後日、抵抗軍の勝利により解放された地区を調査したREXは怪しい
『で、これが初陣の報酬というわけかね。』
いくつかの基地を中継した秘匿回線で、ワグナー中佐の嘆息が映る。その手には1冊のノートが収まっていた。
「申し訳ありません。施設内のデータは既に消去されており、回収した機材もきれいさっぱりでして。おまけにどこからか情報が漏れたようで、地元のマスコミが嗅ぎ付けてきましたのでやむを得ず残りは破棄しました。」
『まあいい。中身は見させてもらった。しかし、プロメテウス計画か。旧情報コミュニティの資料も漁ってみたが、該当するプロジェクトは見当たらなかった。』
「ですが、ノートにグラハム・ターナーが関わってると記されている以上、唯一の手掛かりには変わりありません。引き続き調査の許可を要請します。」
中佐は何ページかめくり、
『分かっている。幸いにもちょうど君たちの次の出張先も決まったからな。カリフォルニアの支局から奴の姿を確認したと連絡が入った。尾行の結果、ヨセミテ・バレーで未確認の建造物を発見した。付近には鹵獲したT-シリーズを警備に使っているようだ。』
「具体的にどんなプランで攻めますか?」
『今回は合衆国の公共区域が舞台だから、あまり事を荒立てたくはない。そこで君には現地に潜入してもらう。』
ぼくは少し大げさに肩をすくめて見せた。
「鬱蒼と茂る森林と切り立った断崖の中を行軍しろと?」
『奇襲、隠密任務は君の十八番だろう。心配するな、警備の巡回ルートは算出している。…ところで、ナルミヤ大尉の様子はどうだ? 部隊には慣れたのか?』
「はい。オアフ島の実地試験は合格点でした。一部の部下はファンクラブなんか作ってますよ。」
『それは何よりだ。君と彼女を最初に引き合わせたときは、私の前で口論を始めるものだから先が思いやられたよ。』
それについては本当に頭が下がる思いだった。
「中佐の寛大なご配慮には感謝しております。あの時は見苦しいものをお見せしてしまいました。」
『まあ喧嘩するほど仲がいい証拠だ。これからも頑張ってくれ。』
苦笑を返事にしたところで通信が切れる。凝りをほぐすために腕を伸ばし切ったところで、通信室が開き足音がぼくの後ろで止まった。
「で、次の仕事はどうなったの?」
「カリフォルニアだってさ。といってもぼくの単独行動になりそうだけどね。」
アキラがため息をついて座席に寄りかかった。
「何だ、つまんねえ。折角だからサンディエゴに観光しようと思ったのに。」
「『トップガン』のロケ地だったっけ。でも君、スペイン語喋れるの?」
「アンタは…中国語なら出来たんだよな」
あざとく資料から見つけ出したようだ。スペイン語が話せたなら通訳にさせられたらしい。危ない危ない。
「以前アジアで任務があった時に覚えてから、まだ2年くらいだから大丈夫だよ。お望みならアラビア語も出来るけど。」
「英語と合わせると4ヶ国語か。ここで働くより国連にでも入ったら?」
「アキラだって話せるだろ。確かロシア語とフランス語だっけ。」
「出来るけど使う機会ねえよ。それに色んな部署たらい回しにされたくないし。」
こうはぐらかしているが、実際のところアキラがその気になれば何にでもなれると思う。余談になるけどREXでは階級は大して意味を為さない。何せ瞬き1つで命取りになる戦場のツアーガイドから、世間の皆様には公表出来ないくらい破廉恥極まりない任務に就くことが前提の職場だ。戦闘技術は当然、頭も回らなければ責任の代償を払うのは自分の命だけでは足りなくなる場合もある。
故に実力主義。これに完徹する。アキラより階級が下なのに隊長をやっているぼくが良い証拠だ。だけどこれはアキラを貶めている訳ではない。資質だけでも彼女は金の卵だ。REXに入るには競争率数十倍の過酷な選抜試験を受ける他に、他薦によるスカウトがある。
ただ、後者で選ばれるケースは極々稀だ。詳しい基準は分からないけど即戦力で編入されるなら
でなければジャケットに輝く
改めてその怪物的な才能に畏怖と敬意を抱いたぼくの肩を、不意にアキラが掴んで何か囁こうと顔を近づけた時、もう一度扉が開いた。
「…お邪魔でしたか?」
噂をすれば影が差す。奇しくもアキラと同じ経緯で入隊したシェリーが無表情のまま小鳥のように首をかしげる。それでも不気味に感じないのは彼女の生来の独特な雰囲気のせいなのだろうか。
「いや、何でもない。タクミ、また今度な。」
素早く離れたアキラは爽やかな笑顔を振りまくと、ぼくの肩を一撫でして部屋を出て行った。入れ替わりにシェリーが音も立てずに、席を回したぼくの前に歩み寄った。
