Fate/Zero【人間賛歌の魔王】   作:Red_stone

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第7話 逃走劇

 

「出てこないな」

 

 切嗣が呟いた。経験上、ここまでやれば殺ったと思っているし、だから観察しているのはまあ──サーヴァントへの義理のようなものだ。

 

 しょせん、有能と言えど学問の徒。実戦を幾度も経験した魔術師でさえ葬ってきたこの作戦で殺せないわけがないと思っている。実を言うと、潜伏している自分たちの方が逆に狙われているんじゃないかと気が気ではない。

 

 そこまで周囲を警戒しながらも──いや、この時点で切嗣が最も警戒するサーヴァントはキャスターだ。何をしでかすかわからない……それは実感として彼が一番よく知っているのだから。そして、それでも不足なのだ。甘粕正彦の予測不可能性は人智の及ぶ域から脱している。

 

「まあ、警戒してもおかしくなかろう。なにせ、あんな手段で来られるとは常識の埒外であったろうからな」

 

 けれど、キャスターは本気で標的が生きていると思っているらしい。それも、冷静に状況を伺っているものと信じている。

 どれだけ相手を過大評価しているのだ。だが、その妄想を笑うことができても、考えを改めさせることは誰にもできないだろう。思い込みの強い馬鹿とはそういうモノだ。ゆえ、切嗣はもう少し付き合ってやるしかない。

 

「仕留めたとは思わないのか?」

「思わんよ。あれしきのことで死ぬものかよ。人は皆──その気になれば、窮地などはねのけることができるのだから、ヒトというのはそういうものだ。長い歴史の中、生き残り地球で最も隆盛を誇る種となった。そんなモノがここで終わりなど、ありえんよ」

 

「──ふん」

 

「……こちら舞弥。動くものを発見しました」

 

 通信。しかも、別方向から見張らせている彼女からと言うことは──

 

「なに!? 様子は──」

 

 驚愕以外にありえない。まさか、本当に生きているとは──ッ! 甘粕は未来予知でも持っているのかと一瞬疑うが、そんなキャラではないしできたとしてもやらないだろう。こいつの馬鹿さ加減は付き合いが短くてもわかるほどの酷さである。

 

「マスター、サーヴァントともに健在。また、協力者と思しき女が一名」

 

 切嗣の驚きをよそに冷静に状況が報告される。彼女はそういう機械のような人間だ。

 

「敵の戦力は3。事前情報の通りだな」

 

 一応、そう言っておく。ケイネスとその婚約者とランサー。この3人で一組と言うのは情報からすでに推測できていた。……まさか本当に生き残っているとは思ってもみなかったが。

 

「はい」

 

「──俺は聞いていないが?」

「言う必要がなかった」

 

 甘粕と切嗣が少し言い合いをするが。

 

「動きます」

 

「追え。だが、手は出すな」

「──切嗣よ。俺が少し彼の相手をしよう」

 

 マスターとサーヴァントの間の諍いもあれど、しかし甘粕は当然と言わんばかりに暴走するのだ。

 

「待て! 勝手なことをするなと──」

 

 小声で怒鳴りつけるという器用な真似をするが、当人は聞いちゃいない。

 

「切嗣。──もう行ってしまったようです」

 

 舞弥はあくまで冷静である。そういう風に調教したのだから当然で、それが切嗣を落ち着かせてくれる。激昂しているときに、横に冷静すぎる奴がいると冷めてしまうものだから。

 

「ぐ。あいつは……!」

 

 ぎりり、と奥歯を噛み締めてしばし考える。

 

「どうしますか?」

「追え。作戦は変わらない。だが、深追いは避ける」

 

 まあ──キャスターが従ってくれるかはわからないが。

 

 

 

「おのれがぁぁ! 魔術師殺し! 魔術師の誇りを解さない蛮族めが! したり顔で魔道を歩くなど片腹痛いわ──あのような痴れ者生かしておけん。魔道の世界の沽券に関わる──死ね! みじめに屍を晒せ、あのような塵屑ッ!」

 

 騒いでいるのはケイネスである。

 彼は一般的な魔術師の感性を持っている。ゆえに戦場を渡り歩いた人間の流儀など知らないし、知る必要すらないと思っている。

 そんな蛮族など取るに足らぬと思っていたから、切嗣がそういう類の下種なのだと知った時点で調査はやめた。そんな下種が大したことをできるとは思わなかったから。

 

 だからこそ怒り狂うのだ。だって、そんな不遜はないだろう。この時計塔において最高峰を誇る魔術師に対して、そんな程度の低い蛮族があまつさえ騙し討ちじみた真似をするとは──馬鹿げている以前にありえない。

 身の程を知らないとかいう程度の問題ではないぞ。ぽっと出の三流魔術師が血族の意味も理解できない頭で時計塔で鼻高々に過ごすのとはわけが違う。そんなことが許されてたまるか──ッ!

