Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第66話 大団円

 

 とりあえず乖離剣エアをしまう。こんなものを撃ち合ったところでしょうがない。

 しょせんは花火だ。こんなものでは何も伝わらない。

 

 次に使うべき宝具を用意する。戦って、戦って──そして互いの想いを受け止めることができると信ずるがゆえに。ただ想いを伝えるために互いを傷つける。

 

「これが──僕の罪か」

 

 思えば、遠回りばかりしてきた気がする。人を傷つけて、殺して──最後にすがった先は奇跡だった。こんなのはとても正義の味方なんか呼べやしない。

 戦場を渡り歩いた小悪党、もしくは単なる一傭兵か。たどり着いたと思ったら、そこは悪意のるつぼだった。世界を平和にすることはできない。……少なくとも、僕には。

 だけど、それでも救いたい人がいるんだ。だから無様でも格好がつかなくても、せめて手は伸ばし続けていたい。

 

「そして、私の罪よ」

 

 私は切嗣を愛している。それは本当のことだと信じている。

 物を知らない私だけど、それだけは信じているたった一つの大切なモノ。あなたに使いつぶされるのならそれでよかった。私はホムンクルス。大切な人に使ってもらえるのならそれでいい──と、思っていた。

 けれど、もうダメだ。一度死んで、生き返ったら欲が出た。あなたの本当の想いを知りたい。愛されているという実感が欲しい。

 

「世界に平和を。そんな理想で家族を犠牲にした僕の」

 

 手にしたのはひたすらに愛する子供たちの救済を願い、そのためにあらゆる策謀を実行に移した男の力。

 

「愛する男の夢に殉じたい。それで何も聞かなかった私の」

 

 聖杯の力を引き出す。無尽蔵とも思える負の力──それは憎しみや憎悪の極限。こんなものが生まれてしまったことは悲しいことだと思う。

 だが、これはただ使用先に制限のあるエネルギーでしかない。

 

「謝りたいんだ。僕が犠牲にしてきたものに」

 

 だから想いを伝えるための媒体として何も問題ない。ここは二人きりのフィールド。泥にまみれて殺風景ではあるが、ロマンティックとしゃれこみたいわけじゃない。

 

「後悔しているの。私が何も知らなかったことに」

 

 魔力が高まり──

 

「「だから」」

 

 泥を押しつぶすほどの奔流となる。

 

「全力で君を倒す。魔術師殺しとしてじゃない──ただ一人の衛宮切嗣として。……アイリスフィール・フォン・アインツベルンの夫として」

「全力で挑むわ。ホムンクルスじゃない……一人の人間として。──本当の意味で衛宮切嗣の妻になるために」

 

 決壊する。

 

「王の財宝よ!」

 

 アイリが蔵を展開。さらに。

 

「海魔よ!」

 

 さらにさらに。彼女は聖杯からもっともっとと力を汲み上げる。

 

「ゴルディアスホイール」

 

 無作為に召喚された海魔が切嗣の動きを制限する。そして、宝具爆撃が圧倒的な威力で地上を蹂躙し、本人は戦車に乗って後詰め。サーヴァントだって、こんな事態に対応できるわけがない。けれど。

 

「アイリ。君に僕の戦う姿を見せたことはなかったね。確かに強い力というのは圧倒的だ。正面からではもうどうしようもない。でもね、力そのものはただの選択肢に過ぎないんだ」

 

 ずる、と切嗣の胸から槍が生える。それは──見るもの全てを震え上がらせるロンギヌスの槍。バーサーカー、神父の宝具。

 

「ええ。そうね──あなたならこれくらい、どうということもないんでしょう?」

 

 海魔が絨毯爆撃によって吹き飛ぶ。だが。吹き飛んだ端からうぞうぞと増殖する。戦場では一度砲撃が来た場所には二度も来ないというジンクスがあるが──そんなものは通用しない。

 一度抉られた場所だろうが二度も三度も着弾する。

 

「そうだね。|神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士《ヴァナヘイム・ゴルデネ・シュヴァーン・ローエングリーン》」

 

 海魔ごと爆撃される宝具を消し飛ばしてアイリへと迫るそれを、彼女は簡単に回避する。

 そして、これだけでは正面が空けただけだ。四方八方とは言わずとも前後左右の前以外からは切嗣に宝具が迫る。

 

