「久しぶりカザマ。また身長伸びた?」
豊かな栗毛を振りまき登場したナルミヤ・アキラはフライトジャケットを羽織って、変わらない挑発的な態度を取りながらぼくらの前に現れた。
「お前も呼ばれたのか?」
顔を綻ばせながらカザマが質問する。そこにぼくは忠告を投げかけてやった。
「言葉に気を付けたほうがいいよ。目の前にいるのは大尉殿だから。」
「大尉!?」
「そういうこと。今回の作戦に参加する折に昇進してね。」
「し、失礼な発言をお許しください大尉殿。」
「ん、よろしい。でも、会えて嬉しいよ。よろしくカザマ軍曹。」
大きくも小さくもない会議室。無機質な机、無機質な椅子、無機質な照明。無機質で彩られた空間の中央に同じくらい無機質な格好の男が3人並んでいた。と言っても、真ん中の男は椅子に手足を括りつけられ、残りの2人はその両側を固めて男に厳しい視線を寄越している。
それだけならばゲイのポルノクリップでも始まるんじゃないかとも思うが、男の前には簡素な会議室には似つかわしくない連中が居座っていた。情報管理局の分析次官、参謀本部の防諜室長、国家間安全保障委員会の情報監察補佐官、抵抗軍特殊作戦コマンドの作戦担当幕僚長などといったテロリストが見たら涙して特攻にかかるほどの豪華キャストの目白押し。その中にはワグナー中佐も並んでいた。
「この音声が流れているということは、我々の使者は所期の目的を達成したということでしょう。まずは礼を言う。ありがとうテイラー。」
恐らくテイラーであろう拘束された男性は無表情のまま部屋に響く音声―正確には目の前に置かれた端末から流れる―を聞いている。テーブルのお歴々も一様に沈黙を保ったままだ。
「そして恐らくは彼の前に並んでいる方々に、このような形で話さなければならないことをお詫びします。何しろやむを得ない事情があったものですから。」
「御託はいいから早く本題に入ってくれ。我々も暇じゃない。君の名前と通信周波数を言わなければこの男はさっさと警察に突き出していたのだからな。」
防諜室長がテイラーに鋭い目線を飛ばしながらダミ声で牽制を発する。しかし、テイラーは相変わらずの鉄面皮を通したまま身じろぎもしない。
「それは失礼をいたしました。では早速こちらの要求をお伝えします。一つ、合衆国が管理する全てのガンツの暗号鍵をこちらに引き渡すこと。一つ、マリナ・オーグランの遺体を引き渡すこと。この2項が承諾されない場合、現在我々が保有する機密情報を世界に公開します。」
ザワ、とスクリーンの中に動揺が走り、これまで渋い顔で聞き入っていた次官たちがそれぞれの反応を見せた。顔を青くする者、苦虫を噛み潰したような表情の者、関係各所に連絡を取ろうとする者。衝撃の発言からしばらくして立ち直った防諜室長が
「…横暴に過ぎるとは思わんかね。」
見るからに焦っていた。もう少し刺激を加えれば発作でも起こしそうだ。
「数日前に我々が入手した情報によると、貴職らは我々をテロリストと断定したそうですね。何の騒ぎも起こしていないのに犯罪者呼ばわりされるのはいささか不服ですが。」
「軍の重要機密を独断で占有し、姿を晦ませた時点で立派な重罪人だろう。」
「それが不服だと申し上げているのです。残念ながら我々の目的をここで語ることはできません。ですが、我々は軍に絶望して去ったのではない。取るべき行動を経た結果、こうなったのです。」
「では、こうして私たちを脅しているのも君は結果だと言い切るのか?」
「恐れながらそうなります。かつてのモースルの虐殺以来、抵抗軍の勢いは衰えスカイネットの支配が再興しています。ここで手を打たないといずれは取り返しのつかないことになる。いわば我々は軍ではなく人類存続の一助となるべく行動しているのです。」
「傲慢な物言いだな。君らしくない。」
突然口火を切ったのはワグナー中佐だった。どっしりと椅子に腰かけてはいるが、その目は一部の隙も与えていない。
「それに疑問もある。仮に我々が君の要求を呑んだとして、前者の譲渡を引き受けたとしよう。しかし、彼女の遺体は別だ。マリナ・オーグランは3年前のヨコスカ基地防衛戦で死亡、遺体の行方は不明。爆撃のせいで粉微塵になったなんて噂も出回ってる。つまりは物理的に不可能だ。」
「噂ではでしょう? 参謀本部の最高機密特別秘匿区分情報にアクセスすれば無理ではありません。もっとも、多少の時間はかかるでしょうが。」
「ダメだ。私はもちろんこの場にいる人間にその権限はない。」
「権限の持たない者でも構いません。彼女の居場所を知っている者であれば誰でも。」
その言葉の意味を悟ったのか中佐は悔しそうに歯噛みする。
「…彼はもう軍を離れた。ただの一般人を巻き込む道理はない。」
「貴職らは何か勘違いをされているようだ。これは交渉ではなく勧告です。どちらにしても、我々が手を下さなくともこのままでは世界はカオスに包まれる。しかし、我々ならそれを食い止める可能性を持っています。期限は3週間。それまでに最善の選択をして頂きたい。」
「待て!」
