Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

62 / 73
第60話 神父の業

 

 神父は掴んだ手に力を込めて蟲の翁を見下ろす。

 

「今の私には、人間が本に見える。木や石がラジオに感じる。あなたの本質も、手に取るように理解できる」

 

 これこそが彼の業。己の肉体を憎悪して、だから捨てて黄金の聖杯を求めた。聖杯は硬すぎるほどに堅いから、外からも内からも全てをシャットアウトする。それが崩れた今、彼の異能は外に漏れだす。

 

「マキリ・ゾォルケン、本当のあなたが理想を目指した果てに蟲に堕した、一人の──人類の行く末を憂う魔術師であることも……」

 

 “それ”は人を焼き尽くす。何という地獄だろう。世界は秘されているからこそ守られている。人は真実には耐えられない。

 ならば、全ての真実を暴く“それ”は猛毒の類だ。

 

「ああ、あなたは私を召使い(サーヴァント)と言ったが、確かにそちらから見ればそうなのかもしれない」

 

 彼はかの妖怪に同情する。己がどんなに悲惨な人生であれ、それは他人を憐れむことには関係がない。

 ああ、どのような人間であれ──そこに至る理由はあるものだ。そして、それを強制的に理解させられるとは、なんという地獄か。神父、ヴァレリアン・トリファの業。

 

 

 

「今、ここにいる老人は理想に膿み疲れ果てた虫けらだ」

 

 

 

 精神感応、思念同調能力者。ヴァレリアン・トリファの脳に宿っていたその力は、他者の記憶と心を引きずり出す。

 たとえ本人が忘れていることであっても、彼の目と耳は誤魔化せない。トリファの顔が肉体的なそれでない苦痛に歪んだ。

 

「あなたの痛み、あなたの憤怒、胸に迫るほど理解できる。なるほど、確かに致命傷だ。こんな願いを背負ってなお、人として生きることなどできますまい」

 

 それはあまりにも高潔な願いだった。己の欲望など僅かたりとも入っていない清廉潔白な理想。高尚な祈りがゆえに本人は地に堕ちた。

 

「貴様に何が分かる!? この世全ての悪の廃絶──人類種の進化! 理想など、反英雄には理解できまい」

 

 思い出した。ヴァレリアン・トリファの異能が心の底に淀んで埋もれて見えなくなった太古の希求をほじくり出した。

 目には光るものが。ああ、それはたどり着けなかったことを悔いているのか。それとも、今の身体に絶望したのか。

 

「いいえ、理解できますとも。あなたが何を想い、何をしてきたか──わかりすぎるほどにわかってしまう。ゆえ、言いましょう」

 

 わかる。わかってしまうのが彼の呪い。なぜこんな能力(呪い)に悩まされなくてはいけないのか。

 わかるからこそ──彼は他人を壊す。己にも他者にも破壊を振りまく。

 

「──やめろ! その先を言うな」

 

 しかし、間桐臓硯は思い出したものを否定する。今になってそんなものを思い出すくらいなら、死んだほうがマシだ。このような身で理想だなんだと言えたものか。この──蟲となって朽ち果てる寸前の身で。

 

「──あなたのやり方は間違っている。器を変え、願いを追い続けた。それが理想を叶えるための器ならばよかったのに。延命のために蟲へと器を変えてしまったのだ」

 

 それこそが彼の間違い。ヴァレリアン・トリファは理想のために己を捨てて黄金の杯を賜った身だから、余計に許せない。何かを達成するなら、まずは己の殻を変革する必要がある。

 

「やめろォォォォ!」

 

 絶叫した。このままでは心が砕けてしまうと理解して。

 

 

 

「あなたは蛾に堕した。もはや今の矮小なる願いを叶えることすらもできはしない。そう、蟲に堕ちて器相応に歪んでしまったのだ──その、ただ『シニタクナイ』という願い……それすらも掴めない。なぜなら蟲の手では何もつかむことはできないのだから」

 

「あなたは光の回りを飛び回る蛾だ。聖杯を掴むために飛び回り──しかし、浮遊するだけで近づくことなどできはしない。あなたは手にすらことを諦めたのだ……聖杯を! 願いを! 掴むことを恐れて、入念な準備を実際の行動には移せない。まさしく夢物語というほかない。本人こそが現実にすることを恐れているのだから」

