Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第35話 令呪と不信

 

 衛宮切嗣は苦悩していた。

 

「──この状況、やはりキャスターが仕組んだか」

 

 それは確信している。大海魔自体はアサシンが自身で勝手にやり始めたことだろう。だが、甘粕はこれを好機とみて動き出しているはずだ。こうなることを待っていたのかもしれない。

 

「あの空間転移がアサシンにできるとは思えない。……なんとも、派手に動いてくれたものだ」

 

 見ていたところ、あれは盲目と言っていい。目があったらもう少しマシな動きをしている。あったとしてもあれは有効に使えないのだからないのと同じこと。

 それで空間転移なんてものが使えるわけがない。だから本人以外の誰かがやったとみるのが自然で、あいにくと候補は一人しか浮かばない。

 

「そして、遠坂のサーヴァント……」

 

 奴は橋の上で見物人を気取っている。何人死のうが、聖杯戦争がご破算になろうがスタンスを変えはしないだろう。

 どうせ令呪をせしめるのが目的なんだろうから、最後までやり通せよ馬鹿者などと遠坂に苦言を呈したくなる。それをしたところで状況は改善しないが。

 

「さて、管理者は役立たず。ランサーには大海魔をどうにかする手段はない。キャスターならば宝具を使えば跡形残さず消滅させることができるだろうが……」

 

 魔力は十分ある。二発や三発撃ったところで枯渇はしない。だが、それを甘粕がするかというのは別の問題だ。

 切嗣には己のサーヴァントがこういう状況ならば、怪物を倒しなどしないことを確信している。

 

「──曰く、人の勇気を見たい。そんなものは馬鹿げている。人の輝きなど戦場に存在するものか。戦場に転がっているのは嘆きと悲しみと死のみだ。希望だと? そんなことを言うのは平和な人間だと決まっている」

 

 だが、それを甘粕に納得させるのは無理だろう。あいつは人の輝きを求めて大海魔を量産さえしかねない。今だって、空間転移を用いて人を喰わせているのだ。

 

「いや、喰わせたとは思っていないのか。奴のことだ──どうせ一般人でも大海魔の脅威を跳ね除けられると。それだけではなく、愛しい人を守り通せるはずだなどと思っていたのだろう。馬鹿さ加減では僕の想像を超えている。あんな一般人があんな目に会えばパニックになって死んでいくだけだ。子供でもわかることをあいつはガキ臭い純粋さで信じているのだろう」

 

 だから、甘粕に命令を下そうとは思わない。無視される命令をするほど滑稽なことはない。奴はバーサーカーを倒さないし、大海魔を討伐するのに手を貸さない。それは百の言葉を積み重ねても変わらない。

 

「──ならば」

 

 手の甲を見る。

 そこには令呪がある。3画の令呪──サーヴァントへの絶対命令権。サーヴァントの意思を無視して、それどころか物理法則の縛りすら無視して命令を下すことができる。

 これならば魔術師でないものに空間転移をさせることすらできる。ゆえ、魔王に人を守らせることもできるはずだ。

 

「だが、これは三画しかない」

 

 御三家からの参加者として、令呪の基本原則は知っている。他からの参加者とて考えればわかることかもしれない。

 聖杯は一つ。だから最後の一画は己がサーヴァントを殺すためにある。ゆえ、自由に使えるのは実質二つになる。だが──

 

「あいつならば、令呪に抵抗しかねん」

 

 キャスターはそのクラスの通りに魔術師だ。魔術で作られた令呪に抵抗できるかもしれないというのはそう不自然な考えではない。まあ、もっとも──

 

「二画の令呪を使用して、ただ一つの命令を聞かせられないとは思えないが……」

 

 令呪は基本的に一度きりの命令を下すものだ。宝具のブースト、もしくは先ほど言った空間転移。ステータスを一瞬だけ強化する。

 一方、長時間持続する命令は効果が続きこそするが効力が小さい。だから、命令に逆らうななどという命令は無駄だ。普通に逆らえてしまうから。

 

「二画を使用して自死を命じるとしたら、使える令呪は一画しかない。切り札を一騎も落ちないうちから切ってもいいのか。聖杯戦争中に仕える命令は実質一つだけ」

 

 それが問題であるのだ。令呪の使い時を見定めることは全マスターの宿命ではあるのだが、ここまで一画の令呪の使いどころを考えなくてはならないのは彼一人だけだろう。

 

「だがセイバーとランサーがいる。セイバーの聖剣があれば焼き払えるし、万が一殺しきれなくてもランサーがいる。バーサーカーとの戦闘さえ切り抜けて法具を撃てれば、弱ったアサシンに止めを刺す程度の能力はあるだろう」

 

 甘粕に大海魔討伐を任せるのはない。

 のだが──しかしセイバー、ランサー、ライダーの3騎が落ちればそうせざるを得ない。被害が拡大し聖杯戦争はご破算になる前に令呪を切る以外の選択肢はない。

 

「しかしキャスターが今さら協力を申し出ても眉唾だしな。僕も──交渉には向かない。それも、協力の申し込みなど最も苦手とすることの一つだな。やれやれ、困ったものだよ」

 

 だから、やるとすれば──いきなり現れて何か役目を果たす以外にないだろう。それでも余裕があれば断るだろうが、今はそんなものはない。

 なし崩し的に状況は動いている。動かざるを得ない。英雄なのだ、そのくらいの期待をかけても罰は当たらないだろう。

 

「だから、令呪の一画さえ使えば状況を動かすことができる。あの騎士様ならどうにかできるところまで“やれる”。しかし──それで、令呪が足りなくなることがあれば……」

 

 甘粕は大海魔よりも大惨事を引き起こすかもしれない。その時、令呪が足らないということがあれば冗談抜きで世界の危機になりえる。なにせ、一度は守護者まで呼び出した男なのだ。

 

「……だが、この場を収められるのは他にない。それに、この聖杯戦争は一角が潰えればそこから堰を切ったように落ちていく──はずだ」

 

 それは確信に近い。情報が出そろい、サーヴァントたちにもダメージが出てきている。ここまでくれば後は落ちていくだけ。

 アインツベルンの経験則的にもそうだし、切嗣の暗殺経験も肯じている。前準備がしっかりしているほど、崩れるときは一気に瓦解するものだ。

 

「ならば、後に令呪を使わなければならないような事態にはならないし、させない。聖杯を掴むため、足踏みばかりはしてられない」

 

 散々迷った挙句に決意した。

 

「衛宮切嗣の名のもとに令呪をもって命ずる。キャスターよ、この場においてバーサーカーを撃退せよ」

 

 ついに、令呪を使ってしまった。

 

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