Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第65話 夫婦喧嘩

 

 アイリスフィールが数十度目にもなる剣による殴りつけ攻撃を繰り出した。

 

「ねえ、なんで何も話してくれないの?」

 

 3倍速で逃げ続ける切嗣に攻撃は当たらない。だが、逃げ場などどこにもない。ここは聖杯によってつくられた疑似的な固有結界。どこまで行こうと、そこには何もなくループするのみ。

 

「アイリ。話をしたいなら、剣を降ろしてくれ。大体、なんで君がセイバーの宝具を持っている? それも黒く染まったそれを」

 

 切嗣には何もわからない。大体、アイリスフィールの意味不明な能力の上昇すら何が原因だが、よくわかっていな──

 

「まさか、聖杯?」

 

 真っ先に思いつくのはそれだろう。なぜなら、アイリスフィールと聖杯は同じ部屋に置かれていたはず。あの甘粕が聖杯をどこかに閉まっておくほど几帳面な性格だとは思えない。

 

「──聞きたいことがあるのよ」

 

 しかし、アイリスフィールは聞いていない。目に涙を溜めて──子供のように駄々をこねている。なんで戦ってくれないの? 愛しているという言葉は偽りだったのか、と──とても悲しそうに剣を振り下ろす。

 

「聖杯を使ったのか、アイリ?」

 

 使う資格があるのはマスターとサーヴァントのみ。……だが、そもそもこんなものは聖杯の機能ではない。これでは洗脳だ。

 しかし、聖杯に泥が詰まって動作がおかしくなったとしても何も不思議はない。

 

「あなたは私のことを愛してくれているの?」

 

 否定も肯定もしない。ただ切嗣に問いかけてくる。──問題は何を聞いているのか、切嗣にはまったくもってわからないと言うことだ。

 というか、そんな場合ではないだろう。……そりゃ、愛しているかいないかで言ったら答えは一つしかない。

 

「それは、愛しているさ」

 

 としか言いようがない。

 それは本当のことだけど、子どもをあやすような口調で言っては信用できるはずもない。彼女が求めているのは証明だ。愛を刃で刻んでほしいと言っている。

 もっとも切嗣からすれば、愛するアイリスフィールに刃を向けられるはずもないが。

 

「なら、それを伝えてほしいの──私の体に消えない証を(のこ)して欲しい。戦ってよ、切嗣」

 

 アイリスフィールはどろりとした熱っぽい目で切嗣を見つめる。他には何も映らないとでも言いたげな。熱病に浮かされたかのような──剣気。

 

「──戦え、と言うのかい? 君と」

 

 なぜか、言いたいことが分かってしまった。そうだ、傷つけたいわけじゃない。人に暴力を振るうのが好きなわけじゃない。そんなものを求めているわけじゃない。ただ──

 

「そうよ。私はあなたを愛しているから戦うの。決してあなたを傷つけたいわけじゃないの。でも、こうしなければ本心をさらけ出してもらうことはできないと思ったから」

 

 そう、ただ想いを伝えたくて。伝えてほしいから、戦いたい。この拳を振るいたい。愛する人が相手だから、遠慮はしない。我も人、彼も人。同じ人間で、対等だからこそ傷つける。殴ろうとしているのだから殴られることを覚悟する。ねえ、殴らないというのは──それは同じ人間として認めてはくれていないということ? 私はただの道具で、大切に使うだけのお人形? そんなのは悲しすぎるわ。

 

「戦い以外にも想いを伝える手段はいくらでもある」

 

 けれど、人は猿ではないのだ。そんな野蛮な方法以外でなくとも、口で伝えればいいだけだ。それを、人を殺し続けてきた切嗣が言うのは皮肉かもしれないが。

 

「ねえ、切嗣? あなたは私を愛してなんていなかったのかしら」

 

 こくり、と首を傾げた。聞く耳持っちゃいやしない。

 

「そんなことはない……!」

 

 いくら言葉を重ねても──素通りする。返ってこない。

 降ってくるのは黒い刃の鈍い輝きだけ。黒刃のきらめきが切嗣の体に刻まれる。流血が衣服をわずかに染める。

 

「あなたは、これからどうするの? ……イリヤスフィールのことは見捨てるの? あの子は寂しい城に閉じ込められたまま? いつまでもあの暗い牢獄であなたを待ち続けるの?」

 

 ──胸に杭が刺さったような心地がした。忘れていた。ここでアイリスフィールと言葉を交わしていても、娘はそこに囚われたまま。それは変わらない。ずっと──ずっと。誰かが助けない限り、あの子は苦しみ続けるだろう。

