Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第62話 聖杯戦争終結

 

 そして、切嗣が甘粕の前に到着した。

 

「……お前」

 

 まだ生きていたのか、と瞠目する。そういえば令呪を確認していなかった。なんというミスだと思う。確認すれば、ちゃんと一画残っている。

 

「疲れているようだな、切嗣。お前は言峰を倒し、俺はセイバーを倒した。が、ここまで疲れているとはな──何かあったか?」

「別に。ただ狂人の相手は疲れただけさ。それに間桐の屋敷まで無駄足を踏んだのはさすがにくたびれたよ」

 

 肩で息をしている。本来、ありえないことだ。衛宮切嗣のやり方ではない。

 待ち伏せて暗殺が彼のやり方であるのだから、疲労などする前に殺される。だから、こんな経験などあるはずがない。疲労を抱えたまま直接戦闘を行うなど。

 

「もう少し早く来ると思っていたのだが、もしかして家探しでもしていたのか?」

 

 甘粕は不思議そうにしている。これは予定になかったということだろう。少々の遅延などなんでもない領域まで計画が進んだ以上は誤差に過ぎないが。

 

「罠かと疑うのは当然だろう?」

 

 見れば、甘粕とてぼろぼろだ。腕が無くなっている。血にまみれている。どう控えめに見ても戦いに臨むような姿ではない。

 ……切嗣だって。特に最後に打たれた心臓が酷く痛む。まるで肥大化して胸骨に押し潰されそうな感覚。

 

「ふむ、伝言でもよこせばよかったか」

「ふざけるのはやめてもらおうか。なぜ貴様が生きている? 例えセイバーの宝具にうち勝ったのだとしても、全ての魔力を使い果たしたはずだ。そう令呪で命令した──逆らえるはずがあるものか!」

 

「ああ、忘れもしない──セイバーの姿は今も目に焼き付いている」

 

 聞かれもしないのに語りだした。

 

「セイバーが宝具を解放し、俺が全力で砲撃を敢行したあの時──威力は奇跡的に拮抗した。いやいや、名にし負うアルトリア・ペンドラゴン……犠牲が出なかったのは彼女の手腕によるものに違いない。俺は全く手加減なしの全霊で放ったからな。ああ、まったく素晴らしい騎士だった。彼女は人々を守ったのだ」

 

「だがな、彼女はそれだけでは終わらなかった。──そう、彼女は俺を驚嘆させる程度で終わるようなタマではなかった。あの時、俺は思ったよ。さすがだ、本当に相殺してしまうとは。しかし、いくらお前でももう終わりだ。とね」

 

「だが、違った。違ったのだよ。彼女は身体のほとんどを魔力の枯渇により失っていた。だが、英雄がそんなことで諦めてしまうなどありえない。と、彼女に教えられた。彼女は最期の力を振り絞り俺の命を狙った。ああ、まさに不屈の英雄……死の瞬間までも俺の命を狙うとは」

 

「とはいえ、俺は人一倍死への嗅覚がすぐれているらしくてな。どうにかこうにか、腕一本の犠牲で済んだというわけだ。ああ、アルトリア・ペンドラゴンよ。お前の最後の姿を俺は忘れん! 忘れてなるものかよ。なんと素晴らしき英雄。俺はお前を愛してやまない。お前が刻み込んだ輝きを永劫この身に宿していよう!」

 

 語り終えた。

 

「で、なんでお前は消えていない? セイバーは魔力切れで消滅した。キャスター、お前とてそうなるはずだろう」

「いやいや、彼女には俺の手で止めを刺したさ。英雄の最後が魔力切れでは格好がつかんだろう。そして、確かに俺は魔力を使い果たしたさ。だが、サーヴァントの基本的なスキルを忘れたかね?」

 

「……魂喰いか! だが、あの場に一般人が紛れ込むことはなかったはず──いや、誘い込んだか?」

「まさか。そんなことはしない。己が欲望のために人を殺すなど許されざる犯罪だよ。一つ、あっただろう? 手ごろな食糧が」

 

「──ッまさか」

 

 その悪魔的な発想におののいた。そんなことできるはずが──甘粕の在り方は反英雄だ。それでも──

 

「気付いたかね?」

 

 そんなことをするはずがない。馬鹿げている。だって

 

