Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第61話 聖杯完成

 

 時間は少し巻き戻る。雁夜が起きた、そのくらいの時間。これから彼は魔王が見守るもと、その愛と勇気を示す。その裏で行われていたこと。

 

「具合はいかがかな? アイリスフィール」

 

 セイバーとの宝具の撃ち合いに消えたはずの甘粕が姿を現す。

 何食わぬ顔をしているが衣服が焼け焦げている。さらに片腕がなくなっている。相当のダメージを負っているはずだが、しかし顔には疲労が見えない。

 

「  」

 

 そして目の前のアイリスフィールは答えない。いや、答えられないのだ。彼女こそ聖杯。器に人の皮を被せたホムンクルス。

 彼女がこうなっているのは本来の姿を取り戻そうとしているからだ。

 ──それが幸か不幸かはともかくとして、彼女に備えられた機能であることは間違いない。

 人間ではなく、今やホムンクルスでもない物なのだからしゃべることなどできない。これはただの器。かつて意志を持っていた“モノ”のなれの果て。

 

「7騎のうち、5騎までが脱落してお前の聖杯に飲み込まれた。すでにお前の体は人間としての体を成してはいない。五感の全てが抹消され、微動だにできん。だがな──それでも聞け」

 

 彼女がこの言葉を聞いているはずがない。それは現象として甘粕もよく理解している。

 それでも、アイリスフィールの人間の部分が聞いているものと信じている。……滅茶苦茶で論理は破綻している。が、無茶ならば全霊で通すのがこの男。

 お前ならばできるさ、と無責任で身勝手な信頼をもとに滔々と語り聞かせる。

 

「切嗣は今、バーサーカーの元へ向かっている。聖杯を完成させ、願いを叶えるために。だが、それは間違っている」

 

「ああ、気を悪くしたかな? 勘違いしないでもらいたいのだが、俺は彼の願いを否定しているわけではないよ。だが、聖杯はセイバーが陥落した時点で完成する。今更バーサーカーを落とす必要などないのだよ。だから、切嗣はここで待つべきだった。そろそろ完成するのだから他所に出向く必要などあるまい」

 

「もちろん、すでにバーサーカーは堕ちている頃だろうがな。非常に残念ではあるが、切嗣の雄姿は見れぬよ。着いた頃には戦うべき敵はすでに亡い。ああ、頑張れよ雁夜──お前の目的の達成はもうすぐだ。お前ならできるさ。俺は信じている」

 

 ナニカ──黒いモノがあふれてくる。それの発生源はアイリスフィール。その中身の聖杯からだ。

 

「──聖杯が完成する。アイリスフィール……お前は聖杯の完成とともに死ぬ。それは聖杯が外に出るときにお前の体を焼き尽くしてしまうからだ。今はまだ聖杯は霊体ですらないからな」

 

 溢れて──禍々しい気配が増大する。それはあらゆる生命を否定する悍ましい気配。

 お前ら死ねよ、消えろよと全てを否定する滅塵滅相。地獄の窯の底が煮立っているかのようなどろどろとした凝った泥が這い出す。

 

「ゆえ、わずかなタイムラグが存在する。聖杯が完成し、お前の体が破壊される──この時を待っていた!」

 

 もちろん、この男はセイバーと戦った際は本気で命を落としてもいいと思っていたことは言うまでもない。盤面を揃えながらも、その場のノリで命を捨てることができるのがこの男である。

 ここまで計画通りに進んだ例などほとんどなかろう。なにせ自分から計画を壊しに行ってしまうような男だ。

 

「さあ──聖杯完成だ!」

 

 甘粕はアイリスフィールの胸に手を突き入れる。ごふ、と彼女の口から泥があふれ出す。

 それは血のようであるが、まごうことなく呪いの結晶。彼女の肉の感触はゴムよりも汚泥に近い。

 

「なるほど、これが聖杯──禍々しいな」

 

 引きずり出した。どくどくと脈動し、泥を際限なく垂れ流すそれを。

 掲げ、目を細めた。そして、こう思う。ああ、都合がいい──と。これこそ悪。この闇を切り払ってこそ、人間の光は輝くのだ。

 

「世界全ての悪。なるほど禍々しい」

 

 泥が流れ出す。触れれば呪いが体を蝕む──直接それに触れている甘粕も例外ではない。

 世界の怨念が彼を焼き尽くす。

 

「だが、この程度で俺を染めようとは甘いな。なぜなら──人間は、その意志のみで世界を踏破できるのだから!」

 

 意に介することすらない。これが人類の意志さえ上回った魔王なのだ。

 世界全ての悪ごときが彼に与える影響など何もない。近づくだけで侵される毒。だが、彼は人間ならばこの泥を克服することができると何の疑いもなく信じる。その様を見れたならば、どんなにか気分が良いだろうと。

 

「そして、お前もだアイリスフィール。泥はお前の体にも残留している。だがな、乗り越えられるはずだ。もっとも──聖杯はお前の心臓だった。心臓がないと問題だな、それでは何日も生きられん」

 

 アイリスフィールの上に落ちた泥はごくわずか。泥も台の上のアイリスフィールにまでは届いていない。

 ただし、泥に汚染されたのは間違いなく。

 