「君はやはり頭がいい。あれだけ素人臭かった戦い方が、もうセオリー通りになっている。そうだ。圧倒的な力で押しつぶすなら、動きを限定し、周囲一帯を焼き尽くす。けどね、まだまだプロとは呼べないよ──fifth accel!(五倍速)

 

 当然──前へ出る。それしかない。

 

「貴方のことを見てたもの。ずっと、助けてあげたいと思っていたのよ?」

 

 前、そこには戦車がある。雷まとう雄牛が引く戦車が。

 

「だが──もう少し、狙いをしっかりつけるべきだ。それが範囲攻撃であったとしてもね」

 

 空中を踏んだ。力場を下方に展開したのだ。そもそも、切嗣は今だ5倍速を維持している。それでもまだ──アイリは切嗣より早い。ゲームのように言えば速さのステータスが5倍以上ということである。

 

「そう、ただ振るだけなのは悪いのね。なら、しっかり見て当てるわ」

 

 切嗣を見つめる。そこめがけて雷を放つ。

 

「それも予想通りだ」

 

 それた。避雷針の属性を空間に付加しておいた。キャスターの魔術(邯鄲法)を使えばそれくらいはたやすいこと。

 

「なら、こうするわ」

 

 宝具を一振り抜く。剣だ──もっとも、アイリはこん棒のように振り回すしかないが。さすがに剣の扱いは一朝一夕ではどうにもならない。とりあえず柄をしっかり握って、胴体めがけて突き刺す。

 

「動きが大振りだよ。それに、攻撃というのは単発では終わらない。有機的に連結しなければプロには当てられないよ。──このように、ね! tenth accel!(十倍速)

 

 ナイフで弾いた。弾いたナイフが壊れ、すぐに作り直す。そのまま突き刺し──

 

「そんな小さな刃物でどうにかできると思っているの?」

 

 アイリの皮膚を数mm貫いただけで終わった。──硬い。バーサーカーの超硬度……さすがに劣化しているが。

 

「攻撃の基本は連撃だと言っただろう?」

 

 肘、掌底を連続で叩き込んで──

 

「っか! 痛い、わね──」

 

 ナイフを胴体に叩き込んだ。今度はナイフを根元まで突き込んだ。普通にやっても通らない。だから、意識を逸らしたうえでタイミングを悟られないタイミングで攻撃を叩き込んだ。

 ──そりゃ、痛いはずだ。切嗣が突く場所を選んでいなかったら致命傷になっていた。

 

「うぐ……っ!」

 

 痛みに顔を歪ませた。しかし、その顔にはどうしようもないほどの喜色が見える。恋人から待ちかねた愛の言葉をささやかれたときのような。

 

「嬉しいわ、切嗣。やっと──あなたと心が通じ合えた気がする」

 

 ナイフを抜いた。瞬く間に傷が治る。このシーンはそういうことでしかないのだろう。愛のささやき……それがナイフを根元まで突っ込むこととは物騒に過ぎるが。

 

「ああ──そうかもしれないね」

 

 なんだか良い予感がした。それは普段であれば悪い予感と呼ばれるものであったが──顔に浮かぶのは笑みだけだ。

 なんともおかしいことだ。戦っている時など、感情は顔に出さない。心の奥底で憤怒が煮詰まっていても、それは蓋をして見ないふりをいた。ところが、今……なんだか嬉しくてしょうがない。

 

「ああ、そうだ。アイリ、君も嬉しいんだろう?」

 

 両者とも、とろけるような笑みを浮かべている。切嗣は多少皮肉気な……だけど、最上級に喜んでいるのだろう。そっちの方が似合う。

 

「ええ。もっと、もっと──語り合いましょう」

 

 アイリが動く。大量の魔力が集結し──

 

「大海魔。これなら──」

 

 彼女の後方にビルほどもある不浄のモノが姿を現す。その冒涜的な体躯を揺らし、現世を染め上げようとおぞましい歓喜をふりまく。

 

「ためが必要な攻撃なんてただの的だよ、だから、それを使うなら……とどめか──それとも、戦いが始まる前に準備しておくかだ」

 

 ロッズ・フロム・ゴッド──質量爆弾に焼き尽くされた。

 

「──え」

 

 振り向く。それは決定的な隙だ。

 

