Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第42話 愛する妻の守り方

 

「ぜぇぜぇ……ハァ──」

 

 ケイネスは夜闇を走っている。それがどれだけ異常なことなのかには気づけない。

 そんなものよりもよほど大切なものがある。動かないはずの足が動いているという事実などは重要ではない。

 

「あ──あ? あう……だう──」

 

 抱きかかえているのは愛する女性──ソラウ。

 彼女はレイラインを通して伝わったランサーとの別離に心が耐えられなかった。彼のいない現実を否定して、空想の世界で生きることにした。

 ゆえ、彼女は現実を知覚しない。赤子のように呻くのみ。誰もが目を背けるような惨状である。

 

「ぐ──ぬお!」

 

 ケイネスはひたすらに前に駆けていたのを、突然右に曲がる。

 その直後に銃弾が走った。なんとかかわせた格好である。引き金を引く気配……そんなものを嗅ぎつける嗅覚など持っていなかったはずなのに。

 

「あう──だあ……?」

 

 狩人が猟銃で獲物を追い立てる中、ソラウは幸せな世界に漂っている。彼女には傷一つついていない。

 ケイネスが迎えに行くまで無防備であったのに、だ。おそらく、彼女はこんな有様だ──魔術師殺しは、そこまでしたらケイネスはソラウを見捨てると判断したようだと当たりをつける。

 

 ……ふざけるな! 魔力を失った。そして、聖杯戦争で初めに脱落して家名に泥を塗った。そんな男でも愛した女は守り切る。

 絶対に殺させなどしないと誓ったのだ。だから、どんなに無様であろうと走り続ける。

 

「ソラウ……見ていてくれ。きっと、私はお前を守って見せるから」

「きゃは? すや──」

 

 ソラウの目がケイネスを捉えた。と、思った瞬間寝てしまった。のんきなものだが、変な動きをされるよりもよほど好都合である。まるで幼子だ。

 

「ああ、ゆっくり寝ているといい。次に起きたら、飛行機に乗ってロンドンに向かっているはずだ」

 

 一心不乱に駆けていく。愛する女を守るために。彼女がどんなに変わり果てていようと、愛は真実なのだから。

 

 

 

「──ち」

 

 切嗣は歯ぎしりしていた。

 

「大海魔戦はいい。令呪を一画失ったことは痛手だが、予想通りにサーヴァントたちが脱落し始めている」

 

 そこまではよかった。

 ランサーが初めに脱落することも予想できたし、実際に当たった。彼は大海魔戦において実力の底まで見せてしまったから。

 

「だから、隠れ家を見張っておいた。仲間割れかアーチボルトを囮にしたかは知らんが、分かれた二つの拠点の両方を僕と舞弥とで張った。予想通りにランサーが破れ、万一マスターが見逃された──この“今”こそ、僕が動く時だった」

 

 アーチボルトに余力は残っていない。何かできるとしたらソラウのはずだった。

 だから彼にはもう片方の拠点まで逃げてもらって、諸共に始末する手はずだった。現代兵器を使って吹き飛ばすつもりの切嗣にはまとまっていてもらった方がやりやすい。

 

「だが──なんだアレは? ありえない」

 

 アーチボルトは虚脱状態のソラウを連れて、切嗣と舞弥のキリングフィールドを突破した。

 絶対に起こりえない事態であるのは確実だ。少なくとも、ソラウには何かを成せる状態ではあり得なくて──アーチボルトは万策尽きていた。1万と一つ目の策なんて馬鹿げたものはない。……詰みである。完全に。それは絶対真実のはずだった。

 

「だが、今も奴らは生きている。考えられるとしたら……」

 

 忌まわしい可能性。考えたくもない。が、考えずにいては魔王が嗤うだけだろう。

 その最悪の可能性を。

 

「外部からの介入。貴様か──キャスター!」

 