「いくら宝具だとて、あれは邪神だぞ? 神を殺すどころか喰うなど……しかもアレほどおぞましいものはない。あんなものを喰ったと──喰えたというのか、お前は?」

「神などはしょせん人が生み出した、人が都合よく使うための道具でしかない。集合無意識から堕ちた一滴の悪意、そんなものを口にしたくらいで驚くなよ。人間、そう簡単に染まりなどしないものだ。まあ、昆虫食など俺の時代にはなかったが。……今も日本では主流ではないかな」

 

「そうか。呆れ果てたが、もともとお前は反英雄にして世界の崩壊を企む邪神以上に邪悪な存在か。驚くべきことではなかったな。とにもかくにも、残ったサーヴァントはお前一人。なにはともあれ、これで僕たちが優勝したことになる。聖杯は上か?」

「そうだ。そして、上にはアイリスフィールが持っているぞ」

 

 切嗣はぎり、と歯を食い縛った。

 

「──見たのか。ならば、彼女はもう……」

 

 一方で甘粕は無邪気に笑っている。まるで幼子のような笑みだ。もっとも、こどもはその笑顔で虫の足をもぎとるものだが。

 

「いや、生きているぞ? 姫は勇者の帰りを待つものだろう」

「聖杯が完成したら彼女は死ぬ。戯言で僕を惑わすか、キャスター」

 

 睨みつけた。

 

「確かにアイリスフィールは聖杯に接続された外装であり、完成すれば死ぬよう設計されている。だが、外装は外装。中身は中身だ。中身のせいで外装が壊れるなら、外装は外装として中身は中身として独立させてしまえばいい。これはこれ、それはそれだ。諦めるとはお前らしくない」

「取り出した? いや、お前の魔術ならできてもおかしくないが──あれは聖杯を身体の一部分としている。抜き出せば死ぬはずだ」

 

「だから埋めたよ。代用品でな」

「そうか。ならば、お前はもう用済みだ。アイリのことは後で確認するさ。令呪によって命じる。……自殺せよ」

 

 最後の一画を使った。

 

「……っぐ! ぬおお──」

 

 刀を取り出し、胸に当て──そこで止まる。抵抗する。

 

「もとより令呪は貴様らを殺すための安全装置。例え一画しかなくとも逆らえはしない。アイリスフィールを助けてくれたことについては礼を言う」

 

 甘粕を放って奥へ行こうとする。

 

「いい……や──」

 

 まだ抵抗している。もがき、あがき──それでもなお、夢を掴もうと。

 

「諦めなければ、夢は叶うと──信じているのだ!」

 

 刀を投げ捨てる。

 そして一歩を踏み出した。切嗣と対峙するために。令呪による支配を跳ね除けた証として。

 

「馬鹿な。確かに曖昧な命令ではサーヴァントを縛り切れないこともあるが、この命令にだけは逆らえるはずが──」

 

 せめて2画あれば……いや、聖杯戦争でこいつは令呪を2画まで“使わせた”のだ。

 セイバーの一戦もやろうと思えば令呪を使うまでもなく倒せたに違いない。意にそぐわない命令をされて動きを止めた一瞬に首を刎ねることができたはず。それを冬木の人間を人質にとって2画目を使わせた。……うまく殺せたと思ったのだが。

 

「不可能を可能にするのが英雄。そして俺は、今回英雄として招かれたのだ。このくらいなせんでどうする」

 

 根拠のない自信。絶対的な自負。だからこそ彼は魔王である。

 

「……この!」

 

 この状況はマズい。至近距離に令呪の縛りのない野良サーヴァントが一匹。それも、ここから逃せば聖杯を使いかねない。

 

「そうだ! これこそが真の最終決戦。主と従……どちらが願いを叶えるか。お前が勝てば世界平和という楽園が、俺が勝てば神仏妖魅が跳梁するぱらいぞが現出する!」

 

 叫んで、光弾を周囲に展開する。

 

「……っち!」

 

 キャリコで掃射する。この甘粕相手では目くらましにもならないかもしれないが──

 

「っはあ!」

 

 水晶壁? こんなことまでできるのか──いや、こんなことをしなければならなかった? 光弾はキャリコで潰せた。もう片手でコンデンサーを撃ち放つ。

 

「どうやら、令呪は実行できずとも効果は出ているようだな」

 

