Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
セイバーは夜を駆ける。
つい先ほど手紙を受け取った。挑戦状──それもキャスターから。内容は最初に6騎が顔を合わせたあの湾岸で待つというもの。
「正直、信用などできるわけがない……!」
そんなものを貰ったとて、あのキャスターが普通に決闘などするはずがないと頭から思っている。
おそらくは罠。よもやあの男のことだから人質を取って、どうだ助けてみせろなどと言うかもしれない。
「だが、それならそれでいい──貴様の野望など、全ての策ごと微塵に砕いてくれよう」
彼だけには聖杯を渡してはならない。
あのアーチャーよりもずっと危険な男なのだ。ただ傲慢なだけのあの男は、どうせ世の中を自分のものにとかそのくらいが関の山だろう。世界征服、おぞましい。支配でしか人の上に立てぬなど何たる愚昧。
かぶくのもいい加減にしろと言いたいが、しかしそれはしょせんただそれだけ。キャスターとは違う。
「あれほど──純粋に人を愛していながら……ッ!」
あれは人を愛している。あくまでも謙虚に自分を下に置いて人は素晴らしいとほめそやしている。
あの男ほど人を信じる者はいないと断言してもいい。もはや狂信の域に達している。彼ほど人に真摯に相対するものはいない。
「だが、それこそが問題」
しかし──それは過大評価だ。そして、彼はその過大評価をもとに人間へ試練を下すだろう。
聖杯の力でもって、彼だけは人間は越えられると思う……しかして人間には踏破不能の災厄という名の試練を課す。例外なく皆を愛するから、ただの一人も逃さず試練という名の神の裁きが下る。
「……そんなものに聖杯を使われてはたまらない」
極端なことを言えば彼の野望は聖杯を地球規模の大量破壊兵器として運用するということだ。
ものごとの芯などはなから見ずに、外側からそれらしいことを言っているだけだが──だからこそ端的な事実だ。最初の想いが何だとて、結果が変わることなどあり得はしない。彼は人間を信じているから、容赦などありえない。
だって、越えられると思っているから。人間は裁きの先に生を掴めると思っているから。ゆえに彼は誰ひとりいなくなった世界で首をかしげることだろう。
──こんなはずではなかった、と。
「さあ──来てやったぞキャスター! 姿を現せ。お前はここで倒す」
そして、出てきたのは。
「お前……なのか、セイバー」
瞳に悲しみの色を讃えるランサーだった。
「まさか……お前が──ッ!」
血の涙を流して槍を一閃した。
「──ッ!?」
飛びのいてかわした。胸の内は驚きと疑問で満ちている。……これは一体なんだ? なぜ、そのようなことを言われなければならない。
ランサーよ、お前ほどの男と戦うときは騎士としての誉れを存分に誇る美しい決闘のはずだったのに。
ああ、お前の悲しみは槍を通して伝わってきた。何をそうまで嘆き悲しむ。私はただ魔王を討ちに来ただけであるというのに。涙に濡れて曇った槍は見るに堪えない。このような無様な一撃になってしまうほどの悲しみとは一体。
「……」
これはなんだ? 彼は血の涙を流している。さも、この決闘は不本意であるかのように。
ああ、こんな戦いはしたくなかったなどと思われながら剣を切り結ぶなど不快だぞ、ランサー。貴公との戦いだけは胸を張れるものであったはずなのに。
「っはあああああ!」
だが、この身は非情なる王。迷いが心の内を満たしたのは一瞬のみ。
回避のために後ろに退いた──それは逃げかもしれないが、もはや迷いなど捨てる。そういうことができるから、この身は王なのだ。
「っおお!」
「っがあ──」
叩きつけるような斬撃を二つの槍を交差させて防いだ。ランサーは戦術を組み立てる。
──重い! 女などと侮る気はない。それにしてもこの重さは異常……それに魔力も感じる。
