Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
「さて……何か言うことはあるかね、セイバー」
教会……治療され眠りについた監督役の前、一人と一騎はたたずむ。
「いえ、別に。で、どういう風の吹き回しです? あなたが私を呼びつけるとは」
綺礼はセイバーに何も言っていない。ただ呼び寄せただけで、そもそも何のためにここに来させたかはもちろん、聖杯を取る意志すら示したことはない。
「なに、せっかく勝ち残ったのだ。聖杯を取ってみようかと思ってね」
だから、こんなことを言われたときは耳を疑った。いや、疑ったのは自分の目だ。
偽物──というより何らかの魔術を警戒する。すでに何らかの魔術にかかっている可能性がある。だが、その類の幻術は対魔術を持つこの身に通すのは難しい。
目の前のマスターのように簡単に操られるなどとは片腹痛い話だ。だが。
「残りは二騎──キャスターとバーサーカー、どちらを狙う気です?」
もしも、これが言峰綺礼の意志であるのなら聖杯を取れる可能性が出てきた。今残っているサーヴァントは3騎。
キャスターもバーサーカーも油断ならない相手だ。アーチャーはどうやらどこぞで野垂れ死んだらしい。ならば、この変節も納得できるか……?
「バーサーカーは放っておいても、じきに脱落する。もはや間桐雁夜に使える魔力など残っておるまい。そして、回復がどうこうと言っていられる状況ですらない。現界させずとも何日も生きていられはしない」
なるほど、確かに現状を分析して勝利への道を探している。偽物ならばこのようなことを言う必要がない……か?
「では、キャスターに狙いを定めると。ちょうどいい、私も奴には借りがある」
まあ、いい。残りの敵はキャスターのみで、自分を罠に嵌めるような奴もキャスターしかいないだろう。
そして、奴は前線に出るのを好む性質だ。私の前に出てくるのなら、これが罠であろうと噛み砕くまで。
「では、向かうか」
「しかし、アインツベルンの城の守りはどうするのです? あなたが監督役からもらった、その令呪をいただければ粉砕して見せますが」
「──いや、その必要はない。守りはない」
「それは……?」
意味が分からない。強引に踏み越える気か? それだと、むしろマスターの身が危ないのだが。
「ついて来い」
そう言って、アインツベルンの城とは全く別の方向に向かう。そして、セイバーも疑問を持ちながら付き従う。──何処に向かっているのだ? キャスターがそっちにでもいるというのか。
大体、彼は本当に本物か?
言峰綺礼は聖杯に興味がなかったはず。セイバーは突然やる気を出したマスターに再度、不信を抱く。
実質、残りが2騎となってことで欲望に火が付いたか。いや、そもそも我がマスター殿は欲望などとは縁遠い。何を考えているかわからない、というよりも何も考えていない機械のような人間だと思っていた。それでいて思考が鈍らないのだから敵に回すと厄介だ。
ならば、上から指令を受けたか? それが一番しっくりくる。
だが、本当にそうだろうか。私が到着する以前に何かがあったことは間違いない。ランサーのマスターを追った際に負傷し、教会で何者かと戦ったことで全身にダメージを負っている。──それが原因か?
