Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第50話 暗殺

 

 少し時はさかのぼる。

 

「──綺礼よ。答えをつかみ損ねたようだな」

 

 アーチャーは目論見が外れたのにもかかわらず楽しそうにしている。しょせんは、失敗しようと面白い見世物に過ぎなかったということだろう。

 

「お前のおかげでな。なんだ、あの目立つ武器は? 確かに神野明影の実体を捉えたが、それだけではないか。倒せないのであれば、黒鍵の方がマシだというもの」

 

 もっともな意見である。しかし、英雄王にはそんな理屈は通じない。愚者が無能ゆえにできなかったことを他人のせいにしていると考える。

 そして、寛大さがゆえにそんな愚かさも許している──と彼は本気で思っている。

 

「最初の奇襲も成功した、と? いや、キャスターの愚かさは言葉では測りきれんものがある。我ならともかく、お前ならば万全を期す必要があったということよ」

「現に帰還できている分、否定もし辛いな。まあ過ぎたことはいい。だが、これでアーチボルトに手出しできなくなった」

 

 彼は空の上だ。もちろん、お前ならばできるだろうがな──と付け加える。

 

「我がやってもいいのだが、しかしそれではなんにもならんしな──」

「お前のことだ。悪企みのタネは尽きてなどいないのだろう?」

 

「ふ。あまねく世界は我の玩具箱に過ぎん──ゆえ、玩具が一つや二つしかないなど許されるはずがなかろう。もちろん、あるとも」

「では?」

 

「お前、セイバーが厄介だと思わんか?」

「ふむ。確かに邪魔だな。この局面においては彼女の力を必要とすることもあるまい。あるとしたら、キャスターにぶつけて力を削るくらいか」

 

 もっとも、アーチャーは万全のキャスターを下せると疑ってもいないだろうが。綺礼としては、そこに関しては怪しいと思っている。

 案外、簡単に暗殺されたりしてな……とほの暗い感情は隠しておく。

 

「セイバーは我が貰う」

 

 不遜に言い放った。本人の意思など完全無視である。そして現マスターである綺礼も嫌がらせのために令呪を使いかねない。

 知らないところで窮地に陥っているセイバーである。

 

「お前らしい傲慢だな。まあ、いいだろう。で、私の令呪が空くわけだがどうする?」

 

 綺礼はセイバーを相棒だなどと思っていない。厄介払いのごとく引き渡すのみ、捨てたとしても惜しくはない。

 

「言峰、お前──最強のサーヴァントが欲しいと思わんか?」

 

 最強……アーチャーがそう言うなら、指す対象は一つしかない。大いに疑問が残るところではあるが。

 

「なるほど。で、時臣殿はどうする?」

 

 元から忠誠を捧げているわけではなかった。しかし、ここに来るとそれを隠しもしなくなった。従う理由など道徳観くらいのもので、今はそれを捨てようとしているのだ。

 

「いかんな、求めれば手に入ると思うのは甘えだぞ。欲しいものは自分の手で手に入れなければな──それが人間の尊厳と言うものだろう」

「お前が人間の尊厳を説くか? まあ──つまり、殺せと。かまわんがな。しかし、マスターにはもっと敬意を持ったらどうだ、サーヴァント」

 

「お前も冗談を言うようになったな、綺礼よ。ああ、その通りだとも。端的に言えばな。ああ、いい機会だ──この機会に父殺しも体験しておけ」

「我が父を──?」

 

 心にざわめきが走る。時臣殺しに関しては面白そうだくらいしか思わなかった。だが、父を殺すことを想像すると──

 

「そうだ、何をためらうことがある。それこそが貴様の真の望みだろう? 時臣など、別段慕っているわけではあるまい。ただの道具として遇され、貴様もまた──奴など言うなれば出向先の上司でしかないのだろ」

 

 これは喜びか?

