【凍結】ドラゴンクエスト ~次元の竜と異界の者~   作:しましま猫

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初戦闘です。
しかし、主人公レベル1、職業すっぴん(笑)。
どうなるんでしょうねこれ。


レベル3 襲い来る者

 それは、かつて世界を恐怖に陥れた、忌むべき存在。しかし、その力は絶対にして不可侵。並の者では傷つけるどころか、触れることさえできず、一瞬にしてその身を焦がされ、あるいは凍てつかされ、また粉々に切り刻まれた。幾人もの勇気ある者が挑み、そして散っていった。多数の邪悪なる配下の者たちが、弱き人間を、いや、すべての生物を蹂躙していった。邪悪なる異形の者たちは「魔物」と呼ばれ、それを滑る者を「魔王」と呼んだ。

 

1.契約の儀式

 

 ルザミの島は今日も穏やかな日を迎えていた。空に所々白い雲が見えているが、日差しは暖かく、風もない。海の方から静かな波の音が聞こえてくる。鳥たちのさえずり、虫の声が耳に心地よい。

 

「ふうっ。」

 

 マリスの小屋の前に広がる草地で、ユウジはある儀式を行っていた。彼の足下には魔法陣が描かれ、彼はその中心に立っている。精神を集中し、これで何度目になるのか、教えられた儀式の言葉を紡ぐ。

 

「天と地のあまねく精霊たちよ、我に力を与え給え……。」

 

 その言葉の終わりと同時くらいに、地面に、おそらくは木の棒か何かで描かれた魔法陣が、青白い光を放ち始めた。数秒でそれは収まり、光が収束するのと同時に、消えてなくなった。

 

「こりゃおどろいたね、これだけたくさんの魔法が契約できるなんて。」

 

 離れたところで見ていたマリスが、ゆっくりと近づいてきて、ユウジに声をかけた。彼は魔法の契約儀式を行っており、マリスや小五郎、リリスといった面々がそれを眺めている。

 

「すごいわねユウジ、ひょっとしたら将来すごい魔法使いになれるかもしれないよ?」

「そうなの? なんか魔法陣が光っただけで、あとはな~んにも感じないんだけど……。」

「……魔法、うらやましいでござる……。」

「え?」

 

 なにやらどんよりとした空気をまといながら、小五郎がぽつりとつぶやいた。彼は全身を甲冑で覆い隠しているので、その表情は計り知ることができない。しかし何故だろうか、漫画やアニメの感情表現で言えば、まさに「ず~ん」とでも擬態語が表示されそうな空気が、彼の周りを取り巻いていた。

 

「やだもう小五郎ったら、未だに気にしてるわけ? もう使えないものは仕方がないでしょ?」

「うう、だってだって、うらやましいでござるぅ。」

「いったいどういうことだよリリス。」

「うん……、じつはね。」

 

 リリスによると、本来スライムナイトは剣と魔法の両方を使いこなす優秀な種族だそうだ。小五郎は剣の才能はずばぬけており、超一流の剣士といって差し支えないくらいの腕前なのだが、何故か魔法は一切使えないのだという。

 

「そういえばこの本にもスライムナイトは剣と魔法を操れると書いてあるな。」

「うううっ、何故でござる、神よ、何故、拙者に魔法を与えてはくださらなかったのか……。」

「仕方がないでしょ、できないものはできないんだから、いつまでもくよくよしてないの!」

「上級呪文もバンバン使えるリリスにはわからんでござるよ、しくしく。」

 

 小五郎は木の切り株に腰を下ろし、、なにやらぶつぶつ言っている。すっかりいじけてしまったようだ。リリスはハアとため息を一つつくと、マリスの家の方へ歩き出した。

 

「お茶でもしながら気分転換しましょ、パンケーキ焼くから待ってて。」

「そうだねえ、とりあえず今日はこのくらいにしとこうかね。」

「はい。」

 

