ナイジェルに怒られ、朝食を食べていると曹長に見つかり、体罰をくらってマザーと会う。278周目の今日も相変わらずの展開で、彼女のきつい眼差しを受けるのも278回目だ。
ぼくは前回の戦闘でなぜループが発生したのかさっぱり分からなかった。そんなわけでぼくはいつものとおりマザーと訓練場に来たのであった。
「なるほど、それで私に声をかけたというわけか。」
ここまでは今までと同じだ。
「うん。これでアンタと会うのは278回目なんだ。」
「大した数字だな。それだけループすればもう私に用はない筈だろう。」
「ごめん。でもまだ聞きたいことがあるんだ。」
ぼくが前回のいきさつを説明するとマザーは少し訝しんだみたいだったけど、ほんの数分席を空けてすぐに戻ってきた。
「何してたの?」
「ループに関する研究の報告書を洗い直してみただけだ。恐らくはT-000に内蔵されていた予備装置が働いたせいだろう。心配するな。次の戦いではそいつを先に破壊すればいい。」
「予備装置? でも以前見せてもらった解剖図にはそんなものなかったけど…」
「稀にそういう個体があるらしい。私もまだ見たことがなかったから、説明し損ねたんだろう。」
私もまだまだだな、と苦笑いを浮かべるマザーは実年齢より若く見えた。
「そうか、分かったよ。だったら早速訓練に移らなきゃ。」
椅子から離れて自分の装備を取りに行こうとしたら、何故か腕をつかまれた。
「いや、いい。私と一緒に出撃したのなら、お前はもう十分に生き残れるレベルに達している証拠だ。今日は特別に休んでも構わん。」
「でも念のためにお互いの動きを合わせておいたほうがいいと思うけど…」
思いもよらない発言に驚いて言い返すと
「私が何回ループを繰り返してきたと思う? お前がここに来るまでの間観察していたが、体重移動や体の運びを見ても問題はない。大体出撃の前日は体を休めておくのが兵士の基本だ。念を入れたいなら自分のコンディションをベストに保て。」
「で、でも…」
「私が許可を出しているんだ。それとも上官の好意を渋って台無しにするのが日本の流儀なのか、コガ・タクミ二等兵?」
「いえ…」
そんなわけでぼくはマザーを連れて基地の中を案内することになった。
部隊の性質上一ヵ所に留まることはほとんどなく、地上より輸送機で眠る時間の方が長かったらしい。中でも日本に来るのは初めてで、食事にはかなり興味があったようだ。だから最初は食堂だった。
正直なところ今の状態で人目につく場所は勘弁してほしかった。周りの視線がとても気になる。食堂にたどり着いた瞬間、兵士たちの喧騒が止まりみんなが揃ってぼくたちに目を向けた。予想はしてたけどこれは中々のイベントだろう。抵抗軍一の英雄と吹けば飛ぶような見た目の新兵という組み合わせなんて9.11以上のショックを与えたはずだ。
しかしマザーはまったく気にかけることなくカウンターで食器を取り、淀みのない動きでメニューを受け取り席に着く。慌ててぼくも同じものを選んで付いていったけど、視線の強さは相変わらずだった。
「遅いぞ。どうかしたか?」
「いや、こう…周りの空気っていうかさ…ねえ、早く食べて次のところ行こうよ。」
「何を言う。折角ジャパニーズフードを拝めるんだ。誰だってゆっくり食べたいだろう。」
マザーは聞く耳持たず、といったように次々とおかずを口に放り込んでいく。
「美味いものだな。特にこのエビの揚げ物は絶品だ。」
「テンプラのこと? ここの人気でね。時々しか出ないんだ。」
「こっちは何だ?」
マザーが新たに興味を示したのは梅干しだった。そのときぼくはちょっとしたイタズラを思いついた。日頃苛酷な訓練を受けさせられているんだ。少しくらいの仕返しくらい構わないだろう。
「それは梅干しって言ってね、デザートだよ。ちょっとクセのある味だけど美味しいんだ。」
得体の知れない新型のターミネーターと遭遇したかのように、身構えたが意を決したのか3個ある梅干しを一気に飲み込んでしまった。
途端に顔が信号機みたいに赤くなったり青くなったり、身体を丸め込んで机に突っ伏してヒクヒクさせている。
その隙を突いて、マザーのトレーにブロッコリーをさりげなく移そうと画策したぼくの目論見は、横から侵入してきた白い手に阻まれた。
「アンタ18にもなってまだブロッコリー苦手なの? ったく、やっぱりガキのままだな。」
アキラだった。
「い、いいじゃないか別に。アキラだってこの前ぼくに無理矢理…」
「うっさい。私はアレルギーだから仕方ないの。」
絶対ウソだ。でも後々の仕打ちを考えると言わない方が賢明だから、言葉は呑みこんでおいた。そんな自分が悲しく思えてならないかったけど。
「おいタクミ、何だこれは。クセがあるどころかRPG並みの強敵だぞ。」
ようやく梅干しのダメージをやり過ごしたマザーが文句をぶつけると、反射的に視線を合わせたアキラの顔が見る見るうちに、それこそRPGをくらったような表情を形作った。
いくら彼女と言えどもこの9.11ショックを脱するのに5秒はかかっただろう。けど放心したのも束の間、アキラはぼくを引っ掴んで食堂の隅っこに連行した。
「どういうわけ!?」
「どうって…」
「何でアンタが!? あの女と!? 一緒にメシ食ってんのよ!!?」
「た…たまたまだよ。PTが終わった後目をつけられて基地の案内をしてくれって頼まれて…」
咄嗟の言い訳にしては上出来だろう。少なくとも事実に反してはない。
「そもそも何で怒ってるのさ? 別にやましいことをしてるわけでもないのに。」
「…怒ってない。」
「いや、どうみても怒ってるでしょ。」
「怒ってねえよ!」
「どうした喧嘩か?」
背後の声に振り向くといつの間にかマザーが立っていた。食堂にいた面々もそれとなくこちらに視線を投げかける。ちょっとばかり声が大きかったみたいだ。
「いえ、大したことじゃないので。」
アキラがわずかに低い声で返す。目もやや睨み気味だ。マザーが気に留める様子はない。
「君は…ナルミヤ少尉か。確かここの第9飛行隊所属だったな?」
「ええ、そうでありますが。」
「噂は耳にしている。史上最年少の女性撃墜王とな。だが少し無理をしているようだ。」
「…どういう意味でしょうか。」
アキラの眉が少し険しくなる。
「何事も才能だけで切り抜けられるほど甘くはないということだ。特に我々のような-」
「失礼します。」
マザーの言葉を遮るようにアキラは踵を返して去っていった。途中腹の底が冷えるような顔でぼくを一瞥したのはなぜなのか分からないけど。
「言い過ぎじゃないの? ああ見えて結構繊細なんだよ。」
「目元がよく似ているな。」
「は?」
会話が繋がらない。
「こっちの話だ。ただ、気を付けておけタクミ。あの子は近いうちにお前にとっての特異点になるだろう。」
訳が分からなかったけど、あえて追及はしなかった。この時はアキラの激情から逃げ切ることに成功したのに安堵するのに精一杯だったからだ。
この後、ぼくらは色んな場所をめぐり色んなことを話し合った。ヤクザっぽいけど面倒見のいい曹長やよく仕事を押し付けたり酒を持ち出す先輩の話。マザーも世界を股にかける中で見た出来事を面白おかしく聞かせてくれた。
この周の今日は間違いなく最高の一日だった。