GANTZ Repeat'   作:マルハン2

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33.追憶(3)

ロバートは深い絶望に囚われた。無理もねえな。親友だと思ってた男が、自分が想いを寄せてた女を寝取ってたんだから。けど後悔は後の祭りで、タクミとレイチェルも同じ気持ちだったろう。両方とも親友を裏切ったことがバレちまったんだ。

その場で一悶着あるかとタクミは身構えたが、そうはならなかったらしい。不思議なことにロバートはとても落ち着いた様子で去っていった。その後も目立った喧嘩もなく時間は過ぎていったが、ロバートが目を合わせてくれることは二度となかった。

ここまでなら身から出た錆で片づけられるんだが、事態はそう甘くなかった。オレはこのとき、普段怒らない奴がキレると途轍もない行動力を発揮するってことを思い知らされたよ。ショックに浸ったロバートは報復(リベンジ)のために父親の情報網を利用してタクミの素性を調べ上げた。するとビックリ、相手はジャップ・ザ・リッパーだ。実戦経験もない自分がまともに勝負を挑んだんじゃ、命が幾つあっても足らない。

そこでロバートは別の方法を思いついた。ちょうど奴は極秘任務に参加している。それも上手くいけばスカイネットの支配地域を1つ減らせるほどの大作戦だ。だったら作戦を台無しにするのは無理だが、少々引っ掻き回すのは可能なんじゃないか?

タクミは一切近づかなくなったロバートを不審に思いながらも任務を続けた。ロバートとの一件以来、レイチェルとも会わなくなった。ちょうど時期が時期だったから仕事に専念してくれるのは有り難かったけどな。今までより、時には向こう(アジト)に泊まり込んで、会談のスケジュールを調整したお陰で遂に両陣営のトップが顔を揃える場が出来上がったんだ。そのとき、誰もこの会議が決定的な決裂を招くなんて予想だにしなかった。

そして、運命の日がやってきた。指定場所はモースルの本部。ウチは現指導者から主計係まで、向こうは作戦の総責任者であるワグナー中佐とREX隊長のタクミと参謀本部中東自由化委員会のメンバー数人の大所帯だ。

事前に入念な下ごしらえをしておいたから、会談は滞りなく進んで協力態勢の目途もついて、後はちょっとした食事会だけになった。タクミはいつもセシルたちと宴会をするときは安酒(バドワイザー)を持ってきたもんだが、今回はちょっとばかり高級なものとしてワインを用意した。

ところがこれがマズかった。いざ食事になって、一同にワインが振る舞われた。『審判の日』以降、世界中のアルコールの相場が上がっちまってたから、安物でもワインは連中にとって滅多に拝めなかった。そりゃあ皆上機嫌だったさ。

そして一番に指導者のグラスに注ごうとした瞬間、ワインのボトルが突然爆発した。アキラちゃんは残留酵母って聞いたことあるかい? ワインの製造過程で稀に酵母が処理しきれずに、ボトルに残っちまうことがあるんだ。そのせいでイラクの過酷な熱気に耐え切れなくなったワインが爆発しちまった。けどそんな事故は大昔のもので、戦争で多少質が悪くなったとはいえ、今の工場ではきちんと処理された製品が出荷されているし、ここに持ってくるまで軍の温度管理も完璧だったはずだ。

それにも関わらずボトルは破裂した。しかも運の悪いことにその破片が指導者の顔面に刺さってしまい、怪我を負ってしまった。食堂は騒然となり祝いどころではなくなったところで、騒ぎを聞きつけた護衛の1人が食堂に駆け込んだ。

その護衛はまだ若く、幼い頃に孤児だったのを『奪還者』に拾ってもらい、熱心な構成員になって功績を重ね、ようやく指導者の警護に取り立てられた。その崇拝する指導者が負傷して倒れてんだ。それも血だらけの姿で。それは飛び散ったワインだったんだが、そいつの目には毒か何かを飲まされて倒れたようにしか見えなかった。

元々一端キレると自制できない性格で、前々からREXを抵抗軍の手先のように思ってた奴だ。倒れた指導者を前に抑え込んでいた疑念が一気に噴き出したそいつは、(AK)でタクミたちを威嚇した。

当然タクミたちは事情を説明したが、焼け石に水で遂にそいつが発砲した。そっからは文字通り大混乱だ。銃声を聞きつけて待機していたREXが突入してくるわ、それに護衛の奴らが応戦するわ。