アインツベルンの奇襲……魔術師殺しに監督役とマスターが揃った瞬間を狙われて、その場をしのげたから報復をしようと? それも違う気がする。
“あれ”はキャスターのマスターだ。それが動いて一人も殺せなかったのは違和感がある。
監督役が遠坂に肩入れし、マスターすら出していたのは十分敵対の理由になるが──理由があれば犯人も彼とはならないだろう。おそらく襲撃犯は別にいる。
──なにか。なにか悪い予感がする。まるで、地獄へ続く道をひた走っているような。いや待てよ。この感覚、どこかで感じたことがある。
そうか! 大海魔が現れる前と同じ感覚だ。あのときは小さすぎてわからなかった──だが、今ははっきりと感じる。
そうだ、“もう手遅れなのだ”と直感が囁いている。勝ち残った二人……言峰綺礼と衛宮切嗣。どちらが聖杯を手にしようとよくないことが起きる。これは勘だが、残念ながらこの類の予感は外れたことがない。
では、私は一体どうすれば──
「……ッセイバー!」
言峰の声で現実に引き戻される。刀が降ってきた。
「っちィ!」
寸前で風王結界をかざして防御した。が──
「久方ぶりだな、セイバー」
マスターの防衛がおろそかになった。一太刀入れるくらいなら簡単──のはずだが、キャスターはセイバーに話しかけてきた。そして。
「ここは任せたぞ、セイバー」
綺礼は事前に打ち合わせしていたかのように鮮やかにキャスターの視界外へ疾走していく。おそらくは衛宮切嗣のところに向かったのだろう。好都合と言えば好都合なのだが。
「これが事実上のラストバトルだ。物語の閉演だ──ならば、魔王を倒して見せろよセイバー!」
言葉とは裏腹の裂帛の気迫。嫌な予感が止まらない。
「──は! いいだろう、切り伏せてやるさ、死にたがりの魔王」
冷静に聖剣を構える。魔力はほとんど底をついている。
だが、残りの令呪は三つある。横紙破りだが、かまうまい。気をつけなければいけないのは、宝具の開放のタイミングは完全にマスターに依存してしまうこと。
「ああ、切り伏せてくれ──お前の聖剣で!」
とてつもない威力の突きを繰り出した。──なんという馬鹿げた力! これも魔術か。
「それが全力か! だがな、ただ強いだけでは私には勝てはしないぞ。魔王!」
黄金の剣が晒される。魔王との戦いで聖剣を隠している余裕などあろうはずもない。
だが、ちょっとした小道具程度にはなる。相手の突きに合わせて風王結界を添えて、解放することで弾く。その突きを受けては防御ごと壊される。
なるほど魔王──魔術師が繰り出した刀の威力ではないな。だが。
「……っぬお!?」
そのまま刀を剣で叩いてキャスターの体勢を完全に崩す。反動を使って剣を振り上げて。
「おお!」
さらに一歩踏み込み、喉を突く。
「ぐぅ──あ!」
硬い感触がした。まるで鉄でも突いたような──青い結晶がぱらぱらと散らばった。これは水晶? 水晶の壁を喉元に作って鎧としたか!
「だが、一呼吸は奪った」
すかさず追撃を行う。熟練者の戦いでは呼吸が勝負を分ける。息を止めて、なんてのは素人の破れかぶれだ。
喉に当てたことで呼吸を奪い、反撃の機会すらも奪い去った。あとは……
「貴様には何もさせん!」
横薙ぎ、唐竹割り、突き、さらにさらにさらに──セイバーは反撃どころか回避すらも許さない。キャスターはなすすべもなく猛攻にさらされ続ける。
ただかろうじて刀を盾にすることで傷をもらわないようにするので精一杯。
「魔王とは、圧倒的に君臨するものである!」
セイバーは魔力が収束するのを感じて──退いた瞬間に“それ”が来た。
純粋魔力に衝撃属性を付加しての爆発。回避などできはしない。なぜなら、それは全方向に広がる波。魔力をぶつけようとそれはただ通り過ぎるだけ……まあ、それをキャスターにぶつけることはできるだろうが。
「……厄介な」
ゆえ、彼女がしたように退避するしかない。離れれば離れるほど威力は低くなる。
直感でそれを知り、迷わず従ったからこその歴戦の古強者でしか成し得ない偉業。この攻撃は完全に初見殺しに相当する。それを防げたのは僥倖。だが──
「距離が離された。アドバンテージは失ったか」
仕切り直された。それもキャスター有利で。おそらくあの爆発は何度でもできるのだろう──キャスターには魔力の不安はない。
聖杯戦争も終演に近づいてきました。これが事実上の決勝戦。魔王対騎士王の絢爛豪華、壮絶なるバトル。楽しんでもらえると幸いです。