GANTZ Repeat'   作:マルハン2

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23.出奔

母が死んだ。

そう聞かされたのはちょうどPTSDと言われた頃だった。

死因は自殺。胃ガンと宣告され入院の最中、ナースが首を吊ってるのを目撃した。

毎日のようにカウンセラーに呼び出され、根掘り葉掘り検査されてクタクタになって部屋に戻ったときにメールが届いた。よく覚えてないけど、疲れていたのか端末を閉じた後でぼくはすぐに寝てしまった。

数日後、葬式に出席するために日本に帰国したが、数年振りに帰ってきた故郷でぼくを出迎える人間は誰もいなかった。式場に着くと黒い礼服の集団があちこちに散らばり談笑しつつも、ぼくをチラチラと見てくるのが分かった。

日夜騒音に囲まれた生活を送ってきたからか、小さくても耳から色んな言葉が飛び込んでくる。

『ねえ、もしかしてあの人タッちゃんじゃない?』

『あら確かに。でも随分と雰囲気が変わってるわね。』

『どうやら前の旦那と離婚したとき、勝手に軍に入隊したと聞いていたが。』

『薄情にも今まで家族と連絡ひとつ取らなかったそうじゃないか。』

『近づかない方がいいぞ。見てみろ、あの顔の傷。ああ恐ろしい。』

四方から聞こえてくる陰口を受け流しながら、天幕をくぐって中に入ると意外な参列者と鉢合わせした。

「…タクミか?」

「久しぶりだね、父さん。」

父はこっちを向いて一瞬目を丸くしたけど、ぼくだと分かると隣の席に座るように勧めた。自然とお互いの近況を報告し合ったが、どこかぎこちない空気も流れていた。

父は母と別れた後、不倫相手の女性と一緒に暮らしている。詳しくは話さなかったけど人並みの幸せは手にしてるみたいだ。ぼくも職業柄多くのことは言えなかったけど、父はただ『変わったな。』とだけ言い残した。

ぼくらは一応昔の家族ということで今の家族の隣に席が置かれた。この配置を決めた担当の神経がちょっと分からないと感じたのは向こうも同じ様で、終始気まずい雰囲気が漂っていた。時差ボケで読経の最中にあくびをしてしまったぼくも原因の一つだ。

いよいよお別れの挨拶をしようと棺桶に集まったとき、ぼくは初めて死人となった母の顔を拝んだのだが、正直言って人様に見せられるようなもんじゃないというのが最初の感想だった。苦しい闘病生活を送った母の顔は痩せこけ、骨に皮が張り付いているという表現がしっくりくるほどだ。気持ち悪かった。

火葬されて残った骨を箸で拾うときも、周りが躊躇っている中で、ぼくは淡々と作業に没頭していた。何も感じなかったといえばウソになるけど、泣くほどのことでもなかった。戦争で多くの死体を似たように処理してきたためか、淀みない手つきでほとんどの骨はぼくが納めた。ちりとりがあればいいのにと思う。アレだったらさっさと骨を集めて壺に入れられるのに。葬式というのは中々面倒だ。

「この人でなしめ!」

そう言われたのは母の葬儀が終了した後、ぼくと父が現在の母の家族と改めて顔合わせしたときだった。いや、ぼくの親権は母が持っていたから、戸籍上では正面で悲しみに暮れながら酒を飲んでいる男が父親ということになる。そしてその隣には義妹(いもうと)と呼ぶべき学生服の少女が座り、ぼくを時々盗み見てはすぐに視線を下げていた。

この奇妙な集団に関わりたくないのか、取り巻きは近づかず成り行きを見物している。最初は他愛のない会話のはずだった。父と義父は旧知の仲で、なるべく母の話題を避けながら昔話に花を咲かせてる傍ら、義理の妹はぼくに離婚後の母の様子を丁寧に教えてくれた。

聞けば聞くほど母は幸せだったと分かった。義父とおしどり夫婦のように寄り添い、義妹を我が子と同じ、いやそれ以上に可愛がりぼくには見せなかった立派な良妻賢母ぶりを発揮していたらしい。

ぼくが頼むまでテレビの前から動かなかったくせに、娘には言われないでも勉強まで面倒を見るのが明らかに物語っている。どうやら母はぼくたちを綺麗さっぱり切り捨て、新たな人生を謳歌していたようだ。

