【凍結】ドラゴンクエスト ~次元の竜と異界の者~ 作:しましま猫
しばらく、ゲームで言うチュートリアル的なお話になります。
何せ主人公も我々も、この世界のことをよく知りませんからねぇ。
前回のお話に出てきた、かわいいリリスちゃんの正体発覚です(謎)。
ある日、一人の青年が世界から消えた。世に知られた人でもなく、また特別に秀でた何かを持っているわけではない者の失踪など、世間から見れば些末なことである。現に、この瞬間も世界は動き続ける、まるで事件などはじめからなかったかのように……。
なぜ、彼は選ばれたのだろうか? 何十億という世界の人口の中で、この国に限定したとしても、数億の人間の中で、なぜ、彼でなければならなかったのだろうか……。
1.異世界の朝
「うっ……。」
差し込む要項のまぶしさに、青年は一度開いた目を再び閉じた。朝がやってきた。いつもと変わらない朝。どんな場所にいても、太陽は平等にすべての生物をはぐくみ、育ててくれる。たとえそれが、見たこともない「別世界」だとしてもだ。
「やっぱり、夢じゃないのか……。」
朝、目覚めるたびに、ユウジは同じことをつぶやいてしまう。ある朝目が覚めたら、自分の部屋のベッドで、いつもと同じように支度をして、職場に出勤する……。ありえないとわかっていても、割り切ることのできない思いが、常に心のどこかにあった。それは人間としては無理からぬことだろう。
コンコン
「どうぞ」
ガチャ──
「おはようユウジ、もう体の方はすっかり良いみたいね。」
「リリスか、おかげさまでね、みんなにも迷惑をかけてしまったな。」
「気にしないで、といっても、私たちもおばあちゃんのやっかいになっているようなもんだけどね。」
リリスはそういうと、ユウジの傍らまで歩み寄ってきた。その体の大きさには最初相当に驚いたが、今はもう慣れてきてしまった。それに、彼女から感じるどことなく優しい雰囲気が、傷ついた心を癒やしてくれるような、そんな不思議な感じのする娘だった。
「よっこいしょっと。」
「あ、おい、もう一人で歩けるから……、」
「い~からい~から♪」
ユウジの抗議をよそに、リリスは彼を抱き上げると、そのままゆっくりとした足取りで、部屋を出て行くのだった。。
***
「いただきます。」
先ほどとはまた異なる、比較的大きな部屋の、粗末なテーブルに向かい合って、青年と老婆が食事をとっていた。今朝はスープと、なにやら見たこともない果物らしい。先ほどの娘、リリスはユウジをここへ連れてきた後、どこかへ出かけてしまったので今はいない。
「もう、体の方は大丈夫みたいだねぇ。」
「ええ、おかげさまで。」
「あんたが浜辺で倒れてたときは驚いたよ、そうでなくてもめったに人間の来るところじゃあないからね、この島は。」
ビル火災に遭遇したあの日、ユウジはそれまで自分たちが暮らしていた世界とは異なる世界へ飛ばされた。といっても彼にとっては、白い光に包まれて意識が飛んだ後、ベッドの上に寝かされていただけなので、浜辺で倒れているところを発見されて介抱されたという話を、後から聞いたわけだが。
「ところで、ユウジ。」
「何でしょう、マリスさん。」
「あんたがここじゃない世界から来たってのは、だいたいわかった、たぶん本当だろうね、あんたの鞄の中身は、あたしの知る限りこの世界にはないものがほとんどだ。」
老婆は名前をマリスといい、ここで隠居生活をしているらしい。彼女たちに助けられていなければ、どうなっていたかと考えると恐ろしい。なにせここは「忘れられた島」というらしく、マリス曰く、地図にも載っていないというのだ。遙か昔は、それでもルザミという地名があり、人の暮らす集落もあったらしいが、今となってはこの老婆と、共に生活する者たち以外には誰も住んではいなかった。彼が助かったのは本当に運が良かった。
「あんたはこれから、どうするね?」
どうする、と聞かれても、正直どうしたらよいかわからない。どうにかして元の世界に帰りたいとは思っているが、何か当てがあるわけでもない。