 

「時臣殿は──わが師であられる。だが、それだけに過ぎん。生き様を教わったわけでもない。ただの道具(魔術)を習い、彼の願いを達成する手伝いを依頼されたのみ。何の思い入れも存在しない──だが、確かに純真な彼の願いを踏みつぶす様を想像すれば心が震える。と言えなくもない」

 

 時臣を殺し、その死に顔を見る事は楽しくてたまらない……と、思う。だが、それだけでもないような。では、このざわめきも楽しみなのだろうか。──悦びであるのだろうか。

 

「だが、言峰瑠正は違う。今のお前を形作ってきたのは彼の教育であり、父の生き様を目にしてきたことによるものだ。ゆえに彼に手を下すのは今までの己を殺すのに等しい。どうだ、震えてこないか?」

 

 己を殺す。それは……きっと、良いことなのだろう。

 なぜならずっと──何もない自分を殺したかったのだから。なにもない。なにもない。なにもない……木偶のような心が嫌だった。

 

「今までの己を殺す」

 

 とても魅力的な響きだった。だが、手の震えが止まらない。

 本当にこれは悦びであるのかと疑問が尽きない。何度も自問するけれど、答えは出ない。

 

「無理にとは言わんよ。嫌ならやめればいい。なに、見世物の一つがなくなったところで我は怒らんよ」

 

 やめろ? やめていいのか、私は。……やめたいのか?

 

「それは気が楽だ。殺されないのは良いものだ」

 

 冗談めかしても、思考は止まらない。いつまでも空転し続ける。それはまるで思考の奈落──落ち続けて、果てしなく堕ちる。

 

「だが、決断はしてもらう。さあ、どうする」

 

 このまま思考に溺れていたいと思った。だが、それはお前が許さないのだなアーチャー。

 

「──」

 

 かといって、早々に決められるものではない。

 

「さあ」

 

 だが、迷うことは目の前のアーチャーが許さない。

 

「さあ、さあ、さあ──」

 

 このような状況で冷静な判断を下せるわけがない。だが、それでも判断を下せなければならない。アーチャーはどちらの選択肢を選んでも殺さないと保証したが、選ばなくても殺さないとは一言も言ってないのだから。

 

「ああ、殺そう」

 

 だから、後戻りできない道を選んでしまった。

 

 

 

「──時臣師」

 

 そうして、綺礼は時臣邸を訪れる。何度も来ていて、今では第二の我が家と言ってもいいほどになっているから時臣としては弟子を疑いようがない。

 

「なんだね?」

 

 そして、彼に綺礼の変化に気付いた様子は見受けられない。信用している……手放しで。魔術師らしからぬ甘い男なのだ、彼は。

 

「少し相談したいことがありまして」

 

 綺礼がおもむろに近づく。実は歩法を使用しているのだが、時臣は格闘術すら知らない。

 すでに一息で殺せるほどに近づかれたとは知る由もない。

 

「なんだね?」

 

 実は、時臣は無警戒でいるわけではなかった。いや、綺礼のことについては信用している。寝首をかかれることなど想像すらしていない。

 だが、万一のことは考えていた。

 

 ──そう、時臣は戦う人間ではないが学習能力は持っている。しかも、それについては探究者だけあって余人よりも優れている。

 研究と言うものは何でも試行しては考察の繰り返しであるがゆえ、例えば神野当たりの奇襲に対しても対策し用心していた。

 

「死んでください」

 

 だから、不意打ちにも対応できた。

 彼が自分の意志で襲いかかるとは露にも思っていない。逆にそのおかげで防げた。操られた、もしくは擬態した可能性を考慮できていたゆえに。

 疑う理由はあった。

 予定にない帰還──なにか知らせるために来たらしいし、そういうことも過去にあったが、入れ替わるなら絶好の機会だろう。

 何か仕掛けてもおかしくないし、実際に仕掛けられた。綺礼としてはただの“善は急げ”ということだったが裏目に出た形となる。

 