 撃った。

 

「っち!」

 

 壁を粉砕し、甘粕に迫り──手で弾く。銃弾が手の甲を抉り、血が舞う。使用不可までは行かずともダメージは負わせた。

 

「ならば、このまま潰す!」

 

 キャリコの掃射を続けながらナイフを抜く。

 

「……っやるな、切嗣」

 

 迎え撃とうとして。

 

「まともにやるつもりはない」

 

 切嗣は敵の虚を突いて足にナイフを刺す。正々堂々と真正面から行くとでも思ったか? こうすれば動きが鈍──

 

「だが、疲れで頭が鈍ったか? 魔王がこんなことで倒れるはずがないだろうが……なあ、勇者!」

 

 掌が切嗣の頭を押さえ──地面に叩きつけられた。痛みにひるみすらしない。いや、こいつがそんなもので止まるわけがないのだ。

 

「っが!」

 

 甘粕の挙動が見えなかった。いや、そんなそぶりさえわからなかった。速い? いや、疲労で意識が混濁しているのか。

 

「わからんか? まあ、弱っているのも本当だがな──わざと遅く動いていた。そして、速く動くことで目をくらますことができる。緩急など戦術の初歩の初歩だろう? こんなものは技とすら呼べん小細工だよ」

 

 そもそも、辺りが暗いのは光源が少ないからか? いや、これは極度の疲労で目がイカれてしまったのだろう。つくづく──

 

「ぐ──うう……」

 

 頭を押さえる。鈍っている。意識が冴えない。

 最悪のコンディションだ──まともに戦えるような状況では、というか、走ることさえ危険だろう。転んで頭を打ちかねない。

 

「キャリコで掃射。コンデンサーで壁を壊し、ナイフで足を鈍らせてトンプソンでとどめか? あまりにも安直な策と呼ばざるを得ない」

 

 言われて気づいた。ああ、確かにこんなのはセオリーをなぞりすぎていて通じるわけがない。一方で彼の緩急もセオリー通りでしかなかった。

 気付かない方が馬鹿で、切嗣は疲れて馬鹿になっていたようだ。

 

「ちィ──」

 

 足を払おうとして。

 

「少し頭を冷やせ」

 

 逆に払われて、殴り飛ばされた。

 

「あ──ぐっ!」

 

 懐を探るがトンプソンの感触がない。キャリコも遠くに転がっている。ナイフすらない。

 

「冷静になれよ。熱くなりながらも冷徹に──それが魔術師殺しだろう? 今のお前はまるで疲れ果てた老人だよ。なにもかもが鈍すぎる」

 

 派手に飛ばされた際に転がっていったようだ。狙ったか。

 

「ぐぐぐ──」

 

 だが、それより身体が動かない。全身がぐったりと重い。まるで重力が数倍にでもなったかのような──自らの重みに押しつぶされそうだ。

 

「残念だ。お前はこのまま死ね。最後の最後に諦めるか。とても残念だ──しょせん魔術師殺しは勇者の器ではなかったか」

 

 近づいてくる。

 

「ああ、アイリスフィールもここで殺すことにしよう。勇者のいない姫の存在価値などないからな」

 

 思いついたようにそんなことを言う目の前の魔王が許せなくて。

 

「──ッ!」

 

 何かが心の中で切れて。

 

「っぐ!」

 

 いつの間にか自分の拳が甘粕に突き刺さっていた。いつ起き上ったのか、どうやって走ったのかもまったくわからない。こんなことなど初めてだ。

 いつもは頭が勝手に回転していて、体は計算に付随していた。自分の行動が把握できないなど、生涯で初めての経験。

 

「なるほど。ようやくやる気になったか!」

 

 腹を殴り返された。なにやら──とてつもなく嬉しそうにしている。それがまた癪に触って。ぶん殴ってやりたいと思う前に身体が拳を握る。

 

「う──わああああ!」

 

 わけがわからない。だけど、身体が勝手に動く。そもそも自分の体と言うものは自分の判断に従うもので、感情に従ったことなど一度もなかった。引き金を引く時も、引くべき時と判断したなら頭で何を考えていようと指は引き金を引いた。

 それが……今、判断そのものができない状況にあっても動いている。これは異常だ。体は計算の下位であって上位ではない。計算がなければ何もできないはずなのに。それが衛宮切嗣という男のはずなのに。

