この月が沈まぬうちに 作:オーバードライヴ
それでは、始めていきましょう。
バレルユニット、ロッキングブロック、リコイルスプリング、そのガイド。スライドアッセンブリを確認してスライドをフレームに組み付ける。軽くスライドを叩くようにすると僅かな抵抗を残してジャコンという金属質な音を残してはまり込んだ。
「終わったか?」
「ああ」
テイクダウンレバーを戻して彼女――――長月は自らの主砲の整備を終える。横で同じように整備をしていた菊月はとうに整備を終えていた。
「長月は凝り性だからな。少々待ちくたびれた」
「愛銃だからな。これに命を預けるんだ。慎重にもなるさ」
そんなことを言って長月は主砲弾の詰まったマガジンを手に取る。そのタイミングで扉が叩かれる。
「開いてるぞ」
長月の言葉に入ってきたのはすみれ色の髪をした少女だった。
「弥生姉さん一人とは珍しいな。どうした?」
弥生は僅かに頷いて長月たちのいるテーブルの向かいに腰掛けた。
「ねぇ……長月たちの夢って……なに?」
そう言われて二人そろって首を傾げてしまった。
「いきなりどうしたのさ、一体」
「長月たちに夢って……ある?」
菊月の声には答えず弥生は同じような問いを繰り返した。
「そうだな……しいて言えば、誰かを守れるほどもっと強くなりたい、だな」
長月はそう言うと目の前の銃を撫ぜた。
「睦月型は二級品一歩手前といわれることもある。それでも私達はこうして全線で戦っている。誰もまだ欠けることなく戦っている」
そう言って目を細めた。
「確かに我々は弱い。性能試験のようなトライアルでは同じ駆逐艦の吹雪たちに勝つことはないだろう。それは我々の作りがそうなっているのだ。それでもこの激戦の連続でなぜ生き残っていられるのか、少なからずいなくなった艦があるにも関わらず、我々睦月型はなぜ消えずに残っているのか」
長月の独白のようなそれは、答えを求めているようで求めていない。だから答えを問うことなくそれを口にする。
「それは司令官の存在だ。司令官は我々を見捨てることなく、我々を大切に指揮をしてくれる。それがあって我々は生き残っている。そんな気がするんだ」
長月はそう言ってわずかに口の端を持ち上げた。
「司令官は私を信じてくれる、ならば私にはそれに応える義務があると思う。司令官を信じ、仲間を信じ、信じるものを守れる力が欲しい。そんなものになることが私の夢だ」
そう言った長月は横に目線を送る。菊月が腕を組んだ。
「私は……考えたことはないが……できる限り皆を守れればとは思う……それにしてもなんでこんなことを聞きに来たんだ?」
そう聞き返せば弥生はしゅんと目線を下げた。
「30dgのみんなで話してて……もし、戦争が終わったら何がし対かって話になって……私は何も答えられなくて……」
ことりと置くように語られた言葉。長月たちはその先を待つ。
「如月はいつか司令官と世界旅行に行きたいっていって。睦月はパティシエールになりたいって……望月は司令官と一緒にだらだらできればいいかなぁって」
「それぞれ“らしい”な」
菊月が笑う。
「夢ってなにって聞かれて……弥生は答えられなかったから」
「怖くなったのか?」
菊月の問いに僅かに時間を置いて弥生は頷いた。アナログの時計が時を刻むコチコチという音が響く。それがしんとした静寂を際立たせた。
「……弥生姉さんはどうしたい?」
菊月がそういうと弥生は俯いた。
「……わからないから聞いてるんだよ」
「そうか、なら答えは一つだ」
菊月が立ち上がる。
「司令官に聞きに行こう」
「え、でも……」
「大丈夫だよ。私達の司令官だ。絶対に応えてくれる」
「夢……ですか?」
長月たちとあまり背の変わらない小さな提督はペントレーにペンを戻した。
「……そうですね。将来の夢という意味であれば私にはあまりないのかもしれません。ただ許されるなら、みんなと一緒にいることを許してほしい。それだけです」
提督はそう言って椅子から飛び降りるようにして下りた。
「夢は希望や願望にもまた絶望にも転化します。そういう意味では人の原動力になるものかもしれません」
そう言いながらデスクを回り込むと弥生たちのまえに立った。
「ですが、夢がなくたって私はいいと思っています。夢がなくたって夜は終わり、朝はやってきます。そして必ず日は沈みます。そして必ず昇るんです」
弥生の前に立つ提督の笑みはどこか寂しそうな笑みだった。
「夢がないことを恥じる必要はありません。無理に夢を探したところで言い訳のような夢を抱いて苦しむだけですから。これがやりたいと思うまで夢をなんとなく探すことも悪くはないと思いますよ」
ゆっくりと頷いた弥生をみてクスリと笑みを浮かべる長月。普段は見せないような優しい笑みを菊月は見ないふりをした。
そんな笑みをしていたことを長月自身が知ったらきっと隠してしまうから。
「なぁ、司令官」
退出を促されて出ていった弥生と菊月を見送って長月が振り返った。
「どうしました?」
「もしかして司令官は軍属になりたくなかったのか?」
司令官が珍しく笑みを消した。
「言い訳の様な夢……それが『提督』だったとか……ないのか?」
「……少なくとも今はそんな風には思ってませんよ」
曖昧な否定だった。それを聞いて長月はそっと視線を落とす。
「それでも、あなたたちに会えた。それはとても大きな意味があると私は考えています」
提督はそう言って回転いすを回した。目の前の大窓からは穏やかな湾の様子が見下ろせる。
「それでも、夢は夢です。それが活力になり、また絶望にも変わる。それでも日は沈んで、やっぱり上るんですよ」
「司令官……辛かったら、もし辛くなった時は……私達を頼ってくれ」
「あんまり頼られるのは困るんじゃなかったのですか?」
「あんたは別だよ、司令官」
窓の外を見る提督の顔は長月からは見えない。だが「そうさせてもらいますね」と答えた彼の声が僅かに明るくなっていたようだった。それを信じていたい。
「では司令官、一度失礼するぞ」
「お疲れ様でした。近々大規模船団の護衛任務が入るかと思います。皐月さんたちにも伝えておいてください」
彼の背中に敬礼を送り、退出する。速足で部屋に戻ると菊月が本を読んでいた。
「嬉しそうだな、長月」
「少しばかりな」
艤装を広げもう一度それを眺める。テイクダウンレバーを捻りスライドを外す。
「もう一度整備するのか?」
「万全を期したいからな」
スライドアッセンブリを抜きだし、リコイルスプリングとガイドを取り外す。バレルユニットを引き抜く。
司令官、私があんたを守って見せる。
機械油の匂いを嗅ぎながら、長月は小さく笑みを浮かべた。
長月・菊月は普段あんまり書かないキャラクターなのでこれでいいのか大分不安だったり。
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それでは、また次回にお会いしましょう。