この世界にドラクエはない   作:トッシー

9 / 9
Level:9

冒険者、

それは“ルイーダの酒場”において資格を得た者達を指す職業だ。

精霊ルビスの加護を受け、倒した魔物の邪悪な魂を自身の魂に取り込み浄化出来る者。

浄化した力は純粋にして無垢なエネルギーとして魂に蓄積、一定以上蓄積されると魂の殻が破れ霊格が上がる。

 

所謂レベルアップである。

レベルが上がると能力値が上昇し、呪文や特技を習得する事もある。

冒険者はそうして徐々に強くなっていく。

戦士や武道家のレベルが10も上がれば立派な超人である。

無論、資質や職業など環境や生き方によって能力の成長は人それぞれだが…。

 

 

 

「何よそれ、有り得ないわ…」

 

 

ケンがセイバーと相対している頃、イリヤスフィールはディースから冒険者の説明を聞いていた。

魔術師として異世界の神秘には興味があった為、ディースの話を邪魔する事もなく耳に入れていく。

そして次第に話に引き込まれたいったイリヤスフィールの頭には異世界の神秘のデタラメさに、思わず真っ向から否定の言葉を出していた。

 

魔術師の自分から見ても、この世界の神秘は有り得ない事だ。

そして何よりも自分と同じ世界の住人である平塚剣が、この世界で生き延びるだけでなくレベルアップによって超人と称しても問題ないほどの存在に成っている事の異常性にしても受け入れられるものではなかった。

 

「それじゃあイリヤちゃん、ものは試しというし冒険者になってみる気はない?」

 

突然のディースからの誘い、

イリヤスフィールは出された果汁入りジュースに口をつけると、短く溜息を付いた。

ディースはそんなイリヤスフィールの鵜方を微笑ましいものを見る目でニコニコと笑っていた。

 

「気安く呼ばないで。冒険者については興味はあるわ。でも遠慮しておくわ」

「あら、どうして?」

 

イリヤスフィールは優雅に口元をハンカチで吹くと、ふわりと口元に笑みを浮かべて言った。

 

「だって、何か嫌な予感がするもの」

 

冒険者になるということは、何かしらの“契約”によって精霊の加護を得るらしい。

魔術師の観点から見て、もう既に信用ができないのだ。

何せ魔術師の基本は等価交換であるからして。

生来の魔術師としての悪癖というか、性質からか、イリヤスフィールは冒険者になるという事に対するメリットと、有りもしないデメリットを秤にかけて、

その結果、冒険者にはならないという選択をしたのだ。

 

最も冒険者になることは簡単な事ではない。

ルイーダの酒場が提示する試験をクリアした上で、精霊ルビスに認められる必要があるのだ。

前者は(仮)冒険者、後者が正式な冒険者として、

デメリットといえば冒険者になるまでの試験がそう言えるかもしれないが、それはどんな道にも同じ事が言えるだろう。

 

そもそも冒険者というシステムは力の弱い人間がモンスターに対向する為に精霊ルビスの恩恵であり、ダーマ神殿での転職も同様だ。

モンスターという脅威が当たり前のように存在する世界で、対となる存在。

いわば人類を守る為のカウンターの一種である。

 

「やれやれ、振られちゃったか…、イリヤちゃん、素質ありそうだったんだけどな…」

 

深読みを重ねて冒険者に成ることを拒んだイリヤスフィールの心情を知る由もないディースは、残念そうに手元にあるリキュールを煽った。

 

 

 

 

 

この世界にドラクエはない

 

 

 

 

 

「はあああああっ!」

「ちぃ」

 

黄金の剣と白銀の剣が交差する。

衛宮邸の庭で二つの闘気がぶつかり合う。

片や、冒険者レベル99の勇者、

片や、剣の英霊として召喚された美少女騎士、

 

互いの意思を通す為に剣を交える二人。

もはや言葉で止められる状況は過ぎ去っていた。

 

「止めろ!止めてくれ!セイバー!」

「待ちなさい衛宮君!巻き込まれると挽き肉にされるわよ!」

 

士郎の必死の叫びもセイバーには届かない。

セイバーは全身から魔力を放出、推進力へ変えて全力で斬撃をケンに叩き込んだ。

砲撃の如き剣戟が次々と繰り出されていく。

ケンは次々と迫るセイバーの剣戟を紙一重で躱し、受け流し、そして弾き返す。

 

「これは…っ」

 

本来なら有り得ない攻防。

狂戦士( バーサーカー)の時といい今回といい、その光景は魔術師である凛には受け入れられないものだ。

英霊( サーヴァント)とは並みのランクの者でさえ、最新鋭の戦闘機と同等の力を持つとされている。

そしてセイバーは最高ランクの英霊と言っても良い。

平塚剣は、そんなセイバーの剣戟を涼しい顔で受け流しているのだ。

しかし何度も魅せられては慣れてくるというもの。

 

