ハンガーから移動する間に黒い影がいくつか基地の沿岸に向かうのが見えた。
敵襲から約12分。この基地の連中はようやく最低限の準備ができたらしい。訓練と比べても早い方かもしれないが部隊で動いているのは少数で、大半はとりあえず武器を手にしたといった様子だ。
『司令部、司令部! 敵の上陸を確認、指示を! …クソッ、切れてやがる!』
『防衛線が崩された! 至急援護を!』
『中隊長がやられた! 早く逃げろ!』
さっきから耳に突き刺さる通信もほとんどが悲鳴か怒声で、まともに戦ってる兵士はいない。みんな奇襲のショックから立ち直れず、戦線を維持できていないのだ。
「典型的なパニック状態だな。」
そんな喧騒の中でも彼女は慌てることはない。
「基地に襲撃なんて多分世界初だからね。混乱するのも無理ないよ。」
ぼくらは西棟に続く通路を駆け抜けながら負傷者の避難指示も行っていた。食堂を出た後、アキラと一緒に歩いた通路だ。あのときの自分のイジケぶりを思い出すと、つい苦笑が漏れる。
「何がおかしい?」
「あ、その、色々あったなと思ってさ。最初の戦闘で呆気なく死んで、気が付いたらベッドの上で、それを何度も繰り返して…でも、もうそれも終わりだと思うと何だかあっという間だなって。」
「そうか…気を抜くなよ。」
マザーはそう呟いたきり、黙ったままだった。しばらく走ると不意に視界が開ける。昨日ぼくとマザーがランチを食べた食堂だった。そこに立てこもった味方たちは、崩れた壁の向こうからありったけの弾を吐き出してくるターミネーターを押しとどめるのに精いっぱいで、少しも巻き返せてない。
ぼくはその中に見覚えのある人影がいるのを見た。
「曹長!」
「…! コガか? こんなとこで何してる、さっさと後退してどっかに隠れろ!」
「安心してください。ぼくたちがここを持たせますから。」
曹長の返事を待たずにマザーと頷き合うと、ぼくは机で出来たバリケードを飛び越え構造材を盾にしながら、素早く壁の外側に抜け出た。ざっと見るだけでも40体はいる。
建物の中じゃなくて良かった、と思った。これだけの相手をするのに刀を振るのはなるべく広い場所の方が効率がいい。
これまでの戦いで分かったこと。それは奴らの動きが稚拙だということだ。傍目に見ると奴らはサーマルやら赤外線やらで高い命中精度を実現したらしいけど、接近戦なら話が変わってくる。
いくら敵が人外でも銃撃戦になるのは旧世紀から同じで、ターミネーターも火力を重視するばかりで大抵の個体は仰々しい機関銃と背負えるだけの弾薬を持っている。そのせいで進行速度が人間より著しく遅いのだ。
マザーはそこに勝機を見出した。お互い遠くから撃ち合うだけなら、ガンツの性能が高くても圧倒的物量で押してくるターミネーターには敵わない。だったら逆に接近して叩けばいい。
事実、それは正解だった。いくら二足歩行兵器とは言っても、関節の柔軟性や瞬時の危機察知能力はお粗末なもので、亀のような鈍さに最初はマザーも拍子抜けしたらしい。そんな事情もあって、ぼくらはわずか5分で食堂の安全を確保できた。
呆けた顔の曹長に別れを告げ、ぼくはいくつかの戦場を制圧した後、中心部からかなり離れた場所に着いた。
やけに大きい建物から銃声が聞こえる。意を決して踏み込むとがらんとした空間が広がっていた。整然と並べられたエアバイクがあるため、どうやら飛行隊のデッキみたいだ。ここでも食堂と同じように障害物に身を隠しながら味方たちが必死に踏ん張っていた。その中にまた見知った人物がいた。
「アキラ! 大丈夫!?」
「え?」
綺麗な栗色の髪を振り乱してこちらを振り向いた女性は間違いなくアキラだった。こんな場所でもやっぱり目立つ人は目立つ。ぼくはタイミングを見計らって弾をかい潜ると、素早くアキラたちのもとにたどり着いた。
「タクミ!? アンタ何やってんのこんなとこで!」
