「以上が奴が奪った機密情報の一部となる。」
刑務所の映像が終わり、人体模型図の画像に切り替わる。いや、それは人体模型ではなくターミネーターの設計図だった。基本的な外観はT-600と変わらないが、明らかにダウンサイジングしており、構造も細かいが一部変わっている。
「名称はT-800。現在スカイネットで配備が進んでいる新型ターミネーターで、人間社会に溶け込む目的で開発された潜入用アンドロイドだ。さっきの映像から分かると思うけど、コイツの特徴は人間の皮膚で体を覆ってること。それもゴムみたいな紛い物じゃなくて本物の人間から培養した本物の皮膚を使ってね。」
「じゃあほとんど見分けがつかないってことか!?」
画面に食い入っていた一同のうち、カザマが動揺を隠せずに叫んだ。
「そうなるね。驚くことにこのタイプは汗もかけるし、声帯模写もできるらしい。さらに本体のチタンの耐久性も上がってるんだ。実際、さっきの個体は脱走後に警察に囲まれたけど対物ライフルを使ってようやく破壊できたと報告されてるよ。ちなみに稼働時間も100年は持つらしい。」
ますます広がる動揺はささやきに変わり、皆が皆顔を突き出し合って口論し始める。無理もないと思った。T-シリーズの進化は旧来の科学水準と比較しても異常なほど進歩を遂げているけど、今回はその度合いが違い過ぎる。
「でも、この機体の本当の恐ろしさは性能の高さじゃない。」
ふとアキラがこぼした一言に周りの視線が集中する。けど、彼女は気にする風もなく、そうでしょ?と目で問いかける。相変わらず頭の回転が速いな。ぼくはそれに頷いて
「おっしゃる通りです。T-800の最大の武器は人間に擬態できるという事実ということでしょう。みんなも考えてみてくれ。昨日まで仲良くしていた隣人が、実は自分を暗殺するために送り込まれた殺人マシーンだったら。」
「…なるほど。集団ヒステリーなんて目じゃないってか。」
ナイジェルが後を引き取って嘆息する。他の隊員も段々その脅威が理解できて来たようだ。
「ある意味核兵器よりタチが悪いわね。」
シェリーも手を形の良い顎に添えて同意する。その瞳はやはり余人に彼女の思考を読み取らせにくくしている。
「いい例えだね。コイツはただ存在するという噂が出回るだけで、いくらでも人々の恐怖心を煽ることができる。幸いにも刑務所の件は秘密裏に処理されたけど、潜伏しているのはあの一体だけだったとは限らない。多分主要な都市部にはすでに送り込まれたと思っていいだろうね。」
ブリーフィングを締めくくるためにぼくはスクリーンの前に立って全員を俯瞰する。
「もしこの事実が世に広まったら、世界は大混乱に陥る。最悪の場合、互いが互いに疑心を抱くようになって抑制が効かなくなり、人間同士で殺し合う事態になりかねない。下手をすればルワンダやホロコーストを超える大量虐殺を引き起こすことにもなる。それを防ぐためにREXは極秘でグラハム・ターナーの拘束任務に就く。情報管理局によるとハワイのオアフ島で奴を目撃したとの情報があったみたいだ。今オアフ島は太平洋の中でも激戦区に数えられる場所になってる。ぼくらは現地軍の支援と言う形でここに行き、戦闘も行うから心して掛かってくれ。」
ブザーが鳴り、ターゲットが襲い掛かる。ぎこちない動きで銃を構えたターミネーターがぼくに狙いを合わせ弾を吐き出す。余りにも稚拙な動き―これでも10%はバージョンアップしている―はぼくの目には弾道の予測線イメージだけでなく、反動で姿勢がブレる様子まで分かってしまい、いとも簡単にかわすことが出来てしまった。そのままダッキングして射線から逃れ、何気なく赤いガンツソードを投げると、頭部に突き刺さる。
その間に接近してきた一体に距離を詰め、マシンガンを奪い取って撃ちこむ。油圧システムで駆動するターミネーターのパワーに生身で立ち向かうのは無謀と言われるけど、ちょっとしたコツさえつかめばできないわけじゃない。
