Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第37話 ささやき

 

 時臣邸の地下、言峰綺礼に与えられた一室に二人分の影がある。

 

「──で、どう思った?」

 

 そう切り出したのは英雄王。英雄王は優雅に勝手にワインを開けて飲んでいる。見惚れるほどに美しい所作であるが、しょせんは盗人である。

 

「どう思ったか、だと? アサシンが討伐されて厄介事が一つ減った。それ以上でも以下でもない。何か思ったところがあるとするなら、それは一撃当てるだけで逃げ帰ったお前の方であろう」

 

 綺麗は表面上、秘蔵の酒を勝手に飲まれたことを恨んでいる様子はない。

 いや、実際に恨んでいないのだろう。なぜなら、この英雄王は愉快そうに目を細めている。この男の本質は暴君だ。こんな顔をするのなら、それは誰かを不幸に貶めているときに他ならない。

 そして、その相手は綺礼以外にいないのだ。

 

「ふ──怖いか? 綺礼よ」

「怖いか、だと。むろん、怖いに決まっている。ここに時雄殿はいない。主のいないサーヴァントに目の前で好き勝手されて恐怖を覚えないわけがなかろう? お前がその気になれば、私を殺すのにそう手間はかからんだろうからな」

 

 英雄王の気分を損ねるようなことがあれば綺礼は殺される。しかし、英雄王が上機嫌なのは綺礼をいたぶっているからなのだ。

 どちらに転んでも悪い目しかない。これで明るい顔ができるのならそいつはマゾだ。

 

「もし本当にそう思っているのなら、それは己を騙しているのだ。考えても見ろよ、お前のような人間が死の恐怖を感じるものかよ。お前が直面しているのは真実を知る怖さなのだ。雑種どもは真実を知るには弱すぎる。だがな、心しておけ──愉悦はその先にしかありえない」

「なぜ……そこで愉悦ッ!」

 

 心から喜び楽しむこと──確かに重要だ。

 だが、英雄王の言ならばそれは怖いことではないのか。真実を知るという恐怖の先にあるのが愉悦ならば、愉悦もまた恐怖であるはずだ。馬鹿馬鹿しいとしか言えない。

 

(たの)しめただろう? あの見世物は。そうそう、ここでわざと勘違いされてはたまらんな。アレとは醜悪な怪物そのものではない。哀れにも潰され、喰われ、壊された雑種どもを見て──そう感じたはずだ」

「──な、なにを」

 

 目を逸らした。それは心当たりがあるから。

 子供たちが悲惨なオブジェにされてしまった光景は今も心に焼き付いている。まるで感動的なものでも見たかのように。

 そう、綺礼の心には嫌悪など一切わかなかった。あるのはただ感動だけだった。

 

「誤魔化すのはやめろ。お前はもう知っているはずだ──心のうちで感じたものを」

「心、だと?」

 

「どうやら意地でも認めたくないらしいな。だが、それは許さん」

「お前に何の権利があってそんなことを言う」

 

「当然、我だからだ」

「──情報収集に出る」

 

 ああ、馬鹿馬鹿しい。もしかしたら怒った英雄王が自分を殺すかもしれない。だが、それを考えてももう付き合っていられなかった。

 

「まあ、待て。情報収集ならセイバーに行かせているだろう。ああも執拗に命じて、更には自分までもが出張るか?」

「当然だ。敵に勝つには情報が必要だ」

 

「ほう? なるほど、道理よな。しかし、それは雑種の観念に過ぎんよ」

「強さなど、自分と敵の能力さえ知っていれば後は前提条件に過ぎなくなる。攻略すべき条件をすべてクリアすれば、最後には敵の死体さえ残さない。お前は強い。だがな、それはただそれだけのことだ。むろん、ここで戦えば殺されるのは私だがな」

 

「確かに敵の性質を知り、弱さを知れば人でも魔物を倒すことはできる。だがな、それが通じない例外と言うものがある。世界には、お前など想像もできない圧倒的な強さと言うものが存在するのだ」

 

 きっぱりと言った。

 

「強さ、か。お前の宝具の威力の上限ならば、確かに想像できないかもしれんな」

 

 綺礼としてはあきれ果てるほかない。

 

「威力ではない、強さだ。倒すことはできない、そもそも触れることすらおこがましい。砕けぬものなどありえない。そのような圧倒的な強さを持つ存在というものがこの世界には存在する」

「ほう? そんな存在など聞いた覚えは──」

 

 ないこともない。確かあれは地球の生物ではなく、他惑星の──

 

「──我だ」

 

 まあ、そう言うとは思っていた。

 綺礼としてはこいつが最強などとは思えない。殺そうと思えばいくらでも殺せるように思える。強い大砲を持っているなら寝首を書けばいいだけの話だ。

 

