GANTZ Repeat'   作:マルハン2

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21.ジャップ・ザ・リッパー

絶え間なく響く拍手がぼくを包み込む。

「おめでとう。」

「君は素晴らしい働きをしてくれた。」

「この場を代表して礼を言うよ。」

あの戦闘から一週間が過ぎた。決闘の後始末をつけたぼくは、基地に帰還して防衛戦に加わった後、着替えてる最中にMPに連行され営倉にブチこまれた。罪状は命令違反で、勝手な行動を取ったことで味方を危険に晒したらしい。声高に報告する担当士官は運良くあの襲撃から生き残ったらしいが、噂によると屋上のヘリポートにから脱出しようとしたお偉方の中に彼の姿もあったようだ。

どのみちどうでもよかった。ブタ箱でも何でもいい。とにかく眠いんだ。さっさと終わらせろ。面倒な軍法会議を受け答えしながらぼくは内心毒づいた。

そのまま営倉のベッドに倒れて丸一日眠り込み、3日が経とういうとき何故か釈放された。結論、無罪放免。さらには勲章を授与されるそうだ。急いでドレスユニフォームに着替え、司令室に呼び出される。そこで冒頭に戻るわけだ。

基地司令は逃げ出した後ろめたさを微塵も感じさせず、他の将校と同じく終始にこやかに接した。殴り倒そうとも思わなかった。別に自分の命を守ることが悪いわけじゃない。そういう意味では体を張って戦った戦友たちより人間的だろう。

勲章は一番いい奴をもらった。今から退役しても充分食っていける褒賞も得られた。ほとんど記憶にないけど、ぼくの活躍は凄まじく攻めてきた敵の半数近くをスクラップにしたようだ。司令が握手を求め、握り返すと待機していた広報部の士官が記念撮影した。マザーの名は一度も出なかった。

 

極秘の授与式が終わると、することのなくなったぼくはTシャツとカーゴパンツ(いつもの服)に着替え当てもなく基地をぶらついていた。ターミネーターの奇襲により施設の大半が破壊されてしまったため、基地のあちこちでクレーンが稼働し無事な兵士たちが死んだ仲間を悼む暇もなく撤去作業に汗を流している。

目の前で綺麗にスッパリと切れた瓦礫を運搬しているのが見えた。多分ぼくがやったのだろう。周りにも同じものが点々としている。ぼんやりとそれらを眺めたまま歩いていると、不意にドンと何かにぶつかり尻餅をついた。

「バカヤロウ、どこ見てやがる!」

罵声の飛んだ方を見やると、いつかぼくに喧嘩を売ってきたドレッドヘアの男がいつもの取り巻きと一緒に睨みつけていた。が、相手がぼくだと分かると呆けたのも一瞬、まるで放し飼いの猛獣にでも遭遇した表情になり、すごすごと引き下がってどこかに行ってしまった。今日は誰かとすれ違う度にこんな目を向けられる。

「よう、英雄殿。」

曹長の声だ。腕に包帯を巻いていた。

「曹長、ご無事でしたか。」

「アホ、どっかの若造のせいで骨が折れちまった。全治2週間だってよ。」

覚えはなかったが、謝った方がいいだろう。

「…すいませんでした。」

「冗談だよ。しかし中々強烈だったよ、お前さんの蹴り。カミさんのビンタを思い出す。」

骨折するほどの一撃を見舞う奥さんとは一体どういう人だろう。

「中隊の連中は大丈夫なんでしょうか?」

「うちの隊は38人死んだ。不意打ち食らったにしては少ない方だがな。他も似たようなもんだ。」

その中にはナイジェルも含まれているのだろう。伝えるべきか迷ったけど、曹長の気持ちを考えると気が引けてしまった。

「ところで、お前は何してんだ?」

「手持ち無沙汰なんで作業を手伝おうかと思いまして。」

「止めとけ。軽い方だが負傷者リストに入ってんだろ? 傷口が開いたら元も子もない。」

何気なく左頬に触れると、ガーゼのざらりとした感触があった。あの後、ガンツの機能で帰還時に欠損した部位は残らず治ったけど、何故かこの傷だけは消えなかった。理由は不明。医者からは痕を消すこともできるといわれたが、その気はなかった。

「分かりました。じゃあ、ERにでも行ってきます。」

「ああ。無理するなよ。」

 

曹長と別れたぼくは結局ERには行かず、スカイラウンジに赴いた。いつも立っている衛兵は全員撤去作業の最中だから中には誰もいない。殺風景な構造の廊下を歩き回り、目的の部屋にたどり着く。部屋の鍵は開いていた。