2.幻のドラゴンクエスト

 

 ところ変わって、ユウジたちはマリスの家の中で、リリスが焼いたパンケーキを食べながら雑談していた。マリスがユウジに魔法の才能があるというので、どんな呪文が使えるか調べるため「契約の儀式」をしていたのだが、本来はあまり起こらないことが起こっていたらしい。

 

「え、やっぱりそうなんですか?」

「うむ、少なくともこの世界では、一部の者を除いて、魔法は『聖典』に記されている僧侶の呪文か『魔術書』に記されている魔法使いの呪文しか扱うことはできないはずなんだけどねぇ……。まあ、あんたはそもそもよその世界の住人なわけだから、存在自体が例外と言えば、そうなんだが……。」

 

 ユウジが契約できたのは初期呪文とはいえ、その両方をほぼ網羅する物だった。攻撃、回復、補助とバランスがとれており、いきなりこれだけの魔法が契約できる者はまずいないということだった。

 この世界において魔法は、自分の魂と精霊とを魔法力を媒介としてつなぎ、それを力として発動させる物らしい。魔法は決められた術式を魔法陣に刻み、その上で「契約」の儀式を行うことで使用できるようになる。ただし、行使する者の素質によって、使える呪文は決まっているらしい。また、呪文のランクが上がるほど契約が難しくなるのは当然として、たとえ契約できたとしても力不足で発動できない、ということもあるそうだ。ゲームのように経験値という数字を積み重ねて、一定以上になれば自然と覚える、などということはない。当然と言えば当然だが、義弟がプレイしているゲーム画面しか見たことのないユウジには、一度聞いてもすんなりと理解できるものではなかった。

 

「よくわからないって顔をしているね、まあ攻撃や補助、回復といっても、これらの種別分けは最初期の頃に分類されたもんさ。今じゃ魔法を使って戦いに赴くことなんてあまりないからねえ。でも、普段の生活でも応用次第でいろいろできるから、この世界で生きていくのには便利ではあるね。」

「そうですか、じゃあ少しずつ練習してみます。」

「そうするといい。明日、あと少し残っている呪文の契約も試してみるとしよう。」

 

 マリスは紅茶を飲みながら窓の外を見た。相変わらず穏やかな空だ。プカプカと浮いている雲がいろいろな形に見える。しかし老婆は一瞬、何かに気がついたようなはっとした表情を浮かべ、その後また皆に向き直った。そのときには普段の穏やかな表情に戻っていたのだが、その変化に気がついたリリスが心配そうに顔をのぞき込む。

 

「おばあちゃん、どうかした?」

「ん? いや、なに、なんでもないさ。」

 

 マリスはそう答えたが、リリスは不安げな様子だ。この老婆がどういう人生を生きてきたのかを知っている者は、今彼女を囲んで談笑している者たちの中にはいない。しかし彼女がどんな状況でも穏やかな笑みを絶やさない優しい人物であることは、ここにいる者すべてが知っていることだった。その彼女が一瞬でも浮かべた普段とは違う表情は、繊細なリリスにとっては見逃せないものであった。

 

「マリス殿、もしかして気づいているのでござるか? この『変化』に……。」

「! 小五郎おまえ……。」

「そうか、そういうことだったのね。」

「?? どういうことだ、俺にはさっぱりわからんぞ。」

 

 小五郎とリリスは得心がいったような発言をしたが、ユウジには何のことだか全くわからない。小五郎はそんなユウジに説明をする。

 

「近いうちに、邪悪な存在がこの世界を脅かすことになるでござる。マリス殿は魔王の放つ『瘴気』を感じ取ったのでござろう。それが表れたと言うことは、いずれその気に当てられた邪悪な心の者たちが、この世界にはびこることになるでござる。」

「げ、本当かよそれ……。」

「間違いないよ、私と小五郎は、昔マスターと一緒に魔王と戦ったことがあるんだから。もっとも今は、かなり経験を積んだ者でないと感じられないくらい、小さな気配だけどね……。」

