この月が沈まぬうちに 作:オーバードライヴ
かくれんぼのお題、最後の一幕です。
こういう仕事柄、別れが多いのは当然だと思っていた。あの人が行方不明になったのも突然だった。驚いたし嫌だったが、ある意味仕方がないと思っていたのだ。
――――――あの人がもう一度そこに現れるまでは。
「どうして、どうしてぴょん……?」
全身が痛い。破片でこめかみを切ったせいで左目はまともに開けられなかった。相手の輪郭すらどこかおぼろげな中、彼女がゆらりと近づいてくるのが見える。
「どうして加古さんが深海棲艦になってるぴょん……?」
卯月の言葉に応える声はない。波の音が小さく響く。
「それでも、卯月は……!」
砲を向ける。それでも、引き金を引くことはできなかった。
「加古、さん……!」
卯月に髪飾りを渡し、鎮守府から消えた加古。その彼女が今、目の前にいる。
「どうして、どうしてぴょん!? なんで、何も言ってくれないの……?」
重巡の砲が動く、間違いなくそれは卯月を狙っていて逃げなければいけないとわかっているのに、体が動かない。
沈みたくないし、沈めたくない。それでもどちらかが消えねばならないなら。
「ねぇ、どうしてぴょん……?」
教えてくれと言ったところで答えは帰ってこなかった。
「いや、だよ……!」
卯月がぎゅっと目をつぶったタイミング。爆裂音が響いた。
「―――――卯月ちゃんっ!」
強烈な明り、大型探照灯の光が卯月を襲おうとしていた重巡に突き刺さっていた。
「古鷹さん……?」
「もう大丈夫! 敵勢力を重巡一隻と認む! 菊月ちゃんと望月ちゃんは卯月ちゃんの確保! 睦月ちゃん、如月ちゃん、弥生ちゃん! ついて来て!」
「了解にゃしっ!」
32ノットの高速航行で瞬く間に距離を詰めてくる。睦月如月のパーカーは夜闇に溶け、その影を曖昧にする。
「よーく狙って……撃てっ!」
一斉に発砲、それが敵重巡に殺到する。その水柱のカーテンが晴れぬ前に卯月の両脇を抱えるようにして持ち上げるのは菊月だ。
「無茶が過ぎるぞ、卯月姉さん」
そう言ってそのまま下がる菊月の盾になるように望月が走る。それをどこか薄ぼんやりとした目で卯月は眺める。星影を塗りつぶすように爆炎が立つ。
「……いや……だよ」
爆炎の影に隠れるようにして睦月たちが走る。半包囲の態勢にして十字砲火と魚雷の一斉射を浴びせる布陣だ。
「やめ、やめて……」
「卯月姉さん……?」
菊月がどこか怪訝な声を上げるが、その合間にも砲撃の態勢が整えられていく。
「次弾装填完了、一斉射用意!」
その砲門は過たず敵重巡に向けられ、全てが敵重巡に向かう。
「撃t……」
「待って!」
「卯月姉ぇ!?」
望月が慌てて振り返る。
「その人は加古さんぴょん! 撃たないで!」
卯月の声に古鷹が驚いたような表情をする。それでも彼女は止まらなかった。
「――――――――攻撃を続行します!」
「古鷹さんっ!?」
古鷹の砲火が敵重巡の命を削り取る様に駆けていく。
「古鷹さんっ! その人は加古さんだぴょん! だから―――」
「
古鷹はそう叫んで砲撃を続けた。
「この子が加古だというなら、猶更、私たちで沈めるよ」
古鷹の左目が強く光る。
「加古に同朋殺しなんてさせない。私が終わらせてあげる」
「提督、第一捜索隊から通信が入りました」
大淀がヘッドセットを押さえながら振り返る。
「卯月さん確保、現在重巡一隻と交戦中だそうです」
「深海棲艦が出てきましたか……」
「それが……」
「どうしました?」
提督のデスクの方を見る。その顔はどこか不安げに見えた。
「その、卯月さんが言うにはその重巡、加古さんだって……」
「……。今、第一捜索隊はどうしてます?」
「古鷹さんと重巡が一騎打ちになってます」
どう、されますか……? とどこか不安げな表情の大淀。提督は一度深呼吸して、口を開く。
「戦術的価値を考えるなら、確保しろというべきなんでしょうね」
「でも、確保したところで……」
「はい。十中八九で加古さんは研究所送り、二度と陽の目を見ることも海に出ることもないでしょう」
それでも、確保しないなら、ここで落とす以外に方法はないのだろう。
提督は唇を噛んだ。僅かに徹の味がする。
「―――――作戦に変更はありません。旗艦に任せます」
「……よろしいのですか?」
「みんなを信じましょう。みんななら、切り抜けてくれます」