いくつも穴ができた窓はヒビで曇っている。ぼくは倒れた椅子と机を戻して腰掛け、散らばっていた葉巻の一つを手に取り火を灯し、その煙がたゆたう様子をただ無心に眺めた。

マザーは裏切り者として処理されることになった。戦闘後にガンツの点検をしていた技術者が、作業中に奇妙な痕跡を見つけたそうだ。上手くカモフラージュされたログを辿っていくと、驚くことにスカイネットの回線に繋がった。直後、ガンツは一時機能が停止し、復旧後に回線は消えていたらしい。発信元はマザーだった。

特務部隊の隊員たちは口を揃えて無実を訴えた。彼女はそんなマネは絶対にしないと。技術者も昨日確認したときはそんなデータは見なかったと証言した。だが、マザーの死の責任をどうするか決めあぐねていた政府と抵抗軍参謀本部はその報告に目をつけた。

少し後の話だけど軍からの公式発表で、REX部隊隊長マリナ・オーグランはかねてからスカイネットと単独で接触、我が陣営の情報を秘密裏に譲渡し自分の戦績に有利な状況を形作るよう要求していたと伝えられた。

単独と付け加えたのはREXを解散させないためだ。マザーが抜けても彼女に鍛えられた連中は貴重な戦力だから。きっと彼女はぼくとの避けられない勝負を予測していたのだろう。だからわざとガンツにエサを仕掛けた。万が一自分が死んだとき、残された部下をぼくに託すために。

つまり、ぼくは出来レースの駒の1つだったわけだ。ループに巻き込まれたときから神の見えざる手はすでにこの結末を書き終えていた。ぼくは新しいハリボテの英雄に選ばれた。あの赤い剣と共に呪いを受け継いだのだ。

 

スカイラウンジから離れたら、落ち着ける時間が欲しくて自然とある場所に足が向かっていた。初陣前日にナイジェルらと酒を盗みに忍び込んだ倉庫だ。ここなら中心部からだいぶ離れてるから静かで人足も少ない。

倉庫は爆撃を食らったらしく屋根には穴が空き、わずかに星がいくつか小さな光を投げかけていた。昔の人々は月を見ながら酒を飲んだというけど、ぼくはこのときばかりは酔えなかった。棚に並んだ一番強い酒でもこの渇きは誤魔化せない。それでも自棄になってぼくは何本も栓を開けた。

「あ~いたいた! や~っと見つけたわ。」

1人っきりの空間に不意に甲高い音が響き渡った。チラリと首を傾けると入口に細いシルエットが腰に手を当てて突っ立ていた。

「ったく、1週間も姿を見せなかったから死んだのかと思ったじゃんか。」

ズカズカと大股で近づいたアキラが睨みつけてくる。一度視線を合わせたけど、他人と触れ合う余裕のないぼくはそのまま俯いた。

「何よその態度。せっかく人が心配して探しに…」

やっぱり怒ったアキラが急に口をつぐみ、ドッカリと隣に腰を下ろすとぼくの手から酒瓶を奪い取った。それを一気に呷って突き返したのを受け取ると、それっきり黙ってしまった。

「よく分かったね。ぼくがここに居るって。」

何となく気まずくなって話しかけてみる。彼女は今度は近くに転がっていた缶ビールを飲みながら答えた。

「思いつくとこ全部回ったときカザマに会ってね。アンタがここら辺をうろついてたって聞いたんだよ。」

「…そっか。」

また沈黙が続く。すると、次はアキラが問い質してきた。

「タクミこそ何でこんなとこに居んのよ。別にヤバそうな状態でもないくせにさ。」

この様子だとぼくの基地での暴れ振りは耳にしてはないようだ。飛行隊が侵入してきた敵の母艦である潜水艦を仕留めるために海まで出向いたのは本当らしい。何て答えたらいいか分からず黙りこくっていると、顔にアキラの手が添えられた。撫でられる。

「どうしたの、急に。」

「いいから。」

何度も撫でられるうちに、少しづつささくれ立っていた神経が落ち着いてくのが分かった。無意識に肩にもたれかかる形になってしまったけど、アキラは何も咎めなかった。

「ねえ、アンタまだ軍に残るつもり?」

「は?」

「前から言おうと思ってたんだけど、やっぱ違和感あるんだよね。タクミが軍服着てるのって。どことなく無理してるっていうか。」

「…そんなことないよ。」

すると、急にアゴを引っ掴まれたと思ったらアキラが正面から向き合うように、両手で顔を固定した。しばらくジロジロとぼくを検分すると、今度は穏やかな動作で抱きしめられた。

