まず始めた訓練は重心移動と回避技術の習得。軍に入った時にやるもっとも基礎的項目の一つだが、マリナの指導は血がにじむどころか、血をまき散らすというべきほどに凄惨なものだった。
「さっきから言ってるだろう!常に両足に均等に体重をかける! 体に一本の芯があるのをイメージして円運動!」
「そんなこと…言ったって…!」
床を跳ねる火花をかわし、ひたすら逃げ回る。これが訓練というならやりすぎと思われるに違いないが、マリナ曰く『人間死ぬ気でやればモノになる』らしく、ぼくはターミネーターの掃射から全力で逃げていた。何発かがスーツを擦過し、背筋を冷たいものが駆け抜ける。
「目をつむるな! 怖がってたら見えるものも見えなくなる!」
マリナの声が鼓膜を震わせるが、片手間で聞くほどの余裕はぼくにはない。のんびりしているとミンチにされてしまうのでほとんど聞き取れなかった。
すでに足はヨロヨロで、気を抜けば転びそうになる。着地するため足もとに一瞬意識を向けた瞬間、頭に形容しがたい衝撃と痛みが走り気が付くとぼくはまたいつもの朝に戻っていた。
チクショウ、やり直しだ。
ぼくは1回ごとに訓練と実戦を交互にループすることに決めていた。訓練で得た技術を現場で実践するためだ。どんなに練習が上手くこなせても、本番で力を発揮できないんじゃ意味がない。
それに実戦でしか培えないものもある。極限の状況下における冷静さと判断力。この2つがそろって初めて技術は活きる。
『戦いで焦るのは御法度だ。視野が狭くなっちまって死に急ぐことになる。』
曹長の口癖を死んで初めて理解したことは皮肉としか言いようがなかったが、それでもぼくはこの言葉を信じ、最前線で引き金を引き続けた。
そして死ぬと空き時間を前回の反省とイメトレに費やし、訓練でマリナの怒声を聞く。それ以外はすべてルーチンワークだったが、マリナとの触れ合いを通じて分かったこともあった。
REXの連中は彼女のことを隊長でもボスでもなく、『マザー』と呼んでいた。兵士も整備士も、年上も年下も関係なく部隊の全員が彼女をマザーと呼んだ。
気になって一度隊員の一人に恐る恐る聞いてみたら、自分たちは家族のようなものだからだ、と答えた。あまり釈然としなかったが、その雰囲気にのまれたのかぼくもいつの間にかマザーと呼ぶようになった。
それから死ぬこと39回。左斜めの1体が腰を低くした。意識するより早く足が動き、胸を反らして爆転すると、さっきまでいた空間を鉄と熱の塊が薙ぐ。
体操選手よろしく鮮やかな着地が決まると、背後から撃鉄の動作音が響き、ぼくは振り向きざまにXガンを撃ちながら勢いを殺すことなくその場で空中回転した。
目と鼻の先を銃弾が通過し、一拍遅れて爆発音と一緒に鉄の破片が視界の隅を飛んだ。再び着地して周りを見渡すと、ぼくの周囲で動いているターゲットはいなかった。これで15体目。度重なる苛酷な訓練と戦場で磨いた経験により、ぼくは精密に筋肉の動きを制御できるようになった。
ようやく課題クリアだ。思わず座り込むと後ろから拍手が聞こえた。
「意外とセンスはあるようだな。」
いつになくマザーが優しく微笑んでいた。最初は正反対のコメントだったくせに。ぼくは内心でささやかな悪態をつく。
「そうかな…?」
「まあ何にせよスタートラインに立ったな。おめでとう。」
「じゃあ今日はこの辺で…」
「却下だ。まだ4時間はある。」
容赦のない鬼教官は新しい教材を用意する。手元のパネルを操作すると一枚のシャッターが開き、中から20体ほどのターミネーターが現れた。
「今から私がすることをよく見ておけ。」
マザーが赤いラインのスーツに身を包み、手首をコキコキ鳴らす。が、いつも握っているはずの赤い剣を持っていない。
ぼくは危ないと伝えようとしたがマザーは平然と銃器を構えたターミネーターに歩み寄る。ライフルを構えたターミネーターが彼女の周囲を等間隔に取り囲み、油断せず次第に包囲網を狭めていく。
そしてトリガーが引かれる直前、マザーは正面の2体に向かって目にもとまらぬスピードで地を蹴り、パワーアシストされ膨れ上がった両腕をど真ん中に叩き込んだ。
バキンと鳴るとともに横に真っ二つに割れた鉄くずが崩れる間に、裏拳を食らった奴の首から上がどこかに飛んでいく。
さらに別の一体に肉薄したマザーはそいつのライフルのレバーを押し戻して弾を強制排出し、弾倉を引き抜いて無力化すると、動力源の水素電池を腹から引きちぎった。まるで芝居を見ているかのように鮮やかで洗練された光景に、ぼくはしばらく開いた口がふさがらなかった。
「すごい…」
「見て分かると思うがこれから近接戦闘の訓練に移る。これを身に着けたら、とっさの状況で使えるカードが格段に増える。知っておいて損はない。ただし、自然に身に付く代物じゃあない。適切な模範が必要だ。」
「でもそれなら基礎訓練でやってるんだけど…」
曹長の関節技でしばらく腕が使えなかったのはいつだっただろうか。
「アレはあくまで対人戦用。鉄の体にただのパンチは効かない。さあ立て。」
ぼくはマザーの正面に立ち、腰を落としていつでも攻撃を防げるよう彼女の一挙手一投足に集中した。けど、マザーはぼくの反応速度を遥かに上回る拳を突き出し、その回の訓練は一発KOで終了した。