 絶叫した。どうせここに隠れていることなど誰にもわかるはずがない。

 わかるとしたら張本人の甘粕か。奴の後手後手に回っていることは自覚せねばならない。だが、聖杯を手に入れるためにはこの時点では殺すわけにもいかない。

 

「そうとも、令呪は最期の命を下すためにある。お前には聖杯完成のために死んでもらう。全てのサーヴァントが下された後、自決を命じる。そして──世界に平和を敷く。それこそが僕の願い。果たすべき誓い」

 

 ケイネスの異常な身体能力、未来予知じみた危機感知能力……おそらくはキャスターの邯鄲法を使っている。

 大前提として魔力を使わなければ何もできない──それは切嗣も現代兵器を使っていても同じことである。魔術での強化がなければ3流魔術師にも後れを取るだろう。

 つまり甘粕は外部からの魔力供給までしていると当たりを付ける。

 

「──反撃を試みる様子はない。ありえるとしたら、僕らが油断した一瞬を狙い、必殺を狙うこと」

 

 だが、そんなことはさせない。手負いの獣が何をするかわからないなどと──そんなことは誰よりもわかっている。

 ゆえ、必殺を。追い詰めなどしない。一撃で致命を叩き込むのが最善。

 

「そして、キャスターもまた──この時点で僕を手にかけるわけにはいかない」

 

 不都合だから暗殺して舞台からどかす? 舞台の上で役者を輝かせることに傾注しすぎて逆に殺してしまう甘粕のやり口ではない。

 あいつもまた、最終決戦での決着を望むはず。

 

「なら、ここで仕留める必要はないね。少なくとも、手負いの獣の前に姿をさらしてやるほど僕は向こう見ずじゃない。削らせてもらうよ? 精魂果てるまで」

 

 だからこそ、必殺なんてものはもう狙わない。超遠距離から狙撃して体力を削る。

 肉まで削れたらよかったのだけど、あの危機感知能力の前では難しい。だから、適当に当たるか当たらないかのところを狙う。

 

「隙など晒してやるものか。空港にさえつけば──そう思っているんだろう?」

 

 ニタリと笑う。確かに空港の中で狙撃は不可能だ。建物の中を狙うのは前もって根回ししておかなければ不可能に近いし、そもそも日本でそんな真似はできない。

 

「それを知ったんだろう? お前は。煮え湯を飲まされて、学習した。そして、火器は意外と使い勝手が悪いことを知ったはずだ。威力は高いんだけど、逆に高すぎる。だから、銃を使う魔術師殺しから逃げるには、火器が使えないところに逃げ込めばいい」

 

「──甘いよ。確かに空港の中じゃ火器は使えない。けれど、別に僕は火器使いというわけじゃないんでね。悪いけど、安心したところを暗殺させてもらうよ。空港に入った瞬間、それがお前の最期だ」

 

「すでに舞弥には空港で待機させてある。別に狙撃で死んでくれるんならそれでいいけど──ま、精々勘違いしててくれ。僕は君たちが空港に着くまでに殺さなくてはならないと焦っていると」

 

 切嗣は冷徹に目を細め、狙撃を敢行し続ける。当るか当たらないか、程度の狙いだけ付けて──微塵も油断せずに。

 相手がすでに死に体であろうとも、一切の慢心なく反撃を警戒している。

 

「そして」

 

 さらなる絶望的な事実を口にする。

 

「“今日の便に空きはない”」

 

 そう、彼らは動転して忘れている。いくら魔術師と言っても、彼らは飛行機のチケットを取ってそれに乗ってきたのだ。

 チケットを取らせるのは教え子にでもやらせたのかもしれないけど──そもそも今日乗る予定はなかったから、チケットを持っているはずがなかったのだ。なければ乗れない。それは当然のことで。

 

 それが終わりだ。

 




チケットに関しては他の人間からは奪えません。ソラウが正気に戻れば可能ですが、ケイネスでは誰かから殴り倒して奪い取る以外の選択肢がありません。魔術を使えないという絶望からの連鎖絶望。
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