Fate/Zero【人間賛歌の魔王】 作:Red_stone
戦闘が始まった。もっともこれは騎士の決闘ではない。牙城を崩され、逃げ惑う者達への追撃戦であるのだ。掃討戦と呼べるほどにランサー陣営が不利である。
「──っ貴様ァ!」
紅い光が瞬いた。その瞬間に反応したランサーは破魔の紅薔薇で一閃する。光は砕け、ばらばらと散る。
それに一瞬の安堵を浮かべる。が、即座に顔を引き締める。今のはただの挨拶だ。
甘粕自身が敵を過大評価するきらいがあるが、ランサーは自らの力量を過信していない。そもそも、誰かを守ると言うことはとてつもなく──そう、“大変”なことなのだ。
例えば、甘粕が二人いたとしよう。現実にはあり得ないが、一人は襲撃、もう一人は守護を担当した場合、当然のごとく護衛対象は殺されるに決まっている。
まあ、それを防ぐために守る側は事前に準備するのだが──そのホテルは爆破されて粉々だ。守るというのはあらゆる可能性を追求することであるが、殺すのは100回に1度を通せばいいだけだ。
ゆえに──誰かを守護するということが可能なのは、自分が相手より格上である場合。それか、相手がよほどの馬鹿かだったときしかない。
ランサーの場合は輪をかけて条件が悪い。破魔の紅薔薇は魔力を切り裂く。そう、切り裂くだけなのだ。これが斬ればばらばらに砕け散る先ほどのような弾ならいい。だが、切り裂かれてもなおその形を残すなら──例えば岩や瓦礫でもいいのだ。それを斬っても、半分になったそれが守りたい人に直撃するのみだ。
ゆえに、ランサーが主と細君を守ると言うならば、己が身を盾にするか──すべての攻撃を打ち砕くしかない。この……天秤が傾いた状況で。
「マスター……早くお逃げください! 奴は私めが引き受けます。なにとぞ──」
「わかった、ランサー。ここは任せる。ソラウ、ついてくるのだ」
己の婚約者をぐいっと引っ張って駆け出す。さらに礼装を展開。生半な攻撃では破れるはずもないが、敵は甘粕。
さらに言えば、彼は魔術よりも剣術の方が得意な異端の魔術師と見られているが──しかし、実のところは正当なキャスターと同じように遠距離戦の方が得意なのである。むしろそこに特化しているといってもいい。剣も咒法も人の身ではたどり付けないほどの練度を誇っているのだから、適正のある咒法の方が威力が高くなるのは当然の理。
「──また来たか! ……?」
紅い光が向かって来る。だが、疑問に思う。……上すぎないか? その疑問はすぐに悪寒にとってかわられる。とてつもない速さで上空を通過した赤光は急に止まって地に落ちる。と思いきや、さらに90°向きを変えて──
「……マスター!」
つまりランサーを無視して、背面からのマスター狙いの攻撃だ。
「……防げ──『
広がった水銀がその一撃を受け止める。いくら相手がサーヴァントとはいえ、使う魔術は初級でしかない。ゆえに魔術師としては破格の能力を持つロード・エルメロイの称号を持つ彼ならば防げないことはない。
なんて常識は甘粕の前では意味を持たない。
相手が、裁きの属性を持ち人類の極限を超える甘粕正彦でさえなかったら防げたのだろう。裁きというのは、完全なる格上から与えられるものゆえに。
その彼の力、それも元々の資質がそこに特化したものであるのだから、威力は常識の埒外のものとなる。水銀が蒸発し、砕け散った。
「──っは!」
だが、1秒にも満たぬ時間は稼げた。その時間でランサーは駆け、赤光を消し去った。
「おのれ、やはり貴様に騎士の誇りなど欠片もないのだな──! 私を差し置き、主を狙うとは卑怯千万。姿を現せ──貴様は私が殺してくれる!」
吠える。これは魂の叫びだ。なぜなら、騎士とは正々堂々を奉ずるがゆえに。自分はもとより、敵ですら卑劣な行為を許さない。
だが……今は悲しい遠吠えにしかならない。
「──ふ。何とも勇ましいことで嬉しいぞ、ランサーよ。では、貴様のその腕で俺を引きずり出してくれ。……ああ、できないはずがない。なぜなら、お前は素晴らしい英雄なのだから! ハハハハハハハハ──」
甘粕の魔術の威力はすさまじいでは済まないことになっている。そもそも、彼を普通の魔術師として見る方がおかしいのだ。
神話の魔術師などしょせんは家系によって受け継ぎ、逆境からその力を発揮せざるを得なかっただけだ。つまり、強い力を得ようというモチベーションが低い。求めたのは守る力なのだから。
けれど、甘粕正彦は違う。己の夢を実現せんがために、病人のうわ言を信じて魔術儀式邯鄲法を制覇した最初の人間となった。
