Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
「決着をつけるぞ、アサシン」
セイバーが立つ位置は岸まで20m。この距離を許せば人が喰われる。それは騎士として容認できず、さらに戦略の崩壊を意味する。
「貴様は、聖杯戦争に呼ばれるべきではなかったのだ……!」
遠くから見たが、一本一本の触手に違いがあるとは思えない。全てに感覚が通っていて、そして全てが使い捨てできる数多のうちの一本にすぎないだろう。
「……は!」
もっとも近い一本を斬り飛ばした。でかくなっている分、小さい海魔よりは硬い。いや、これは柔軟で、それでいて刃を通さない軟質の素材だ。とてつもなく斬りにくい。以前に率いていた我が騎士達でさえ、これを両断できるものが何人いるか。
「ちぃぃ! 中々手ごわいな」
ハンマーのように剣を振り回せば切れるような生易しい代物ではない。ゆえ、剣を振り終わった体勢から両脇に迫る二本の触手は斬れない。
斬るには力を込めて振り下ろすか、体への負担を承知で魔力放出を多段にかけて無理やり斬り飛ばすかしない。
「……だが」
大海魔の触手はぬるぬるしていて柔軟……捕まったら抜け出すのは難しい。斬ることもできないが、しかし吸盤はなく鱗もない。とてつもなく厄介であるのはわかりきっている。だが。
「あの龍神に比べれば、どれほどのものか!」
跳んで、触手を台にしてまた跳躍する。
その際に触手の一本を斬り飛ばしておく。龍神ではこうはいかなかった。龍神本体は触ることですら死を意味するし、周りを乱舞する百鬼夜行は台にするには脆すぎるし、第一こんなものとは比べ物にならない速度があった。
それに比べれば、触手の群れの中に突入することなどなんでもない。
「この私を舐めるなよ!」
触手に着地し、その勢いをそのまま前転に乗せて着地に使用した触手を叩き斬る。曲芸じみた真似だが、触手に囲まれた状況ではしかたない。
さらに大海魔に近づいたため触手の密度が増して逃げ場がない。けれどそんなものは必要ない。
触手の切れ端を蹴り飛ばす。それでもセイバー5人分くらいはある。触手は仲間であったものでさえ貪欲に喰い尽くすが、その食欲が隙となる。
生まれた隙間に体をねじ込んで上段からぶった切ってさらに隙間ができるからそこに入ってぶった切る。
「海魔風情が、なにほどのものか!」
繰り返すほどに10度。大海魔の本体、卵状の部分にたどり着く。
「貴様の狂気、ここに断ってくれる」
聖剣が大海魔の本体を切り裂き──切った先から再生していった。刃がずぶりと刺さったところから、わずかに動かした分が丸々回復している。
「な──ッ!?」
馬鹿な。ありえない。なんと言う再生能力だ、これは。中身が全く見えなかった。これでは、いくら斬ろうがアサシンの所在を調べるなど──
「ぐぅ……」
いや、悠長に考えているべきではない。本体に叩きつけてすりつぶす勢いで触手が迫っている。
さすがに本体の横に立っていただけあって、逃げ場がない。触手が重なってどれだけの厚みがあるのかはわからない。
「暗い……な!」
そう、暗い。夕方とかなんらかの付与魔術とかそういうわけではない。重なり合った触手が光を通さず、上から2,3条の光が落ちてくるのみ。
つまるところ窮地である。右、左、前後──上でさえも逃げ場がない。一本の触手を斬ろうともそのまま押しつぶされるだけだ。
おそらく大小まとめて10本まとめて切り裂くくらいでなければ死中に活を求めることはできないが、それをするには単純にリーチが足りない。刃が触れない部分を斬ることなどできるはずがない。
「……」
だから、下。湖の乙女の加護を水蜘蛛などと一緒にしてもらっては困る。これはセイバーが歩みを水に阻まれるとことがなくなる加護。
決して、水に浮けるようになるだけなどという低級な代物ではないのだから。
「この時ほど湖の乙女に感謝したことはなかったかもしれないな」
沈み、そして水中を駆け抜けた。
触手は言っては何だが頭が悪い。獲物が水の下を駆けたなんてことが理解できるわけもないし、水の中に居る敵を攻撃するにして愚鈍に過ぎる。
かくして、セイバーは窮地より脱する。
「……ライダー!」
上を見ればライダーが触手を焼いている。どうやら本体には到達できていないようだ。
「おお、セイバーか。喰われちまったかと思ったぞ!」
「ぬかせ。誰があの程度の怪物に後れを取るか。だがな、あれの回復速度は少々度が外れている──ようだ!」
言葉の途中で触手が襲いかかってきたから切り捨てる。10mほど離れれば触手の攻撃は散発的になってしのぎやすくなるようだ。
もっとも、ここからでは攻撃が届かないが。
「なんと。先を越されたか」
「セイバー、どうした!?」
傍から見れば喰われたようにしか見えなかったから、ランサーが心配している。
「ランサーか。こいつの再生が早すぎる。お前の槍でも、おそらくは届く前に傷口は再生する……!」
「は、あまり俺を舐めてくれるなよセイバー。位置さえわかれば再生しようと海魔ごと貫くまで」
「頼もしいことだ。だがな、アサシンを探すことすら難しそうだぞ。これは──」
「ぬ──いったん退けい! もう一度戦略を立て直す」
「それしかなさそうか」
「おのれ、面妖な。これでは──いや、待て!」
最初に気付いたのは離れていたランサーだった。だが、残りもすぐにわかることになる。空間が歪んでいる。
「……消えた?」
ぽかんと呟いたのはウェイバー。そして、大海魔は再出現して野次馬がいる場所へ上陸する。
「空間転移──ふざけた真似を!」
ありえないだろう。空間転移なんて高等魔術だ。
海魔召喚の魔道書にそうそう書かれているものか。あれが相当高位なものだとしたら不自然というわけでもないが、それでも2つの魔術の同時に行使できるのかという疑問がある。
否。疑問があるどころか、この光景からそれを疑わざるを得ないだけで、魔道書でそれができるかと聞かれたら絶対に無理だと答える。二つの魔術の同時起動なんて聞いたこともないし、魔道書の力を最大限に発揮しなければならない高位魔術を二つ……?
