Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第59話 負け犬の意地

 

 間桐臓硯は信じられない思いで殴られた顔を撫でる。絶対にありえない事態のはずだった。殴られる──など。何百年ぶりだったか。

 

「……ごふっ! ぐ──このワシに手を上げるとは。思い上がったモノじゃな、死人同然の半端者が! 貴様などにワシが殺せると思うてか!」

 

 顔が潰れている。まあ、こんなんでどうにかなるはずがないことは雁夜も分かっている。今のこれがただ妖怪爺をイラつかせただけに過ぎないことも。

 

「ああ、殺せんな。だが、もう俺はあんたに縛られちゃいない」

 

 間桐臓硯は頭を振り乱して叫ぶ。

 

「馬鹿な。ワシに逆らえぬように暗示をかけてあるはず。……いや! サーヴァントの特殊能力でそれがどうにかなったとしても。ワシが確認した限りそんなものはなかったはずじゃが。何かの要因で解けたとしても!」

 

 叫ぶ。あり得ないものを拒絶するかのように。そんな都合のいい現実があるわけない、と。

 

「お前には恐怖を刻み込んだ! 心に刻みつけた恐怖を取り除くことなど誰にもできぬ。恐怖がある限り、お前はワシには逆らえない。もしできるとしたら、それは間桐雁夜という存在の否定にほかならん。生きている限り、お前がワシを殴るなどありえない」

 

 蟲をけしかける。混乱して──わけがわからなくなってしまっている。いつもの超然とした姿など仮面に過ぎない。

 一皮むけば情けなく叫んで暴れ出すような、下卑た本性が露わになっていた。

 

「は。とうとう耄碌したな、糞爺。死人が生きてるわけねえだろうが。ま、言っちまえば簡単なことさ。恐怖を克服したけりゃ、それ以上の恐怖に壊されちまえばいいってだけの話。で、どうする? まだ切り札があるんだろ」

 

 雁夜は自らにたかる蟲の一匹を踏みつぶした。もうお前の奴隷ではないという意思表示。

 

「舐めるでない……!」

 

 そう言って呪を唱えた。

 

「殺せ、バーサーカー。……バーサーカー?」

 

 そばに控えているはずのバーサーカーの唸り声がしない。

 

「は、とんだ愚か者よの。なんの対策もなしに強力なサーヴァントなど与えるわけがなかろう。もう、それは使えんよ」

 

 ニタリと笑った。老獪な妖怪……サーヴァントに対する対策をしていないわけがない。これでバーサーカーは死ぬ。

 

「ああ、よかった」

 

 そして、これでいい。

 

「な──に?」

 

 愕然とした。もう何百年も生きてきた老獪な知恵などどこかに吹き飛んだ。

 いや、そもそも彼はただ隠れ潜んでいただけ。戦いに対して研鑽を積んだのは何百年も前──もう、錆びついて動かない。いざ、敵と正面から向かい合ってしまえば……狼狽して手足を振り回すくらいしかできなくなってしまった。

 

「あんたはそういう人間だ。対抗策も何もなく他人に力をくれてやりはしない。何をしたか知らんが──どうせ蟲でも仕込んでいたんだろう?」

「──む」

 

 図星だった。召喚段階でサーヴァントの核に蟲を仕込んで、いつでも破壊できるようにしておく。それがゾウケンのとった保険。

 さすがに洗脳などと言ったものは無理だ。令呪は召喚段階で同意を取っている──が、自分だけ洗脳されると知って召喚に応じる英雄などいない。

 

「なら、これはどうじゃ? お前が何か余計なことをするたびに桜は傷ついて行く。それでも、どうにかできると本気で思っているのか?」

 

 蟲に覆われた桜が姿を現す。ぼろきれを着ているが、その中はどうなっているのか。凌辱され切っているのは間違いない。淀んだ瞳が悲痛な光を投げかけている。

 そして、彼女は助けを求めることすらしないのだ。心が擦り切れてしまったから。

 

「それは俺にとっても好都合だ。ああ、情けない話だろう? 全てをバーサーカーに任せるなら、死んでもらわなきゃならない。死の一瞬だけはクラス特性が解除される。お前を倒すにはそれしかない。覚悟しろ、今のあいつは狂戦士じゃない」

「──は? なんじゃその馬鹿げた作戦は。いや、枷を外して後は全て頼むだなど、無責任にもほどがある。貴様はなにもせずに結果だけ転がってきて、それで良しとする人間ではないじゃろうが、雁夜よ」

 

「それもそうだな。だから、色々と馬鹿な真似をやっちまった。誰かに任せる事さえ、ちゃんとできていたら“こんなこと”にはならなかったのかな?」

 

 令呪の刻まれた手を上げた。

 

