Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
ここにはボロボロのあばら家が一軒。そして、素人でもわかるほどに罠が敷き詰められている。その悪意と執念に彩られた荒野の果てのような光景を作り上げた人物は車椅子姿でからからと移動する。
だが、車椅子などは油断する理由にはならない。今日は、壁に挑みに来たのだ。
「――来たぞ、ケイネス・エルメロイ・アーチボルト。僕はウェイバー・ベルベット。お前に決闘を申し込む」
「君が私の最後の敵か、ウェイバー君。いいや、ウェイバー・ベルベット。アーチボルト家当主のこの私がお相手しよう」
静かなまなざし。服装はぼろぼろだ。車椅子も綺麗とは言い難い。泥が所々に飛んでいる。だけど、その目の奥には恒星のように煮えたぎる感情がある。油断ならない相手だとウェイバーは思う。
「――行くぞ!」
懐から取り出した丸薬を口の中に放りこんて噛み砕く。体が熱くなる。目が拡大したような心地がする。身体強化の丸薬――錬金術で作り上げたそれは体内の血流を加速させ、肺に酸素を供給する。
魔力による身体強化など器用なことなんてできない。こんな誤魔化しみたいなことしかできないし、サーヴァントを前にしたらこんなものは誤差に過ぎない。けれど、その誤差でも生き残る差になると学んだ。
「来い!」
走り出しながらもウェイバーは相手の出方を注視する。一挙手一投足を観察し、前もって潰す。それが戦いと言うものだ。殴り合いなんて原始的なものではない。
決闘という、全てをかけた闘争なのだ。銃を抜くのが見えた。
「――おお!」
加速する。飛んでかわすなど器用な真似はできない。だが、銃というのは意外と扱いづらい。急所を撃たなければ致命傷にはならないし、頭と心臓さえ隠せば――意地と根性でなんとかなる。
痛みを消す薬は使わない。作れるが、作ってはいない。痛みを消せば危険を感じる嗅覚が鈍る。それもまた、生き残るために。
「……見違えたな! ウェイバー」
銃を撃つ。やはり素人――2,3mの距離でも当らない。ケイネスは後ろに下がっていく。手が車輪にかかっていないし、電動式でもない。……魔術で動かしている。
魔術を行使したわけではない。もう魔術回路は壊れている。令呪から魔力を注いで作った仕掛けを起動させた。聖杯戦争に来る以前なら、こんなことは思いつかなかったろう。準備をする、ということ自体を弱者の所業として嘲るような男だった。
自身が万全であれば負ける理由がない、などと本気で思っていたのだ。体調など、それこそ戦場の一要素にしか過ぎないのに。
「成長したのさ。……あんたも!」
真横から迫る光弾に試験管をぶん投げた。爆発を起こす霊薬。というか、爆発物。
一級の術師であれば周辺ごと爆破できるのだろうけど、ウェイバーには1mほどに焦げ跡を残すのが精いっぱいで。でも、相殺できた。
「――まだだ! 教えてやろう、魔術師とはいかなる事態にも備えておくものだ。一つで十分と思ったがね。もう一手くらいは用意しておくものだ」
時間差で光弾が来た。前方から――二つ!
