ペンタゴンに着き正面ゲートを潜ると、すぐに特徴的な黒い球体が目に入った。
今のペンタゴンにエスカレーターはない。ガンツのワープ機能を使うからだ。敵からのハッキングの防止策として抵抗軍は情報管理をガンツで一括しており、重要案件の会議に出席する場合もガンツで生体認証を通してからでないと受け付けてもらえない。
他の職員がそうするように、命令書に添付されたパスコードと自分の網膜をスキャンさせるとぼくはある部屋の中に転送された。さして広くない、事務机や応接のソファくらいしかない場所だった。
「久しぶりだな、こうして会うのは。」
机の向こうで背を向けて語りかけてくる低い声には聞き憶えがあった。
「ええ、お久しぶりです中佐。」
挨拶に応えて声の主が振り返る。9ヶ月振りに会った元REX部隊司令エドワード・ワグナー中佐は、以前より白いものが混じった頭と以前と変わらない威厳を纏いぼくを見て笑った。
「済まんな、せっかくの甘い休暇を台無しにして。」
「いえ、いい気分転換になりました。」
「少し痩せたか? だが顔色はだいぶ良くなったようだ。」
「毎日レーションの任務生活と比べると健康にもなりますよ。」
「それは何よりだ。座ってくれ。」
ぼくがソファに腰を下ろす間に、ワグナー中佐は手許の端末を少し弄って立ち上がり、ぼくの真正面に座り込んだ。10秒程経って両者に挟まれたテーブルにいくつかのウィンドウが表示される。どれも人の顔が写っていた。
「これは情報管理局の人間だ。彼は数年前からあるデータを入手するために動いていた。が、それを手に入れた直後に姿を消した。大勢の部下を引き連れて。」
「姿を消した? ガンツで痕跡を掴めないんですか?」
仮にも軍や政府に関わっているものは例外なくガンツに情報を登録してある。スカイネットより頑丈という説さえあるこの徹底した管理システムの目を誤魔化せるなんて寝耳に水だ。
「どういう手口を使ったのか私も上に情報開示を求めたんだが、渋っていてな。今分かってるのはグラハム・ターナーという名とデータの概要だけだ。」
ワグナーが机の隅を叩くと今度は新しい画像が一面に広がった。それを目にした途端、喉が勝手に唾を飲むのが分かった。自然と文字の羅列に吸い込まれ、それで起こりうる事態が思い浮かび溜飲が下がる思いがした。
「これはまだほんの12%に過ぎない。残りは奴の手中にある。」
苦々しい口調で語ったワグナーはぼくの目を見て命令した。
「君に伝える任務は2つ。グラハム・ターナーの身柄確保とデータの回収だ。参謀本部にもこの事態に全面協力するように取り付けてある。それに伴いREXも復活し再編された。隊員にはもう声を掛けてある。何人か新顔もいるから挨拶を忘れずにな。」
「了解しました。任務に当たります。」
敬礼を返して扉に立ったときだった。
「あのときのことは済まないと思っている。特に君にはつらい思いをさせてしまった。」
「…もう過ぎたことです。彼女も気にしてはいません。」
「…そうか。詳細な資料は君のベースに送ってある。情報についても君たちに優先的に回すつもりだ。どうか頼んだぞ。」
軍に存在する数ある部隊でもREXは変わった立ち位置にあると思う。そもそも抵抗軍の特殊部隊とは、スカイネットとの戦争を通じて対ターミネーター戦を想定した作られた、言わば機械との戦いに特化した集団であり、旧来のグリーンベレーとかNavy SealsとかSASが十八番とした任務はむしろREXが引き継いでいる。中には
なのにぼくらが特務部隊と呼ばれるのは、軍の偉い人が現在の特殊部隊との区別を図ったからだとも言われている。普通の兵隊みたいに前線にも出ているのにわざわざ区別するか?、と昔は考えたものだ。
もっとも本当の意味が分かったのは、ぼくが入隊して初めて挑んだ特務―非正規任務に従事したときだった。REXには2つの顔があった。戦闘時に敵陣に奇襲を仕掛けて活路を切り開いたり、友好組織に出向いて訓練を施す独立支援部隊としての表の顔。もう1つは対テロ、暗殺、潜入工作など超法規的活動を認められた参謀本部直轄の隠密機動部隊としての裏の顔。
「どうしました隊長? もう着きましたよ。」
ヘッドホン越しにヘリのパイロットが呼びかける。気が付けば確かに足元からくる浮遊感はなかった。
「ありがとう、ご苦労様。」
ヘリポートに降り立つと、その場で補給やら整備やらで動き回っていた兵士たちがこちらに気づいたらしい。見慣れない顔が多いのからすると、今年からの参入者だろう。傍を通ると思い出したように慌てて敬礼した。
初めてこの隊に来た時と同じだ。自分たちより歳も体格も下の若造が悪名高いジャップ・ザ・リッパーと誰が思うだろう。中には明らかに見下してくる手合いもいた。回想にふけながら昔のままの内装の通路を歩き、記憶に従って隊舎で一番広い作戦会議室にたどり着く。