 

「この──」

 

 どう動くべきかなんて考えられない。意識は断続的に切れたりついたりする。視界の端に甘粕が映ったり映らなかったりする。殴って……殴られて──

 

「切嗣! 世界に平和を敷こうとするお前の考えは素晴らしい! だがな、そんな世界では人は輝けない。暴力が消え失せ、ふぬけた人類はもはや誰かを守ることすらしないのだ! 車いすに乗せられて、指先を動かしただけでさも大義を成したかのような──そんな世界を俺は認めない」

「それでいい! 誰かを守るために誰かが血を流す。守るために流した血は尊い。無駄なんかじゃない。でも、それは未来に流れる血を減らすためだ。もう誰も、血を流さなくていい!」

 

 何を言われたのか、何を言っているのかさえ分からない。だけど、これは譲れない大切なことだと思うから。衝動に従って、身体が勝手に動く。もう違和感はない。気力を振り絞って、殴りかかる。

 

「血が流れない世界で素晴らしいことなど何一つあるものか。自分の力で生きることもできず、ただ安穏のうちに生かされている──そういうのを家畜というのだ。餌を与えられ、後は寝て過ごすのみ……それが平和だ。人は血を流すからこそ努力できる。何かを成そうと頑張ることができるのだ!」

 

 魔王もそれを正面から向かいうつ。避けなどしない。足を止めて、思い切り踏ん張って……技術もなくただ力を思いきり振り絞って殴りつける。

 

「ああ、それは素晴らしいことだろうさ! 僕も努力は否定しない。けどな──その裏で泣いてる子がいるんだ。努力すらできずに、ただひたすら虐待される子もいる。努力などという文字すら知らずに未来が失われる子がいる。そんな子をも切って捨てるか!」

「犬のように子供が打ち捨てられる社会など間違っている。だがな、それは──血を流してつかみ取る未来だ。そのような哀れな子を──なくすために戦うのだ! 決して、戦いを失くし、そしてひたすらそのような未来が訪れるのを待つのではない。自分の手で掴むからこそ、価値があるのだろうが!」

 

「それが血を流す理由となるものか!」

「それで人が輝きをつかめるものか!」

 

「お前は──」

「貴様は──」

 

「「間違っている!」」

 

 泥臭い殴り合いが延々と続く。彼らを支えるのは気力と根性だけ。足がふらふらになって、目もかすんで見えなくなって──それでも拳を振るい続けた。

 

 

 

 気付いたら、甘粕が倒れていた。

 

「見事だ切嗣。こういうのも悪くない。お前はもう、自分のために戦えるよ」

 

 微笑んでいた。

 

「──そうかもな」

 

 ため息を吐く。もう何も考えられない。

 

「なあ、切嗣。男なら、愛する女の一人くらい笑顔にして見せろよ。そして、イリヤスフィールを頼む。あのような幼子こそ、真に幸せを得るべきだ。なあ、そう思わんか?」

 

 倒れたまま上を見上げる甘粕はどこかすっきりした笑みを浮かべている。

 

「知らないさ。けど、イリヤは幸せにする」

 

 対して切嗣は苦い顔だ。体の節々が痛む。正直、意識を手放して大の字に寝転がりたいと切に思う。今だったら、聖杯にそう願ってもいいと思えるほどに。

 

「そうだ。その言葉が聞きたかった。ふふ──」

 

 おかしそうにして。

 

「──はは」

 

 決壊する。

 

「はははは。……はっはっはっはっはっはっは! ああ、俺は夢を諦めんぞ。また──何処かに招かれ、そして夢を叶えるのだ。その時まで、どうか未来を失わせてくれるな。後をお前に託す」

 

「まだまだ世界は闇に満ちている! ゆえ、闇を打ち払おうとする人間の輝きも永遠だ! お前が聖杯をどうするか──黒く染まった聖杯の中から見させてもらうことにしよう。ああ、なんとも素晴らしい夢だった。ふはははははは──」

 

 切嗣は消えていく甘粕を後目に奥を目指す。願いを叶えるために。──そして、なによりも愛する妻に会いたくて。

 




仲間たちが先に魔王に挑み、傷を与えて主人公が最終決戦で1対1。王道ですね。
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