Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第41話 騎士の死

 

「……あなたは強かった。たとえ足を失い魔力を失っても、あなたは立派な魔術師だ。尊敬に値する──僕の先生です」

 

 とある一画にて。そこはケイネス・エルメロイ・アーチボルトが隠れ家。

 もっとも、そこにはあばら家があるだけで、廃屋と言ってしまってもいいような粗末な住居があるだけだ。

 万全の備えを施した家屋はソラウに奪われてれてしまったから。そんなわけでこんなところに居を構えるしかなくなったのだ。

 

 彼はもはや魔力を使えない。魔力を生み出し、魔術を扱うための器官である魔術回路が切嗣の起源弾により壊されてしまったから。

 車いすを使っているのも、魔術回路を壊された衝撃で足の神経までイカれたからだ。

 

 けれど彼は諦めなかった。

 魔力を使えず足も動かない。そんな状況であれば保護を求めるのが当然であろう。というか、時計塔の人間であればそんな状況になれば絶望して自殺する。

 いや、そんな悲惨な境遇を受け入れられずに精神が壊れるか。地獄のような状況の中、彼は一つの思いだけで帆走する。

 

 彼は思い切った行動に出た。車いすで教会に出かけたのだ。

 アサシンを倒したものには令呪を与えるというルールを果たしてもらうため。そんなことをしたのは彼一人だった。

 それもそうだ──彼以外のマスターは教会に入った時点でアーチャーとセイバーの二騎に殺されると看破されている。二騎の英雄が本当にそう動くかはともかくとして。

 

 そして、彼は賭けに勝った。殺されることなく新たな令呪を手に入れたのだ。

 それまでの令呪はソラウに奪われ、もとの工房の罠すらも返してもらえることはなかったが、それ以外のケイネスが持っていたものは返して貰えた。

 いや、あれは捨てたといった方が近いか。ランサー以外は要らなかったのだ。

 

 ケイネスは魔力を使えずとも知識までは失っていない。知識を総動員し、使えるものは何でも使って地を這いずりまわっても来るべき時のために準備し続けた。

 

 ……サーヴァントと戦うために。

 

 ……敵マスターと戦うために。

 

 魔力源は令呪がある。それを使っていくつもの罠を仕掛け、霊装をまがいなりにも使えるようにまでした。

 すさまじいとしか形容できない執念である。……すべてはソラウへの愛のために。

 

 ゆえ──敵の拠点へ侵入した敵マスターと戦うのだ。

 そう、かつての教え子であった目の前の敵マスター、ヴェイバー・ベルベットと。

 

 

 時は遡る。

 アサシンの討伐が終わった後、ウェイバーはケイネスの隠れ家を探すことにした。

 そもそも彼が聖杯戦争に参加することを決めた発端にはケイネスの存在がある。彼は家柄のない出身だからと馬鹿にされ続けた。教師であるケイネスはその筆頭であり、彼のレポートを馬鹿馬鹿しいと一刀両断したことさえある。

 ケイネスを、ひいては時計塔を見返すために聖杯戦争で優勝すると決めたのだ。

 

 ならば、当然の理としてケイネスを下さなければならない。

 発端は彼で、だからこそ倒さねば運だけで勝ち残ったと揶揄されても不思議はない。名声を手に入れるには彼を倒さなくてはならないのだ。

 まあ、勝ったところでやはり家柄がなければ影口を叩くのが時計塔であるのだが。それはともかく。

 

 よって、ケイネスの工房を探し始めた。現在ソラウが使っている工房ならすぐに見つけ出せた。隠ぺいが甘すぎたのである。

 だが、一方でもはやそういったこだわりを捨てたケイネスは強敵であった。探すのに何日もかかってしまった。そのうちにケイネスは準備を整えた。……魔術戦をするだけの。

 

 だが、居場所が分かったのだから当然挑まなければならないだろう。

 ヴェイバーも準備は万全に整えた。居場所が分かったからと言って突っ込むなんてことはしない。

 そもそも拠点を分けたのはわかっていても魔術回路まで壊れていることは知りようがない。完全なケイネス・エルメロイ・アーチボルトに挑むために足を運ぶのだ。

 実はケイネスの霊装はおぼろげながらもわかっていた。講義の際に漏らしてしまったのだ……彼は戦う人間ではなかったから。

 