「……ぐ。綺礼君──」

 

 心臓狙いの黒鍵を強化した手で受け止めた。手のひらを貫通した傷はとてつもなく痛いが、泣き言をいうような贅沢は許されない。魔術師らしく、こんな状況でも頭は回る。

 

「……神野に操られたか!」

 

 ゆえ、考え付くのはこんなところだろう。むろん、この行動に神野が噛んでいないというわけでもないが主体はアーチャーである。

 こんな勘違いをしたのは一重にキャスター組のうさん臭さであって、まず疑うべきはこいつらというのは実は間違っていない。

 

「──は?」

 

 一瞬、ぽかんとする。そんなことは考えたことがなかった。わずかに動きが止まる。

 時臣とキャスターに既にパイプができている可能性まで考え、やはりそれも裏目だ。ここは速攻以外に選択肢などない。

 何か歯車がずれているのを自覚する。代行者の対化け物としての性能が十全に発揮できていない。

 

「ち。……アーチャー!」

 

 時臣の間違いなのはあくまでそうと決めつけたこと。それ以外の可能性を考えずに弟子を疑えなかったこと。いや、この場合は親友の息子と言った方が正しいか。

 蛙の子は蛙というが、こと人間性という点においては人格者から何が生まれ出でるかわからないというのに。だから、よりにもよって首謀者に助けを求めるなどという傍から見れば間抜けにしか見えない行動を取ってしまう。

 

「呼んでも来ませんよ。これは彼も承知していることだ。あなたは私が操られているとでも思ったのでしょうが──私は操られてなどいないのですよ。私は私の意志であなたを殺そうとしている」

 

 狂気に染まった笑みを見せた。本心からの気持ちもなくはないが、それ以上に意図して表情を作っている。

 師に恐怖を与えるために。しかしそれはまだ彼は完全に堕ちたわけではないことを示す。水は水で泥水は泥水でしかない──ゆえ、生のまま泥水であれば“演じる”必要などどこにもない。

 

「……なんだと? なぜだ──私に何の不満があるという!? そもそも、君だとて聖杯は要らないといったはずじゃないか」

 

 だから時臣は頭がこんがらがる。まったく意味が分からない。

 そもそもなぜ綺礼が自分を狙うのかすら判然としない。

 なぜなら聖杯戦争の趨勢で言えば、ここで裏切る理由もどこにもない。せめてキャスターを下すまでは手を組むのが定石じゃないか。

 

「ええ、聖杯は別にそれはどうでもよろしい。私はただ、あなたが弟子に裏切られ殺される絶望の顔を見たいだけですよ」

 

 その顔に嘘は見えない。だが、何を言っているのかわからない。なんだ、それは? 長年の付き合いがあったから、逆に全くもってわからない。

 人を殺して楽しむような趣味などなかったはず。と、時臣は思う。

 

「何を──何を言っている? そんな馬鹿な理由で人を殺すなんて……」

 

 そもそも時臣にとっては人殺しなど利益を目的とした行為であって、それそのものを目的とすることはありえない。それは一般的に異常と呼ばれる感性だ。

 ゆえに、理解など欠片もできない。そもそも魔術師というのは利己心を殺し、一族に奉仕する生き物がゆえに。

 

「ええ、馬鹿な理由でしょうね。人間ならばそんな理由で人など殺せますまい。けれど、私は人以下の獣でしかなかったようなので」

 

 だが、殺気は本物。仕込んだ敵意の感知魔術がうるさいくらいに頭の中で警告をがなり立てる。

 

「そんな……瑠正──君の息子は。いや、私も何もできなかった……か」

 

 わけがわからない。だが、家訓のためにも動揺を表に出すわけにはいかない。少なくとも本人はそう思ってるし、ボロも出ていたけれどここで表情を引き締めた。

 

「納得していただけたようですね」

「納得など……!」

 

「納得できないことを得心してもらえればいい。理不尽な死に嘆いて死ね──遠坂時臣」

 