「っわああああ!」
前に出た。さらに試験管を懐から抜いてたたきつける。もう一方は横を通りすぎていく。危険というものは逃げるだけではなくなってくれない。危険を“乗り越える”には――
「自分から飛び込んでいく――だろ? ライダー」
後ろで笑みの気配がする。
「だが、それでは――これは防げんな。これが超一流の魔術師だ」
ふと気が付くと――身体が宙を飛んでいた。どうやら、左斜め後方に着弾した光弾の余波で飛ばされたらしい。身体がじんじんと痛んで、どこもかしもが熱い。どこがやけどしているかわからないほど。でも、直撃じゃない。生きている。
「今度は、僕の番だ」
懐から引き抜いた試験管の口を指で壊す。ウェイバーの身体は貧相で、そんなことができるようには思えない。これは魔術でもトリックでもなく、試験管の口に罅を入れておいただけ。
これで使いやすくなるが、しかしそんなことをすれば中の薬品は1日でダメになる。それでも、戦略が広がるなら。
「――ち!」
こういう薬品は空気に触れるか衝撃を与えることで爆発する場合がほとんどで、そうじゃない場合は上級のスキルが必要とされる。
だから、ケイネスはそれを空気に触れれば爆発すると看破する。初級、もしくは中級程度の錬金術など知らぬはずもなし。試験管からこぼれた液体が宙を舞う。
「
銀色の薄い膜が爆発を一瞬だけ防ぐ。それで爆発の9割以上を防がれてしまった。熱い空気を頬に感じながら、今度は私の番だとばかりに罠を起動させる。
「
服に仕込んだわずかばかりの礼装に、令呪から宝石に移した魔力を注ぎ込む。それで、一瞬だけは元のように使える。それは――本当にわずかな時間、そしてわずかな質量だけど。
「――っ!」
予想していた。こういうものがあるとわかっていた。実物を見たわけではないけれど、かつて自慢していたのを聞いたことがある。
ケイネスは戦闘を生業にする人間ではないから、秘匿するという意識が低い。そもそも聖杯戦争に参加さえしなければ、戦うこともなかったのだから。
「ぎ……ぐぐぐ――おおお――」
奥歯に仕込んだ特性の丸薬を噛み砕く。
世界が色褪せる。体の関節がギシギシ言う。全身の筋肉が破裂しそうだ。これがウェイバーの切り札。聖杯戦争において一度しか使えない。負担がでかいし、そもそも気楽に作れるようなものではないのだ。
「ああ――」
ケイネスの袖の中にある試験管に魔力が通されるのが分かる。――見逃したら死ぬ! 瞬きさえ許されない。その一瞬を見極める。
「
極薄の水銀の刃――きらりと光った。かわせない。
「僕は――あんたを越える! 僕でも、一流の人間を越えられると証明する。だから……勝つ!」
試験管……先の爆発物とは違うそれ。青く明滅するそれは、どこか昏い海を連想させる。受け止めた。
「…………っく! 痛ぅ――」
腕が切り裂かれた。血がだらだらと垂れる。それでも――
「生きている。越えたぞ、ケイネス。お前を――ッ!」
彼が使うのは水銀。魔力そのものではなく、物質だから錬金術はそれに干渉できる。錬金術とは物質の変革。言ってしまえば、現実の物質をどうにかするのが錬金術だ。
だからこそ、ウェイバーは水銀を“凍らせた”。そうすれば脆くなる。そして、脆くなった刃など体の芯を動かせば勝手に壊れる。
何でも冷凍できるわけじゃない。いや、凄腕ならば作れるのかもしれないし-200度程度の液体なら簡単に作れる。もっとも、それをかけたところで交錯する一瞬では冷気などほとんど伝わらない。
だからこそ、これはウェイバーが作り上げた最高傑作だ。水銀と反応し、水銀そのものから冷気を発生させる。外部から冷気を供給するのではなく、水銀自身に冷気を発生させる。霜が舞うのは、むしろ水銀の方が大気や液体を冷やしているからだ。
“上から押さえつけてくる憎たらしいあいつの鼻を明かしてやりたい”という一念でずっと開発していた――秘密兵器。
「……な」
そして、最高傑作であったのはケイネスも同じ。全盛のころには遠く及ばないが、それでも信じるに足る相棒だった。それを真正面から撃ち破られた。その衝撃は想像だにできないほど悲痛に響く。
「これで僕の勝ちです」
そのまま近づいて銃を弾き落として踏みつける。中身の入った、割られて鋭くとがった試験管を突き付けて、言う。
「……あなたは強かった。たとえ足を失い魔力を失っても、あなたは立派な魔術師だ。尊敬に値する――僕の先生です」
倒れ伏したかつての師に勝利を宣言した。
錬金術といえば爆発物、というのはアトリエシリーズに毒された気がします。筆者はいろいろなものに毒されていますね。
師弟の決着、きっと甘粕はがぶりつきで鑑賞していたでしょう。このシーンのすぐ後に出張るためにスタンバイしていましたしね。