「何か用事でもあった?」
「いや、大したことじゃないよ。そっちこそ何の用?」
「アナタが呼び出したんでしょう。次の任務を伝えるって。」
腰に手を当てて呆れ返るシェリーに詫びて、ぼくはカリフォルニアの件と作戦会議を開く旨を話した。しかしながら、ぼくの意識は開きっ放しの扉の方ばかりに向いており、シェリーに振り向く直前のアキラがほんの一瞬目の奥に暗い炎を揺らめかせたように見えたのが、瞼の奥からしばらく離れなかった。
その日は地中海性気候のヨセミテには珍しく大振りの夜だった。木々の合間を伝って落ちてくる雨の中を、ぼくは腰を低くして泥と落ち葉を踏みしめて進む。すぐ傍らでリスの仲間が雨宿りの場所を求めるように走り去った。
潜入任務の大半は歩きだ。目的地に着くまでとにかく歩き倒す。その証拠にどの特殊部隊にも、成人男性に匹敵する重量の装備一式を背負って1日に何時間もぶっ続けで歩かされる訓練がある。ぼくも鳴り物入りで入隊したクチだけど、固いコンバットブーツのせいで足裏の至るところにマメが出来た記憶があった。挙句、そのマメが潰れた足で遠泳しろと言われた日には本気で泣きたくなったものだ。
アキラのエアバイクに便乗してからの
ぼくは近くの木陰に紛れてアンプッシュし、場に気配を同調させホルスターにしまったガンツソードを握った。ガンツスーツの上に羽織ったタクティカルベストに雨粒が撥ねる。キュラキュラとキャタピラを鳴らして迫ったT-100は停止して首を回転させると、何もなかったように通り過ぎていった。
念のために周囲を確認して殺していた息を解す。運が良かった。ここで見つかったら
ぼくはREXに入ってから、ワグナー中佐からよく単独での潜入任務をやらされた。普通、兵隊の最小行動単位は
もちろん、偵察には専用の技能や道具が必要で、厳しい行軍に耐えるためのスタミナも要る。しかし、ぼくらのループ能力はこんな場面でも役に立った。使い方はとっても簡単。敵に見つからないようにお進みください。運悪く見つかってしまったら、撃ち殺されるなりご自分で頭をぶち抜くなりしてください。目が覚めたら前回の反省を踏まえて、より安全なルートを開拓しましょう。
今日のぼくはこれを3回もやった。お陰でターミネーターの警戒網に引っかかることはなく、それを監視している秘密基地の連中にも気づかれてはないだろう。
その後20分ほど森の中を這うと木の数が減り、巨大な岩肌が現れた。高さだけでもビル40階分に相当しそうなほどだ。
「この辺りか…」
ぼくは腰のバックパックから端末を取り出し、岩の表面に設置した。画面には音響ソナーが一定の波紋を広げ、内部の構造を調べている過程が表示される。喉に指を当て、ぼくはまだ滞空中のアキラにナイジェルと回線を繋げるように頼んだ。
「先輩どうです? 個人的にはここら辺だと思うんですけど。」
『ああ、ちょうど解析が終わった。どうやらこの中は天然の洞窟らしいな。何個か入口も分かったが、お前のところとは少し遠い。一番手近なゲートを教えてやる。』
からかい気味の明るさを滲ませたナイジェルが指定した場所は、ぼくの頭上30mほどにあるダクトの排気口だった。ナイジェルに軽く文句を言った後、屈伸運動を済ませたぼくはスーツに力を溜めて10mほど飛んでちょっとした出っ張りを引っ掴む。上腕二頭筋を使って体を引っ張り上げ、わずかなくぼみを指でつまみ、あるかないかの足場を探す。
夜の雨で敵の目と耳が塞がられるのは結構だけど、思ったより勢いよく降っているせいで岩肌が滑りやすくなってしまっている。ヨセミテ・バレーの多くは花崗岩だから風化するとかなり崩れやすくなるせいか、クライミングの訓練を受けたぼくも少し苦戦した。さっきなんて漬物石ほどの岩塊が脳天目掛けて落っこちて、危うく地面に真っ逆さまになりそうだった。
どうにか指定ポイントまで上ると、目的の排気口は巧妙に地層模様を偽装した縦・横幅1mほどの穴だった。腰に引っ掛けたFN SCARを先に入れ、自分も体を捻じ込ませる。暗くて狭い前後方向しか動けない細長い空間を、スクリーンに投射された音響ソナーと勘を頼りに右に左に進んでいく。
ネズミの巣窟と化した埃まみれのダクトを苦心して、複雑怪奇のルートを匍匐前進するとようやく出口らしき格子状の金網を見つけた。取り外して安全を確認し、静かに降り立って付近の直方体のオブジェクトに身を寄せる。