それに悪いことってのは確率論を無視して重なるもんなのかな。混乱の最中にスカイネットが乱入してきやがったんだ。後になって分かったんだが、オレたちがタクミと出会う前から奴らはずっと気づかれないように付近の穴場に潜伏していたんだ。

抵抗軍、『奪還者』、スカイネット。三つ巴の戦いは混乱に混乱を呼び、誰が敵で誰が味方か、モースルは滅茶苦茶になった。REXは中佐と委員会の連中を守り抜いて基地に後退し、『奪還者』もセシルを筆頭に持ち前の統率力で何とかターミネーターの猛攻を凌いでアジトから退けた。その場に居合わせたオレも負傷したが、どうにか生き延びてREXに救出された。

だが、結果は最悪だった。作戦は見事に失敗。それどころか『奪還者』との繋がりは作戦前よりよっぽど酷くなって、状況はますます悪化した。基地の連中も騒ぎを察知して上から下まで大騒ぎだ。何せ基地司令が秘密裏に特務部隊を招聘して、その部隊は『奪還者』とのパイプ役に自分たちの仲間を大勢殺した女を密かに基地に連れ込んでいたんだから。

シェリーは事件のときは基地に居たもんだから大変だった。基地中が血眼になって探し回ってて、見つかるのも時間の問題。そんなときに助けてくれたのがレイチェルだった。彼女はバグダッドで使っていたホテルに、シェリーをほとぼりが冷めるまで匿ってくれた。

しかし、ほとぼりが冷めることはなかった。中東最大のイスラム系組織の指導者が負傷。どう見ても自然に鎮静化するはずがない。幸いにも命に別条はなかったが、両陣営の空気は一触即発のレベルにまで高まった。

この状況を何とかできるとしたらタクミだけだったが、アイツは襲撃の最中に頭を打ったのか気絶して動けなかった。そのまま半月が過ぎたが、事態は膠着状態のままで睨みあいが続くだけ。

このままじゃ中東は永遠の戦場に変わり果てちまう。誰もが苦悩に頭を抱えたときだった。『奪還者』からオレのPCにメールが届いたんだ。

『ジャップ・ザ・リッパーを呼べ。』

一言だけのメールだったが、中佐は藁にも縋る思いで意識を回復していたタクミを派遣した。事情を察したのか、相手を信頼してか、タクミは文面に従ってたった1人でアジトに向かった。

念のためにオレは奴に渡した小型通信機から内部の状況を聞き出して、事態を収拾しようとしたんだ。タクミがアジトの中に消えると、しばらくしてアイツと指導者との会話が聞こえた。

『お久しぶりです指導者(カリフ)。』

『その呼び方は止せ。私はそんな器じゃない。』

『思ったよりお元気そうですね。安心しました。』

『ああ。お前たちのサプライズで片目が潰れてしまったがな。』

『その節はお詫びしようがありません。我々の不手際でこのような事態を招いてしまった。』

『冗談だよ。お前のことだ。その体のどこかに発信機でも付けているのだろう。いいか。私は()()()()()()()()()。弾丸が掠めこそすれ、破裂したボトルの破片など目をつぶってもかわせたわ。』

『…ご配慮感謝いたします。』

『それより時間がない。早速だが本題に移ろう。お前も知っているだろうが、今回の襲撃で『奪還者』の繋がりに亀裂が見え始めた。元々我が組織は旧イスラム系集団が寄り集まって頭数を揃えているに過ぎん。統制者がいなくなれば瞬く間にかつての派閥抗争が勃発し、1年もしないうちに『奪還者』は滅びるのは想像に難くない。だが、私が憂いているのはその後だ。スカイネットが台頭する前からこの国は多くの勢力が己の信条を掲げてしのぎを削ってきた。その結果、罪もない大勢の人々が犠牲になったのは悲しむべきことだ。奴らが現れてからその数は減ったが、当時の渦中にいた私は二度とそうならないように尽力してきたつもりだ。』

『存じています。アナタという求心力があったからこそ、『奪還者』はここまで大きくなれた。その功績は並大抵の人間にはできません。』

『だが、その求心力とやらも今は老いぼれたジジイでしかない。それも大怪我を負い、寝床で死に臥そうとしているという噂が出回っているな。今はまだ連中を抑えつけてはいるが、もう長くは続くまい。そうすれば再びこの世は戦乱の時代に逆戻りだ。それだけは何としても阻止せねばならん。』