「もう一度申し上げますが、我々は私利私欲のために動いているわけではない。人類のために行動を起こしたのです。そのためならどんな犠牲も厭わない。その覚悟を知らしめるべく、使者はこの場で自決します。」
すると事前に示し合わせたかのようにテイラーが突如苦しみだした。手錠をガチャガチャと鳴らし、頭を縦横無尽に振り始める。両側の警備員が自決を防ぐために男を取り押さえたが、震えは一層増すばかりだ。
「願わくばこの犠牲を以て我々と貴職らに神のご加護を…」
何らかの電子音が聞こえると同時に、テイラーの頭と端末が小さな火花を立てて飛び散った。
映像が途切れ、ブリーフィングルームに明るみが戻る。ワグナー中佐が送った資料を見たわけだが、REX部隊の隊員は押し黙ったままだ。先に進めるべくぼくは補足事項を説明する。
「…というように唯一の手掛かりは自分から消滅した。もちろん発信源の特定もしたけどブラフだったよ。」
「とんだサイコ野郎だな。」
ナイジェルが仲間の気持ちを代弁する。職業柄人の死は見慣れてるけど、どんな人間であれ脳みそや内臓をぶちまける姿は気持ちのいいものじゃない。
「じゃあ今回ぼくたちが参謀本部から受けたハタ迷惑な任務の原因を見ていこうか。」
再び暗転して1人の男性のホログラフが出現する。角ばった輪郭に彫りの深い顔立ち。これでもかと寄せられた眉間とその下に鎮座する猛禽類を髣髴とさせる目つき。THE・強面といった感じで、これをタイムズスクエアに放り込んだら、目線だけで睨み殺される市民が続出するだろう。
「スティーブン・セガールとゴルゴ13を足して2で割った感じだな。」
「服役後にスカウトされたっぽい。」
カザマとシェリーが第一印象の総評を述べる。
「そう、身長も190cmはある。どう見ても目立って仕方ない外見だ。それでもこのグラハム・ターナーは情報管理局でもトップクラスの実力者に挙げられている。現に全く所在を掴めてない。」
「隊長さん、質問があるんだけど。」
アキラが挙手してぼくを見据える。数日前まであんなにパニクってたのに、今はそれを微塵も感じさせない。年月が経つに連れて彼女も落ち着きというものを会得したのだろうか。
「はい大尉。何でしょう?」
「このターナーが言ってたことだけど、我々が保有する機密情報って何なの? 配られた資料にも載ってないんだけど。」
手元の紙を指で弾く姿は、わけもなくぼくに部下の失敗を追及する辛辣な女上司のイメージを浮かび上がらせた。やはり1年間の生活で培われた心理的な重圧はすっかり染みついてしまったようだ。
「それについてはこれから流す映像から察して頂けると思います。」
ぼくはリモコンを押して次のビデオを再生した。
「始まりは2年前のある刑務所でした。」
そこにあったのは黒い横線が引かれた白い壁だった。線には0~9までの数字が並び、端っこは不揃いに欠けている。そこにはオレンジ色の囚人服を纏った男たちが並んでいた。
「次、4027番!」
そう言って出て来たのは2m近い巨漢だった。胸板は分厚く腕も丸太のように太い。にじみ出る威圧感は歴戦の格闘家か何かと思わせるほどだ。
「どうした4027番! さっさと並べ!」
看守が怒鳴り声を上げるが4027番は反応しない。ただ、声の方向に顔を向けただけで全く動く気はないらしいが、その首を捻った仕草は何とも機械じみた違和感を覚えさせた。
「何を突っ立っている! いいから早く―」
「もう無理だな。」
そう短く呟いた4027番は突然行動を開始した。まずは業を煮やして襟を引っ張った看守の腕を掴み、無造作に投げる。驚いたことに決して小柄じゃない看守は軽々と5mは転がった。唖然とした他の看守たちをよそに、4027番は部屋の出口に向かって歩き出す。
「何をしている4027番! 看守に暴行を加えるなんて正気か!?」
しかし、4027番は警告を無視して頑丈な扉に近寄り、ドアノブに触れる。無論、暗証番号を打ち込まない限り大の大人が10人がかりで挑んでもビクともしない扉は、巨漢でも開けられるはずがない…と思われた。4027番は腕に少し力を込めただけで、いとも簡単に扉をこじ開けた。あまりにも強引な開け方に火花が飛び散るけど4027番が気にする素振りはない。そのまま刑務所の庭に出て真っ直ぐ門を潜ろうとする。
「止まれ! さもなければ撃つ!」
守衛が小銃を構えて威嚇するが4027番が止まる気配はない。
「止まれって! クソッ!」
引き金を引いて吐き出された弾丸は狙い違わず脱走者の右太ももを貫通する…はずだった。ギンッという音がしたかと思うと、恐るべきことに4027番の身体は弾をはじき返したのだ。信じられないといった顔をした守衛は2発、3発と撃ちこむが、結果は同じだった。自棄になり今度は胴体や頭部を狙って撃ちまくると、さらに驚愕の事実が判明した。銃弾を食らってボロボロになった服がはだけて落ちると、そこにあったのは血が噴き出す肌ではなく、チタン合金で構成された金属骨格であり、頭部から覗くのは剥き出しの筋組織ではなく赤い眼光を放つターミネーターの鋼の髑髏だった。