ぼくがダクトから出た先は、上下左右がコンクリートで固められそこかしこに電気盤や装置、パイプが敷き詰められた場所だった。ぼくを隠している直方体も大学で使われるスパコンだったりする。言われなければとても洞窟の中とは思いつかないほどの立派な研究所となっていたことに呆気にとられたぼくは、右側のエレベーターから現れた登場人物に気づくのに少し遅れてしまった。
談笑しながら歩いてくる警衛2人。武装はFA-MAS。耐弾装備は上着のベストのみ。そしてこちらには気づいていない。小銃の構えを崩し、このままやり過ごすのが無難と判断して通り過ぎるのを待っても良かったが、次第に明瞭に届いてきた会話の内容にぼくは興味を引かれた。
「ところで聞いたか。今管制室に居座ってる奴のこと。」
「ああ、例の熊男だろ。お陰でオレのシフト延長されちまったよ。」
「文句言うなよ。今だって特別手当もらってるんだぜ。普通の給料からは考えられねえ額だ。」
「そのことなんだが…オレ、そろそろ辞めようと思ってるんだ。」
「何でだよ? 確かに怪しいがおいしい話には違いねえだろ。」
「噂なんだけどよ。ここに侵入者が来るらしいんだ。」
「侵入者? 誰がだよ?」
「分からん。管制室を通りかかったら熊男が喋ってるのを偶然耳に挟んだ。」
一体何で? さあ…といった押し問答が繰り広げられたけど、突き当りの階段で二言三言話して警衛は別れてしまった。ぼくは監視の気配を確かめながらその跡を追い、階段を上った側の男が見えなくなった瞬間にもう一方の奴に接近した。
呑気に一服している隙を見計らって背後から羽交い締めにし、素早く物陰に引きずり込む。男は何が起こったか分からずもがいていたけど、ナイフサイズに縮めたガンツソードをちらつかせたら大人しくなってくれた。
「な、何だ貴様!?」
「声を抑えろ。管制室にいる奴とは誰だ。」
「し、知らん。我々とは別の時間帯で動いてるし、顔も合わせたことがない。」
男は挙動不審でガクガクと四肢を痙攣している。
「管制室はどこだ。」
「左のエレベーターから行ける。最上階だ。だが、入るにはパスワードとIDカードを読み込ませなきゃならない。」
「教えろ。」
「分からない。1日ごとに変更されるがオレの業務に関係は…」
口を塞いで左手の甲を突き刺した。男が声なき悲鳴を上げ四肢の動きも激しくなる。動きが収まったのを見計らってもう一度口を開かせた。
「言え。」
「X、Xレイデルタ1だ!」
Xレイデルタ1。口中で繰り返したぼくは男の頸椎を絞め上げた。再び暴れた男のタップを無視してひたすら落ちるのを待つ。何秒かして意識を手放した男はぐったりと横たわり、ぼくはそいつのベストを物色しカードを入手した。
そのまま監視カメラや他の警衛の目を盗んで、慎重に物陰を縫ってエレベーターに乗り込み最上階に到着する。ドアが開くとそこは照明が点いていなかった。暗視ゴーグルを作動して銃を構えたまま階を捜索すると、物々しい扉の前に2人の警衛が厳しい視線を巡らせていた。下で尋問した奴とは明らかに雰囲気が違う。恐らくはターナー側の兵士だろう。目の運びや発する気が錬度の高さを窺わせる。どちらか一方を始末してもすぐに気づかれてドアをロックされるに違いない。
どうするか悩んでしばし。ぼくはゴーグルの光量を心持ち上げてガンツソードを投擲した。15mは離れていたため刀は少し下方に飛んだけど、右の男の鼻筋に命中してくれたから良しとする。隣の同僚を闇からの奇襲で殺られたことに一瞬注意を外したもう1人に、ぼくはFN SCARの筒先を合わせてトリガーを引いた。サプレッサーを付けてるものの発砲の光が完全に消えるわけじゃない。戦いで鍛えられた動体視力は、ノズルから光が発した一瞬の中でも男の脳漿が壁にまき散らされた光景を捉えていた。
XガンやZガンが戦争の主役になって久しいが、偵察などの隠密性の高い作戦では未だに金属の弾と火薬を使う銃が幅を利かせている。旧来の戦争は人同士が相手だったが、今じゃ何十発食らっても立ち上がる鋼鉄の化け物がその代わりだ。だから破壊力の高いガンツの武器が流行るのは自然の成り行きと言ってもいいんだけど、その破壊力やサプレッサーも付けられない規格のせいで、
扉に設置されたテンキーにパスワードを入れカードを通す。プシュ、と開いた先の空間もやはり暗闇だったけど、ぼくはそこに1つの巨大な影を見つけた。カザマといい勝負のデカさの影は中央のデスクからゆらりと立ち上がると、ぼくの方を向いて穏やかに告げた。
「ようこそジャップ・ザ・リッパー。会えて光栄だ。」