 

「どうか気をお鎮めになってください、マスター!」

 

 サーヴァントが優しいながらも厳しい声を出す。ここまでやったのだから始末は済んだと思って現場から逃走していてもおかしくないが、下手人がまだこの辺りに潜んでいる可能性もあるのだ。

 ランサーはひたすらに周囲を警戒している。

 

「そうよ。あなたの工房はあっけなく破壊されてしまったんだから、これ以上見苦しいところを見せないで頂戴」

 

 対して女性の方は己が婚約者たるケイネスに冷たい目を向ける。家に言われて意に沿わない婚約を結ばされた娘というには、その目は傲岸に過ぎよう。その目はもはや貴族が成金を見る目に近い。

 

「──ソラウ」

 

 彼女が冷たいのはいつものこと。ケイネスはこれがランサーの女性を虜にしてしまう魔法の黒子による効果であり、彼女の本心ではないと信じてはいるがそれでも辛い。

 

 ──聖杯戦争を勝ち抜き箔をつけ、主君の妻を寝取るランサーを排除すれば考えを改めて己の素晴らしさを認識してもらえる。実のところ、ケイネスの頭を占める考えはそれだけだった。

 

 それは正しい。間違っていない。ああ、彼がそう思うなら彼の中ではそうなんだろうよ。誰に憚ることがある。だって、人の世界はその人の形に閉じている。ましてや、工房と言う自分一人の砦に籠りがちな魔術師にとって、それは真実と何の変わりがあると言うのか。

 

 ──間違いを、指摘してくれる人もいないのに。

 

「マスター。どうかここはいったん撤退なさってください。今、我々は砦を失って窮地に陥っています。このような手を使う敵に、よもや誇りなど存在しないかと存じます。闇夜に乗じて暗殺を狙ってくるかもしれません」

「それもそうだな。では、どうしろと言うのだ、ランサーよ」

 

 ケイネスの軽蔑の目はランサーには届いていない。ランサーはただ──まだ少しだけ信用を勝ち取れてはいないのだな、と思うだけだ。ああ、それも真実だろう。彼がそう思うなら、彼の中ではそうなのだ。

 

 三人三様に演じる一人芝居はとても滑稽。絆を信じているのは当人だけ。三者が三様に見当違いの絆を信じている。

 

「予備の工房に立てこもるしかないかと」

「──おのれ。このような屈辱を受けるとは……! ランサーよ、この場は貴様の言を受け入れよう。だが、必ずや彼奴の首級を上げるのだ──よいか。これは主命である!」

 

「了解しました。我が主。下手人の首級、必ずやあなた様のもとへ掲げましょう。しかし、ここは──」

 

 逃げるのが先決、と言いかけて。

 

 

 

 朗々とした声が二重三重に響く。これは明らかに魔術を通した遠話だった。よもや声から居場所を探るなどできるはずもない。

 

「退くしかない、か? ずいぶんと弱気なことだ。悲しいぞ、ランサー。お前ほどの男が尻尾を巻いて逃げだすとはな」

 

 その男は挑発してなどいない。彼の言はすべて真実だ。真実──彼はこの窮地から反撃ではなく逃走を選んだランサーを悲しがっている。

 いくら大事と言えど、ここまでやられた挙句に逃げ惑うのはどうなのだ、と。受けて立つから、反撃して見せろよ英雄──! そのように激励している。

 

「──貴様、キャスターか!? では、爆弾を仕掛けたのは……」

「もちろん、我が主だとも。お気に召していただけたかな? これは決闘ではない。殺し屋に神父ですら参加する奇妙奇天烈、想像を絶するバトルロワイヤルなのだよ」

 

 重要なことをぽろりと言ってしまうのは彼の性。だが、しかし──

 

「姿を現せ。貴様まで卑怯な手を使うのか!? 俺と手合わせしたときの騎士道精神をどこへやった?」

 

 彼らはそれを呻吟できるような状態でもなく、それだけの器でもなかった。ただキャスターに、魔王甘粕に振り回されている。それでは駄目だ。永遠に魔王の掌で愛で続けられることになる。

 

「あいにくと、俺は勇者ではなく魔王の側なのだよ。だから──俺にお前の雄姿を見せてくれることを望む。どこにいるかもわからない、姿も見えない敵から主とその細君を守り通してくれ。お前ならば、それができると信ずるゆえに。手加減はしないぞ……ランサー!」

 

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