「呆けるな、ウェイバー。ここまで事態は推移してしまった。大海魔の上陸は何としても防がねばならなかったが──今はきゃつのもたらす被害を減らすことを考えよ! 英雄たちよ、ここは死力を尽くして事に当たるほかあるまい!」
焦りを含んだ声が届く。これは窮地。
「──っぐぅ。ランサー、一秒でも多く……一人でも多くの人を守れェ! ライダー、私たちは人々を安全なところへ運ぶぞ!」
地獄が現出した。野次馬の集団、30人近くが大海魔の脅威にさらされている。
真上からへし潰されてペースト状になった友人の血と臓物を頭からかぶった男の腹に腕を回し固定する。聖剣はすでに消してある。
離脱する際にさらにもう一人……心が壊れて笑い続けている女の首根っこを掴む。魔力放出でかっ跳んだらこの二人を殺してしまう。
三歩ほど進んだ先に震えている女の子がいた。震えているならまだ生きている。服を歯で噛んで運ぶ。体重を胸で受け止めるために鎧は消しておく。
10mほど離れたところに彼らを置いて、怒鳴る。
「走れ!」
びくりと竦んだ一般人は方々の体で逃げていく。
そして、大海魔を見て……どこにもつながらない携帯でSNSに何かを書き込もうとしづけている女が生気を吸われて死んだ。
虚ろな表情で万歳しながら大海魔の方へ向かって行く男が触手に捕まって圧死した。
死屍累々──この災害に対しては英雄と言えど手の届いた範囲しか救うことはできない。ああ、なんと我の手は小さいのだ。
そう、暗い絶望に身を任せようとして。
「……っセイバー」
ランサーが呼ぶ声。──まだ助けられる人間がいる! 一も二もなく駆け寄ると、二人の子供が投げ渡された。
いや、一瞬だけ触手の影から見えたところから察するに蹴り投げたのだろう。彼も必死だ。
とりあえずまた遠くまで下がり、二人を逃がす。
ライダーの方は、見れば6人ほどが戦車に放り込まれていて、今は降ろしている最中だ。
「できる限りのことはしたが、魔力の補給を許してしまったか」
苦々しい顔をしている。言い方はわざと悪ぶっている。
死と言うものを軽く見ているわけではない。英雄としてやるべきことを果たすためにわざと冷たい言い方をした。
間違いなく戦略的にも精神的にも厳しい状況である。
「騎士として情けない。己の不甲斐なさには呆れんばかり。だが、そんな私であろうと
貴様だけは許さん! これ以上の狼藉を許してなるものか」
ランサーは未だに大海魔の真正面に立って押しとどめている。そんな純粋に騎士の道を重んじる心はセイバーにはまぶしく思える。
「ランサー。だが、奴を倒す戦略がなくては──」
「このままでは町に被害が及ぶ。人の味を覚えた獣は人を狩るぞ! ゆえ、退くのはお前だランサー」
「何を馬鹿な──ッ! この状況で、水際で止めなければこの怪物はお前の言った通りに人を喰らい始めるぞ。それをどうするというのだ、ライダー!」
「だからだ。余が十分ほどの時間を稼ごう。余では大海魔を削り切る事は叶わぬであろうがよ。お前達なら倒せると信じておる。だからおぬしらも余を信じろ」
「──その信頼、破ることがあれば承知しない」
退いた。そして、代わりにウェイバーを下ろしたライダーが突っ込む。
「さあ、出番であるぞ我が盟友たちよ。足止めなどとはものたりぬかもしれんがな。しかし、これも一つの世界の危機であろう。さあ、勇めよ
大海魔が消える。ライダーが固有結界を展開して飲み込んだのだ。