 かつてケイネスが教師で、ウェイバーが生徒の立場でしかなかった。

 こんなことになるなどと学生時代に想定することなどできはしないから、何年も考えた反撃の策などない。

 対抗策はどうしても付け焼刃にならざるを得ないが、万全の師と戦うために準備したのだから、実は負傷して魔術すらおぼつかない敵と戦うためには大げさすぎるほどの装備だった。

 

 それだけの策をひっさげ、彼はサーヴァントとともにケイネスの拠点へと進軍したのだ。

 

 

 

 ケイネスの攻勢は並大抵のものではなかった。

 ウェイバーは征服王に出会う以前の自分だったら間違いなく彼に傷一つ負わせることもできずに敗れ去っていたと認めた。彼とて魔力は十全ではない──ライダーに魔力を譲渡したから。

 それを踏まえても、もはや否定することはできない。

 

 ──ケイネスは魔術師殺しに壊されてもなお、魔術師であったということを。

 

 それを自らの傷とともに永遠としながら、油断も慢心も捨てて決闘した。

 これこそ、聖杯戦争始まって以来の正統なる『魔術師による』決闘だった。奇しくもこの時、騎士による決闘も始まっていた。

 

 そして──勝利したのはウェイバーだった。

 

 あらゆるトラップ、令呪から魔力を注いだ霊装、果てには拳銃まで用意し、心理の隙を突き──そして何よりも魔術で戦った競い殺し合った。その末に。

 

 結果的にウェイバーは反撃を許し右腕に重傷を負ってしまった。一方でケイネスは血まみれで地に伏せている。

 一対一の決闘……騎士流ではなく魔術師流だが、誇りをかけて互いに死力を尽くしたのには変わりない。

 

「……殺せ。それが勝者の義務だ、ウェイバー・ベルベット」

 

 彼は車椅子から落ちていた。車椅子自体に魔術がかけてあり、地を自在に走り回れる代物。こんなものを使う分にはそれだけ残り少ない魔力が費やされるというのに、きっちりと自分の使える魔力を見極めて運用した。

 見事というほかないが、こうなってはどうしようもない。足が動かないのだから、逃げも隠れもできない。

 そも、自分が教えていたころとは全く違う引き締まった顔つきをしている彼を出し抜いて乗れるとはとてもではないが思えない。

 

「ケイネス先生」

 

 目の前の──時計塔時代、自分に正しい評価を与えかった教師を見る。はいつくばっていてとてもみじめな有様と言える。

 劣等感から時計塔を飛び出した彼にとって、これはとてつもなく溜飲の下がる光景であるに違いない。だけれど、そうは思えない。なぜなら。

 

「君にそんな呼び方をされる謂れなどない。これは魔術師の決闘だ。そう──あの魔術師殺しとやった殺し合いなどとは違う。勝者には誇りを、そして敗者には死を。それが掟だ」

 

 がなりたてた。いい年した大人が這いつくばりながら大声で怒鳴り散らしている。その腕の令呪は消えかけ、辺りにはトラップの無残な残骸が転がっている。

 

「あなたは僕を純潔の魔術師でないと馬鹿にした。積み重ねた家柄のない人間などそもそも評価の場面に上がることすらおこがましいと。だが、今頭を垂れているのはどちらか。僕の方が正しかった。けれど、それでみっともなくはしゃぐことなどできない。だって」

 

 目を伏せる。

 

「ッ馬鹿め! 最後まで気を抜くなと教えなかったか──」

 

 最期の魔力。これですっからかん、正真正銘最後の悪あがき。腕を強化して自分を持ち上げる。

 用意したはいいものの活躍の機会なしに弾き飛ばされた武器がある。それを見逃さず目をつけておいた。敵が目を逸らした一瞬に拾い上げて撃つために。

 握られたものは拳銃である。もはやウェイバーには銃弾を防げるだけの魔力も、時間もない。

 

「……ッ!」

「これで、私の勝ち──?」

 

 ……爆発した。暴発──そう、ウェイバーは戦いの最中で落ちていた武器を逐一使用不能にしていたのだ。恐るべき戦略眼と言える。

 戦争を経験していなかったら、そもそも敵の戦術を見破ろうなどという発想すら出てこないのに。その上で予防を最小限の労力で済ましている。

 

