ずっと一緒だと思ったのに。この人のためなら何だってできるのに。
でも何で彼女はぼくに剣を向けるんだろう。
「マザー、何やってるの。それを早く下ろしてよ、危ないじゃないか。」
マザーは何も答えない。けど、その目はまったく笑ってない。遠くでまた爆音が聞こえた。
「ほら、そろそろ戦いに戻らないと。少し休み過ぎたみたいだし。」
ハンガーから出ようと背を向けた瞬間、ぼくは途轍もない殺気を感じ取った。踏み出しかけた右足を軸に方向転換し、起動したガンツソードで防御態勢を取る。直後、金属音と共に体に衝撃が走る。
咄嗟に閉じた目を開けるとマザーが赤い剣をぼくの剣に押し付けていた。
「いきなり何だよ!」
飛び退って距離を取る。マザーは追わずに剣を構えたままだった。
「時間だ。選択の時が来たということだ。」
「何言ってるのか分かんないって!」
「ガンツがそう告げている。」
スッと剣先を倉庫の奥に向けると、ナイジェルが脱走に使った黒い玉の表面にうっすらと文字が浮かんでいるのが見えた。
決めてくだちい。
たった一言だけ書いてあるそれは、このときのぼくには何のことかさっぱりだった。瞬間、ガンツから光が放射され、ぼくの視界を包み込んだ。
次に感じたのは寒さだった。身も心も凍てつくような寒さ。代わりにハンガーに立ち込めていた機械油の臭いは消え、ついでに目一杯叫んでもかき消されてしまうほどの轟音も聞こえなくなった。
眩しさが消え、恐る恐る目を開くとそこは辺り一面の銀世界だった。敵も味方も、爆音や悲鳴も、刺すような日差しもない静寂が支配する世界。その何もない場所にぼくはいた。
「ここは…」
「私の故郷だ。」
後ろから聞きなれた声が木霊し、振り返るとさっきと変わらず落ち着き払ったマザーが立っていた。
「故郷?」
「決着に相応しい場所を頼んだんだが、アレもいい加減だな。」
そう言ってマザーが左に目を向けた先には、ガンツが同じ表示を出したまま古ぼけたさほど広くない邸宅の前に鎮座している。
「ここは私だけの秘密の場所でな。休暇には必ず立ち寄ってるんだ。」
刀で足元の雪を弄りながら話し続ける。
「何でぼくをそんなところに…」
「人間が初めてループしたとき、脳はT-000から特殊な波長を受け取る。以降夢という形でその波長を受け続けるわけだ。だが、ループを研究するチームからある報告が上がった。ループを何度も繰り返すことで、ある時を境に脳が変質して自ら特殊波を発するようになるとな。変質の過程では私の場合頭痛が起こった。」
息が止まる思いがした。今更思い出したように頭蓋に疼痛が起きる。
「脳が自分で波を出すということは、すでにそれはT-000と同じ能力を持っていることを意味する。さらに厄介なことにこの特殊波は同種の波長を放つ物質が近くにいるとき、非常に共鳴しやすい性質を持つ。前の回でループが発生したのはそのせい。言わばバックアップの影響を受けたわけだ。」
再び鋭い眼光がぼくを射抜く。
「つまりコガ・タクミというバックアップがある限りマリナ・オーグランはループから抜け出せず、マリナ・オーグランというバックアップがいる限りコガ・タクミはループから抜け出せない。」
ひとしきり喋った後、マザーは何も言わなくなった。一方ぼくはといえば、いきなりの展開に全く頭が着いていかない。
じゃあ、何? ぼくらは最初からこうなる運命だったってこと?
「ねえ、マザー。欧州戦線で飲んだ安物のワインを美味しくするために、隊のみんなでいろいろ工夫したって話、まだ全部聞いてないよね。アフリカで現地人と一緒に裸踊りしたって話もまだ途中だよ…冗談ならよしてよ。アンタ戦いはお手の物だけど、そっちのセンスは全然なんだから。」
彼女は何も言わない。
「ぼくさ、こんなことに巻き込まれて初めは神様を恨んだけど、今は不思議と憎めないんだ、アンタと会ってから。アンタはいつもきつい顔してしょっちゅう怒ってたけど、笑った時は本当に綺麗な人だなって思った。いつかこの人に認められたいって、笑顔を見たいって、必死に生き残り方を覚えた。この戦いが終わったら、アンタの部隊に入りたいって本気で考えてたんだ。アンタに着いていけばどんな戦場も怖くないからって。それにここまで訓練に付き合ってくれた恩も、まだちゃんと返せてないし。だから、だからさ…ねえ、こんなのウソだって言ってよ!」
ぼくの拙い説得でもしっかり聞いてくれたマザーが、今度は穏やかに見つめてくる。
「もう私たちにためらう時間は残されていない。こうしている間にも多くの仲間が命を散らしている。私はREXを置き去りにはできない。私は、私の責務を果たす。」
「マザー…」
悲しさの余り掠れ声しかでない自分を恨めしく思う。
「簡単なことだ、タクミ。戦いには勝者と敗者しかいない。一方が死ねば、もう一方は生き残る。戦いとは何を差し出し、何を奪うか。それだけだ。ここがお前の死に場所だ。」
そうだ。ヨコスカの基地ではみんなが必死に戦ってる。曹長、アキラ、カザマ、あのドレッドヘアだって。彼らと過ごした時間はほんのわずかだけど、ぼくにとっては大事な人たちであることに違いはない。でも、こんなのあんまりじゃないか。
「時間がない。始めるぞ。」
「ちょっと待っ―」
ガンツからの無慈悲な電子音がぼくの鼓膜を震わせる。もう猶予はない。嫌がる心とは裏腹に、ぼくの右手はグリップのスイッチを押して一振りの刀を形成する。どちらともゆっくりと武器を構えた。
はぢめ。
開始の合図と同時に2人とも駆け出し、赤と黒の閃光が大気を揺らしながら激しくぶつかった。