「どうだい、しばらくあたしらと一緒に暮らしてみる買い? よその世界から来たなら、この世界のことはまったくわからないだろう? まぁ、この島にいては目的は達成できないだろうから、とりあえずここで暮らしてみて、それから決めればいいさ。」
正直言って、マリスのこの申し出はありがたい者だった。これから何をするにしても、ユウジにはこの世界の知識がない。元の世界に戻る方法を探すにしても、このままでは危険すぎる。しかし、助けてもらったとはいえ、見ず知らずの人にそんな迷惑をかけてもいいものだろうか。
「俺としてはありがたいお話なんですが、ご迷惑じゃありませんか?」
遠慮がちにそう尋ねてみると、マリスは笑いながらこう言った。」
「ふっふっふ、まぁ、あたしゃ別にかまわないよ、見ての通りたいした水準の暮らしはしてないが、この島はありがたいことに、自然の恵みだけは豊かでね、一人くらい増えたってどうってことはないさ。ついでに、あんたにあたしがこの世界のことを、知っているだけ教えてやろうじゃないか。せっかく助けたのに、すぐにのたれ死にでもされたら、つまらないからねぇ。」
そう言って、ユウジの返事を待たずに、片付けを頼むとだけ言い残しマリスは席を立った。これ以上遠慮することのないようにと言う、この人なりの気遣いなのだろうとユウジは思った。気がつくと、閉じたドアの方に向かって、青年は深々と頭を下げていたのだった。
2.異界の者たち
朝食の片付けを終えると、ユウジは外に出た。今日もよく晴れた過ごしやすい気候のようだ。遠くから波の音が聞こえ、屋根では小鳥たちが歌っている。気温も暑すぎず寒すぎず、ちょうど良い感じだ。マリスによれば、年間で多少の変動はあるが、雪が降ったり、猛暑に悩まされるようなことはないそうだ。老人が余生を送るには、静かで良いのかもしれない。老婆の事情を何も知らない彼は、このときはそんな風に考えていた。
「おお、ユウジ殿、気持ちの良い朝でござるな。」
「ああ、小五郎か、そうだな、今日もいい天気だ。」
後ろから声をかけられて、ユウジは振り返り、見知った者だとわかると穏やかに笑いながら返事を返した。先ほどのリリスと同様、彼、小五郎もこの島でマリスとともに暮らしている仲間の一人である。言葉遣いがやや、いやかなり特徴的なのではじめはかなり驚いたが、今はもうなれてしまった。しかし……。
(まさか、ゲームみたいな世界が、本当にあるとは、な。何回見ても未だにこいつらの姿だけは見慣れねえわ。)
彼に話しかけてきた男、小五郎というのが、黄緑色のゼリー状の生物に乗っかった、甲冑姿の騎士、そう、ちょうどかの有名なゲームのモンスターそのままの姿をしているのだ。これには最初、さすがに声も出なかった。弟が大好きで、モンスター育成系のドラクエでよく使っていたから覚えていたのだが、ゲームの3D映像が目の前でそのままなめらかに動いているような様子は、筆舌に尽くしがたいものだった。
【スライムナイト】
通常の二倍以上ある黄緑色のスライムに乗った騎士。乗っているスライムと騎士はそれぞれ独立して行動することができる。騎士は常に甲冑に身を包んでいるため、何者であるかはいっさい不明である。
剣術のほか、攻撃呪文や回復呪文を器用に使いこなし、種によってはデイン系呪文を扱える者もいるらしい。騎士と言うだけあり、様々な武器防具を装備することができる。
ギラ系、イオ系、バギ系に強く、ヒャド系に弱い。また、ラリホーがよく効く。
性格は心優しく、騎士道を重んじ、弱きを助け強きをくじく正義の戦士である。
乗っているスライムは通常のスライムとは違い、騎士を乗せて戦うために訓練された特別な個体である。呪文体制があり打撃以外で傷つけることは難しい。また、スライム自体もイオ系呪文を行使できるという噂があるが、実際に使用するのを見た者はいない。
「すっかり元気になったようで何よりでござる。おぬしは我らとはまた別の、相当に毛色の違う世界から来たようだからな。未だに我らの姿に慣れぬであろう。」