「──やらせはせん!」

 

 中に仕込んだ蟲を暴れさせた。雁夜の中身は空っぽになっているはずだが、それでも。

 

「がはッ! いや、無理だよ糞爺。俺はもう死んでいるっつったろ? 死人がやり残したことがあるからここにへばりついてるだけにすぎない。それはお前も同じだったな、バーサーカー。『なぜなら手を、その小さな手で握られると、逆らえない』そういうものなんだろう? なあ、バーサーカー」

 

 血を吐いて、それでも動く。想いがある限り、止まらない。止まれない。ああ、これも英雄の資質だろう。だからこれは、資質がありながらも英雄になれなかった男の物語。

 

「なぜ──なぜ止まらぬ! お前のどこにそんな力が……」

 

 そして、令呪を使った。ここからは英雄の物語。間桐雁夜がただのモブである物語。そう、これは後日談。名を語ることもできなかった男のスピンオフ。

 

「間桐雁夜が令呪をもって命ずる。バーサーカーよ、己が願いを果たせ」

「第二の令呪をもって命ずる。願いを果たすまでは逝くな」

「第三の令呪をもって命ずる。お願いだ……あの泣いてる子を助けてやってくれ」

 

 心の底からのお願いを──命令する。

 

 

 

 そして

 

「──了解した。我が主よ」

 

 黄金を纏った神父が応えた。

 

「やれやれ、仮初にしろ主を死なせてしまうとは。我が業、未だ拭えない」

 

 メッキの黄金が剥げる。絶対の聖杯に守られ、中で腐乱した中身がこぼれ出る。しかし、聖杯は穢れようとも聖杯であるのだ。冬木の聖杯ではない。黒円卓、水銀の蛇の対極たる神の器が黄金の光を放つ。

 

「──ぐ!? ぎゃああああああ!」

 

 聖杯には中身が入っていない。ただの器だけだ。しかし、弱い人間ならうちのめされてしまうほどに清冽なる黄金の光。本物が入っていたならば、人間ならば生きてはいられない。だから、これでも数百──もしくは数千分の一。もしかしたら数億分の一かもしれない。

 

「ギ? イギィあああああああ!?」

 

 蟲の爺が苦しむ。これは、むしろ蟲たる性質が悪い方に働いた。彼の身体は蟲でできていている。それは一匹二匹殺してもどうしようもないという仮初の不死のカタチの一つ。だが

 

「やめろ……その光を消せ! ああああああ」

 

 それは命が無数に分散しているということである。

 偽物の黄金の光は健康な人間に耐えられても、一つ一つの命の容量が少ない蟲には耐えられない。魂が打ちのめされ、死に至る。

 

「……雁夜ァ! 貴様とて、無事には済まぬはず──何を考えている!?」

 

 当然、その光は雁夜にも降り注いでいる。桜にも。

 

「桜ちゃんのことさ。大体、死人には少しまぶしいくらいだよ。それに、いくら焼かれたところで死人には熱くもなんともないさ」

 

 間桐臓硯、そして雁夜の身体もまた燃え始める。

 

「ぐ──だが、無駄じゃ。確かに意趣返しとしては最上級……ここまで孫に苦しめられるとは想像だにしておらなんだ」

 

 ぼろぼろと肉が腐って崩れ落ちる。内臓から零れ落ちた蟲がびくびくと零れ落ちて痙攣して死に行く。

 

「だがな──マキリの秘奥を舐めるでないぞ。ワシは死なん──この体が燃え尽きようと、次の肉体を用意するまでよ。雁夜にしてはよくやったモノじゃな。誉めてやろう。しかし、ここまでじゃ」

 

 崩壊は止まらない。だが、関係がない。この怪物が肉体を失った程度で死すわけがない。現世における干渉手段の一つを奪ったのみ。あとはいくらかの苦痛をもたらした。

 

「いや、ここまですら俺の力じゃないさ。ただ頼っただけ。俺のことは舐めてくれていいが、あまり俺のサーヴァントを舐めるなよ、糞爺」

「──な、に?」

 

 がしり、と──穢れた神父が間桐臓硯の頭を掴む。

 

「──────」

 

 瞬間、脳に電極が突き刺さった。

 

「がッ、──な、あああァァ──」

 

 わし掴みにされた頭皮から頭蓋を抉り、脳髄を焼く電流の正体など、とうに間桐臓硯には忘却の彼方に消し飛んでしまった。その感情が何なのか、それはもはや取り戻せない。

 

「あ、あがががががが」

 

 分かっていることは一つだけ。

 

「イタ、い…………」

 

 痛い。イタイ。狂おしいほど容赦なく、激痛を伴う電流(痛み)。彼自身が認識を拒む痛みであること。

 

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