「あ、あの…」

「うっさい。口閉じろ。」

さっきから何が何だか分からない。けど、乱暴な口調とは逆に優しく頭を撫でてくれる細い腕は、マザーとは異なる甘い匂いと温もりを与えてくれる。

「私も初めて戦地で飛んだとき、とても怖かった。そしたら仲間がこうしてくれたの。」

ぼくはもう初陣とは言えないほど戦ったけど、とても心地いいことに変わりはなかった。

「ありがとう。でも、どうして…」

「倉庫に入ったとき、タクミ何だか辛そうだったから。涙を流さないで泣いてる感じ…でも良かった。アンタが無事で、本当に良かった。」

嗚咽混じりにそう呟いた顔は、いつもの高貴さよりも幼い印象を醸しグレーの瞳は潤んでいた。それを見たぼくは、突然体の奥からがむしゃらな衝動が駆け抜けた。熱の赴くままに彼女を力一杯抱きしめ、唇を重ねる。驚きに硬直したアキラは咄嗟に体をよじったけど、逃げられないと分かったのか大人しくなっていった。自然に見つめ合った彼女の顔は紅潮している。多分ぼくもだろう。

ぽっかりと空いた胸の穴を埋めたかった。今、この瞬間だけは彼女がすべてだ。傷つけないようにそのしなやかな体をゆっくりと横たえ、覆いかぶさる。抵抗はなかった。

「痛い…」

「だ、大丈夫?」

思いっきり頭を殴られた。一瞬立ちくらみがして背負ったアキラを落としそうになったけど、何とか踏ん張った。

「まだ股の間に挟まってる気がする。あぁもうサイッテー。」

ぐちぐちと文句を投げるアキラはそう言いながらもどこかスッキリした面持ちだった。少し前まで「殺してやる」と親の仇みたいに呪詛を繰り返したのに。

「ゴメン。ぼくもどうしたらいいか分かんなくて…」

「いいよもう。その代わりこのこと誰にも言わないでよ。酔った勢いで寝たなんて知れたら笑いものじゃ済まなくなるから。しかもアンタが相手なんて。」

「…うん。」

爆撃でいつもより少ない灯りを頼りにアキラを宿舎まで送り届ける。沿岸から運ばれる夜風が火照った体にちょうど良かった。

「…Будучи живым, спасибо(生きていてくれてありがとう).」

最後の台詞は何を言っているのか良く分からなかったけど、少なくとも悪口でないことは分かり少しだけ安心した。

 

後日、復興作業が続く中、ぼくは第8中隊のハンガーを訪れていた。入口を突っ切り真っ直ぐ最奥の黒玉に歩み寄る。ガンツの戦火をものともせず傷一つない表面に手を添え、指紋認証の後にあるコードを打ち込む。

読み取りが完了するまでの時間、ロッカーを覗き込みスーツを広げてみると、肩の部隊票パッドに小さく何か書き込まれていた。

Jap The Ripper

言い得て妙だな、と思う。事実、ぼくは日本人(ジャップ)で、人を殺したのだから。誰だか知らないけど親切な人もいるものだ。

目的地に転送されると久々の雪景色は少しばかり減り、そこかしこに緑が覗いていた。どうやら雪解けの季節みたいだ。

マザーの遺体は例の岩の下に埋葬した。今でも最後に飛び散った血が消えずに岩肌に残っている。名前を記すわけにはいかなかったから、シンプルに十字の痕を付けておいた。ガンツソードで加工した手作りの墓はお世辞にも墓とは言えないけど、周囲に咲き誇る花々が彼女の勇敢さを代弁してくれている。

ぼくは敬礼した。彼女の勇気に、気高さに、純粋さに心からの尊敬を表すために。泣こうとは思わなかった。この涙はまだ流してはいけない。泣くのは全てが終わってからだ。

マザーは後々まで裏切り者として、世界を売り渡した者として語り継がれるだろう。真実を知らないバカ共はぼくを新しい希望に仕立て上げ、祭り上げるだろう。ならばぼくはそれを受け入れよう。ぼくが彼女を殺した。世界が彼女を贄に捧げた。ぼくは罪を背負うことにする。そして世界が自らの犯した罪科を認め彼女の安寧と冥福を祈るまで、マリナ・オーグランという穴を埋める虚構の玉座で屍肉を食むとしよう。

そうだ。ぼくは偽りの王(ジャップ・ザ・リッパー)となるのだ。

傷が疼いた。どうしようもなく心が軋む。この痛みは一生ぼくを縛りつけるのかもしれないが、それもいい。

今度絵を描こう。彼女に渡せなかった絵を。次に会ったときちゃんと褒めてもらえるように。

どこかから甘えるなと声が聞こえた気がした。

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