入口に取り付けてあるデバイスに認証番号を入力し指をスライドすると、その動きをトレースして扉が開いた。同時に部屋に詰めていた人々が一斉にこちらを振り返る。
「隊長!?」
「隊長だ!」
「お久しぶりです隊長!」
外と違って反応が良いのは、ここの連中が解散前から残っていた隊員だからだった。全員が背筋を伸ばして熱のこもった敬礼をかざすと、半年以上遠ざかっていたというのに僕の体も自然に同じ姿勢で敬礼し、ようやく帰ってきたという実感が湧いた。
互いに挨拶と握手を交わし、周りを囲まれながら部屋の中心に向かうと今度は驚きが待っていた。
「先輩?」
「おうタクミ。ご無沙汰だな。」
気さくに片手を挙げてナイジェル・ケイブスが杖をついて歩み寄る。左足には補助用器具を装着していた。
「軍に復帰したんですか? よく許可が下りましたね。」
「お前さんの上司が話の分かってくれる人でな。執行猶予付きでここに置いてもらえることになった。まあこんな体だし裏方で働かせてもらうよ。」
ポンと肩を叩くと
「しかし、良い設備だなここは。人材も一流だし…そうだ。他にもお前の顔馴染みがいるぞ。」
こっち来いよ、とナイジェルが手招きすると長身の大男と鮮やかな金髪の少女が進み出てきた。
「…カザマ? カザマじゃないか。」
「ああ、久しぶりだなタクミ…じゃなかった。お久しぶりですコガ隊長。」
律儀に敬語で返した大男、カザマ・ダイゴは3年前よりも逞しさが増した顔つきになっていた。
「いいよ別にタメで。そうかこっちに移ったのか。確かダーウィンでの合同演習以来じゃないっけ?」
「そうだな。あの時はお前たちのチームに何度ボコボコにされたことか。おかげで部隊長にこっぴどく叱られちまった。」
「けど大したものだよ。その歳でうちに入るなんて滅多にないから。」
「お前が言うなよ。」
軽口を叩きあっていると、横からもう1人の新参者が割って入ってきた。その瞳を見て照明が少し暗くなった気がしたのは、多分気のせいじゃない。何かを感じたのかカザマがさりげなく引き下がった。
「シェリーだね?」
「ええローガン。」
シェリーと呼ばれた女性兵士は無表情にぼくを見返す。まだ少女と言ってもいい幼い可憐な顔立ちの上にある大きな瞳は海のように青く、思わず吸い込まれそうなほど深かった。肩まで届いた金髪や細い体躯と相俟ってどこか気品のようなものも感じられ、中世のお姫様がそのまま飛び出した感じだ。笑えばさぞかし可愛らしいことだろう。もっとも本人はほとんど省エネ状態に徹しているが。
「相変わらず連れないな。ってかそろそろローガンじゃなくて名前で呼んでくれよ。」
「ごめんなさい。日本人の名前って言いにくいから。」
ぼくより2歳下であることを差し引いても、再会するまでの年月は彼女を大人に近付けていた。わずかであるけど鼻に香水の匂いが入り込んでくる。
「それに私はシェリー・セシルになった。国籍もアメリカに変わったの。」
「…いい名前だね。中佐といえども美人には弱いってことかな。でも君が入ってくれるのは心強いよ。これからよろしく頼む。」
「こちらこそ隊長さん。」
含んだ笑みを浮かべたシェリーが何気なく右手を差し出す。握り返すと華奢な容姿に反してその手は兵士特有の角張った感触がした。出会った時から変わらない肌触りだ。ふと周りを見やると随分とみんな変わったものだと思う。皺が増えた者。傷が出来た者。ぼくが不在の間もREXの仲間たちは必死に戦場を掻い潜ってきたことは容易に判別できた。今更ながら罪悪感がこぼれ出る。
「みんなすまない。1年前、ぼくが犯したミスのせいで部隊をバラバラにしてしまった。あのときのことは死んでも許されることじゃないと思ってる。けど、ぼくは許されるつもりは毛頭ない。これから出向く任務も償いの気持ちは一切持ち込むつもりもない。ぼくはこれからは任務に私情を持ち込むことは決してしない。その上で言うことにする。アンタたちの死に場所はぼくが決める。」
決意をもって紡ぎ出たぼくの拙いボキャブラリーの告白は、どうやら隊員たちに上手く届いたようだ。その場にいる全員が誰が言うでもなく踵をそろえ、敬礼する。ぼくはそれに安堵して敬礼を返した。
「…ありがとう。では早速だけどこれからブリーフィングに移る。けど、その前に1人新人を紹介しておこう。お入りください。」
入り口に向かって話すと1人の細身の人物が扉をまたいで現れた。途端に周りがざわざわと騒ぎ出し、そこかしこから口笛ではやし立てる者も出てくる始末だ。そんな中、カザマがポツリと呟いた。
「アキラ?」
「久しぶりカザマ。また身長伸びた?」
きめ細かい栗毛を振りまき登場したナルミヤ・アキラはフライトジャケットを羽織って、変わらない冷笑的な態度を取りながらぼくらの前に現れた。