「アイリ、君は荒事にまったく慣れてないのだろうから、一ついいことを教えてやる」

 

 一瞬でアイリの前にたどり着く。今彼らがやっているのは音の壁を踏みつぶしながら演舞する超高速戦闘。まばたきなどしようものなら、相手の姿は掻き消えている。

 

「攻撃するとな……基本、防御が疎かになるんだ、よッ!」

 

 黄薔薇を突き刺した。回復不能の呪い持つ槍──魔術だろうと何だろうと、回復はできない。これで、状況は切嗣の有利となり。

 

「そうなの。ええ、わかったわ。体験して、そして──“見て”理解した」

 

 アイリの目に光は消えていない。そもそもどちらが有利とか、そういうことですら頭にはない。彼女はただ切嗣と愛をかわしたいだけ。

 

「──ッ!」

 

 飛びのこうとした瞬間にはもう遅かった。彼は自分で言ったことを嵌ってしまっていた。槍を握られている。逃げられない──

 

「焼いて、遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)

 

 今の彼らは真名など口にせずとも開放できる。では、魔力を十全に練り上げ、“それ”を口にしたらどれだけの暴虐が顕れ出でるのか──

 

「……っが! ぐ──おおおおおお」

 

 周囲一帯が焼き尽くされた。しかも、それはただの雷が発した副産物的な熱が残したに過ぎない。死徒ですら生命活動を止めうるほどの雷のエネルギーがあらゆるものを蹂躙する。

 

「っく。なかなか、キツイわね──」

 

 当然、アイリも喰らっている。自分ごとまとめて範囲攻撃した。で、なければ逃げられていたし……彼女はそういうことを考えていなかったが、魔力の流れで読まれてしまう。ちょうど大海魔の召喚がフェイク──もしくは木の葉を隠す森となった。

 

「がががががが──」

 

 痺れる。体どころか頭までもが感電してめちゃくちゃに震える。

 

「まだよ。私たちの話は終わってないわ。起きてよ──途中で寝ちゃいやよ。ねえ、大好きよ、切嗣。だから──」

 

 アイリスフィールもまた感電して痙攣している。しかし、先に立ち直ったのは彼女であり。

 

「僕も大好きだよ、アイリ」

 

 更に槍を奥深く突き刺したことで、穂先がアイリの胸の反対側から飛び出た。

 戦闘に関していえば切嗣の方が圧倒的に格上である。びくびくと不随意に痙攣したままでも、槍を押し込むくらいはできる。体が万全でなければまともに動かせないアイリと違い、切嗣は己の体を動かす術を心得ているがゆえに。

 

「……ごふっ。嬉しいわ。あなたの愛を感じる。ねえ、うけとってくれる?」

 

 切嗣の手ごと槍を握りしめて──潰した。回復。槍さえ潰せば呪いは解ける。

 

「ああ、受け取るよ。これから、いくらでも──」

 

 切嗣の回し蹴りとアイリの素人じみたヤクザキックが同時にさく裂した。地面と平行に飛び──同時に剣を抜く。

 

「エクスカリバー!」

「エヌマエリシュ!」

 

 極大の魔力がぶつかり合った境界は、ねじれて狂って空間がちぎれる。両者はそこにためらわず突っ込んだ。

 

 同時。

 

「ってい!」

「っおお!」

 

 手加減なしの拳が同時に腹にめり込む。

 

「「っく!」」

 

 ひるんだのも一瞬。これもまるでシンクロしているかのように同時。

 

「切嗣──」

「アイリ──」

 

「「大好きだ!」」

 

 一つ一つの攻撃に想いを乗せて……飽き果てるほどになぐり合って。何十発。何百発と想いを交わしただろうか──

 

神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)

 

 アイリがポツリとつぶやく。後ろに飛んだ。詠唱を続ける。莫大な魔力が消費されていく。

 

遥かなる蹂躙制覇(ヴィア・エクスプグナティオ)約束された勝利の剣(エクスカリバー)天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)。|神世界へ翔けよ黄金化する白鳥の騎士《ヴァナヘイム・ゴルデネ・シュヴァーン・ローエングリーン》!」

 

 いくつもの宝具を解放し──

 

「──『神々の黄昏(ラグナロク)』。全ての宝具の相乗作用。形容不可能な混沌にして、世界を終わらせる終末の日。けれど終わりは始まりだもの。さあ、私たちを始めましょう? 切嗣」