 ケイネスもよく見ればわかっただろう。そんな悠長なことをする暇などあるわけがないが、絶対にありえないifとしてそうできていたなら、銃身が曲がっていたことに気付けたはずだ。

 銃弾が破壊したのは銃身本体であり、砕けた本体はケイネスの腕を滅茶苦茶にした。もはや指一本動かせないほどの負傷。

 

「──いや、あんたの負けだ」

 

 これ以上なく安全に殺せる機会は今しかない。もはやケイネスに何もできなくとも、最大の隙を見逃してくれるほどウェイバーはお人好しではない。

 

「思えば、レポートは受け取ってくれなかったけど──教え方はわかりやすかったよ。ありがとう、そしてさようなら」

 

 だが……乱入者が登場する。

 

「やらせるか!」

 

 ウェイバーの放った魔術を破魔の赤薔薇が砕いた。

 

「我が主……ご無事ですか?」

「ランサー。お前……何を──?」

 

 そう、現れたのはランサーだ。片腕を失い、血を流して顔面が蒼白になっている。

 いくらサーヴァントとはいえ、このような状態では戦闘行為など自殺行為だろう。

 

「知れたこと。あなたを守りに来たのです。あなたこそ今生(こんじょう)の主。たとえこの命が偽物であろうと、この忠義を否定させはしない」

「ぐぅ──」

 

「傷が痛みますか? ならば、すぐに奴らを片付けて御覧に入れましょう」

 

 そうは言うが槍を振るのも辛そうだ。誰がどう見ても長くはない。槍の先が震えているのがその証。

 気合が途切れた瞬間に崩れ落ち命までも尽き果てる負傷を押して彼は立っている。

 

「……ランサー。お前もサーヴァントなら、相手は余が勤めよう」

 

 魔術師の決闘に手を出さなかったライダーが前に進み出た。彼はマスターの決闘にしゃしゃり出るほど無粋ではない。

 だが、相手がサーヴァントを繰り出してきたとあれば自分が立ち向かうのが筋と言うもの。

 

「いいとも。征服王、あなたが相手とあれば申し分ない」

「手加減はできぬぞ」

 

「望むところ」

「では──尋常に」

 

「勝負!」

 

 ライダーが先に出た。

 たとえサーヴァントであろうと失血の影響を無視することなどできない。ランサーは血を流しすぎていた。その動きは最速というにはあまりにも鈍りすぎている。

 

「……さらば」

 

 ライダーの激烈な踏み込みによる斬撃は綺麗に弧を描き──ランサーの首を両断した。

 

「やれやれ──で、そっちの魔術師はマスターが手を下してやれ」

 

 ふう、と息を吐いたライダーはウェイバーを見やる。

 

「……ライダー、お前」

「ああ……あんなもの見せられたらお前が一人前でないなどと言えるか。お前は男だよ、ウェイバー。ま、余としてはもちっと立派になってほしいものじゃがな」

 

 ぽん、と幼子にするように頭を撫でた。

 

「……」

 

 いつもなら子ども扱いするなと喚くところだが──考え込んでいる。

 

「おい、どうしたマスター。あまり長引かせるのは相手の誇りを傷つけるぞ」

「いや」

 

 決心を終えた目でケイネスを見る。

 

「何を考えとる?」

「ケイネス。お前はどこへでも行け」

 

「なんだと──私を愚弄するか、ウェイバー!」

 

 吠えた。その目は怒りに満ちている。

 

「消えていったランサーを見て思った。あんたでも、まだ何かやれることはあるんだ──魔術師。それに、残しておけない人がいるんじゃないか?」

「お前は……お前は──見逃すというのか! これは決闘……命を懸けると誓ったはず!」

 

「もう決着はついた。本気で殺すつもりで戦って、そして死ななかったのは結果に過ぎない。決闘はもう終わっている。僕の勝ちだ。これ以上はただの蛇足だよ」

「……もういい! わかったわたしは行かせてもらう。もし君が時計塔に戻ってこれたなら、厳しくしごいてやろう。覚えておけよ」

 

 そして、ケイネスは立ち上がって──足を引きずりながらも前だけ向いて“歩いて行った”。

 




ランサーがあっさり退場。死にかけの戦闘能力などこんなものです。
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