Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
「やれやれ、君はいつも窮地に陥るね。見てるこっちがハラハラするよ。ほら、僕が奴を引きつけておいてやる。だから──逃げな」
介入したのは。
「なぜ、ここに貴様が居る?」
その予想外の頓狂さに驚いて。
「な……に──? お前は」
またお前は邪魔をするのかと憎悪を込めてにらみつける。
「「神野明影!」」
蠅声蠢く邪神であった。
「おいおい、水臭いこというなよ、君と僕の仲じゃあないか。あの時の借りを返すいい機会だ、遠慮するなよ。──別に倒してしまってもかまわんのだろう?」
もちろん、ケイネスにはこいつと友達になった覚えなどないし、借りについてもとんと心当たりはない。適当に言っているだけだ、こいつは。
「──ふん。まさかお前が来るとはな。主はどうした?」
綺礼は最大限の警戒とともに両手に黒鍵を構える。
アーチャーによれば、投げてしまったあの宝具ならばこの邪神すらも切り裂くことができるという話だが──
「さて、僕は一介の奴隷に過ぎないからね。主がどうしてるかなんて、わからないよ」
ニタニタと唇を吊り上げている神野は道化じみた仕草でお辞儀して見せる。一々癇に障る奴である。
「白々しい。いや、お前の言葉は全てがそうだ。上滑りして心には届かない。しかし、不快感だけは否応なく浸食してくる」
そう思わなければ神野の前には立てない。心の奥底を抉るがゆえに、認めたら終わる。これはむしろ自己暗示……そうであってくれとの願い。
「あっはっは、そんなこと言われても蟲しか出ないぜ」
それを知ってか知らずか。いや、この邪神は知った上で完璧に知らないふりをしているのだ。
「黙れ鬼天狗。出すなら出せ──貴様の臓物の一片まで殺し尽してやる」
神父の殺気はただ蟲の群れを通り越していく。己の本質さえいまだに直視できていない者には神野の実体など見えないのだ。
「ぐ……ぐぐぐ──」
殺気が渦巻く。精根尽き果てたケイネスはすでに胃に出すものがなくなっていても吐き続ける。気持ちが悪い──ここは正気を一片でも残す人間の居場所ではない。
「おいおい、喜んでんじゃないよ。いや、愛しい人に自分のをぶっかけたいって気持ちを分からないことはないけどさ──今はそんな濡れ場やってる場合じゃないだろ? さっさと行けよ、守ってやる」
「う──」
少し考えて。それが逃げろといったことをようやく理解して。理解したらもう止まらなかった。
「わあ……っ!」
駆けだした。腕の中にはしっかりソラウを抱えている。それだけは譲れない。
もはやまともな思考ができないほどに頭の中がぐしゃぐしゃになっていても、彼女を守るためにここまで来た。
「……逃がさん」
黒鍵を放つ。
ここではいつものように5本を同時に撃つなどできない──空港なので一本くらいが関の山。持っている数はともかく、こんなところだと二本か三本以上は後始末がしきれない。
その数少ない黒鍵だって、人に当てないように──そして目立たないところに当てなければならない。
「──うわあああああ!」
制約がある。それ自体が問題だ。
そんな不抜けた攻撃は神野を貫通しても、絶叫して走りだしているケイネスには当たらない。今もって危険予知能力は健在である。
当たり前だ、彼が動けるということそのものが、何かしらの力が働いていることの証拠であるのだから。
「大体さ、なんで君ここに来たの? 時臣君に味方するなら悪手だよね。だって、放っておいても切嗣に消されるから。まあ、僕らが出てきてご破算にしたけどさ。でも、それって問題ある? マスターが野放しになるけど、どう考えても彼は倫敦で治療を受けている間に聖杯戦争が終わる」
「……不安要素の排除がそこまでおかしいか?」
「おかしいね。不安要素の排除程度に君が危険を冒すはずもない。僕らが出てくるとおわかっていたから、あれを持って来たんだろう? ああ、そういうことか。ふーん。君ってけっこう悪趣味だね」
「貴様にだけは言われたくない」
「じゃ、セイバーでも呼ぶかい? もっとも……彼女を呼んだら自分の手で殺せないだろうけど」
「……悪魔め」
不快感を押し殺すようにぎりぎりと歯を食い縛った。読まれている──己の浅ましい欲望を。
「おいおい、別に恥じることじゃないだろう。男が愛する女を守り切った──そう思った瞬間に女を殺して絶望させてやるなんて、ありがちなシチュエーションだよ。使い古しだから、そこに至るまでの道を飾りあげて、どう魅せるかが脚本家の手腕になるわけだけど、君はダメだね。落第だよ」
はん、と肩をすくめた。
「ふん。確かに顔を合わせておいて殺せなかったのは痛いな。状況が理解できずにぽかんとして、少しずつ何が起きたのかわかっていく。受け入れられない永遠の別離を受け入れたくなくて、しかし女の死体は我が手に抱えているのだ。その悲哀はとろけるほどに甘い──と、思ったのだがな」