 

「それは──」

 

 助けたい、とは思う。けれど……どうしてよいのかわからない。大体、今この場だってどうしたらいいのかさっぱりわからない。凶刃に銃弾を向けることさえ。

 

「答えてよ、ねえ──切嗣。約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」

 

 黄金の光が迫る。

 

「助けるさ。それを証明して見せる……!」

 

 愛する妻が泣いている。涙を止めたいと思った。だから。

 

螺湮城教本(プレラーティーズ・スペルブック)!」

 

 海魔を呼び出し、盾とした。言葉を重ねて、ただそれだけで想いを伝えられるものか。ああ、それで不足だと言うのなら……

 

「そんなもので──」

 

 光が増す。海魔の肉盾が焼き尽くされる。

 

「防げるなんて思っちゃいない。Time alter(固有時制御)square accel(四倍速)!」

 

 海魔が光を受け止めたのは一瞬にも満たぬ時間──それでも十分だった。更なる加速を。ああ、どこまでも加速して、君に想いを伝えに行こう。……時よ止まれ、お前は美しい──! 武器を召喚、投げた。どこかで我も人、彼も人などとという言葉が聞こえたような気がした。

 

「やっと、私と話してくれる気になったのね切嗣──ッ!」

 

 水晶壁を張る。しかし、飛んできた“それ”には薄紙程度の障害にもならなくて。

 

「これは──破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)ね。そう、こういうふうに戦えばよかったの」

 

 手で払いのけた。手の甲にざっくりと傷跡ができたが、1秒ほどで治療が完了する。

 

「アイリ。僕は最低な男なんだよ。君は気付いてなかったかもしれないけどね」

 

 いつの間にか握っていたキャリコで掃射する。こんなもんでアイリスフィールに傷を付けられるとは思っちゃいない。ただの煙幕代わりだ。さあ、一筋の傷だけでは何も伝わらないだろう? 僕の想いを伝えよう。そして、君の想いを刻み付けてくれ。

 

「そんなことないわ。あなたは優しくて、とても素敵な男の人よ」

 

 しかし、アイリスフィールはそれ以上の暴力を振るう。数十の光弾を牽制として叩き込む。てんでばらばら、まとまっていないが、だからこそ視界が利かなくなる。それも一発一発に人を粉々にできるだけのエネルギーが詰まっているのだ。

 

「僕は理想のために君を犠牲にした。イリヤのことだって、助けたいさ。でも、そんなことできるとは思ってないんだよ。ユーブスタクハイト翁は僕を許さない」

 

 アイリスフィールが手放した黒い聖剣はいつのまにか切嗣の手に。風王結界で光弾をまとめて叩き潰した。

 

「私は切嗣の理想に殉ずることができたら、幸せだったわ。聖杯はこんなだったけど、でも──もし、世界が平和になったら、あなたはイリヤのために生きてくれたのでしょう?」

 

 嘶きが聞こえて。戦車──神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)が地を蹂躙しながら突き進む。

 

「それはIFの話だ! 僕は君を救えず、イリヤもあの城で繋がれる。助けられやしないんだ!」

 

 その暴虐の前に切嗣はなすすべもなく踏みつぶ──透けた。雄牛の足は空を切る。戦車本体すらも透過してジャンプ、アイリの前へ。ナイフをかざす。

 

「いいえ。そんなことはないわ。だって、あなたは強いもの。イリヤのことを助けようとしてくれるなら、あなたは必ずやり遂げるわ。──信じてる」

 

 戦車を消す。そして、王の財宝を展開。

 

「君が思ってるほど──僕は強くない!」

 

 ナイフを投げ、退避した。飛んだナイフはアイリの頬を切り裂いた。

 

「そんなことない。あなたは慎重すぎるわ。もう少し大胆になってもいいんじゃないかしら」

 

 海魔の召喚。切嗣の周囲が埋め尽くされる。……動きが取れない。

 

「あいにくだけど、できないことはできないと言う主義でね……!」

「やればできるわ。あなたならできると信じているもの。──約束された勝利の剣(エクスカリバー)!」

 

 黒い聖剣を召喚したアイリスフィールはそのまま宝具の真名を解放する。

 

「起きろ。……天地乖離す開闢の星(エヌマエリシュ)!」

 

 向かって来る光に対して、切嗣はエアで向かい撃つ。膨大な魔力と魔力の衝突がうねり、ひずみ──そして空間ごと消失する。

 

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