(そういえばルビスが『世界を救え』とか言っていたな。やっぱこれ魔王をどうにかしろって意味だよなぁ。どうするか、勇者探すしかないよなたぶん。)

 

 RPGの王道に従うのなら、魔王が現れれば必ず勇者が現れる。この世界がドラゴンクエスト風の世界だとして、魔王が現れるのならそれと対を成す力、勇者もまた現れるはずだと、ユウジは考えたのだ。

 

「マリスさん、この世界には、勇者の伝説とかってあります?」

「ああ、世界が邪悪なる者に脅かされるとき、伝説の勇者が現れて人々を救ってくれる、らしいがねぇ。」

 

 マリスは少し間をおいてから語り出した。一応、勇者の伝説はあるにはあるが、いつの時代に記録されたものなのかも、最早わからない上、物語の後半にはこの世界にはない地名などが頻出しており、最近では創作物ではないかとの噂まであるという。その伝説の名は「ロト伝説」といった。

 はるか昔、アリアハンという国に生まれた若者が、3人の仲間と、この世界を脅かしていた「バラモス」という魔王を打ち倒した。しかしその直後に自らを大魔王と名乗る「ゾーマ」という者が現れ、勇者たちは大魔王の居城があるアレフガルドへ旅立った。そして、激闘の末見事ゾーマを討ち滅ぼし、闇に覆われていたアレフガルドに再び光をもたらしたという。

 

「アレフガルド?!」

「知っているのかい?」

「ええ、俺をこの世界に飛ばした精霊、確かルビスとか言ってましたけど、そいつが自分が創った世界だって言ってました。」

「精霊ルビスか……。ロトとその子孫たちの伝説でも確かに、アレフガルドを創造したと書かれているね。しかし今ではアレフガルドがどこなのか、この世界と繋がっていたという大穴のありかさえもわからなくなってしまっている。本当に作り話かもしれないけど、もう少し詳しく話してやろうか?」

「はい、その話を詳しく聞かせてもらえますか?」

「わかった。」

 

***

 

「……これでこの伝説の概略はだいたい話した。どうだい? こんなもんでも参考になったかい?」

「ええ、とても参考になりました。ありがとうございます。」

 

 ユウジは丁寧に礼を述べると、皆を一通り見渡して、それからゆっくりと話し始めた。

 

「俺が別世界から、この世界まで連れてこられたことは、前に話したとおりです。俺たちの世界にもこの世界とよく似た世界の物語があります。魔法やモンスターの名前など、ほとんど同じなんですよ。」

「ほう、それは興味深いねぇ。」

「小五郎たちの世界の話は、そのまま伝わってますよ。男の子と女の子の兄妹が、モンスターたちを育てながら世界の脅威に立ち向かい、一人前のモンスターマスターに成長していく話がね。兄妹の名前は、兄がルカで、妹がイル。」

「そ、それは紛れもなく我らのマスターの名前!」

 

 小五郎が身を乗り出して叫ぶ。やはり彼とリリスはマルタからやってきたようだ。リリスはよほど驚いたのか、声も出せずに固まってしまっている。

 

「今、マリスさんが話してくれた伝説に該当する話は、俺の世界にはありません。ただ……。」

「ただ、何だい?」

「実は、噂で聞いたことがあるんですよ、ロトという勇者とその子孫が魔の者を討ち滅ぼす、そんな物語がある……と。そして、なぜかその伝説は人々に語られないように、闇に葬られた……。」

 ドラクエ好きの義弟から聞いたことがある。ずっと昔、まだ家庭用ゲーム機が発売されて日が浅い頃「ロト伝説」という3部作のゲームが存在した。それこそが現在の「ドラゴンクエスト」の原点なのだと。しかしどういうわけか、その情報は抹消され、次第に人々から忘れ去られ、「幻のドラゴンクエスト」となってしまったのだと……。ゲームにあまり興味のないユウジは、この話を適当に聞き流していたのだが、記憶力が良かったためにその内容はしっかり覚えてしまっていたのだ。

