この月が沈まぬうちに 作:オーバードライヴ
少しシリアス風味。やっぱりギャグは書けなかったよ……。
もーいーかい?
そんな声が聞こえた気がした。それはきっと幻聴なのだ。だからこう答える。
「――――――もう、いいぴょん」
「卯月ー? 卯月ー? どこー?」
夕闇が近づいてくるころ、鎮守府に睦月の声が響く。彼女の後ろにととと、と駆け寄る少女の影
「どう……見つかった?」
「全く反応なし……弥生は……見つかってたら私に聞かないよね」
「うん……」
長くなっていく影、間もなく陽が落ちる。
「騒がしいな……何があった?」
「菊月……」
睦月たちの宿舎から出てきた菊月が睦月と弥生を見る。
「菊月ちゃん、卯月、見なかった?」
「見ていないが、またいなくなったのか?」
「昼の出撃の後から姿が見えなくて……鎮守府の中にいるのは間違いないんだけど……」
睦月の言葉に菊月は顎に手を当てた。
「今日の出撃で何かあったか?」
「いつも通りの護衛任務で、無事に帰ってこれたし、卯月はひとり被弾も皆無で絶好調だったけど……」
「……対空戦は発生したか?」
「一応、相手の偵察機だけだったけど発生したにゃぁ」
「そうか……」
菊月はそう言って墜ちゆく陽を眺めた。
「心当たりが一つある」
「ほんと!?」
「あぁ、少し見てくる」
菊月がそう言って背を向けると睦月が慌てたように後を追う。
「なら睦月も……!」
「姉さんたちはそこにいてくれ。……きっと私の方がいい」
「菊月……」
「信じてほしい。必ず連れて帰るから」
そう言って菊月は改めて夕陽を見る。夕日に被るように、クレーンが見えている。
「……きっとあそこだ」
「……どんなに上手に隠れても、かわいいあんよが見てるよ……」
足をプラプラと振りながら沈みゆく夕陽を眺める。海を渡る風も穏やかに、わずかな小波が足元はるか下を流れていく。
「もーいーかい、まーだだよ……もーいーかい。もーいーよ」
「なら探しに来ても文句は言わないだろうな、卯月」
「――――――なにしに来たぴょん。こんなところにいたら危ないぴょん」
「それはこちらの科白だ、こんなクレーンの上なんてよく道を見つけたな」
「うーちゃんだけの秘密だぴょん。でも、それを見つけてきたんでしょ? 菊月?」
背負った艤装越しに卯月は笑った。ガントリークレーンの制御部の上、そこに立つ菊月の白銀の髪が夕陽を正面から孕み膨らんで見える。
「卯月姉さんは秘密の道にマーキングするからな。赤いクレーンの塗装にピンクのチョーク、良く見なきゃわからなかったよ」
そう言ってクレーンのアームの付け根に立つ。そこからクレーンの先端に腰掛けた卯月を見る。
「……睦月たちが心配してたぞ」
「それは悪いことをしたぴょん」
「笑って言うことじゃないだろ」
「それは失礼なことしたぴょん」
卯月はそう言ってけらけらと笑う。
「たまには隠れんぼをしたくなることもあるぴょん」
「夕暮れ前には隠れんぼは終わりにするのが掟だろう。神隠しにあっても知らないぞ」
「その時はその時ぴょん」
明るく言うその声はどこか痛々しかった。
「だから大丈夫ぴょん」
「睦月姉さんたちから逃げても、か?」
菊月の声に弥生は笑みのまま固まった。
「姉さんたちに置いていかれることが、怖かったんだろう?」
わずかな波の音が響く。それが言葉の間を埋めていく。クレーンの上にゆらりと立つ卯月、艤装が僅かに揺れた。
「……菊月に何がわかるぴょん……? 私を置いていった菊月になにがわかるぴょん!?」
その声を菊月は黙って受け止める。涙に揺れる怒声が響く。
「みんな、みんないなくなって。誰も、だれもついてこなくなって……。その気持ちが菊月にはわかるぴょん!?」