「貴様らしい不遜だな。実にサーヴァントらしからぬ。いや、単なる隙だらけを晒すという意味ではある意味英雄らしいか」

 

 綺礼の意見としては時臣と違って英雄王を不敗の駒などとは見ていない。確かに最強ではあるだろうが──時臣殿の策は詰めが甘いと感じることが多々ある。

 そもそも、海魔のとき手柄を取られたのも同じ過ちだ。

 

「違う。不遜とは己の器すら測れぬ蒙昧が勘違いの元に己の器が大きいと勘違いすることだ。我は生まれ落ちた時より、世界の全てを上回る器を持っている。我は我の器を見間違えなどしない。英雄たるもの傲慢でなくてはならぬ。しかし、不遜なる者は生きている価値すらない。自分の本質を取り違えては、思わぬ災厄を振りまくだけの愚図だ。綺礼よ、己の本質を受け入れよ」

「──本質? くだらない。そんなものは犬にでも食わせてしまえ。信仰に己を捧げ、己が行動を規範とするのに個性など要らない」

 

「信仰など、人の本質を隠す忌むべき悪習だ。真実を知る痛みを恐れるがゆえに、誰の手からも触れないようにする。それで世界はどうなった? 戦争ばかりで、誰も何も得られない。だがな──我はこの戦争でお前に真なる愉悦を教えてやろう」

「そんなもの……ッ!」

 

 いるものかよ。そう綺礼は吐き捨てる。

 不道徳をこの世に撒くくらいなら、楽しみなどなくていい。喜びなど捨て去ればいい。どうせ、あの時以外にそんなものを感じたことなどないのだ。捨ててしまえ、そんなもの。

 

「認めてしまえ。お前はもうそれを知っている。ただ、真実を知る痛みに怯えているだけだ。心配することはない。我がそこに導いてやろう」

「必要ない」

 

 お前はどうせ楽しんでいるだけだろうが。そんな奴の言うことがどうして信頼できるものかよ。

 

「逆らえると思うのか? 我が下した決定に」

「……」

 

 確かに聞かないならばあの時そのまま去ってしまえばよかった。

 どういうことだ? もしや心の底ではそれを望んでいるのか──馬鹿な。そのようなことが許されるはずもない。

 綺礼は濁った瞳で英雄王を見返す。

 

「では、最初に情報収集とやらの結果を聞かせてもらおうか」

「長くなるぞ」

 

「かまわんさ」

 

 綺礼は椅子に座り、適当なワインをグラスに注ぎ一気に飲み干してから口を開く。

 

 

 

「──というわけだ。満足したか?」

「なるほど。間桐のことは情報が多いな」

 

「調べやすかったから情報も多く得られただけだ。アサシンとそのマスター雨宮龍之介に関してのデータはほとんどない。それとバーサーカーについてのデータも。何もおかしなところはないはずだが」

「いいや。お前は間桐について込み入った事情がわかるほどに調査したから、調べやすいなどと言えるのだ。では聞くが、お前は間桐が勝利したら何を願うと思う?」

 

「──」

 

 そう簡単には答えられない。なぜなら間桐雁夜の願いは矛盾している。

 おおよそ願いは二つだ。遠坂時臣を殺したい、時臣と葵の娘である桜と凜に幸せな過去に戻らせてやりたい。

 両者は両立などしないのに。それを無視して突き進んでいる彼が、最終的には何を願うのか──

 

「いや、待て」

「うむ?」

 

「間桐が聖杯を得る確率は絶望的だ。バーサーカーがいくら硬くても一騎か二騎落とすのが限界で、とても最後まで勝ち残れるような性能ではない。雁夜にもそれを覆せるだけの頭脳はない。そんなあり得ない可能性を私に夢想させて何がしたい」

「そうだ。意味などない」

 

「なんだと? お前は御大層な話までして、挙句の果てには意味のないことをやらせたのか。他人を馬鹿にするのもいい加減にしてもらおうか」

「勘違いしているな。それこそが愉悦と言うものだ。無駄を楽しめよ、綺礼。間桐の勝利を夢想する無益さにすぐに気付かないお前ではあるまい。なのに、延々と時間を無駄にして空想をめぐらせた。それはお前が楽しんでいたからだよ」

 

「なん……だと。そんな馬鹿な」

 

 そんな他人の不幸を空想して喜ぶような……それはごみ溜めにでもいる下種ではないか。

 

「で──だ。お前は奴らにどんな結末をくれてやりたい?」

 

 けれど、英雄王の言葉に心を浮き立たせている自分がいる。

 ああ……これは堕落だ。そんなことをすれば私は自分への軽蔑を抑えることができなくなる。だが、無理だ。この衝動に逆らうことなどできそうにない。

 

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