あなたの痛みは、あなたの理解を閉じ込めている殻が破れる痛みである。
―ハリール・ジブラーン『預言者』
もうここに来て何日、いや何年経ったんだろう。主観的にはざっと10年は過ぎた気がする。上手く動かせない切断された手足を何となしに眺めながら、同じ思考をまた繰り返す。でも、結局はたった1日なんだよな…。そう思ってぼくはまた新しい日を迎えた。
目が覚めるとぼくはパイプ椅子に厳重に拘束され、10mは離れた位置から360度隈なく銃口を向けられていることに気づいた。そうか、ぼくは捕まったのか。首を回しながら段々と冴え渡る頭で脱出の手順を考えてみる。まずは適当に様子見し、わざと撃たれてループ。その中で一番弱そうな奴を人質にして出口まで―
「逃げようなんて思わないでくれよ。諜報員とは言っても、ここにいるのは元軍人…それも激戦を潜り抜けてきた連中だ。」
だだっ広い空間に反響した声に応じて、正面の警衛たちがサッと列を崩して1人の男を通す。
「グラハム・ターナー。」
「御機嫌ようコガ・タクミ君。手荒な歓迎で悪いが我慢してくれ。これでも最低限の警戒態勢なんだ。君が暴れると手が付けられなくなるからね。」
「ここはどこだ? 何でぼくを連れてきた?」
今必要な情報を問うと、意外にもターナーは簡単に明かしてくれた。
「放棄されたディズニーワールドを改造したうちの一画、要するにフロリダにある私たちの秘密拠点だよ。本命はナルミヤ・アキラだったのだが、好都合なことに特大のオマケが付いてきてくれたのさ。一応君にも用があったからね。」
カフェで話し合いをする程度の距離にもう1つ椅子を置いて腰掛け、ターナーが軽く手を振ると驚くことに警衛が1人残らず退出し、残ったのはぼくらだけになった。
「さて、君への用事だが早速話すことにしよう。まず私の本名についてだが。」
「微塵も興味ないね。」
「クリス・オーグラン。」
ボソッとしていたが、この距離では聞き間違いようがなかった。突然長い間閉じ込めていた何かが溢れそうになり、歯を食いしばってどうにか耐える。
「嘘だ。そんなの信じられるか。」
「私もこんな仕事をしているから、信じてはもらえないだろうが、残念なことに事実でね。私はマリナ・オーグランの弟だ。」
精一杯の殺意を込めて睨んだはずだったけど、その顔を目にした瞬間、褐色の肌はそのままに彼女の面影がダブって見えた気がして、ぼくは慌てて目を背けた。
「とは言っても実の姉弟というわけではない。我々は養子縁組でそうなっただけだ。」
「アンタ、一体誰なんだ?」
ぼくの秘密を知り尽くし、ガンツの正体まで知っている素振りを見せる男に、思わず尋ねると
「クリス・オーグランだよ、コガ君。君に真実を伝える者だ。」
とそいつは穏やかに笑った。
ガンツとはそもそも何なのか。まずそこからだろう。
私とマリナは紛争地帯の出身で、少年兵として幼い頃から大人相手に銃を持って戦ってきた。運が良いのか才能なのか、私たちはどんな戦場でも必ず帰ることが出来た。そんな中で、ある男が私とマリナを引き取りたいと申し出てきた。エンリケ・デ・ソウザというアフリカ系黒人の学者だ。
奴は人工知能研究を専門とする学者で、その分野の世界的権威なだけでなく、生化学、量子物理学などでも様々な功績を残してきた稀代の天才科学者だった。その男は私たちを密かに引き取ってオーグランという姓と姉弟という身分を与えた。私たちは最新の教育を受け、それに相応しい能力も身に付けた。
しかしある日、エンリケはマリナと私を引き合わせてこう告げた。自分は地獄を見てきたと。奴はブルンジの生まれで1972年に起こった
だが、奴は人類に絶望していた。先進国がリードはするが、不当な貧困や終わらない内戦。そしてその犠牲となる罪のない人々。このままでは地球は逼塞し、人類はいつまでも歩を進められずに窒息死してしまう。そう言ってエンリケは私たちの前に黒い球体を見せた。これは人類の希望だと誇らしげに。
それはガンツだった。君たちが利用している物の
「それだけなら私たちも力になろうと思った。だが、それはできなかった。」
長い足を優雅に組んで話し続けるターナーの仕草は、とても元少年兵と思えないくらいスマートだった。思い返せばマザーもそんな特徴は見られなかったと思う。
「奴は、エンリケはガンツを使ってある目的を成し遂げようとしていた。当代誰も成し得なかった究極の計画を。」
「究極の計画?」
