Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
「……っこの馬鹿者が!」
そんな絶望は知らんとばかりに声を張り上げる。──無茶でもいい。壊れてもいい。
だから、今は動け自分の身体! 老齢を迎えようと通す意地はあるだろうが!
「……え?」
綺礼の手に衝撃が走った。なんだ──今のはまるで鉄塊に黒鍵をぶつけたような。
いぶかしげに殺したはずの父を見て、その表情に驚く。見たこともない顔……まるで修羅。穏やかさなど欠片すら残っていない。
「父上……?」
このような顔は見たことがない。覚悟をしたようだ。──息子を殺す覚悟?
「すまんな──親であるというのにお前の苦悩を知る由もなかった」
綺礼の腹に衝撃が走った。
「が──ッくぅ!」
早すぎて何をされたのかわからない。だが、腹に衝撃が走ったのなら位置的に前に居るはず。人外の脚力をもって遮二無二蹴りつけた。かわされるだろうが、時間は稼げ──
「……?」
なのに、当たった気配がない。人間にかわせるような速度では──
「ふん!」
頭に衝撃。拳? 蹴り? それとも肘か。わからない。……速度は上回っているはずなのに!
「っあああああ!」
怖い! こんなことは初めてだ──何をされたのかわからないことが怖いなどと。
それに恐怖を抱かないからこその代行者であったはずなのに。でなければ、人外魔境の相手をすることなどできはしない。
「まだ──わからんか!」
身体が宙に浮いた。──足払いか!
「があああ!」
黒鍵を投げ、それを蹴りつけてジャンプする。物理法則に真っ向から喧嘩を売るような行為だが、代行者ならば空中戦くらいできる。
けれど。
「は!」
空中で体ごと叩き落とされた。なんだなんだなんだ──何が起きている!? 這いつくばるような恰好であたりを見渡す。
なにか影が見えたような気がした。
「……ひ!」
慌てて離脱すると石畳が砕けた音がした。あのままだったら頭でも踏みつぶされていた?
「あ──な──何だ……」
背を壁に預ける。恥も外聞もない。ただ恐怖して目の前の理不尽から目を背けている。
わけがわからない。まさか父が、このような──
「感じるのだ、息子よ。信仰こそが救いの道である。信じる者は救われる。私が正しき道を示そう。お前が間違ったとしても何度でも叩きなおしてやるから安心するがいい」
父は血だらけの顔で笑みを浮かべている。安心しろ、見捨てない。自分はいつだってお前の味方だと。酷く無茶をしたせいで全身が内出血して青ざめた顔で。
それでもなお、穏やかに。
「何度でも、何度でも──だ。お前は私の息子なのだ。見捨てられるわけがなかろうが。だから、なあ息子よ。私の胸に飛び込んで来い」
ああ、それはなんてすばらしい父親だろう。真正面から叱りつけ、反省を促し──息子のためならどんな辛いことでもできる。胸の内がカッと熱くなる。
「だから──だから、私は救われなかった! 信じるなど……そんなものは今までずっとやっていたと言っただろうが。私は何の救いも得られなかった。何もないのだ──私には! 生まれてこの方つかめたものは何もない。信仰など……何の役にも立たんと言ったであろうが!」
目の前の椅子を蹴り壊して散弾銃のようにばらまく。今までは教会のことを気遣っていた──が、もはやそんなものは無視だ。否……積極的に破壊する。
「……綺礼!」
怒声……というよりは叱る声か。ああ、今初めて怒られたのかと感慨にふけり──全身の血が沸騰しそうなほどの怒りを覚えた。
「貴方がくれたのは信仰ばかり! 他の何もくれなかった──私は感情が欲しかった。例えそれが屈辱であろうとも。何でもよかったのだ。感情をくれたのは貴方ではない、アーチャーだ。私は貴方を殺して感情を手に入れる。──愉悦という感情を」
そうだ。何を遠慮することがあるか。目の端にはキリストの像が破片を受けて右手がもげている光景が見える。何とも愉快な光景だと唇をゆがめて。
「──おお!」
嵐のように椅子を蹴って破片を撒き散らして攻撃する。そうだ、ここは閉所であり神の御元での破壊行動を躊躇したからこそ不利だった。
……無数の破片が撒き散らされては震脚どころではあるまい!
