この月が沈まぬうちに 作:オーバードライヴ
「……特別鑑賞会?」
「はい、それに出ろという命令が下りました。やることは観艦式と変わりません。いつもよりも華やかな恰好をして海を進めばいいだけです。……その後の懇親会とやらもありますがね」
そういう提督の顔は何処か浮かない、というよりも暗い。
「……提督?」
睦月が聞き返すと提督ははっとしたように顔を上げた。
「なにか辛いことでもあった?」
「……辛くないといえば嘘になるかもしれませんね」
そう言って提督は回転椅子を回した。背もたれに隠れそうな彼の頭だけが見える。
「艦娘は世界を救うために軍にしたがっているにすぎないはずです」
夕焼けが近い時刻だ。西向きの執務室には強い光線が差し込み始めていた。提督の黒髪が夕陽に光る。
「我々がするべきは世界の防衛です。この世界に住む人間を守る。それが我々の唯一無二の仕事のはずです。だのに、その部下を“出品しろ”と言ってきているですよ。上層部は艦娘を愛玩用の人形か何かと勘違いしているきらいがあるようです」
珍しく声に棘が潜む言い方だった。
「提督……」
彼の表情を垣間見ることはできない。それでも睦月は言葉を待った。
「そんな見世物にするために、あなたたちがここにいるわけではないんです。それなのに……」
その言葉の端に滲む哀しみの声に、睦月は僅かに笑った。
「大丈夫なのです、提督」
そう言って睦月は彼の隣に立った。
「それだけもう、世界は平和になったということだと思うのです。それはとてもいいことなんじゃないかにゃぁ?」
わざとらしい笑みかもしれない。それでもその隣で笑って見せる。
「ねぇ、提督。もし世界が平和になったら。睦月たちはどうなるんだろうね」
「それは……」
「化物に対抗できる化物。それがいく場所なんて、ないんじゃないかなぁ」
「そんなことありませんっ!」
珍しく提督が声を荒げた。―――――そうなることをわかって声に出した。それでも、声を荒げてくれたことに嬉しくなるのは、間違っているだろうか。
「あなたたちは……あなたたちは人間です。血が通って、笑って泣いて、成長していく人間です。それを……疑ったことなんて、ない!」
「それでも睦月たちは人間になり切れずにいる……それでも、睦月は提督と一緒にいたい」
肩で息をする提督を睦月がそっと抱いた。
「そんな悲しいこと、私認めません……」
「こういう時だけはやっぱり提督は強情にゃし」
「ですが……!」
「大丈夫にゃあ。世界が否定しても、提督が信じてくれるなら、睦月たちは耐えられる。どんなことでも――――――なんて、少しキザだったかにゃぁ……」
「睦月さん……」
「なんですか?」
首筋に触れる彼女の腕と高い体温を感じているからか。提督はどこか恥ずかしそうだった。
「……これじゃ立場が、逆じゃないですか……」
夕陽に照らされて睦月は小さく笑った。
「提督はいつでも無茶しすぎることろがあるから頼ってくれるぐらいでちょうどいいと思うんだけどにゃー。みんなを守ろうとしすぎて、自分の限界以上に頑張りすぎる。そういうところがあると思うから、みんな提督のことを結構心配してるのです」
そう言って彼の首筋に顔を近づける睦月。
「誰かを頼ること、誰かを守ること……そのことはここで、提督に教えられたのです。だから私達は誰一人欠けることなく、今までやってきた。信じてくれないと信じられないし、頼ってくれないと頼れない。一人だと重すぎるからみんなで一緒に頑張ろうって言ってくれたのは、提督なんですよ?」
その言葉に僅かに視線を落とす提督。睦月はその様子を見て破顔した。
「――――――えいっ!」
「うわっ!?」
一気に抱き込む力を強くしたせいで提督が座った執務椅子が回転し、彼女の胸の中にしっかりと頭が納まってしまう。
「もっともーっと睦月を頼るがいいぞ! 提督にだったら頼られたいと思うんだから! 提督を支えたいって、思ってるんだから! ずっと提督を信じてるんだから……」
彼の体をきつく、抱く。
「もっと頼ってください、提督」
体を固くしていた提督がどこか笑ったような気配を漂わせた。体の力がふっと抜ける。
「……全く。議論のすり替えだけは上手なんですから」
「むぅ」
「冗談ですよ。ありがとうございます。もう、大丈夫です」
「――――本当?」
「提督が信じられませんか?」
「そんなことないっ!」
「わかってますよ」
なんか提督が意地悪モードに入ってるにゃしー!という叫びが執務室に響く。扉の向こうでそれを聞いて、静かに笑う影一つ。
「そっか……睦月ちゃん」
小さく呟いて俯いた。手に持っていた小さな花に水滴が垂れる。
「いつの間にか……大人になっていくのかなぁ」
そう言って俯く手に乗るのは、青に近い色の花―――――ヒメツルニチニチソウ。
「そうよね、私達は人間だから、変わらずにはいられない。そうよね」
優しい思い出として、いつか思い返せる日が来るのだろう。これで司令官との関係がどう変わるわけでもあるまい。それでも、今は少しばかり、悔しい。
「フラれちゃったかしらね」
どこか嬉しそうな睦月の横顔をそっと見て如月がドアから離れた。
「睦月さん」
「もう、睦月でいいって言ってるでしょー? 提督」
建物の外はすでにざわついていて、彼女たちの登場を待っているようだった。
「無理だけはしないようにお願いしますね」
「心配しょうだにゃぁ。提督は」
濃紺のカーディガンのようなものを羽織って、睦月は笑う。艤装を背負い、缶を始動。出力があっという間に安定圏を叩きだす。
「それじゃ、行ってきます」
「いってらっしゃい」
睦月がそっと提督を抱きしめた。それを軽く抱き返した提督が彼女の肩を押す。
ゲートが開く。外は絶好の航海日和だった。
如月改二の艤装についている花―――――アネモネかツルニチニチソウらしいですね。
ツルニチニチソウには毒があるそうです。それでも同時に癌に聞く薬でもあります。
今回如月が持っているのはヒメツルニチニチソウというそれの亜種です。花言葉は『優しい思い出』
彼女たちの記憶がいつか優しい思い出となることを信じて。
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それでは、次の機会にまたお会いしましょう。