです。私たちは正々堂々と挑んでくるサーヴァントを蹴散らせばいい。……違いますか?」

 

何度も繰り返すが、ソラウの考えなどこの程度だ。まあ、家に婚約させられた男の道楽など知ったことではないなどと考えれば当然だが、ここは戦場なのだ。すでに誰が始めたかなど問題ではない。

 

「ですが、アサシンは無辜の子供たちを手にかけていると聞きます。あのような下種な人間を対峙することも騎士の役目です」

 

ランサーは本当に犠牲者を許せなくて――そしてそれはソラウから見れば物語の騎士様のようでかっこうよくて。だから。

 

「――ランサー、いいでしょう。令呪を手に入れれば作戦の幅も広がります。ともに町へ参りましょう」

 

許した。

この女の思いは一つ。惚れた男のかっこいいさまを見たい。ここが戦場であることなど気づいていないかのような女は、童女のようなあどけない笑みを浮かべる。

 

「いえ、ソラウ殿にはここに居て欲しく……」

 

こんな女を最前線に連れて行けるわけがない。殺されたことにも気づかずに死んでしまうに違いない。決闘は家名を名乗ってから、なんて魔術師の作法を守る輩ばかりではないのだから。

 

「なぜかしら。確かに私はあなたに魔力供給をしている分、使える魔力は少ないわ。だけど、足手まといにはならない。一緒に居させて」

 

しかし、この女はそんなことは眼中にない。戦力など度外視して、ただ惚れた男と一緒に居たいから同行を迫っている。

 

「私はあなたに危険な場所に足を踏み入れてほしくはないのです。わかってくれませんか」

「――ランサー。ええ、わかりました。私はここであなたの帰りを待ちます」

 

ちょろい。こんな女にいつも悩まされていた分、あしらうのは慣れている。

 

「荒事は私にすべてお任せを。アサシンを倒し、聖杯戦争における先駆けを果たし、そして令呪の一画を捧げましょう」

 

ひざまずき、手の甲にキスをした。

 

「……ッ!」

 

私の惚れた男はなんとかっこういいのでしょうと嘆息して、その直後にびくりと身をすくませる。

 

「どうしました、ソラウ殿?」

「すごい魔力を感じました。これは――」

 

「む、この魔力……アサシンか。あやつめ、何を始めた……?」

「わかりませんが、ここまであからさまに魔力の波動を放つとは……おそらく隠す気もないのでしょうね」

 

「まずい、ですね」

「ええ。聖杯戦争そのものの存亡を左右しかね――」

 

それは魔術師としての当然の考えだ。とはいえ、ランサーには受けが悪かったようだ。笑顔が固まったのを見て言葉が途切れる。

 

「犠牲者がどれだけ出るのか。想像するだけで震えが止まらない」

「はい。あの者は残虐の限りを尽くす最悪の魔性。けれど、ランサー。あなたなら彼の恐怖から人々を守れるはずです」

 

だから、恋に恋した女はあっさりと手のひらを返して騎士の道を褒め称える。

 

「ソラウ殿。その信頼にこたえて見せましょう。ここでご覧になっていてください。我が雄姿を」

「はい。お見せください」

 

そして、ランサーは魔力の源へと向かって行った。

 

 

 

「――馬鹿な。これは……とんでもないぞ」

 

上空から”それ”を見たウェイバーは心の底からおののく。なんだ、これは。ありえないぞ、こんなもの。こんなものを人間が想像できるのかと。

あれを操るアサシンは反英雄である。正しいものに背を向け、その非道なる行いで人々の記憶に傷跡を残したもの。しかし、それでも反英雄は人間なのだ。

――人間がこんなものを召喚できるわけがない。

 

これは人間の理から外れたものだ。醜くもおぞましい、最悪の臭気にまみれた粘性のものがうぞめく。忌まわしき奇怪なる宇宙的な恐怖が地獄の深淵より冒涜的で病的な嘲笑を投げかける。

 

でかい。触手。吐き気のする瘴気に蠢く山。それぞれの特徴を一つずつ抜き出してみればそれは取るに足らないものでしかない。

だが、それらが悪魔的な結合を果たせばああなる。本能的な忌避感をかきたてる人間にとっての恐怖であり。そして死でもある。

 

「むぅ。そうよな、確かにとんでもない。のんびりと観賞できる身分ならば気楽なものかもしれんがな」

 

豪胆なライダーですらもその顔に嫌悪を隠し切れない。戦いたくない、なんて思ったのは初めてかもしれない。

だが、あれに襲われる民のことを考えれば逃げることなどできようか。顔を背けることはしない。

 