そういって提督は目を閉じた。
その戦いは壮絶だった。そして、終わるのも一瞬だった。
「…………」
「…………」
双方が砲を至近距離で交わし、動きを止めた。両腕が交差するような至近距離、互いの顔がよく見える位置だ。
「ごめんね、加古」
そう言って熱を放つ砲門を退ければボロボロになった重巡が膝を折った。それを見て菊月は小さく息を吐いた
「終わったのか」
「うん、私が終わらせた」
ゆっくりと沈降していくその体をそっと撫でて古鷹は目を閉じた。その拍子に晴れた空からか、雫が落ちる。
「あれ……おかしいな」
そう言って不自然に乾いた笑みを浮かべる古鷹。その横に向けて、ゆっくりと卯月が寄っていく。
「涙が、止まらないや、本当に、これでお別れなのに、笑って、いられな……!」
海中に向けて穏やかに沈んでいく、敵だった、それ。
傷だらけの手で、さらに傷ついたそれに触れて、古鷹は笑う。
「加古さん……本当によかったぴょん?」
「うん、後悔なんてあるわけないしね」
そう寂しげに笑って古鷹は沈みゆく彼女の眼窩に触れ、そっと瞳を閉じさせた。
卯月はその沈みゆく体に触れて赤く腫らした目を細めた。
「これで、お別れぴょん……?」
「うん……まったく、最後まで手間のかかる子なんだから」
二人でそう言いあって、寂しく笑った。その合間にもゆっくり沈んでいく彼女の躯に卯月は思い出したように何かを乗せた。左襟につけていた髪飾りだ。
「預かりものだから、返さなきゃ、ぴょん」
「……そっか」
水面下へ消えていった彼女を見送って二人が立つ。そっと古鷹が右手を額まで上げる。
卯月が、それに続き、それを見た菊月がさらに続き―――――――
皆が敬礼で見送った。東の空がどこか遠く白んできていた。
「卯月姉さん……」
「また、守れなかったぴょん……」
赤い目からぽろぽろと雫が落ちる。
「沈めたかったわけじゃないぴょん。でも、どうして、どうしてぴょん……。どうして、みんな傷ついていくのに、うーちゃんだけは、残ってるぴょん……!」
「勝手に沈めないでほしいな、卯月姉さん」
そう言って菊月は卯月の肩にそっと手を置いた。
「さっきも言っただろう? みんな弱いんだ。みんな辛いんだ。だから、みんながいるんだよ、卯月姉さん。それは私も卯月姉さんも一緒だ。だれも一人では生きられない」
そう言って卯月の前に回り込んで、そっと彼女を抱きしめた。
「だから、勝手にいなくなるな、卯月姉さん……!」
どんどん空の色が明るくなっていく。その中で菊月の声が小さく揺れた。
「みんな、みんなを守りたいんだ。だから一人で全部背負って笑おうとしないでくれ……。ちゃんと頼ってくれ、頼らせてくれ。そうじゃないと、だれも救われないんだ」
「それでも、助けたかったぴょん、守りたかったぴょん……」
「それは私もだ」
「菊月……」
「そして、卯月姉さんが生きててよかったと、本気で思ってる。なんとか見つけて、追いついた」
そう言うと菊月はそっと体を放した。
「勝手にいなくならないでくれ。卯月姉さん……」
間もなく、夜が明ける。
鎮守府に戻ると提督に静かに怒られ、部屋での謹慎を申付けられた。そんな彼女を気にしてか、部屋にはいつもだれかいるような状況だったから寂しくはなかったが、それでも心はあまり晴れない。加古の思い出が頭を擡げる度に、表情が曇る。
そうして夜、ふと目を覚ます。
「……あれ?」
何か物音がした気がしたのだ。体をゆっくりと起こすといつも通りだ。ベッドのスプリングが僅かに軋む。長月や菊月からは女の子女の子しすぎて落ち着かないといわれた部屋はいつも通りだ。
「……あ」
一つだけ異なる場所があった。サイドボードの上に何かが置かれていた。
「……もしかして、加古さん。もう少しだけ預かってて欲しいぴょん……?」
返したはずのヘアピン。それを撫ぜる。
「仕方ないぴょん、うーちゃんが預かっておくぴょん」
それを抱いてそっと布団に戻った。
―――――――――夕暮れに隠れんぼをすると神隠しに合うらしい。
どちらが鬼でどちらが子どもか。わからないまま始まって、終わる。
―――――――――みーつけた。
こんな感じの話になりました。
楽しんでいただけたなあら幸いです。
次回からはまた一時間創作に戻ります。
感想などはお気軽にどうぞ。
それでは、次の機会にまたお会いしましょう。