「それは──しょせん妄想だね」
「……!」
神父の殺気が増した。いや、今までも限界まで高まっていたのだ。それが限界を突破した。だから。
「馬鹿な──消えた。だと……!」
殺す。頭を占めるのはそれだけで──神野は少し目を離しただけだったのに、神父は姿を消している。
超人的な身体能力と卓越した暗殺技能が合わさって初めて可能となる超絶技巧の前に、邪神は呆然と宙を眺める。
「試させてもらおうか!」
綺礼が持っていた剣……投げ飛ばしたそれを拾って無防備な神野の腕を切り飛ばした。
むろん、綺礼は黒鍵使いであって剣術家ではない。黒鍵は剣かもしれないが、使い方は投げナイフだ。よって、斬撃とも呼べないそれは剣で殴りかかるような攻撃となる。それでも音速を突破しかねないのは人から外れているとしか。
「イタイ。イタイなあ──」
わんわんと蟲の羽音が反響する。脳をかき回されているような心地がして常人では正気を保つことすらできないだろう。
そんな中、正気とは言い難い神父は耳を澄まして中心を狙い、殴打する。
「ぐわあああああ! やーらーれーたー」
虫を潰すプチプチという確かな感触が伝わってくる。怖気が走るが、これは神野に確かなダメージを与えたという証拠である。
「ふん、英雄王が寄越したコレも、どうやらなまくらではないらしい」
超人的な感覚で耐えがたき神野の足音を聞き、人を越えかねない腕力でもって“殴りつける”。ただし、これが限界だ。
彼は代行者であって担い手ではない。そもそも神野に効いているとはいっても、それは大海魔の触手を切り飛ばすようなもので即再生しているのだからダメージは全く蓄積しない。
「──破!」
潰しても潰しても、また蟲がわんわんと広がって空間を覆い尽くす。
大体、振り回すだけではだめなのだ。神野を倒すには核を叩く必要がある。
なるほど英雄王の本質を見抜く目は確かだ。彼を悪魔と見定め、ダメージを与えることができる宝具まで用意できた。が、それだけでは本当の意味では通じない。
「…………ッ!」
何度も何度も殴りつける。それは確かに痛みを与えているが、実際は神野を喜ばせているだけだったりする。
担い手ではないから、核を見抜く前に宝具に振り回されてそれどころではない。それは英雄王にも通じる欠点であるがゆえに彼が理解することは永遠にない。
「ぬ──あ……ッ!」
数十の攻撃を確かに叩き込んだ。しかし、その攻撃の全ては核を抉れるほどに鋭くはない。
その理由は全て、綺礼はその宝具を使いこなせなどしないからという一点に尽きる。宝具と呼ばれるものは原則、担い手と唯一の相棒と言った関係になるが……綺礼の持つそれは英雄王が適当に見繕って貸し出したものでしかない。
「ぐぐぐ──」
流石に宝具なんてものを振り回し続ければ綺礼にも疲れが出てくる。使いなれない道具を使えばそうなるのは当然だ。
そんなものを使うくらいなら使い慣れた黒鍵の方がマシだったのだが……そこは神野。彼の気配に当てられて平静を保てるのは人間ではない。
「おいおい、何を一息ついてるんだよ。僕の親友──セ-ジをちょっとは見習えよ。あいつは熱い奴だったぜ? 生きる、生きるんだ。俺は最強! 諦めなければいつかきっと夢は叶う──あはははは。すごい前向きさだ。あれこそヒーローっていうんだよ」
もちろん、綺麗に征十郎のことなど知る由もない。なかば頭がもうろうとして作業のようになっても振り回すのをやめられない。
「ぜぇ……ハァ──」
とうとう疲労困憊の様相を呈してきた。
「あいつは体力なんか常に底をついてたのに、あふれ出る自尊心だけで動いてたんだぜ。ほら、きれいっちも勇気を出せよ。知らないのかい? 成功率なんて単なる目安だ。あとは勇気で補えばいいんだぜ」
「ち……これほどまでに時間を取られるとは。だが、あの体でどこまでも逃げられるものではない」
横目でケイネスが逃げて言った方向を確認する。もうこいつと戦ったところで意味がない。ようやく頭が冷えかけてきた。
「許すと思うかい?」
凶悪な笑みを浮かべている──が、しょせんは霧か幽霊の類だ。聖杯戦争という縛りの中で、こいつはささやくことしかできない。どれほど心を抉ろうと、誰かを守ることなんてできやしない。
「は──貴様はただの悪夢だ。現実には干渉できない。目くらましにいつまでもつきあっていられるか。……おお!」
一閃。確かな感触とともに無数の蟲が飛び回る。宝具を放り捨て、一切を無視してケイネスが逃げて行った方へ走り出す。
ケイネスの試練はまだ終わらない! ――かな?
第1の試練:魔術回路と脚が壊れた状態でウェイバーと決闘
第2の試練:切嗣による狙撃から生き延びろ
第3の試練:外道神父の魔の手から妻とともに生還せよ←今ここ
これを一晩で乗り切れという無茶ぶりは流石の甘粕です。