さらに背後から撃ってきたもう一体に向けてマシンガンを数発ぶっ放すけど、機関部が過熱した状態で持ち続けるのは流石にキツい。ちょうど弾切れになったそれをとっとと捨て、ぼくは火線を避けつつスクラップになった1体からガンツソードを引き抜き、すれ違いざまに関節とシャーシの何本かを切断してやる。
頑丈にできたボディは数秒もったけど、銃撃の反動によって呆気なく崩れ落ちた。その後も律儀にも何とか動こうと踏ん張っていが、四肢の関節が完全に壊れてはどうしようもなく、虚しいモーター音を鳴らすばかりだった。
「やっぱり、本当みたいだな。」
防弾ガラスでくぐもっているけど、聞き慣れた声に思わず反応する。訓練ルームの鋼鉄製のドアから現れたのはやはりアキラだった。心なしかイラついてるように見える。なるべくぼくは笑顔で対応した。
「どうかなされましたか大尉?」
「今は止めて、それ。あと気色悪いニタニタ笑いも。虫唾が走るから。」
「…分かった。それでこんなところに何の用?」
まだ動き続けるターミネーターにとどめを刺してからチップを抜き取り、部屋を出た先にある訓練シュミレーターに読み込ませる。燃料電池の伝達効率から照準の補正まで改善事項が山ほど表示される。これじゃほとんど訓練にならない。やっぱり鹵獲機のリプログラミングはまだ実戦投入できるレベルには達してないばかりか、訓練にも使えるかどうか疑わしい。
「ちょっと確かめたかったってところかな。かのジャップ・ザ・リッパー様はどんな訓練をなさるのか。」
「その割にはあんまり興奮してくれないね。時々デモンストレーションでこれやるとギャラリーは大ウケなんだけど…っと、ありがとう。」
キーボードに修正データを入力しながら放られたペットボトルを受け取る。恐らくわざとだろうが、ぼくの一番苦手なグレープフルーツ味だった。仕方なく口をつけると独特の苦みと酸味がぼくの味覚を襲撃してきた。
「事前にアンタの上官から戦闘時の動画やら作戦記録やら散々見させられたからね。あのマスクの趣味はいいとは言えないけど。」
ぼくがREXに入隊する際にすぐに渡されたのは、技術部が開発したというフルフェイスタイプの索敵・分析バイザーだった。何でも暗視ゴーグル、双眼鏡、各種レーダーの他にウェアラブルコンピュータ機能を搭載し、至近距離で手榴弾が爆発しても傷一つ付かない優れものだそうだが、要はぼくのルックスが「英雄的」でないという何とも情けない理由から急遽制作されたらしい。お陰でぼくがジャップ・ザ・リッパーであるというトップシークレットは守られている。
ただ、ガンツスーツに合わせた黒を基調とした表面に銀色の牙を想起させる装飾が光り、プレデターのそれと似た双眼型のサブカメラが睨みをきかせるデザインは、設計者はどこかの電波に頭をやられてるとしか思えないくらい中2臭い。
「あれは上からの命令だったんだよ。」
「どーだか。アンタ楽器は出来るくせにファッションのセンスとかは壊滅的だからね。」
悔しいが一理あった。事実、彼女に教えられるまで世の男子高校生は靴を2足以上持っているのは当たり前なことを知らなかった自分を恨めしく思う。
「いいだろ。つかみは良かったんだから。」
不思議なことにマスクのデザインは予想より高評価だった。ワグナー中佐の弁ではミステリアスな雰囲気が一切素性が不明のジャップ・ザ・リッパーに合うらしく、ネット上では「正体はリプログラミングされたターミネーターだ」、「実は女」、挙句には「マリナ・オーグランがやむを得ない事情で顔を隠してる」という噂が出回る一方、所詮はプロパガンダの産物に過ぎないなど正反対のデマも流れている始末だ。
ちなみにアキラは後者で、セーフハウスでTVを見てた時も
「くっだらね。ロボット相手に刀で戦うってどこのマンガの世界?」