 

「でなければ、なぜあなたは雁夜を苦しめた? 苦痛を与えることはいい。それは単に趣味が悪いというだけだ。だが、あなたは明らかにそれによって聖杯を手にする機会を棒に振ることになろうとも苦痛を与えることを優先した。……そんなことをする余裕などないはずだ。どんなに小さな、不可能と覚えるほどでも機会は機会。どうして見送ることなどできようか」

 

「本命は次の聖杯? ……は。ちゃんちゃらおかしい。次など、しょせんは『次』だ。今回で掴めるように努力しない理由などない。あなたはこの次の聖杯戦争でも──次の次の聖杯戦争のためにと見送ってしまう。それが蛾であるあなたの本質。あの頃の崇高なる理想を忘れたあなたの」

 

「延々と飛び回るだけで手を伸ばせない。聖杯を取る準備だけを永遠に続ける。聖杯に触れることはない。眩しい光に惹かれて、しかし火に飛び込むこともできない。それがあなただ──マキリ・ゾォルケン」

 

 そして──蟲の翁は理解を手放した。

 

「違う。……チガウ。ちガうチガうチがうちがうちがうちがうチガウちガうチガうちがうチがうちガうチガうチがうちガうちがうチガうチがう──」

 

 狂人のようにつぶやき続ける。

 

「ワシは……ワシの願いは」

 

 その瞳は天井を映しているが、なにも見てはいない。口からよだれを垂らして、手足は不随意に痙攣している。目も覆いたくなるような、けれど──今の彼はただ正気を失っただけの哀れな老人だ。

 

「そもそも人の魂を進化させることに意味などない。肉の器を捨てて魂のみになれば救済されると? 何の冗談です、それは。どんなに綺麗な靴でも外を歩けば汚れる。ただそれだけのこと。魂が進化したところで器が変わらなければ、器に似合うカタチへと退化する。体を蟲に変えたあなたが蟲相応に堕したように」

 

 止めを刺した。

 

「あ……あああああ──」

 

 もううめき声しか発しない。蟲の翁は壊れてしまった。しかし彼は蟲の本能のまま蠢き続ける。

 

「げぼっ……」

 

 そして、横で桜が血を吐いた。体の中に巣食った蟲が正気を失って暴れているのだ。

 

「本体を潰さない限り生き続ける、か。蟲の生──それはそれは苦難の日々だったことでしょう。どれだけ辛かったことか。蟲の身体で生き、魂は腐っていく。ええ、同じく腐乱した魂であるからわかりますよ。その苦しさ。どうしようもなく自分が自分でなくなっていく……自殺衝動」

 

 そっと、蟲の翁の残骸を拳の一振りで跡形もなく叩き潰した。

 

「楽にしてあげましょう。そして、幼子よ──どうか未来を生きてほしい。手を伸ばせば、きっと助けてくれる誰かが居るはずだから」

 

 桜へと向き直る。そして、祈りを。

 

Mein lieber Schwan, (親愛なる白鳥よ)

 

dies Horn, dies Schwert, den Ring sollst du ihm geben. (この角笛とこの剣と指輪を彼に与えたまえ)

 

Dies Horn soll in Gefahr(この角笛は危険に際して) ihm Hilfe schenken, (救いをもたらし)

 

in wildem Kampf dies Schwert ihm Sieg verleiht, (勝利を与える物なれど)

 

doch bei dem Ringe(この剣は恐怖の修羅場でこの指輪は) soll er mein gedenken, (かつておまえを恥辱と苦しみから救い出した)

 

der einst auch dich aus(この私のことをゴットフリートが) Schmach und Not befreit! (偲ぶよすがとなればいい)

 

Briah― (創造)

 

Vanaheimr(神世界へ)──Goldene Schwan Lohengrin(翔けよ黄金化する白鳥の騎士)

 

 ここに、魂すら撃ち砕く黄金の槍が現出した。黄金の光を放つ大渦。大過。畏怖すら生ぬるい至高の光。人の世すら打ち崩す神威の槍。

 

「──あ」

 

 そして、黄金の槍は桜の心臓に巣食う500年の時を生きる妖怪を破壊しつくした。桜の体は吹き飛び、人形のように崩れ落ちて動かなくなる。けれど、生きている。動かなくなった体はまだ生気を残している。

 