「アーチャー」

 

凛は自身の英霊(サーヴァント )へ指示を送る。

このままでは同盟も何もない。

折角結んだ衛宮士郎との同盟も消えかねない。

令呪を通しての念話は弓兵( アーチャー)へと向かい、英霊( サーヴァント)(マスター )の命を果たすべく動き出した。

 

 

「貴方はここで倒れろ!」

「断る!」

 

セイバーは怒りの篭った眼光でケンを射抜く。

凄まじい踏み込みから繰り出される一撃をオレは弾き返すと、セイバーの死角へと常に移動しながら反撃する。セイバーは俺に死角を取られないように見事な体捌きで俺の身体が正面に為るように立ちまわる。

雷光の様な鋭く速い剣舞に俺は思わず溜息を漏らす。

しかし、

 

「剣筋に迷い有りだな」

 

俺はセイバーの剣を掻い潜り懐に潜り込んだ。

眼前からセイバーの吐息が伝わってくる。

ここからは俺のターンだ。

セイバーの呼吸から次の行動は、

 

「遅い!」

 

瞬間移動呪文(ルーラ )

 

「ちぃっ!?」

 

思った通り。

距離を測る事を目的とした斬撃と同時に後方への跳躍。

セイバーの背後を取った俺は、間髪入れずに剣を振り下ろす。

彼女も振り向きざまに斬撃を叩き込もうと動き出しているが、俺の方が速い。

これで、終わりだ!

 

 

 

アーチャーは眼下で行われるケンとセイバーの戦いを見る。

その剣戟乱舞は見事というしか無いものだ。

両者の美しくも激しい剣戟が交差し火花を散らす。

二人が剣を振るう度に暴風の様な剣風と共に、庭の彼方此方に爪跡が刻まれる。

自身の耐久では一撃で致命傷であろう。

セイバーもそうだが、ケンという男も“自身の目的”にとっては邪魔以外の何者でもない。

 

アーチャーは自身の武装である黒塗りの長弓と矢を構えると、目標へと向けた。

その先はセイバーからケンへと移動する。

そこでアーチャーの動きが止まる。

自身が手を下さずとも、このまま二人で共倒れてくれれば手間が省けるというもの。

それに正面から二人と戦った所で押し切られるのは目に見えている。

ここは残った方を仕留める漁夫の利作戦が望ましい。

そこでアーチャーは皮肉げに笑った。

凛からの念話が届いたのだ。

 

それは二人の戦いを速く止めるようという催促だった。

 

「……了解した。マスター」

 

弓兵(アーチャー )はマスターの命令を実行した。

 

 

 

俺の剣がセイバーに届こうとしたその時だった。

鋭い銀線が暴雨の様に降り注いだ。

俺とセイバーは瞬時の斬撃の向きを切り換えて矢の雨を切り落とす。

しかし凄まじいまでの無数の矢雨を全て防ぐ事は難しく、俺達は互いに距離を取って矢が落ちる範囲から脱出した。

 

「どういうつもりだ!アーチャー!同盟を反故にする気か」

 

セイバーは屋敷の屋根の上で弓を構えているアーチャーを睨みつけた。

俺達の間には天の川様に行く手を遮る様に地面に矢が縫い付けられていた。

 

「違うわよ」

「少し頭を冷やせ。セイバー」

 

凛は散々な状態になった庭を見渡しながら溜息を付いた。

 

「戦うにしても時と場所を選びなさい」

 

此処は魔術師の屋敷とはいえ、一般人も出入りしている。

その上、曲がりなりにも自分たちの拠点なのだ。

成り行きの戦いで破壊して良い場所ではない。

 

「セイバー、これ以上は…」

 

士郎は沈痛な面持ちで令呪に触れる。

これ以上やるなら令呪の消費も辞さない。

そんな主の意思を感じ取りセイバーは剣を下ろした。

 

「……分かりました」

 

セイバーの光り輝く白銀の剣が風に溶けるように再び、不可視の剣へと戻る。

 

「ふぅ、漸く終わりか…ちょい冷やっとした」

 

「悪いな。セイバーが突然」

 

士郎は本当に申し訳無さそうな顔で俺に頭を下げた。

 

「いや、こういう事は慣れっこだし俺も反撃したしな」

 

実際、アーチャーの邪魔が入らなければ全力の斬撃を叩き込んでいたところだ。

戦いを始めたのはセイバーだが、殺し合いに発展した以上お互い様だ。

 

「……去りなさい。今回は見逃します」

 

セイバーは背を向けて歩き出す。

 

「セイバー、お前、迷っているのか?」

 

俺の言葉にセイバーは足を止めずに屋敷の中へと姿を消した。

 

「じゃあ衛宮に遠坂、オレはもう行くよ。さっきも言ったが聖杯は必ず破壊する。出来れば立ち塞がらないでくれよな」

 

オレは自分の意志を伝えると、衛宮の屋敷を後にした。

 

 

 

 

衛宮の家を出て帰路につくこと数分。

 

「やっちまった…」

 

オレは頭を抱えて蹲った。

何偉そうに説教カマしちゃってんの俺。

何が剣筋に迷いがあるだ。

中二病じゃねぇんだぞっ!

