この月が沈まぬうちに 作:オーバードライヴ
少し夏らしい雰囲気になったかなと思います。
それではどうぞ。
深夜の鎮守府には幽霊が出るという。
鎮守府は艦娘が生まれるはるか前から海防の要として設置されていたと聞く。様々な人の思いが交差し続けた場所だ。幽霊の一つも混じっているだろう。
まぁそんなことを言っても大抵は月影や何かを恐怖心で歪めるせいらしいが、幽霊がいてもおかしくないと思う。
――――――夜中に一人でお手洗いに行くことがなければだが。
時刻
「にゃぁ……」
新月の夜はより一層闇が引き立つ。その中を睦月はゆっくりと進む。
「やっぱり如月ちゃん起こした方がよかったかな……」
口に出して後悔した。如月はベッドの下段で「司令官、そんなに急いじゃ駄目よ、あんっ」などどんな夢を見ているのか猛烈に気になる寝言を盛大に言いながら緩んだ顔で寝ていたので起こすのはアレだったのだ。
「それに、睦月のほうがお姉ちゃん。妹を起こすなんて姉失格なのです」
そんなことを言いながら歩幅を狭く前に進む。
スプリンクラーや暖房用の油送管などが走る天井を赤い常夜灯が照らす。その影が大きく広がる天井は何処か不気味だ。どこかで遠くで機械が動いているのかゴンゴンゴン……と駆動音が響くのが逆に静かさを意識させた。昼間にこんな音を聞くことはあまりない。特に姉妹の子たちは賑やかな分特にそうなのかもしれない。
「うー……」
どこか背筋が冷える。初夏の兆しが見え始めたこのころはそろそろ霊的にも活発になるころらしいし、どこか不安になる。
「それでも、お、お姉ちゃん、にゃしぃ……」
そう言って角を曲がったタイミングで何かが落ちるようなカンという音が響いて飛び上がる。
「にゃ!?」
慌てて周りを見回すが何もない。それが逆に薄気味悪い。
「……あ」
そして気が付いた。廊下の角の向こうが仄明るく光っている。あっちの方向は、司令官室だ。デスクスタンドでも消し忘れたのだろうか。
ごくりと唾を飲み、そろそろと進む。廊下の角からそろりと顔を出せばドアのすりガラスから明るく灯りが漏れ出ていた。
「提督、まだ起きてるのかにゃぁ……」
「呼びましたか?」
「にゃあっ!?」
いきなり後ろから声をかけられて文字通り飛び上がった。慌てて飛び退くと睦月よりも小柄な背丈の提督がその反応に驚いたような表情を浮かべる彼を見て、睦月はその場にへたり込んだ。
「……提督、驚かせないでほしいのね」
「すいません、まさかそこまで驚くとは思いませんでした」
提督はそう言って睦月を抱き起す、寝起きの睦月よりもだいぶ冷たい手だ。
「睦月さんは夜回りですか?」
「いえ、その……ちょっとお手洗いに」
「それは悪いことをしてしまいましたかね」
提督はそう言うと笑う。
「昨日あたり卯月さんが幽霊を見たと騒いでいましたから、その真偽を確かめに来たのかなぁと思いました」
「あー……そんなことを言ってたかも……」
「まぁ夜中に見回りをしていた私を見間違えたのだと思いますけどね」
そう言って提督は肩を竦めた。
「睦月さんは幽霊とか信じる人ですか?」
「……いてもおかしくないかなぁとは思う、かにゃぁ」
「私もです」
そういうと提督は廊下の窓からそっと外をみた中庭で四角く切り取られた中庭には満点の星空が見えていた。
「世の中にはたくさんの不思議が満ちています。この世のどこかには幽霊がいたり魔導士がいたり、ドラゴンもいるのかもしれません。奇跡だって溢れてるでしょう」
その言いぐさを聞いて睦月はくすくすと笑った。
「どうしました?」
「なんだかラインナップが提督らしいなって……」
「これでも男ですからね。そういうものにも憧れますよ」
それに、と提督は笑った。
「あなたたちの存在も奇跡のようなものですから」
「え?」
「あなたたちが現れるまで、人類は海を失う定めでした。それを変えられたのは、あなたたち艦娘が現れてからですよ。それまで人間には抗う術は泣かった。それを変えた存在が艦娘です」
その満天の星空から目線を映して睦月の方を見る。
「あなたたちがここに来てくれたこと、そんな奇跡に比べたら、幽霊がいるかいないかなんて奇跡みたいなものです」
そう言って提督はどこか恥ずかし気に笑う。
「……みんなには内緒にしてくださいね。こっぱずかしいことですから」
「睦月はそんなことないと思うけどなぁ」
「こんなことを他の人に話せると思いますか?」
中途半端な疑問形が反語だと理解するまで僅かに時間がかかった。わかって頬を赤くする彼女。
「……明日も早いですから早めに部屋にお戻りなさい」
そう言って提督が背中を見せる。――――――言い逃げか、と思うのはずるいだろうか。
「おやすみなさい、提督」
後ろ姿を見送ってポツリとつぶやくと提督が左手をあげた。どこか背中が笑っている気がした。
「睦月ちゃんがお寝坊さんなんて珍しいわね」
そんな風に起こされて睦月はぼけっとしたまま如月を見つめた。
「なぁに、そんなに嬉しそうな顔して、寝てる間に嬉しいことでもあった?」
「……えへへ、少しね」
そうはにかむ睦月を見て、如月も笑った。
ちなみに余談ではあるが提督が昨日の夜はぐっすり熟睡していたのが判明するまであと少しである。
少しホラーチックに、でも暖かいのを目指したらこんなことになりました。
感想などはお気軽にどうぞ。
それでは、次の機会にまたお会いしましょう。