整った顔立ちを煤で薄く汚したアキラが開口一番で頭を叩く。
「何って、助けに来たんだよ。状況は?」
「何無視してんだよ。アンタの持ち場は歩兵隊だろ、それにな―」
「まあ落ち着けアキラ。この際だ、味方は多い方がいい。」
途中で割り込んできた長身の男がアキラをなだめる。絵に描いたような金髪碧眼だった。
「やあ初めまして。オレはカルロス・デイン。コイツとチームを組んでいる。アキラから話は聞いてるよ、コガ君。演奏の天才なんだってな。」
アメリカ人らしい気さくな性格だ。少なくともアキラよりよっぽどやりやすい。
「過大評価のし過ぎですよ。で、早速本題に移りたいんですが。」
「ああ、敵は今デッキの入り口と滑走路を占拠している。正直かなり面白くない。おかげで1機も飛ばせていないんだ。飛行隊の名が泣くよ。」
こっちとしても航空支援は必要なところだ。エアバイクはヘリコプター並みに小回りがきくらしいし、援護が増えるのはありがたい。
「分かりました。入口と滑走路を抑えればいいんですね?」
「いや、最低限デッキだけでいい。エアバイクは垂直離着陸も可能だからな。」
頷いて了解の意思を示し立ち上がると、不意に服を引っ張られる感覚が走った。後ろを見るとアキラが少し潤んだ瞳でぼくを見つめる。
「どうしたのアキラ? 早くしないと奴らが攻め込んでくるよ。」
「アンタさっきから何言ってんの。まさか一人で相手取るってんじゃ」
「大丈夫だよ、ちゃんと仲間がついてるから。君も早く飛ぶ準備をしといて。」
「バカ言わないでよ。無茶に決まってんだろ! アンタみたいなヒヨっ子がどうにかできるわけ? ゲームかなんかと勘違いしてんの? 一度死んだらそれっきりだろうが!」
彼女のゲームという単語に感心した。ライフが0になって死んで、蘇生して新しい攻略法を見つける。まさしくこれはゲームだった。
「タクミ聞いてんの? 分かったんならさっさと―」
「おい、まだか? 遅いぞ!」
デッキの外で交戦中のマザーが怒鳴る。少し話し過ぎたみたいだ。
「待てよ。さっきの声、アンタまさか…」
「ゴメン、まだ残りがいるみたい。終わったらちゃんと話すよ。」
これ以上アキラのヒステリーに付き合っていられない。ぼくは袖をつかむ腕を振りほどくと、真っ直ぐ入口に突っ走った。背後から少しアキラの呼び止める声が聞こえた気がした。
デッキ周辺の敵を壊滅させた後、飛行隊は無事に上空からの砲撃支援に移ることに成功した。今頭上を通り過ぎた機体のどれかにアキラもいるのだろう。数十分前の彼女の様子からしてパニックを起こさないか不安だったけど、どうやら無駄だったらしい。
「心配するな。あの子は強い。簡単にやられはしないさ。」
時々ぼくはマザーのことをエスパーじゃないかと疑っているのだが、おかしいのだろうか。それとも10年戦ったらみんなこうなるのか。
「そうだね。でも、さっきはちょっと言い過ぎちゃったかも…」
「かわいいもんじゃないか。お前のことを心配して涙まで見せてくれるんだから。」
ちょっと照れくさくなる。現在13:23。朝から何時間もぶっ続けで働いたせいで、ぼくの細い体はそこら中から筋肉痛を訴えていた。マザーも戦況が巻き返してきたから、休憩がてらにぼくの中隊のハンガーで水分や栄養を補給していた。
「そう言えば、REX隊は助けなくていいの? いくら優秀でもマザーがいないと…」
「アイツらは放っといても勝手に帰ってくる連中だ。問題ない。」
アッサリと言い切るマザー。きっと心から信頼しているんだろう。ぼくは益々この人の部隊に入りたくなった。
「ねえマザー、ちょっと頼みがあるんだけどさ…」
「済まない。それはダメだ。」
今度もはっきりと言い切られた。有無を言わせない口調だった。
「ちょ、まだ何も」
「時間だ。」
一言だけ告げるとともに、マザーはその赤い刀身をぼくに突きつけた。