イカン、なんか鬱になってきた。恥ずかしすぎる。

 

「……帰るか」

 

セイバー達は完全に敵に回ってしまった。

自分の招いた事とはいえ、キツイものがある。

英霊( サーヴァント)という強力な存在と俺は一人で戦わなければならない。

多種多様な力の秘めた宝具という武装。

そして英雄とまで称されるほどの武勇を備えた強敵達。

正直いって気が重い。いっその事、仲間を連れてくるか?

その危なすぎる考えをすぐに放棄する。

 

「それで、俺に何のようですか?」

「ほぅ、貴様が奴の言っていた雑種か…どうやら鈍くはないらしい」

 

現れた男は黄金( キンピカ)だった。

頭から足の先まで全身が黄金( キンピカ)の男。

ソイツは電柱の上から、まるで養豚所の豚を見るように俺を見下していた。

真紅の眼光は月明かりに照らされて怪しく光る。

 

「英霊ってのはどうしてこう…、中二病が多いんだ」

 

英霊は高い所から人を見下ろすのが好きなのか…。

男の背後の空間が歪み、無数の刃が顔を出した。

剣、槍、斧、短剣に鉾と随分とバリエーションに富んでいる。

 

「……雑種、我の所有物( オンナ)に手を出した事、後悔しながら逝くが良い」

 

はて?オレのオンナ?何のことやら?

このキンピカは何か誤解しているようだ。

はっきり言ってオレはNTRの趣味はない。

このキンピカは何を訳の分からん事を言ってるのだろう?

正直付き合いきれん。

ここはスルーする事にしよう。

黄金の男の背後から無数の武器が放たれると同時にオレは呪文を唱えた。

 

 

瞬間移動呪文(ルーラ )

 

瞬間、オレの身体は光と化し世界の壁を超えた。

オレの眼下には無数の武器が地面に突き刺さっており、キンピカが怒り狂っている光景が流れるように過ぎ去っていった。

 

「ていうか誰アレ?」

 

オレの疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。

 

 

 

 

 

 

「それで、おめおめと逃げ帰ってきたの?」

 

「いやだって、連戦で疲れてたし…」

 

冒険者としての拠点にはディースとイリヤスフィールの姿があった。

事の顛末を説明し、黄金の男から逃げてきた事を話すと、我らが竜の騎士様は呆れたように溜息を付いた。

 

「聖杯を壊す決意表明しておいて、逃げ帰ってくるなんて…」

 

「こちとら竜の騎士様みたいに頑丈に出来てないからね。消耗した状態で戦い続けるとか無理だし」

 

「回復すればいいじゃないか。君、色々とアイテム持ってたでしょ」

 

「そんな状況じゃなかったんだって」

 

それにあの金色の男は危ない感じがしたし。

 

「それ、間違いなく 英霊(サーヴァント )ね」

「それは分かる」

 

傍観していたイリヤスフィールが口を開いた。

まぁこの現代社会であんなに目立つキンピカの甲冑を着ている奴が一般人なわけはないだろう。

 

「でもソイツ、何者なんだろう…宝具を無数に持つなんて聞いたことないわ」

 

イリヤスフィールは可愛らしい仕草で考え込んでいる。

 

「まぁ相手が誰であってもギルド”ドラゴンクエスト”が冒険を前に背を向けるなんて有り得ないでしょ」

 

「いや、ヤバければ普通に逃げるって。逃げていい状況なら迷わず」

 

 

最強の竜の騎士様は無茶苦茶だ。

オレはディースのお小言を聞き流してベッドに身を投げた。

このベッドには宿屋のベッドと同じく自己治癒力促進呪文(リホイミ )催眠呪文(ラリホーマ )が掛けられており、安眠と完全回復が約束されている素敵な寝具だ。

目覚めた時には完全回復間違いなし。

 

ディースの声は、ベッドに掛かった催眠呪文(ラリホーマ )の力によって打ち消され、オレは夢の世界に旅立っていった。

 

「じゃあ明日は私も君の世界に行くから」

 

聞こえない。オレには何も聞こえない。

オレは明日は早くに起きて即効で戻ろうと心に決めるのだった。

 

 

 

 

 

続く?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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