『それで私にどうしろと?』

『私を斬れ。』

『…』

『私が死ねば一瞬だが指揮系統に混乱が生じるだろう。その隙に密命を受けた使者(スリーパー)が各派閥で動き出し、それを掌握する。あくまでも効果は一時的だが、稼いだ時間で新しいネットワークを構築する手筈だ。後任は信頼のある者に任せてある。』

『ならお答えします。ノーです。第一、納得できません。計画と言うにはあまりにも杜撰だ。』

『ローガン。どのみち私はもうすぐ死ぬ。この状況が起きるのは時間の問題だったんだ。この策はそのために予め備えていたものだ。心配はいらん。少なくともあと20年は地盤を安定させられる。』

『ですが…』

『だが、トップといっても私1人で稼げる時間はたかが知れている。そこでここには私が募った有力な同志と家族を集めておいた。火種は大きい方が消火に時間がかかるからな。』

『…今度は冗談とは仰らないんですね。』

『お前には酷な話だというのは重々理解している。それでも、これが騒乱を治める最善の策なんだ。』

『そうよローガン。私たちの覚悟はとっくに決まってる。』

『セシル。何で君まで…』

『私とシェリーは生まれつき人間の皮を被った怪物として造られたわ。私はそれが嫌でシェリーと一緒にあのおぞましい施設から逃げ出して、戦場という戦場を駆けずり回った。遺伝子に刻まれた本能か。それともそうなるように調()()を受けたのか。どっちにしても私たちは戦う以外に生きる術を見出すことが出来なかったの。そんな中でここの人たちはとても優しく、実の家族のように接してくれた。物心ついたときから1日中監視される生活だった私たちにとっては本当に嬉しかったわよ。天国みたいだった。だから決めたの。私とシェリーはここで戦ってここで死のうって。家族のためなら死ぬのなんか怖くない。』

『じゃあ何で君だけなんだよ。バグダッドにはシェリーがいる。たった2人でも生きていればいくらでも希望は転がっているはずじゃないか。』

『そりゃあ私だって色々考えたわよ。でも、私はあの子に生き延びてほしい。そう思ったらこれが一番確実な方法だって分かった。』

『どうしてさ? 仮にも君たちは有名人だ。アルミラージの遺体が片方しかなかったら、イラク軍の奴らは地の果てまでシェリーを追いかけるぞ。』

『だからこそよ。だからこそ軍で()()()()()()()()()アンタを呼び出した。実はアンタがここに入るときに出入り口と窓を全部塞いでおいたの。だから外からアジトの内情を探ることはできない。そしてアジトにいる抵抗軍の関係者はただ1人。ここまで言えば分かるわよね。』

『ローガン頼む。お前にしか出来ないことなんだ。こうしている間にも抵抗軍とスカイネットの両方が本部の上空で爆撃機を送るために戦っている。一刻の猶予も許されないんだ。頼む。この通りだ。』

『お願いローガン。あの子が、シェリーが大切ならどうか…!』

『…本当に酷い人だ。あなたたちは。』

そうして通信は切れた。

 

長広舌を終えたナイジェルがタバコを口にするのを横目に、アキラはすっかり冷めたコーヒーを手の中で持て余していた。フウッと吹いた煙が照明の下を横断し、若干ながら部屋が陰った印象を残す。

そのまま何十秒か沈黙が続いたが、アキラは敢えて踏み込むことにした。

「それでどうなったの?」

思い出すのもつらいというほど精一杯の苦渋を浮かべたナイジェルは目を閉じたまま言った。

「やり遂げたよアイツは。指導者やセシルに、あの場所に居た幹部連中とその家族。それこそ自分とそう歳が離れてない母親からオナニーも知らねえようなガキまで1人残らずな。」

思わず肩を震わせるナイジェルから改めて写真を見たアキラは、その中に写っているタクミの表情に目を凝らした。一体彼はどんな感情で彼らを斬ったんだろう。全ての元凶に向けての怒りを煮えたぎらせてか。それともさっきまで息をしていた仲間を次々と肉塊に変える悲しみに浸りながらか。無論、写真の中の当人は何も語らず虚ろな瞳で見返すだけだ。

「タクミが任務を終えた後、事件は暗黙の裡に処理されデータは全て破棄。関係者は根こそぎクビを飛ばされ、跡にはモースルの虐殺という事件の名前だけが残った。」

モースルの虐殺。いつかターナーが発した単語を思い出し、アキラはやりきれない思いを抱いた。自分と暮らす前からタクミは計り知れない心の傷を負っていた。なのに私は彼をいいように扱い、傷つけることしかしなかった。

