Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第45話 傷

 

「妻もろともに死ね、アーチボルト……!」

「あなたは切嗣にとって“よくないモノ”だ。ゆえ──死ね」

 

 綺礼が神野を振り切り、ケイネスを追撃した。その周囲への注意の一切が切れた刹那、銃弾が飛んできた。

 

「……ッ!」

 

 かわせない。暗殺者はまさにその一瞬を虎視眈々と狙っていた。

 第三者への警戒? 切嗣の手の者が空港内に潜んでいることなど承知していた? そんなことで対処できるほど甘くはない。

 まさに神業のタイミング。さらに言えば神野から注意を逸らすことができる人間などいない。

 

「──そこ、か!」

 

 だが、綺礼は代行者である。人でない者を狩る人でありながら人でない狂信者である。

 完全に不意を突いたからと言ってなんとできるものではない。彼らが狩ってきたのは人外魔境たちなのだ。

 予想どころか、実際に目の前にしても何が起きたかわからないような異常極まる事態など慣れっこである。

 

 ようは、化け物の相手をするのが人間であるはずがないということだ。

 化け物の相手は──当然ながら化け物である。

 

 ゆえ──

 

「シィィッ……!」

 

 ヘッドショットを腕で受け止めるなどという異常極まりない現象が発生する。

 

「ガ……ギギギ──」

 

 筋繊維が断裂する。銃弾が骨まで抉り、灼熱が脳を焼く。だが、死んではいないだけで十分だ。まだ動くなら──戦える。

 そもそも銃の威力が小さかった。余計なモノさえついていなければ腕を貫通くらいはできたろうに。

 

「サイレンサー。それに小口径……か」

 

 さらに無理な追撃や反撃などは考えない。状況を考察すると同時に全力で撤退にかかった。

 空港の地理は頭に入れている。すぐに姿をくらまし、数秒後には空港の敷地から脱出して簡易的な治療を施す。

 

 

 

 そして、神野は暗殺者の方に関心を向ける。

 

「おやおや──これは舞弥君じゃないか。僕の援護に来てくれたのかな?」

 

 感情の死んだ舞弥だが、さすがに神野に親愛の笑みをかけられれば嫌悪はする。それはそういうものだ。誰からも嫌われる悪魔という役割(ロール)

 

「ほざけ、チェルノボーグ」

 

 聞くに耐えぬ、と足を出口へと向ける。

 

「だけど……君の主からはケイネス君を殺せと言われてたんじゃあないのかな?」

 

 ぴたりと足を止めた。

 

「君は逃げた彼を追うことなく綺礼に狙いを定めた。それはおそらく君の独断だ。なぜ、そんなことをしたのか……僕に聞かせてくれないかな」

 

 神野は嗤っている。単純に痛いところを的確についてみただけで、他意はないのだ。

 

「……」

「だんまりかい。なら、勝手に推測することにしよう。そうだね、ここは面白おかしく──ああ、そうだ。君が切嗣を愛しているなんかよさそうだね。彼にはアイリスフィールという妻がいるが、彼女は死ぬ定めにある」

 

「……!」

 

 銃を向けた。効果がないのはわかっている──が、向けずにはいられなかった。この口汚い悪魔の口を物理的に閉じてやりたい。だが、これ以上騒ぎを起こせばこの場の隠ぺい自体が難しくなる。

 

「切嗣は愛する女が死んで悲しんでしまう。であれば、君が心の隙間に入る余地はあるわけだ。そう、聖杯戦争がどうなるにせよアイリスフィールの命は長くない。少し待つだけで、君は自動的に二番から一番に繰り上がることができるわけだ。ああ、いや──彼女は体が弱いからね。もうすでに夜は第一夫人を気取……」

 

 銃声。

 

「黙れ」

 

 止められない。下種の勘繰りとわかってはいる。わかってはいるのだが──実際にやられてこんなにも憤るものだとは。

 機械のように平静だった心が、今はマグマよりも煮立っている。

 

「怒らせちゃったかな? あはは、勘弁してくれよ。ほら、野良犬に手を噛まれたと思ってさ」

 