 

「ルビスは俺に言ったんです。俺たちの世界で、研究者たちが行っているあることが、アレフガルドと俺たちの世界をつなげるのに関係していると。」

「ちょ、ちょっと待って、何なのよその『研究』って。」

「それは俺にも、……ルビスにもわからない。ただその裏には魔王の影が見え隠れしているらしいって話だ。」

 

 リリスは愕然とした様子で、手に持っている彼女専用巨大ティーカップを取り落としそうになり、あわてて反対の手で受け止める。小五郎もうむむとうなり声を上げている。

 

「……どうやら、小五郎たちがここへやってきたのも、全くの偶然じゃあない、ということらしいね。」

 

 マリスはあごに手を当てて、考えるような仕草をしている。表情はいつのまにか厳しいものになっていた。

 

3.最高位呪文の恐怖

 

 翌日、午前中に残った呪文の契約を試し、昼過ぎに洗濯物をあらかた片付けたユウジは、島の中心部にほど近い森の中を歩いていた。森と言っても島事態がさほど広くはないため、昼間であれば迷う心配もないほどの小さな森であった。木々の間から差し込む陽光が、あたりを優しく照らしている。数十分かけて、ユウジは森を抜けて、浜辺にたどり着いた。いつも生活しているマリスの家とは、森を挟んでだいたい反対に位置する。

 (今日はちょいと暑いな、よし、練習もかねて、試してみることにするか。)

 ユウジは右手を前方に突き出し、先日覚えたばかりの呪文を詠唱していく。

 

「……氷の精霊よ、凍てつかせよ。」

 

 掲げた右手の先に青白い光が集まってゆき、周囲の温度がわずかに下がっていくのを感じる。氷の塊を作り出すイメージを作り、最後の発動句を紡ぐ。

 

「ヒャド!」

 

 青白い光が大きな氷の塊を作りだし、それができあがるとドスンと地面に落ちた。

 

「うん、こんなもんか。」

 

【ヒャド】

 信託は氷の精霊、言霊は凍結。

 大気に潜む氷の精霊の力を借り、氷の塊を作り出す呪文である。かつては氷塊を敵にぶつけてダメージを与える攻撃呪文であったが、現在では真夏に涼んだり、料理の時に使われたりと、割と応用範囲が広い呪文である。ただし、火炎系と違い制御が難しく、人間では操れる者が少ない。魔力そのものの量や質よりも、扱う者のセンスが求められる呪文である。

 攻撃呪文として用いた場合、食らった相手は氷塊によってできた傷口が凍り付き、治癒が困難になる場合がある。生命力の弱い者であれば、一瞬にして絶命させるほどの威力を持つ。熱は生命活動の源であるため、たとえ極寒の環境に耐えうる生物だとしても、この呪文の効果は及ぶ。逆に、現世に確固たる生命の基盤がないものには、効果が薄いとされている。

 

 ユウジは氷の塊の傍らにどっかりと腰を下ろす。ぬるい風が氷に当たり、涼風に変わって体に吹き付ける。

(けっこう便利なもんだな、メラなんか着火に使えるし。やっぱ便利呪文系もそのうちマスターしたいよなぁ、特にルーラとか。)

 

 ゲームをしていて誰もが思ったであろう、便利系呪文の習得。普通ならば絵空事で終わるはずなのだが、今の彼にはそんな今までの非日常が、日常の手が届くところまで見えている。念じただけで今まで訪れたことのある場所へ行けるルーラなどは、使ってみたくなる呪文の代表格だろう。彼はその契約はできなかったが、修行を重ねていけば会得することができるかもしれないとのことだったので、それなら魔法の勉強でもしてみようかと、少しだけやる気になっていたのだった。