「あのときオレはただ止めろと泣き叫ぶことしかできなかった。シェリーも同じだ。もしタクミにちゃんとレイチェルの事を忠告していたら、こんなことにはならなかったかもしれない。もっとタクミに協力して負担を減らしていたら、アイツが爛れた関係に溺れることもなかったかもしれない。だが、いくら後悔しても死んだ奴らが戻ってくるはずがなかった。」

だからオレは罰を受けた。そう言ってナイジェルが左足の裾を捲ると、そこにあったのは脛毛が飛び出た男臭い足ではなく、金属の光沢が鈍く反射する義足と大きく肉が抉られたふくらはぎだった。

「会談の襲撃で持っていかれちまってな。ガンツの力で治すことも出来たが、そのままにしてもらったんだ。」

「…そう言えばロバートって奴は結局何をしたの? まさかワインが爆発した原因って…」

「ご名答だアキラちゃん。ロバートが実行したのは補給係の兵士を丸め込んでわざと不良品のワインとすり替え、さらに輸送トラックに設置した冷蔵庫のスイッチを出発前に切ったことぐらいだった。それでも確実に割れるとは限らないし、割れたとしてもちょっとした驚きだけで大した被害にもならない。多分本人もあわよくばタクミの責任になって作戦から退場してくれれば、ぐらいに思ってたんだろう。結果的には小さな偶然が重なりすぎて取り返しのつかないことになったけどな。」

不愉快そうに鼻を鳴らしたナイジェルは再びタバコを吸い込みゆっくりと吐き出す。

「ほんのイタズラ程度で仕掛けたロバートは後悔の渦に巻き込まれ、事情を察知した父親の根回しでイラクを離れることになった。が、その数日前に何者かに襲われて行方不明のままだ。」

犯人は言われないでも分かっていた。恐らくは目の前の男もそれに関わったのだろう。紫煙を身に纏ったその横顔からは微かに言い知れぬ哀愁が漂っていた。

「事件の後、タクミは前線を離れ入念なカウンセリングを受けるはずだった。けど、モースルの虐殺以降不安定になった世界は英雄を放ってはくれず、アイツは間もなく戦場に戻った。」

そこで一度深呼吸したナイジェルは自嘲気味に

「そこはいくら英雄でもまだ20歳になるかどうかの若造だ。それが100人殺した後でロクなケアもしないまま戦場に送り込まれたらどうなるか…正直言って見てられなかったよ、あの時のタクミは。日に日に疲れ果てていくのが嫌でも分かっちまった。実際、アイツの精神状態はマトモじゃなかった。何人も切り刻んで倫理観がぶっ飛んだのか、死体になった仲間を盾に突っ込んだり、それに爆弾を詰め込んで投げ飛ばしたりしたらしい。まさしくアイツは(ジャップ・ザ・リッパー)だった。」

そこでアキラはようやく鳩の死骸を捨てたタクミの行動が理解できた。今の彼にとって亡骸とはただの物でしかないのだ。それがどんなに愛情を注いでいても、どんなに大切にしていても、死んじゃったらそれでお終い。アイツの目に映るのは綿が抜かれたぬいぐるいみだ。

「でもな。アキラちゃんならアイツを何とか出来るってオレは思ってる。」

「え?」

唐突に矛先が向いたことに戸惑うアキラをよそに、ナイジェルが続ける。

「REXに戻ってきたアイツを見たとき驚いたんだ。半年前まで死んだ魚の目つきだった野郎が少しだけでも笑うようになったんだからな。それにアキラちゃんが一緒にいるとき、何故か心が温かくなるって内緒で打ち明けてくれたんだ。」

「温かくなるって、ほとんどこき使ってただけよアイツ。」

「それでもタクミには必要だったんだよ。心の拠り所ってやつがな。それは多分、アキラちゃんにしか出来ないことだと思う。」

いつになく真剣な表情のナイジェルに気圧されたアキラはうつむくしかなかった。多少自分に構ってほしいという気持ちが混じっていたものの、タクミには無理難題をふっかけてばかりだったのだ。そんな自分にタクミを任せるなんて荷が重すぎる。

「今のアイツは剥き出しの刃だ。血を吸い、刃がこぼれ、錆びかけの折れかけた刀。だからアキラちゃんにはタクミの鞘になって支えてほしいんだ。これは多分、シェリーにもカザマにも無理だと思う。君にしか出来ないことなんだ。」

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