「ッシィ!」
根本的に身体能力が違うのだ。10cmはある破片ごと踏みつぶして突き進む。それができる。
「ぐ──綺礼……!」
瑠生はこの破片の散らばった部屋では走ることすら困難だ。迫る綺礼の攻撃を回避することも、防御することすら難しい。
「死ィねえええええ!」
黒鍵を力任せに振り回して頭をかち割ろうとする。
「──お」
それでも瑠生は震脚を繰り出して避けようとして、案の定足を引っかけて滑って捻挫する。
「……あ?」
腕が痺れた。まさか──ケイネスを狙ったとき、切嗣の道具に邪魔をされた時に撃たれた傷か! 狙いが狂う。
「息子よ──」
その顔は息子のために死ねないとでも言っているかのようで。彼はどこまでもあがくのだ。父殺しをいう大罪を息子に背負わせないために。
「ぐぅ──」
半分転んだような形になり、頭には直撃しなかった。が、右腕をもぎ取った。十分致命傷である。……なのに。
「お前は──確かに他人とは違うかもしれん。私は、その性に気付いてやれなかった。父親失格かもな。だがな──それでも、私はお前の父だ! 誰が目を背けるか。舐めてくれるなよバカ息子」
眼はかすみ、足はふらついている。彼は立っていることさえ奇跡と呼べる有様なのに。それでも、その声だけは明朗に響く。
「あなたは、一体……何を言って」
まさか、この負傷で意識を失わない? 綺礼のように拷問に対する訓練を受けているわけでもない──ただの裏家業についている八極拳を極めただけの一般的な神父なのだ。
七転八倒して苦しみもがいて気絶するのが当然の反応──で、あるはずなのに!
「人を救うのは素晴らしいことだ。だがな、お前がお前を救えずにいったい誰を救えると言う? 幸せになれなくてもいい。ただ信仰に身を投じ、安らぎを得るのだ。お前は悪魔に魅入られたかもしれん。それならば、私が助けてやる。私はな、ただお前に安らぎを得てほしいだけなのだ」
彼の眼はまっすぐ綺礼を向いている。何も映っていないのに──綺礼の心に何かが迫ってくる。それは何かとても大切なもののような気がして。
「父……上……」
理解できない。なんだこれは? 感情──愉悦ではない。苦しみでも恐怖でもない。いったい何だと言うのだこれは……ああ、目がかすむ。なんだ? 頭部に損傷は負っていないのに、何かが視界の妨げとなっている。
「よく頑張った。その秘密を抱えて生きるのは辛かっただろう。ともにその秘密を抱え、生きて行こう。お前と私は家族なのだから」
瑠生は震える足で、一歩の距離を何十秒も駆けて踏破して、綺礼のことを抱きしめた。
頬に熱いモノが流れた。ああ、今私は泣いているのか。
「あなたに何が分かるという!? 真っ当な感性を持ち、真っ当に生きたあなたに私のことはわからない!」
なんだ──心の中の何かがどんどん膨れ上がってくる。涙が止まらない。
「かもしれん。だがな、努力はするさ。お前が私の息子というのは、変わらぬ真実なのだから」
気を失ったようだ。だが、その手は綺礼をずっと離さなくて。
「あ──」
ここまで意地と根性で意識を持たせたことに感服するほかない。そして、それは綺礼のために他ならない。それがわかっているからこそ。
「………………」
今なら殺せる。無防備な瑠生の頭を踏みつぶすも、心臓に杭を討つも好き放題できる。だが──
「父上……」
どうしてもそんな気になれない。父の死に顔を見るのがあんなにも楽しみだったのに。何かの糸が切れたかのように、ずっと立ち尽くしている……