その証拠に後日公開された遺書にぼくの名前はタの字も無かった。

「やっぱりお母さんが死んで寂しいかい?」

コクン、と少女が頷く。よく見ると目は真っ赤に充血し頬にも涙の跡が残っている。

「とても優しかったから。だからまだ…」

そこでふと言葉を呑み込んだ義妹は、おずおずとぼくを覗き込んで尋ねてきた。

「あの…お兄さんは何で平気そうなんですか?」

「へ?」

「だって…お母さんを見送った人はみんな泣いてたのに、お兄さんだけそうじゃなかったから。」

なんだ、そんなことか。拍子抜けしたぼくは薄く微笑んで答えた。

「まあ、その、何て言えばいいのかな。悲しいとは思うんだけど泣くほどのことじゃないっていうか…そうだ。こう考えてみたらどうかな?」

キョトンと見返す少女にぼくはしゃべり続ける。

「今の地球の人口って以前より少なくなったけど、まだ50億人はいるでしょ。その中で今日死んだ人間はお母さんだけじゃないし、日本でも100人はくだらないと思うよ。それに今は戦争中だし、世界中でもいっぱい死人が出てる。動物なんてもっと死んでるはずだよ。そう考えればお母さんはたくさんの仲間と一緒に天国に行ったことになるからきっと寂しくないんじゃないかな。」

ガシャン!

「この人でなしめ!」

そしてぼくは殴られた。控えめだけど駆け回っていた話し声が一気に沈黙し、全員の視線がその原因に集まる。ぼくの頬を捉えたのは義父の拳だった。アルコールを取り過ぎて顔は赤かったがその目は少しも酔っておらず、足はふらついているもののさっきの一撃はかなり的確に入りぼくの意識を揺さぶった。ひょっとしたらボクサーの才能があるのかもしれない。

「お前、よくもそんな口を…この恥知らずが! 母親が死んだのに涙一つ見せないのか!」

「…いきなりだな。出そうにも出ないんだから仕方ないでしょ。むしろぼくは怒ってるんです。」

「何だと?」

「泣いたって死んだ人が帰ってくるわけじゃない。そもそもあの人は自殺したんだ。あなたたちを置き去りにして。体を治して元の生活に戻ることも出来たはずなのに、あの人は死んで痛みから逃げた。ぼくだったら許さないとは言わないけど、悲しんで悼む気にはなりません。」

何故かやりきれない思いが胸に溢れ、それを遠ざけるようにぼくはポカンとした義父の横を通り過ぎる。

「おい、どこに行く!? まだ話は終わってないぞ!」

「仕事の最中にいきなり呼び出されたんです。用事が終わったから帰るんですよ。…それにあなたは親が死んだのに泣かないなんて言いましたけど、家族だからって泣かなきゃいけないんですか? 残念ですが仮にも息子が戦地に行くってのに電話の一つもかけない家族に、ぼくには泣く時間も義理もありません。」

完全に真っ赤になった義父の目を正面から受け止める。今にも飛び掛からん勢いだったが、しばらく見つめ合ったものの結局何もせず降ろした拳を震わせてただ俯くだけだった。一応別れの挨拶だけ済ませ相変わらず好奇心満々の野次馬を一瞥して退出し、会場近くのタクシーに乗り込んでしばらく走ると携帯が鳴った。

父からだ。

「どうしたの、父さん。」

「ああ、いや、さっきのことなんだが…少しお前が気になってな。」

「ぼく? 何か変なことでもした?」

スピーカーの向こうでわずかに息を飲む音が聞こえた気がした。

「…いや、そうじゃないんだが…タクミ、お前仕事は大丈夫なのか?」

「ああ、お義父さんに言ったことならただのデマだよ。あれ以上殴られたくなかったし。」

「違う。内容の方だ。父さんに言えた義理じゃないが、何か嫌なことでもあったんじゃないか?」

少しだけ胸が疼いた。何て返そうか迷って黙り込んでいる間、父が話し続ける。

「今更なんだが、お前に再会したとき最初は別人じゃないかと思ったんだ。傷つくかもしれないが人じゃないような気がした。ニュースでもよくやってるんだが、戦争がまた激しくなったそうだな。仕事上、お前もハードな生活をしてるんじゃないか? 」

久々の心配そうな声にぼくは咄嗟に合わせた。

「ううん、そんなことないよ。ちゃんと折り合いは付けてるから。」

「そうか。正直、お前が式場で言ったことには驚かされたんだ。何て言うか、人の死をああも簡単に割り切れるとは思ってなかったからな。本当に驚いたよ。…なあタクミ、まさかお前石で出来てるわけじゃないよな?」