 しかし、彼は大切なことを忘れていた……いや、決して忘れていたわけではないのだろう。だが、彼の生活していた環境は、少なくとも「生命の危機」が身近に迫っているような状況ではなかった。それ故に、小五郎やマリスが感じている危機感を、言葉では理解していても、実感として彼らと共有してはいなかったのだ。そして、その感覚の違いが、彼に危機をもたらすであろうことを、予測できるはずがなかったのだ。

 

「?! な、なんだおまえら……?!」

「ギャヒヒヒヒ、こんなところに人間がいるとはな……、ちょうど良い、おまえの奏でる恐怖の音色を、魔王様に捧げてくれるぞ。」

 

 気づいたときには時すでに遅し、 いつの間にか、体色が紫色の、翼をはやした悪魔のような、いやまさしく悪魔なのだろうモンスターが2体、こちらを見て不気味な笑みを浮かべている。ユウジはぞわりと下冷たいものが背中に走るのを感じた。小五郎やリリスなどは、人間から見れば異形の姿をしているが、それは姿だけの話であり、慣れてしまえばどうということはなかった。彼らがマスターという存在を助ける、心正しき者であるからだろう。しかし、目の前の紫色の悪魔は、明らかに姿が人間と異なるだけではない、底知れない、どこまでも暗く冷たい何かを、その身にまとっているのだ。

 

「くそっ、燃えよ火球! メラ!」

 

 ユウジはとっさに指先を悪魔のうちの1体に向け、呪文を唱えた。指先から放たれた小さな火の玉が、悪魔の体の、人間で言えばちょうど心臓の位置を正確に捉えていた。それは本来、呪文の契約が済んだばかりの者が行えるようなことではなく、この状況をマリスたちが見ていたならば驚愕したことだろう。しかし、ユウジは正確に魔法を行使しながらも、何とも表現できない、嫌な感覚にとらわれていた。

 

【メラ】

 信託は炎の精霊、言霊は火球。

 炎の精霊の力を借り、指先に小さな火の玉を発生させる呪文。元々は力の弱い魔法使いが護身のために使っていたが、現在では着火のため幅広く利用されている。消費する魔法力が小さく威力の調節がしやすいため、魔法力のコントロールを会得するためにも用いられる。メラ系だけではなく、すべての魔法の基本であるとされる。

 攻撃呪文として用いた場合、敵にそこそこの火傷を負わせることができる。しかし、前述の通り威力はさほど強くないため、ある程度以上生命力のある者には効きにくい。しかしそれでも、相手が普通の人間や力の弱いモンスターなどであれば、戦闘不能に追い込むことは十分可能である。

 扱うものの心が清らかであれば、さまよえる死者を土に還すことができるとも言われている。火山帯や砂漠など、元々暑い地域で生息する生物には効きにくいとされる。

 

「ふんっ!」

 

 まるで、ろうそくかマッチの火でも消すように、紫色の悪魔はユウジが放ったメラを、左手の一振りで消し飛ばした。その行為は現時点での、ユウジと敵のレベル差を示しており、どうしようもない圧倒的な力の差が、そこにはあったのだ。

 

「くっ……。」

 

 ユウジは相手をにらみつけながらも、次の手を打てないでいた。当然と言えば当然だ。今まで戦ったことすらない彼が、モンスター相手に呪文を行使できた事実だけでも、奇跡に近い。普通の人間であれば、この世界に住まう者であってもまず抵抗はできないだろう。それほどに眼前の敵、サタンパピーは恐ろしい相手であったのだ。

 

【サタンパピー】

 短剣と鞭を持った紫の悪魔。メラ系の最上級呪文とされるメラゾーマ、味方全体を回復するベホマラーを使いこなす。もちろん翼は飾りではなく、実際に空を飛ぶこともできる。目にもとまらぬ早さで、一度に2回の攻撃をすることがある。魔王の直属の部下として、様々な任務をこなしているらしい。個体の能力が高いため、1~2体で行動していることが多い。