しかもこの小五郎、今いるこの世界とはまた別の世界の住人のようなのだ。話を聞いた限り、マスターと呼ばれる人間と様々な世界を渡り歩いてきたのだとか。この世界には、異世界への転送に使われる「不思議な扉」が何らかのアクシデントを起こしたことによりやってきたらしい。しかも、マスターと離ればなれになってしまい、連絡も取れず、元の世界に戻る方法もわからないという。
(あぁ、まんま「モンスターズ」だなこれ……。)
モンスター育成系のゲーム「ドラゴンクエストモンスターズ」は、本編とは別のシリーズで展開され、好きなモンスターを育てたり、新しいモンスターを作り出したりして遊ぶことができ、元の世界では子供たちに人気のあったゲームだ。このシリーズのなかで「不思議な扉」が出てくる作品は「マルタの不思議な鍵」以外には存在しない。ほこらの中にある扉に様々な鍵を差し込むことで、扉の向こうに新たな冒険の世界が開ける……というわけだ。シリーズの最初期に発売されたタイトルだが、その後も様々な形でリメイクされ、そのたびに話題になっている。
「まぁ、魔法なりモンスターなりが実際にいるっていうのは、未だに実感わかないな、俺たちの世界では空想の息を出ない存在だったからな。伝説とか作り話の世界だ。」
「しかし、この世には実に様々な『世界』があると言われているのでござる。鍵と扉で行き来できるのはそのほんの一部だけ、この世界もユウジ殿の住む世界も、本来ならば我らが立ち入ることはできぬ領域のはず。今まで扉が暴走することなどなかった故、どうもいやな予感がするでござるよ。」
「そういう予想ほど、当たっちまうんだよなぁ。現に俺は危うく死ぬとこだったみたいだしな。まったく災難どころじゃねえわ。」
いずれにしても、時間を見て、マリスから聞けるだけの話を聞いておいた方がよさそうだ。ここが「ドラクエ」というゲームと酷似した世界なのは間違いなさそうだが、全く同じという保証もない。小五郎たちもこの世界の者でないというのなら、ユウジが必要とする情報を持っているのは、この場ではマリスただ一人と言うことになる。
「な~に、また難しい顔してるのよ。」
「……リリスか、用事は終わったのか?」
いつの間にか、小五郎の後ろに大きな熊のような生き物が立っていた。ゲームの中ではどう猛な獣系モンスターという位置づけのはずだが、彼女、リリスからはそのような感じは全く受けない。それは「マスター」というものの存在があるせいなのか、人がそうであるように個体の性格の差なのか、とにかく姿と、まとう雰囲気を含めた内面がまったく合っていないのである。
【グリズリー】
灰色の体毛に覆われた、熊のような姿をしたモンスター。本来は自然界を守る守護者のはずだが、あまり高い知能を持っていないため、魔王などの邪悪な意思に支配されやすく、その場合は非常にどう猛であり、いきなり襲いかかってくることもある。北米に生息する同名の熊がデザインの元であろう。
攻撃力も守備力も高いため、打撃のみでは倒すのは困難だが、マホトーンを除く補助系呪文への体制が低いため、ラリホーやマヌーサを活用して戦うと良い。
「ああ、用事なら、ほら。」
リリスは右手に持っている大きなかごを持ち上げてみせる。中には木の実……おそらくクルミだろうか? がぎっしりつまっていた。相当に重たそうに見えるそれを、彼女は軽々と持ち歩いている。
「そんなにたくさん木の実をとってきて、何に使うんだ?」
「ま、保存食にでもしようと思ってね。あと、クルミパンなんか作ろうかな~って♪」
リリスは楽しそうに鼻歌なんか歌って、マリスの家の方へ歩いて行った。声だけ聞いていれば、パンを作ろうとしているかわいらしい女子、としか思えないのだが。
(熊、だしなぁ、どう見ても。)
「ユウジ殿、どうかなされたか?」
「あ、いや、何でもない。」
3.悟りの書
「悟りの書? これが?」
「うむ、昔ダーマで一度だけ見たことがある。 この世界に存在するすべての叡知が詰め込まれた、大変貴重な書物だとか。ま、その本とは色が違っていたけどね。だがそれ以外はまったくよく似ている。ほれ、表紙に書いてあるだろう、悟りの書、とね。」