そのとき、バックミラーに映っていたぼくは世にもマヌケな顔をしていた。

 

そのマヌケな顔がぼくの前に立っている。

「…どういうこと?」

心なしか震える喉を抑えてアキラがぼくに問いかける。

「もう一度言うよ。ここは引き払うことになった。」

珍しく上機嫌で帰ってきたところにいきなりこんなお知らせは確かにビックリだろう。出かけるときには見なかった高級そうなバッグを見ながら話を続ける。

「少し前に上からお達しがあってね。本日をもって療養期間(バカンス)は終了。各自4日間で撤収を済ませて指示された場所に向かい、現地の命令に従えってさ。」

「ウソ、いくら何でもそんな急には―」

まだ状況を飲み込めない彼女に形ばかりの嘆息をついて一枚の紙切れを渡す。軍の正式な書類だった。

「集合場所は同じ国防総省(ペンタゴン)だけど、ぼくは都合上日程が繰り上がってね。明日にはワシントンに飛ばなきゃ行けないんだ。」

丁寧に説明したけどアキラは命令書の文字を追うのに忙しい様だ。全くと言っていいほど聞いてない。元々ぼくの言うことをまともに聞いたこともほとんどないけど。

そのとき、ポツリとアキラが呟いた。

「…止めろよ。」

「え?」

「止めとけって言ってんの。大体この療養期間の終了って何を根拠に言ってるわけ? アンタが回復したって理由がないじゃない。」

「もう平気だよ。念のためにお医者さんに確かめたら問題ないって」

「ウソつき。」

不意に今までの困惑した声音が一気に冷たくなり、ぼくの背筋を撫でつけた。今までアキラの前でついた嘘はことごとく見破られてきたけど、今回のは非常にマズい予感がした。

「知らないとでも思ってんの? 私知ってんのよ。アンタが一緒に寝るときマザー、マザーってうなされてること。」

息が止まる思いだった。まさかこのタイミングで自分の黒歴史を暴露されるとは。長年の経験で身に着けたポーカーフェイスでどうにか平常を装ったけど、内心は今年一番の恐怖イベントに立ち会った気分だった。

「最初は単におばさんのこと言ってるのかと思ってたけど、どうにも違う気がするんだよな。何て言うか昔の女に謝ってる感じ。」

「…たまに夢に母さんが出てくるんだよ。内容は思い出せないけど。」

もうこれ以上は耐えられない。一刻も早く逃げたくてボストンバッグを担いで通り過ぎようとしたら、細い脚が行く手を遮った。

「どこ行く気?」

「そろそろ時間なんだ。タクシーも呼んであるからさ。」

このまま見苦しい言い訳を続けて醜態を晒すのはゴメンだ。それを分かっていてかアキラは勝者の笑みを浮かべる。

「大丈夫だって。今からキャンセルしても料金は私が払ってやるから。」

ダメだ。完全に退路を断たれてしまった。電灯に照らされたアキラは勝敗を確信したのか、ぼくの背中を押してリビングに戻そうとする。猶予のない今、彼女のワガママに付き合ってはいられない。やむを得ずぼくは最後の手段に出た。

「本当に行かなきゃいけないんだ。…ゴメン、アキラ。ぼくは君の気持ちには応えられない。」

すると、後ろに触れた腕がピクリとしたきり動かなくなった。形勢逆転のチャンスを逃さず素早く向き直る。アキラはさっきまでの余裕が嘘のように狼狽していた。目は見開かれ、口も半開きだ。

気付いてないわけではなかった。アキラが何人も彼氏を鞍替えしているように、ぼくも少なからず場数は踏んだつもりだ。彼女が事あるごとにぼくに突っかかり、そして今何とかして押し留めようとしている理由。半分デタラメに喋ったつもりだったけど、この様子だと予想はそこそこ当たってたらしい。

酷いことをしていると自覚したけど、なりふり構ってはいられなかった。

「待って!」

初めて聞いた弱々しい声に驚いたものの、玄関に向かおうとするぼくを必死に抵抗する彼女の肩にそっと右手を置く。

「もうオママゴトはお終いだ。」

少し力を込めて下に押すとアキラの体は呆気なく重心を崩し、床に尻餅を着いた。その隙にドアノブを回したぼくの耳にはもう彼女の声は聞こえなかった。

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