卯月の赤い目が菊月を正面から射抜く。泣くのを堪えるような表情から菊月は目を逸らすことができなかった。
「真っ先に23駆からいなくなったくせに! わかったように言わないでほしいぴょん!」
「――――――卯月!」
菊月が叫ぶ。その覇気に卯月は押し黙った。
「その恐怖を本当に私が感じていないと、思っているのか……?」
正面から視線が交差する。
「誰だって失いたくない。誰だって沈みたくない。だから“みんな”がいるんじゃないのか?」
沈む夕日を背にして卯月は俯いた。
「なら、どうすればよかったぴょん……? どうすれば、みんなを守れたぴょん……?」
そう言って手をぎゅっと握りこむ彼女を見て、菊月は僅かに目を細めた。
「もっと頼っていいと思う。頼ってもらえないと、こっちも頼れない。弱み隠されるとこちらも弱いところを見せられない」
菊月はそう呟いた。
「姉さん、みんな弱いんだ。みんな辛いんだ。一人じゃ悲しすぎるから。だからみんな探しに来るんだ。……隠れててもな」
そういう菊月の顔は夕陽のせいかどこか赤くなっていた。
「だから、頼ってくれ。頼らせてくれ。どんなにうまく隠れても、絶対に見つけて見せるから。置いていったりしないから。だから」
「―――――お互い不器用ぴょん」
どこか笑った、卯月の声。
「ごめんぴょん、菊月。ちょっとした八つ当たりぴょん」
そう言った笑みは何処か寂しそうだった。
「弥生たちには秘密にしておいてほしいぴょん」
「……姉さんがそう言うならば、墓までもっていこう」
「いちいち言い方が大げさぴょん」
そう言って卯月は笑った。
「うさぎは最も狩られやすい生き物ぴょん、逃げ足を奪われれば、それでおしまいぴょん」
彼女は笑って両手を後ろ手に組んだ。大きな夕陽が彼女を飲みこまんと大きくなる。
「それが時々寂しくなるぴょん。それで生き残った、何かが欠けたような気持ちと、死にたくないって言う気持ちに挟まれてどうにかなりそうぴょん。それなのに、私は守ってもらってばっかりで腹立たしいぴょん」
それを聞いて菊月は僅かに笑った。
「うさぎだって追い詰められれば勇敢に戦うだろう。狼だって蹴り殺せるさ。違うか?」
「……そうだと、いいね」
卯月が笑って後ろを軽く振り返った。
「……なんて、嘘ぴょん」
「な……!」
「睦月や如月にごめんなさいって伝えておいて欲しいぴょん。弥生や望月にもお願いぴょん」
そう言って卯月は後ろに―――――クレーンの先の虚空へと足を踏み出した。
「ごめんね、サヨナラぴょん」
「卯月――――!」
後ろ向きに倒れ、落ちていく卯月を見て慌ててクレーンの上を走る。彼女は虚空でくるりと反転し、艤装の出力を上げ、海面におりた。派手に水飛沫が立つ。
「卯月! 待て! 卯月!」
海面から小さく見上げる桃色の髪を見て菊月は叫ぶ。その影が海の先へと向けて伸びていく。沈みゆく夕陽に向って伸びるように。
「待て、卯月、卯月――――――!」
その声を小さく聞いて卯月は笑った。
「ごめん、菊月。うーちゃんにはこれしかできないぴょん」
私を庇って睦月たちが傷ついていくなら。
私がいなくなるしかないじゃないか。
「――――――夜中のかくれんぼは行けないっていってたぴょん?」
小さく笑って、後ろ髪を引かれるような感覚も全部なかったことにして。
大きな海に、飛び出していく。
もーいーかい?
そんな声が聞こえた気がした。それはきっと幻聴なのだ。だからこう答える。
「――――――もう、いいぴょん」
次回から2話ほどは一時間創作ではなく普通に執筆したものになります。
感想などはお気軽にどうぞ。
それでは、次の機会にまたお会いしましょう。