ああ、今まで存分に見せてもらったとも。魔力を放出し加速するその技を。だが、加速がゆえに一度受け止めてしまえば跳ね返せるとほくそ笑んだその瞬間。
「……っだあ! ──ッ?」
力を入れた瞬間、セイバーは力を抜いた。彼女はそのまま槍の勢いに押され、ぐるりと空中を縦に回転し……
「っが!」
後頭部の衝撃で眼の奥で火花が鳴った。
後ろ宙返りの勢いを利用した蹴りか! わずかに視界が白く染まるが、即座に回復する。
わずかに生じた隙……狙って来ないはずがないと、前方に注意を集中する。
「……来ない?」
セイバーは目の前で構えを解いていた。なんのつもりだと憤慨する。
あなたは私との戦いに手加減などと言うものを挟む気か。そんなもの望みはしない。
「セイ……バー?」
たとえお前が魔王の旗下に加わろうとも、いや──だからこそ自分がセイバーの相手をして騎士の誇りを失わせないと誓った。彼女も望んでやっているわけではない。
全ての元凶は教会と手を組み、アサシンのサーヴァントを操った遠坂であると邪神に聞かされたから。証拠も見せられた。
疑う余地など何もない……この誇り高き騎士王は遠坂の手先、教会の下僕に令呪のもとに騎士の道を外れる外道をやらされているのだ。
救わねばならぬと思った。認め合う誇り高き騎士同士であるからこそ、手を下すのは自分以外にやらせてはいけぬと思った。
だが、この剣から伝わる感情はなんだ。むしろ、自分こそが操られているのだと言わんばかりで。
「ランサーよ、お前の槍には迷いが見える。そのような曇った心で私を捉えることができるなどと思い上がらぬことだ」
どす、と剣を地に突き立てている。……敵にすらならぬ、ということか。いや、この目は違う? 悲しい瞳。
「……迷っているのは私の方だと?」
もしや……
「ここに来る前、キャスターに仕える邪神より手紙を受け取った」
「は……?」
「思うに、貴公も同様に文を受け取りここへ来たのだろう」
「た──確かにその通りだ。あなたがアーチャーやアサシンに従わざるを得なかった、と聞かされて。対等な聖杯戦争でキャスターに挑むためにはまずここで待つ刺客を退けることと言われたから……」
「私がキャスターに与したものと思ったか?」
「…………そうだ」
「それは違う。安心しろ、私は単にここでキャスターを待ち伏せていたのだ。しかし、来たのは貴公だった」
「なるほど。キャスターによる策略だったか」
危ないところだった。あのまま戦っていればセイバーの誇りを汚しかねなかった。だが、彼女の誇りが貶められていないことが分かった。これで──
「……だが、貴公もわたしが万全であることはわかっただろう」
「確かにあなたの剣さばきは素晴らしかった。私と違い……」
ああ、あのような無様な槍は騎士王に相対するのにふさわしいはずもない。だから、もはや無様な戦いで騎士の誇りを失墜させるようなことにはさせない──絶対に。
「心に巣食う闇は晴れたか?」
「ああ、やはりあなたは素晴らしい騎士だ。あなたほどの騎士と決闘できることこそが我が一生の誉れだ。──約束だ。決闘は万全の体調で行うと」
「ああ。貴公も万全のようだな。仕切り直しと行こうか、フィオナ騎士団・輝く貌のディルムッドよ」
「応とも。ブリテンの王、アルトリア・ペンドラゴン。あなたと戦えることはこの上ない幸福だ」
構えた。張り詰めた糸のような緊張感が満ちる。
しかし顔には笑みが浮かんでいる。清々しい笑みで、それは聖杯戦争では望めないと思っていたもの。何の憂いもなく、無心に鍛え上げた技術を振るえる。
「いざ──」
これこそが至高。打算も何もなく、鍛えた技術のみで自然に敬意を払える敵と真正面からぶつかり合う。
「尋常に──」
ああ、なんという心躍る戦いか。生前でも本当の意味での騎士の決闘などそうはなかった。
だが、今──その場に立っている。相手に不足するものなど何もない。冬木に降り立ったのはこの出会いのためとすら言える。
「「決闘を!」」
今、二人とも最高に輝いています。