 呪文はヒャド系以外はだいたい効く。マホトーンも効果があるので、呪文を封じて打撃で一気に倒してしまうと良い。

 

「ケケケ、脆弱な人間よ、我らに立ち向かった勇気だけは褒めてやろう。本来ならばおまえのような相手に使う必要はないが、その勇気に敬意を表して、一瞬で消し炭にしてやろう。骨も残らぬようになあっ!」

 

 サタンパピーの1体が指先をユウジに向け、呪文の詠唱をはじめた。もう1体はにやにやしているが動く様子がない。どうやら静観を決め込むつもりのようだ。

 

「燃えよ火球、かの者を赤き灼熱の元に焼き尽くせ!」

 

 サタンパピーの指先にオレンジ色の光が集まってゆき、次第に大きな火の玉を形作ってゆく。いや、火の玉と称するにはあまりにも巨大で、人一人くらいは余裕で飲み込んでしまいそうである。敵はゆっくりと詠唱しているにもかかわらず、ユウジはその場を動けない、完全に足がすくんでしまっている。この呪文は、先ほど彼が唱えたものと同じ系統のもの、しかし見るからに、その威力の桁が違うことは明らかだった。

 

「メラゾーマ!」

 

 発動句が紡がれた瞬間、巨大な火球がユウジめがけて、轟音を発しながら迫ってくる。現状では対処する手段を何も持たない青年にとって、言霊が放たれた時点で、ほぼ「死」が確定していた。だからこそ、もう1体のサタンパピーは状況を静観していたのだ。

 

【メラゾーマ】

 信託は炎の精霊、言霊は火球、赤、灼熱、焼却。

 指先から巨大な火球を創りだし、敵にぶつけるメラ系の最上級呪文。炎の力を球体に集中させるため、主に単体への攻撃手段として用いられる。威力は絶大であり、よほど桁外れの生命力を持つ者でない限り、その火球に包まれれば一瞬で黒焦げになってしまう。運良く直撃を免れたとしても、発する熱風でその身を焼かれ、無事では済まないだろう。

 非常に強力な呪文ではあるが、あまりに高度なため、使用できる者はほぼ皆無と言って良いだろう。かつて、伝説の勇者の仲間であった魔法使いは、この呪文を操り、魔王にすら深い傷を負わせたと言われている。

 

「メラゾーマ!」

「へっ?」

 

 急に聞こえた声に、サタンパピーは何とも間抜けな声を上げてしまう。その声はかわいらしい少女の声のようでもあり、しかし確かに、最上位の火炎呪文の発動句を紡いでいた。そして次の瞬間、全く予想しなかった方向から飛んできた別の火球によって、サタンパピーのメラゾーマは軌道を大きくそらされ、見当違いの場所に着弾してしまったのだ。

 

「ば、ばかな、貴様は……。なぜだ、なぜ貴様のような者が、メラゾーマを……!」

「……よくもユウジをいじめてくれたわね、八つ裂きにされる覚悟はできているかしら……?」

 

 紫の悪魔の前に立ちはだかる巨大な灰色の獣。その表情はいつもの、どこか愛らしい者ではなく、明らかな「殺気」を放っていた……!




=PREVIEW NEXT EPISODE=
 青年の意思とは関係なしに、運命の歯車は動き出す。そして、それは一人の老婆の、止まった時間をも揺さぶりはじめていた。なぜ、ただ静かに生きていたいだけなのに、運命よ、何の罪もないただの弱き存在を、戦いという地獄へ駆り立てるのだ。
レベル4 遠き故郷

はい、ようやく書き上がりました。
リリスちゃんキレました。女の子を怒らせると怖いですよ~~。
次回、とうとう運命が動き出します……。

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