「馬鹿なことを言うなよライダー。どう見たってあれは人間に好意的なわけがあるかよ。絶対に人を喰い殺す怪物だろう、あれは」

「どうする? あれを放ってわくわけにいかんとは見上げた心意気だな。余もそう思う。だがの――無策で立ち向かっていって倒せるような怪物ではあるまい」

 

「そう……だな。ああ、考えてみれば当たり前の話だ。でも宝具を使えばアレの3割くらい吹き飛ばせるんじゃないか。これに乗ってる僕らがどうなるのかは知らないけど」

「安心しろ、触手に捕まらん限りは問題ない。だから触手に捕まってくれるなよ坊主。助けられるものなら助けるが、捕まった瞬間に魂を吸われてもおかしくないぞ」

 

「だよな。くそッ! しかも3割くらい消し飛ばしたところで回復しそうだな。ビジュアル的に」

「ビジュアルがどうだかは知らんが、あれはおそらく魔力供給によって増殖しているのであろう。で、あるならば魔力さえあればいくらでも回復できるし殖えることもできる。その可能性は高い」

 

「――あれは? ッ馬鹿野郎!」

 

空に黒い点が浮かぶ。どんどん近づいてくる。

 

「お? おお! あれは噂に聞く戦闘機ではないか。一つ欲しいものよ」

「お前も馬鹿か! 相手はあの化け物だぞ。そんなものに戦闘機でどうするってんだよ。どうせミサイルの一つか二つしか持ってないんだろうが。そんなことより避難誘導とかやることあるだろ! というか、ミサイルくらい基地から撃てよ! それと、観察するなら衛星とかないのかよ!」

 

ギャアギャアと吠え立てる。まあ、文句を言っても誰にも届くわけがないのだが。

 

「攻撃するようだぞ」

「ああ――馬鹿!」

 

2機の戦闘機のうち、片方が近づいてミサイルを放った。触手をまとめて3本ほど消し飛ばし、そして触手は即座に回復した。

戦闘機は化け物近くを旋回した隙に捉えられ爆散する。もう一機も同じ道をたどった。

 

「喰われたな」

「やっぱり効かない。ていうか、回復能力というより増殖能力か――厄介だな。それに、日本の軍隊があんな迂闊な真似をするものか……?」

 

「うん? どういうことだ。自国に化け物が現れたら退治するのが軍隊だろう」

「それはドラマとかアニメとかの話だよ。アメリカあたりならそうするかもしれないけど、日本は平和憲法だか何だかがあるんだよ」

 

「……そういうものか」

「というか、それがなくてもミサイルが当たったときに爆散した細胞がパンデミックを引き起こすかもしれないことを考えずに攻撃だなんてうかつな真似するか? 未知の病原体はあの化け物にはいませんなんて、そう思う方がどうかしてる。魔術で生み出されたものと知っているわけがないんだから。するべきは撃破ではなく隔離。それがわからない奴が人の上に立っていいわけがない。だからこれは命令されたことじゃない。きっと、軍人が功を焦ったということでもない」

 

「おいおい、坊主。つまり何を言いたいんじゃ。寝るぞ、余は」

「つまり、あの化け物は精神汚染波を発している。普通の人間は近づかれただけで狂う。めちゃくちゃな行動を取ってしまう。だからつまり――なんだよ、それ! ふざけるなよ、コンチクショウ!」

 

目の前で、巨大な海魔は陸へと……人間の方へ近寄っている。

 

「どうした?」

「あいつは、人間を喰う気だ! 今はまだ川の中にいるけど、陸に上陸したら当たりの人間を喰い尽くすぞ。しかも、精神汚染された奴は自分から喰われに行く――くそ。最悪じゃねえかよ……ッ!」

 

握りしめた手がぶるぶると震える。そんなことが許されるものか。人間が尊厳もなくただ化け物に踏みにじられ喰われて殺されるなどと。ふざけるなよ……化け物が!

 

「坊主、しっかりせんか」

「あでっ」

 

でこぴんされた。吹っ飛ぶかと思った。

 

「そうなら、余があの化け物を倒せばよいだけの話だ。しっかりつかまっていろ!」

 

空中をかける戦車が触手どもを蹂躙する――

 




超長い大海魔編の始まりです。
ソラウは全く助けになりませんね。人間サイドで頼りになる頭脳ポジションはウェイバー君しかいないという最悪な状況。あとは脳筋とかむしろ手伝わないでくれと言いたい面子しかいない……
がんばれ、ウェイバー君。
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