邯鄲法は経験を束ねるという意味では英霊の座のシステムに似ているが、これにはその先がある。100以上の平行世界、邯鄲法ではシミュレートされた仮想世界だが、その経験を束ねるのが座のシステムに相当するだろう。そして、経験を束ねた上で昇華させるのが邯鄲法。
人類の極限を極めし者と、人類の極限を踏破した者。甘粕は人間の限界など突破しているのだ。その実力は宝具ごときで埋められるものではない。
「くそ──好き勝手言ってくれる……! そんなに力を振るうことが面白いか!? 遠くからこそこそと魔術を放ち続けることが貴様の誇りか──答えろ、キャスター!」
「いいや、それは違うぞランサー。俺は暴力を振るうことを決して好んではいない。殴るのも殴られるのも好きではないし、それをもって自戒としている。立ち上がってくれると、輝いてくれると信じるからこそ殴るのだランサーよ──勘違いしないでほしい。俺はただ、お前たちを愛させてほしいと願っているのだ!」
次は3発。
斬れば散る……2発も見ればあとは同じように術式を壊せばいいだけだ。自在に弾道を動かせるのは脅威だが、マスター狙いとわかればやりようもある。
ただし、現状一番遅いソラウの足にスピードを合わせなければならないことがネックだ。主と細君の二人、手を組むことができるくらいに近い位置に居てもらわければ赤光の撃墜が間に合わない。
「よもやこれで詰みだと言うことはなかろう!? さあ、満天の星空を見るがいい!」
上を見ると、目を疑う光景。赤光が何十発も──空に浮かぶ星のように浮かんでいる。一体何発あるのかと考えて気が遠くなる。数発ならば叩き落とすのもたやすいと安心したのはなんだったのか。あんなもの、どうすればいい──ッ!
自分一人であればランサーは生き残り──そのうえ致命傷を回避することもできるだろう。だが、今は騎士の誇りにかけて守らなければならない人がいる。我が主とソラウ殿を命に代えてもお守りする……! 彼は悲壮な決意を固める。
「主、全力でご自身とソラウ殿をお守りください。なに、ご安心ください。あのような花火、一発残さず撃ち落として見せます。──ですが破片にお気をつけください。さすがに、そこまではフォローできかねますので」
「……ランサー。宝具の使用を許可する。魔力のことは気にするな──存分に力を振るうがよい!」
「主──! このランサー。見事ご期待に応えて見せましょう」
眼に輝きが戻った。先ほどまではただ必至なだけだった。必死で義務をこなそうとしていた。だが、今は──
「素晴らしい。なんと素晴らしい。想いの通じ合わぬ主従。すれ違う細君との想い。それを乗り越えて──今、絆が結ばれた! 祝福しよう。俺は感動している! 貴様の愛を俺に見せろォォ──」
無数の流星が堕ちる。
「──
高速の連撃。己が身など寸毫も考えない──恐れを抱いた瞬間に流星群に飲み込まれてしまうだろう。受け止めるように向かってくる赤光を突き、術式を崩壊させる。わずかに逸れた赤光は切り払う。
そして、最後の一発までも砕きおおせた。
「──か」
だが、その代償は大きい。
からん、と槍を落とす。その腕からは血が滴っている。毛細血管が軒並み破裂している。筋肉がずたずたに断線している。いくら英雄といえど限界があるのだ。体を限界を超えて酷使すれば動かなくなる。
「──っ!」
そして、ケイネスはなりふりかまわぬ逃走に移る。月霊髄液をまるで車のように使って高速で移動する。
ただし、これは本当に最終手段だ。魔力による透視や使い魔もいるとはいえ、目隠し運転をするようなものだ。町並みを暗記しておけば衝突はしないものの、そこらに転がっている物は轢きまくる。見えてから反応しても、サーヴァントじゃあるまいし、かわせるだけの反射神経は持っていない。
ランサーは霊体化して姿を隠す。槍を握れないランサーに価値はない。ケイネスは彼を見捨てて逃亡したのだ。まあ、令呪で位置はわかるからワンコよろしく帰ることはできるのだが。
そして、甘粕はことのあらましを己のマスターへと報告する。
「──切嗣よ、マスターを逃がしてしまった。ランサーにも手傷は与えたが今は霊体化しているようだ」
「そうか。──わざと逃がしたわけではあるまいな?」
「さて」
「ふん。こちらの使い魔は撃墜されてしまった。奴らを追えるか?」
「追うまでもあるまい。あれだけ派手に逃亡してくれれば、所在は自ずと知れよう」
「──ち。それは、追う気はないということか?」
「マスターの言には従うさ」
「疑わしいものだな。──下手に追い詰めるのは下策だ。帰ってこい」
「了解した」
もし甘粕が破段を使えていたら「リトルボォォォイ!」とか 「ツァーーーリ・・・・ボン↑バッァァァァァ!!」とかをやって自滅していたでしょうね。