とバドワイザー片手に愚痴ってたくらいだ。刀で弾丸を弾く映像なんか合成と思われるのも無理はない。実際のところ、ぼくだって単純な反射神経で弾を切っているわけじゃない。何度も弾丸の雨を浴びて鍛え上げた超人的な視力があっても、世の中には出来ないこともある。
ループを経験した者はタキオン粒子の波長と脳波がシンクロすることで、ある種の予知能力が働き、死の繰り返しという強烈なストレスからくる反動で肉体が眠らせていた並外れた直感力と空間認識能力が発揮されるそうだ。これらが相乗することで敵の
「そういえばさ、聞きたいことがあんだけど。」
「んー?」
ぼくはキーボードを叩き続けながら聞き流す。ナイジェルに今度使う新しい訓練用のターミネーターの補給及びチップの改良と関節部分の補強を要請する通知書を送る。また「お前の無茶な注文には付き合いきれない」、「弾をかわす発想の訓練なんてイカレてる」なんて文句付けられると思うけど、この際無視。長い間遠ざかっていた戦場の感覚を取り戻すには、まだまだ足りない。
「さっきの映像で中佐が話した『彼』ってタクミのことじゃないの?」
腰に下げたピストルで自身の頭をぶち抜くのを我慢したこのときのぼくを自分で褒めてやりたい気分だった。すぐにでもループしてやり直したいことに変わりはなかったけど、同時に彼女の放散する鋭い空気がぼくをその場で縫い止めている。
「何でそう思ったの?」
一応理由だけ聞くとするか。
「ちょっと思い出したことがあってね。3年前、基地が襲われた日の前日にアンタがマリナ・オーグランと一緒に居たことを。あのときは混乱してて何があったか分からなかったけど、やっぱり妙に感じたからな。」
当時他人の気持ちに鈍感だったぼくも、アキラの態度が妙に映っていた。今にして思えば、あれは好意の裏返しだったのだろうか。
「それはあのときに偶然目を付けられて案内係をさせられてたって説明したじゃないか。」
「本当にそれだけ?」
いつの間にか背後に立ったアキラが甘い声でしなだれかかってきた。背中に当たる柔らかな感触と鼻腔をくすぐる香りに思わず生理的に反応しそうになる体を何とか抑えつける。
「まだ何か隠し事があるんじゃないの? 例えば…恋人だったとか。」
その瞬間、体中の熱が一気に冷め、代わりにとぐろを巻いた黒い何かがぼくの腹の奥で動き始める。爆発するほどのエネルギーを秘めているのに凍り付くような毒を放つこの奇怪な感情を、ぼくは知っている。3年前、彼女の墓で経験し戦うたびに濃くなっていく陰とも陽とも言えない感情。1年前の作戦をきっかけに前線を退いたのを皮切りに薄くなっていったけど、やはり無くなってはいなかったみたいだ。
「冗談じゃない。あの女は裏で軍の機密を売り渡して、ずっとぼくらを騙していたんだ。あの売女は人類史上最悪のクズだ。」
再び湧き出し始めたものを振り払うかのように、思わず怒鳴ってしまった。アキラも驚いてしまい、首の前で交差した腕を解いて後ずさる。
「変わったねタクミは。」
「え?」
「男って戦争やってると、なんか生き生きしてるように見えるんだよな。アンタだってそう。さっきのスパイが死んだ時を見ても平気そうにしてると思ったら、今みたいに激情的にもなる。コロラドで暮らしてたころとは別人みたい。」
「仕事だよ。そんなのいちいち気にしてたらこの業界ではやっていけない。君だって死体を見るのは初めてじゃないだろう?」
当たり前の返しをしたはずだったけど、何を思ったのかアキラは無言だった。しばらく気まずい沈黙が続き、少し震えた声が聞こえた。
「…やっぱり変わったよ、アンタ。そんなだからアイツも…」
半ば独白のように流れたそれは、彼女が踵を返した拍子にかき消された。ぼくはその続きを尋ねようとしたけど、訓練場を出ていく背中が纏った哀愁がそれを許さなかった。
アキラが出て行った後、ナイジェルから通知書の返信が届き、開けようと画面に向き直ったときだった。隅っこに反射した自分の顔。何の変哲も特徴もない顔だったけど、無性にムカついたぼくはコンソールを思いっきり殴った。