 ことさらに黒鍵をふってみせた。

 

「させんよ。いかなるときであっても優雅に。それが遠坂の家訓でね」

 

 防壁を張る。額に汗が流れるが、しかし強張ってはいても口は笑みの形を作れていた。

 

「戯言を──」

 

 黒鍵の投擲……時臣の張った結界は苦も無く壊される。だが、かわされた。

 なんという瞬発力──ここまで己の身体能力を強化できるとは。眉をしかめる。

 

「さすがに代行者か……だが、この屋敷の中であればサーヴァントの奇襲にも対応できるようにしてある」

 

 自信満々な態度──これがあながちはったりでもないことを綺礼は知っている。

 仕掛け自体は知らないが、時臣の性格はわかっている。ここで、準備もなしに自信気な顔をできるような男ではない。

 

「……ほう」

 

 震脚。八極拳の基礎であり、奥義。一歩で距離を詰めるとともに文字通り地を震わせるほどの踏み込みでもって馬鹿げた威力を実現する。黒鍵をかわされるなら、直接叩くまで!

 

「っおお!」

 

 時臣は更なる強化魔術を己にかける。もとよりアーチャーに守ってもらおうなどとそんな阿呆なことは考えていない。

 令呪を使おうにも残りは一つ。これは自殺させるためにとっておかねばならない。ならば、敵の相手は己の身一つでやるしかない。

 

「その程度の強化魔術で──」

 

 時臣は飛びのいて、綺礼の拳をかわす。体術の経験はないと思っていたために少し驚く。しかし──

 

「反応速度、そして瞬発力の強化か。だが、もう見切った……!」

 

 さらに一歩踏み込めば捉えられる。強化された瞬発力は脅威だが、しょせん体術の心得がない人間では有効に扱えまい。さらに言えば、先ほどのかわし方では反撃に転じることなどできん。

 

「ふ。この遠坂時臣が策の一つもないとでも思うかね?」

 

 それでも時臣は不敵な笑みを浮かべる。そんな笑みを浮かべていられるような状況ではないはず。時臣は優秀な魔術師とはいえ、直接戦闘能力に能力を割り振ってはいない。

 何人もの魔術師を屠ってきた代行者にとっては殺すのに手間取ることもない相手のはずだった。

 

「──ち」

 

 しかし綺礼は警戒する。

 さすがの彼も宝石魔術を喰らったら死を覚悟せねばならない。もっとも、時臣のような素人にはたとえ不意打ちだろうと当たる気はしないが、それで当たったら世話もない。

 そして、時臣の顔からして当てる算段はついているのだろうと推測する。

 

「何処から来る?」

 

 それも代行者という彼の前歴に端を発する。相手は何をしてくるかわからない人外ばかりを相手にしてきたのだ。

 油断してなかろうと、不意打ちは当たり前──瞬きすらしなかったのに見ている世界が一瞬で様変わりすることもあった。慎重にならざるをえないような戦場(地獄)で過ごしていたから、この時も様子を見てしまった。

 

「遠坂たるもの逃亡も優雅に」

 

 遠坂時臣はわき目も振らず一直線に全力で逃げ出した。一矢報いようとかそういうものは全くない。

 思い切りが良すぎて綺礼も虚を突かれた。逃げを簡単に決め込めるような性格ではなかったと思うが、もしかしたら洗脳説を捨てきれていなかったのかもしれない。

 

「な──待て!」

 

 とはいうものの、すでに消えている。遠坂時臣に転移などという高等魔術は使えない。だが、この屋敷には対サーヴァントとして用意した逃げ道がある。

 高速で脱出のための道を駆け抜けて、すでに彼はバイクに飛び乗ってここから離れていることだろう。

 

「今追いかけても無駄か。……こうなってしまったら、すぐにでも行動を起こす必要があるか」

 

 綺礼もまた、別の方向を目指して走り去る。

 

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