 切嗣に拾われて以来久しく見なかった感情を引き出すという快挙を誇るでもなくへらへらと笑う。

 

「貴様は甘粕の犬だろう。黙って働いていろ」

 

 厄介な敵だと思っていたが──今は殺意以外何も感じない。何が何でも殺そうとしないのは、それが無理だと判り切っているからだ。

 そこらへんはやはり自分は人間の殻をかぶった機械でしかないのだと、彼女は悲嘆も感慨もなく再確認する。

 

「これは手厳しい」

「聖杯を手にするのは切嗣だ。キャスターなどには絶対に渡しはしない」

 

「へぇ……初めて君の本音に触れた気がするよ。ああ、そうだ──これは綺礼ちゃんに聞きたかったことなんだけどね。あの敗退した彼……ケイネス君はこれから一体全体どうなるんだろう? 気になるだろ」

「気になりませんね。彼はここで死ぬはずだった」

 

「だけど、彼は生きて倫敦へと降り立つだろう。聖杯戦争初敗退者という汚名を背負い、魔術回路を失って、さらには連れてった婚約者が廃人になったとまで来たもんだ。どう考えても彼の未来は閉ざされている」

「……」

 

「名家の出身? 魔術回路を失った今ではそれゆえに許されざる汚点となる。無名であれば無視されたのに、少しばかり有名なばかりに有象無象がよってたかって責め立てる。そもそもの婚約者だって、今までの関係ではいられない。ま、あの様でも後継ぎを産む胎としてなら使えるけれど、ケイネスに与える義理なんてないだろう。どこぞの適当な名家に貸し出されるんじゃないかな」

「だから?」

 

「さて、彼は生きてさえいれば幸せになれると──本当に、思うかい? もしかしたらここで死ねた方が幸せだったのではなかろうか。なあ、おい……本音を聞かせてほしい」

「彼はここで殺す予定だった。それだけです」

 

 にべもない。

 

「……なるほど。それも真理だ。敵のことを心配してやる道理なんてない。ふむ──それもアリだ」

 

 うんうん、と一人でうなづく神野をよそに舞弥は端末を操作する。

 

「これ以上の追撃は無意味か。あなたも奴隷としての務めがあるのでしょう? さっさと行きなさい」

 

 もう飛行機は出て行った。本当に乗っているかはわからないが、その辺の手落ちをキャスターに期待するだけ無駄だろう。

 

「うん? ご心配ありがとう。でも、まだ時間はあるよ。まだお話していかない?」

「……さっさと消えてくれることを祈っていますよ」

 

 去っていく舞弥をニタニタと笑うが。

 

「さすがに、こんなことには令呪を使わないか……」

 

 邪神はしみじみと呟いた。

 

 

 

 そして、深夜に大笑が木霊する。

 

「──素晴らしい」

 

 彼は掛け値なしの本音で褒め称えている。そう、最初からずっと見ていたのだ。

 ウェイバー、切嗣、綺礼という3人の傑物から逃げおおせたケイネスを心の底から称賛している。

 

「なんと素晴らしい愛を見せてもらったことか。ああ、良き愛であったぞケイネスよ。お前の勇気、たとえ永遠を経ようとも忘れることはない!」

 

 闇にたたずむ彼はキャスター。ケイネスに力を与えた張本人である。そして、この状況を整えた人間でもある。

 

「信じている。信じているとも──我がマスター殿の狙撃を冷静に対処し、さらには神父までもお前の妻を害することを許さなかったお前のことだ。少しばかりのハンデが何ほどのものかよ。お前達ならば、なんだってできるさ」

 

 ばっと腕を大きく広げる。

 

「なぜなら」

 

 大げさすぎるほどの動作で宣言する。

 

「──人間の未来はいつだって無限に広がっているのだから!」

 




最期の試練:人生
というわけで、これがケイネス君の最後の試練となります。終わりがなくて、ただひたすらにほろ苦い。皆多かれ少なかれこれで悩んでいるわけですが、それでも付き合っていかなければなりません。

追記:彼が再び歩けるようになる時は、甘粕が聖杯を掴んだ時となります。
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