 

 わざと真名解放の圧倒な威力を一点に集中させ、崩壊させる。その威力は単なる足し算ではない。掛け合わされることで何倍にも膨れ上がっている。それはまさに──世界ごと巻き込んで後には何も残らない対界自決兵装。

 

「背筋が凍るね。けれど、僕だって君のことを愛しているんだ──やってやろうじゃないか」

 

 常人であれば、気配を感じただけで恐怖によって舌を噛み切るだろう。いや、こんなもの──名だたる魔術師だって正気を保てるかどうか。それを分かった上で、切嗣は一歩を踏み出した。

 

「ええ。楽しみね」

「──おおおお!」

 

 走り出した。アイリは驚く。なんせ──

 

「あなた、聖杯の力を」

 

 サーヴァントの力が感じられない。今の彼は生身だ。その動きは亀のように鈍い──十倍速の魔術が切れている。

 

「ああ、捨てる! こんなものには頼らない」

 

 そう。全ては聖杯の力。切嗣の力も、アイリの力も──すべてはそこから得たもの。与えられたものに過ぎない。

 

 ──切嗣は強い。だから切嗣と戦えるくらいに強くなりたい。

 

 アイリスフィールが聖杯に願ったもの。ここで齟齬が発生した。もとより聖杯は狂っている。本来の機能から外れている。この願いを使用者にサーヴァントの能力の付加することで実現した。

 それは仕様通りと言える──だが、聖杯は切嗣を強くしてしまった。別に使用者はそこまでのことは願っていなかったのに。

 

 それは『強い切嗣と戦いたい』を『強化した切嗣と戦いたい』と解釈してしまったからだ。解釈の違い……よくある戦争の理由。ゆえに聖杯は切嗣を強化した。

 大本の願いであるアイリは慣れるにつれ6騎のサーヴァントの能力を自由にできるようになった。そして、副産物である切嗣は一騎。

 

 そもそも、力の流入は甘粕と戦っている時から始まっていた。あれは奇跡でもなんでもなく、聖杯の誤作動である。

 

「……おおお!」

 

 その力を投げ捨てた。これがなくなれば、切嗣は疲れ果てた中年に過ぎなくなる。一歩を踏み出すことすら難しい疲労困憊の体に戻る。

 

「──なぜ?」

 

 その体で駆けていく。転びそうになりながら──少しづつ。

 

「借り物の力じゃ、本物の想いを君に届けるなんてできない……だろうが!」

 

 そう、あの精神状態は聖杯の汚染を受けたもの。泥ではない──アイリの願いに沿うような精神状態になる様に支配を受けた。そんな状態では──

 

「君を抱きしめることだってできやしない」

 

 必要なのは、たった一つ。殴り合うことじゃない。宝具で撃ち合うことなんかじゃあ、もっとない。ただ──

 

「アイリ。愛してる」

 

 触れれば消し飛ぶ、跡形すら残らない。触れずとも余波で原子の一つに至るまで砕かれる神威の嵐、そんな威力の奔流を前に生身の体で立ち向かう。

 

「……切…………嗣………………?」

 

 だが、当たらない。それは──きっと、アイリが認めたのだ。切嗣には敵わない。そしてもう一つ思った。この嵐を乗り越えて自分のもとに来てほしい、と。願ったから。

 

「だから、一緒に生きて行こう。ずっと」

 

 たどり着いた切嗣はアイリスフィールの腕をつかみ、抱きしめて──キスをした。

 

「……あ」

 

 そう、愛を伝えるにはただ一つのキスでよかった。ラグナロクにより世界が壊れる中、二人はずっとキスをしていた。

 




ちなみに最後の世界とは、聖杯が作った固有結界のことです。冬木は最初の泥があふれたのを除けば、被害はありません。



長いご付き合いありがとうございました。大人たちが泥臭くあがきながらも試練を乗り越え、ささやかな望みを叶える――そんな展開を描いてきたつもりですが、楽しめていただけたでしょうか。彼らのことを少しでもカッコイイと思えていただけたら幸いです。
『fate/zero 【人間賛歌の魔王】』の本編はこれで終了となります。後はエピローグ、他には番外編を書こうと思っています。

それでは、みなさん。またどこかのSSでお会いしましょう。
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