昼食を終えた後、ユウジとマリスはテーブルに向かい合って、一冊の本を挟んで会話をしていた。この本はユウジが持っていた鞄に入っていた者だ。どう考えても「ドラゴンクエスト大辞典」だったはずの者だが、なぜか表紙が赤茶けたシンプルな者に変わっており、よくわからない表題が書かれていた。どうやらこの部分に「悟りの書」と書いてあるようだ。
「しかし、この本、中身は私にはさっぱり読めないねぇ、あんたには読めるのかい?」
「ええ、読めますよ。俺たちの世界の文字で書いてありますからね。」
本の中には呪文やアイテム、モンスターなどについて事細かく、イラスト付きで紹介されている。ユウジはこの本を開いて中身を見ることをしなかったため、元の世界でも同じように書かれていたのかはわからない。少なくとも内容だけは、彼の住む世界の文字で書かれていたために、読むことには支障がなかった。
「しかし、この書からは魔力を感じるね、この世の叡知が詰め込まれていると言っても、単なる情報量の多いだけの本じゃない、ということさ。」
そういえば、この本を手に取ったとき、何か水の流れのような、何ともいえない感覚をユウジは覚えた。いや、本だから水という発想はおかしいのだが、自分でも本当は何なのかよくわからないのだ。
「マリスさん、魔力というのは、この本から感じる奇妙な感覚のことですか? 何か、水でも噴き出してくるような……。」
「?! ユウジ、それがわかるのかい?」
やっぱりこれが魔力なのか、ということは、この本には、情報以外にも何か力があると言うことなのだろうか? しかし、考えてみても今のユウジにはよくわからなかった。
「おまえさん、魔法を習ってみる気はあるかい? どうやら素質があるようだ、見たとこ身体を使った仕事は苦手そうだしねぇ。」まぁ魔法でも使えたら、何かと役に立つだろう。」
ここがドラクエに似た世界なのだとしたら、魔法もおなじみの呪文を唱えて使うあれなのだろうか? そんな摩訶不思議な者が実在するというのはまだ信じられないが、教えてくれるというのだから、素直に好意に甘えておこう、ユウジはお願いしますとだけ短く答えて頭を下げた。
「決まりだね、ところで、その代わりと言っちゃあ何だがね。」
「はい、何でしょう?」
「その本に何が書いてあるか、私にも教えて遅れ、魔法使いとしちゃあやっぱり気になって仕方ないんでね。」
「ええ、それは別にかまいませんよ、おもしろい者かどうか、俺も読んだことないんでわからないですけど……。」
ドラクエ世界?で魔法使いと名乗る老婆にドラクエ大辞典の中身を教えることになった、何とも奇妙な話になったと内心で思いながら、それでもユウジはこの親切な老婆の初めての頼み事に、笑顔で応じるのだった。
***
「……何とも、いやな感じでござるな。」
「そうね。」
夕暮れ時、あかね色に染まっていく水平線を見つめながら、小五郎とリリスはともに、頭の中を駆け巡る嫌な感覚を感じていた。それはまだ決して大きな者ではないが、悪意の塊とでも表現したらよいのか、そんな気分の悪い感覚だった。そう、彼らは知っている、この気配を放っている存在が、何であるのかを。
「魔王……、か。」
それはまだほんのわずかな変化で、歴戦をくぐり抜けてきた彼らだからこそ、感知できたものだともいえる。故に、世界はまだ「それ」に気づいてはいなかった。しかし……。
何かが、始まろうとしている。
=PREVIEW NEXT EPISODE=
それは、かつて世界を恐怖に陥れた存在。幾多の魔の者を束ね、すべてを蹂躙し、ひれ伏せさせる存在。人々はそれを「魔王」と呼んだ。その黒い影は、何者からも忘れ去られたはずの島にも……。
レベル3 襲い来る者
はい、いきなり魔王様の影が……って、どう考えてもユウジ君、レベル1ですよねぇ、ゲーム的に、やばい、ピンチかも(汗)。
ゆるゆる更新していきますので、見かけたら読んでやってくださいませ。