「私にできるのはこれまでです。雁夜」

 

 トリファの体から光が舞う。消えかけている。もともと魂が砕け散る間際で無理やり現世に残っていたのだ。必殺技まで出したのだから、耐えきれるわけがない。

 

「ああ、全部あんたのおかげだ。ありがとう」

 

 そして、こちらは命の火が尽きた病人だ。最後に握手を交わす。なぜか生きているが、余裕などあろうはずがない。

 

「しかし、このままではこの幼子も死んでしまう」

 

 槍を心臓に喰らって、しかし穴は開いていない彼女をトリファは優しく抱き上げる。槍は妖怪だけを殺し尽した。しかし、蟲に長年寄生されていた彼女の身体はもはやそれなしでは生きていけない。壊し尽された機能を代替する蟲が居た。

 

「あなたはすでに死人だ。だが、消える私と違って──まだこの世にしがみつくことができる」

「ああ、つないでみせる。この子は絶対に死なさない」

 

「泣いている子を助けたい。それだけが私の願いです。──後をよろしくお願いします」

「助けるさ、絶対に」

 

「よかった」

 

 震えている桜を雁夜へと渡して消えた。

 

「──が」

 

 一歩を踏み出す。死んだはずの痛覚が脳をかき回して焼き尽くした。それでも足は止めない。悲鳴を上げるだけの元気はない。階段を一歩一歩上っていく。

 

「……ひゅー。ひゅー……」

 

 もはや肺に酸素は送り込めないというのに体は酸素を求めて勝手に喉を上下させる。感じるのはひりつくような渇きだけ。もっとも、水など口にしたら気道がふさがるが。心臓がうるさい。いくら動こうと送り出す酸素もないのに。

 

「あ」

 

 何時間かけたのか。いや、数分も経っていないのかもしれない。時間感覚などどのようなものであったのかですら定かではない。だが、早く彼女を病院に運ばねば。蟲は消えた。ならば、後は病院に任すことができれば助かる。

 

「……さく……ら……ちゃ──」

 

 この子を死なせてはならないと足に力をこめる。この子に死なれては、それこそ間籐雁夜という人間が生きてきた意味がなくなる。自分は助かる助からない以前の問題。すでに死んでいる。意地と根性で生者の真似事をしているだけだが、この子は違う。生きているのだから──

 

「────―」

 

 何時間、何日経ったのか。いや、それほど時間は経っていない。雁夜の時間間隔が狂っているだけだ。主観感覚では何カ月もかけて、だが数分ほどで外にたどり着く。うろんげな記憶で病院へと脚を向ける。深夜を動く死体のごとくに這いずる。

 

「あ」

 

 人を見つけた。

 

「え? なんだよ、おい──」

 

 子どもだった。やんちゃそうな男の子だ。

 

「大丈夫か? 救急車呼ぶぞ。ん? 女の子……」

 

 駆け寄ってきた。思いやりと勇気のある子らしい。

 

「ああ……あ──」

 

 その目はとても誠実で。

 

「なんだ、何か言いたいことがあるのか? ちゃんと聞いてやるから安心しろよ」

 

 この子になら、任せてもいいと思った。

 

「……君の名前は?」

 

 いや、任せたいと思った。

 

「シロウ! その子はどうしたんだ?」

 

 元気だな、と思って。

 

「この子を病院に連れて行ってあげてくれないかな? 病気なんだ」

 

 とても、安心した。

 

「お、おう。でも、おっさんは──」

「僕なら大丈夫。ありがとう、シロウ君。この子のことを頼んでもいいかな?」

 

 微笑んだ。ああ、いい気分だ。救われた。報われた。もう後悔はない。成仏できる。

 

「もちろんだ! ──なんたって、オレは正義の味方だからな!」

 

 どこか誇らしげに、しかし男の子らしい憧憬でそんなことを言う彼に強烈な憧れを覚えて。

 

「うん。頼んだよ」

 

 意識が途切れた。

 




雁夜の試練はこれで終了
第一の試練:人生のライバルに今度こそ打ち勝て
第二の試練:お前の人生の支配者を打倒しろ
第三の試練:生きてきた証を託せる者を見つけろ

話は変わりますが、甘粕なら別世界だろうと未来の姿だろうと、それが認めた相手ならば魂を見分けることができそうな気がしませんか?
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。