「俺は信じている。お前は生きる意志を持っている。生きたいと、これ以上なく願っている。切嗣のことは信じているかもしれないが──イリヤスフィールを置いて逝くようなお前じゃないだろう。心臓がないくらいで死ぬなよ」

 

 やはりこの男は馬鹿げたことを平気で言う。人間、心臓がなくなれば死ぬにきまっている。戦闘用のホムンクルスだろうが、わずかの間生きながらえるのが限界だ。

 

「お前の治療は不可能だ。なぜなら、聖杯こそがお前の心臓だが──もう一度“これ”を埋め込むわけにもいかんし、同じモノをお前の中に再生させるのも馬鹿げている」

 

 魔術で再生しても、再生されたものは聖杯に決まっている。それも、できそこないのそいつは泥を呼び寄せるだけのまがい物だ。

 

「だから、新しい心臓をくれてやる。気合を入れろ。人間──10秒や20秒くらい心臓がなくても問題ないさ」

 

 びくびくと蠢く心臓が甘粕の掌の上に作り出される。

 邯鄲法で言うところの創法──それに泥を混ぜた。この世界の魔術ではいずれ消える。だから、泥を混ぜたのだ。そうすれば、世界に怨嗟の声が満ちる限り──呪いの心臓はそこに在り続ける。

 

「生き返れ」

 

 おもむろに叩き込んだ。

 

「……っがは!」

 

 アイリスフィールはアカイモノを吐く。先ほどとは違う──人間の血の色。

 

「げほっ! ごほ……けほっ」

 

 のけぞって、身体をけいれんさせる。先ほどまでの人形のような彼女と違い、生命を感じさせる動き。気持ち悪いというならば、先ほどまでの置物のような彼女の方がよほど気味が悪かった。

 

「なぜ──私を生き返らせたの?」

 

 甘粕を睨みつける。生き返らせてくれたことは感謝してもいいが──正直に言って得体が知れなかった。何を考えているのかわかったものではない。

 

「まるで生き返りたくなかったとでも言いたげな言い草だな?」

 

 笑っている。──こちらを試すように。

 

「死は覚悟していたわ。それより、あなたの目的がわからない」

 

 これが何を引き起こすかわかったものではない。切嗣を嵌めるための罠だとしても納得がいく。もっともそれは、想像できるだけ彼の真の狙いよりましなのかもしれないけれど。

 

「なんのことはない──勇者は魔王を倒し、姫を助けるものだろう?」

 

 私は賞品? でも、それだと。

 

「あなた……切嗣に殺されるつもり? そんなお人好しだったかしら」

「八百長などする気はない。切嗣は己の力で俺を倒さなくてはならない。俺は全力で切嗣を倒し、ぱらいぞを聖杯に願う」

 

「……待って。あなたは切嗣を倒そうというの? なのに、私を助けた。それは賞品のようなものらしいけど──それはおかしくないかしら。矛盾してるわ」

 

 殺すつもりなら蘇生の必要はないし、殺されるつもりなら聖杯に願い事などできるわけがない。

 

「なに、人間など矛盾しているものさ。土台、世界平和など矛盾に満ちたものだろう?」

「──切嗣の願いを馬鹿にするの?」

 

 睨みつけた。それだけは決して譲れないもので、汚されたくないものだったから。殺されようとも、絶対に退くものか。

 

「俺の願いとて馬鹿馬鹿しいと一蹴されるに足るものだ。実際、よく言われたよ。同じく見果てぬ夢を見る者として、切嗣には敬意を払わざるを得ない。もちろん馬鹿にした気など一切ないが、そう感じたなら謝罪しよう」

「あなた、狂ってるわ。“それ”に願わないのも、ね」

 

「──? ああ、聖杯か。確かにこれはすでに俺の願いを叶えることができる状態にある。だがな、物語としてつまらんだろう。第一これでは盗人ではないか。確かに俺は卑怯に秘密裏にこの戦争を操ったかもしれんがな──勝者でもないのにその権利を使うほど恥知らずではない」

「……バーサーカーは?」

 

「死んだ。ふむ、少し不都合だったかな? 取り込まれるまでにまだ少し間があるが──いざそうなったら、どれだけ溢れるか」

「──封印しなくては……!」

 

「いや、その必要はない。溢れ出した泥は人を呪い、堕とすだろうが──人間は、こんな呪いなどに負けはせんよ」

 

 甘粕は無邪気に信じている。呪いにうち勝つ人間の雄姿を。

 

「……馬鹿なことを!」

 

 けれど、そんなことあるわけがないのだ。世界の終り──少なくとも、日本はそのままの形では生き残れないだろう。あんなものがあふれ出しては。

 

「では、お前が持っておけ。これはお前にとっては切嗣の聖杯なのだろう? 勝手に使うことは許されていない。ならば、何の問題もない」

 

 放ってよこした。

 

「……っ!? ぎ──」

 

 溢れ出す泥に直接触れたアイリスフィールは苦しみもがく。甘粕はピンピンしているが、本来それは触れてはいけないモノであるのだ。

 

「最終決戦だ。さあ、切嗣……来い!」

 

 そんなアイリスフィールをしり目に、笑いながら下に降りていく。最終決戦はすぐそこだ。ああ、感じるぞ──主従の絆はまだ切れていない。来るのだろう? 切嗣よ。

 

「俺はお前を倒し、ぱらいぞを願う」

 

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