「人類の進化。」
一瞬、目が点になった。エヴァンゲリオンみたいな与太話を大真面目に話している凄腕のスパイ。これが演技だったら爆笑か失笑の二つに一つだろう。ぼくも場所が場所なら吹き出していたところだ。でも、ターナーの目はどこまでも本気だった。
「しかし、エンリケは一方的な押し付けは嫌う、フェアプレーを志す男だった。いっそ狂信的なほどに。そこで奴は人類にチャンスを与えることにした。スカイネットだ。」
「じゃあ、アンタがパーティーで喋ったことは…」
「ガンツの技術を使ってスカイネットという強大な敵性体を生み出し、世界規模での災厄を引き起こして国々の統合を促進、人類滅亡の危機に立ち向かわせる。それが奴が考えた『ゲーム』だった。勝てばそのまま、負ければ進化。実にシンプルなルールだ。」
「だったら何でガンツはぼくらに味方するんだ。それもゲームか?」
「その通りだよ。スカイネットの圧倒的な物量に対抗するには、人類にも相応の力が要る。そのために奴はわざと抵抗軍の管理下に置かれた。ついでに言えば、君のループ能力もハンデの1つでしかない。」
静かな衝撃がぼくの全身を激しく揺さぶった。マザーから託されたうちの1つだと信じてた力が、ただのお情けでしかなかったという事実に、歯がガチガチと鳴る。
「私とマリナは奴の考えには賛同できず、敵対する道を選んだ。マリナは軍に入り、私は
ぼくが全体を震わせているのを見つめながらゆっくりと続ける。
「さて、ここからが本題なんだが…あるとき、私たちに1人のロシア人が接触してきた。名前はシメオン・スロノムスキー。」
聞き覚えのある単語にピクリと勝手に反応する。そうだ。よく知ってる名だ。何せぼくの幼馴染の父親なのだから。
「その男は私たちの行動を単独で察知して、過ちを償いたいと協力を申し出た。彼はエンリケの親友で、『モスクワのラマヌジャン』と称されるほどの天才数学者だった。エンリケとは大学で出会い意気投合して、秘密裏に共同研究を立ち上げ、1つの数式を生み出した。」
そう言ってターナーが取り出したのは夥しいアルファベットや記号が並んだ一枚の紙切れだった。数年前まで理系の勉強をしてきたから、断片的には分かったけど、専門家でもないからほとんど理解不能だった。
「この式が何だって言うんだ。」
「本人の弁を借りるなら『物質及び情報の相互干渉を表す関数』だそうだ。簡単に言うとこれを使えば物質を情報化できる。ガンツの根幹を成す基礎理論だ。」
ひどく単純な物言いだったが、このときのぼくには衝撃的な一言だった。物質の情報化。それはすなわち物質を情報体に還元できるということだ。つまり物質をデータのように永久に保存したり、コピペのように無限に複製することも出来る。これを利用すればエネルギー問題どころか、いくらでも物質を生成してあらゆる問題をクリアにしてくれる。無から有を生み出すという点では、熱力学の諸法則を根本から覆す世紀の発見だ。
それがガンツにも使われている。そう思えば、ガンツの未知の技術にも納得ができた。だが、ターナーは
「しかし、エンリケはその先を求めていた。それが奴の最終的な目標だった。」
と苦々しく唇を噛み、紙をライターで燃やしてしまった。この男にしては珍しく冷静でない様子だ。
「奴は魂の情報化を実現しようとしていた。そうすることで人々の精神をガンツに取り込み、新たなる生命体に進化しようと画策していたんだ。」
普通なら荒唐無稽な作り話として笑われるだろうが、これまで何度もガンツの力を見てきた身としては、反論する材料が見つからなかった。しかし、魂の情報化なんて本当に出来るのだろうか。もしそうなら人類の存続どころの話じゃない。ぼくの考えを読み取ったのか、ターナーが深く息を吐いて向き直る。
「だが、エンリケはそれができなかった。実現したのはスロノムスキーだ。彼はどうにかその数式を隠すことに成功したがすでに遅く、エンリケはガンツに意識を転送して計画を実行に移し始めた。奴はこの一連の数式を『救済の方程式』と呼んだが、私たちからすれば『パンドラの方程式』だよ。」
パンドラの方程式。飾り気のないネーミングだけどピッタリの名前だと思った。少なくともぼくはそんな未来は望んでいない。
「さあ、私は全て話した。何か質問はあるかな?」
席を立って見下ろしてくる鋭い眼光に、ぼくは1つだけ聞きたいことがあった。
「アキラは無事なのか? 今どうしてる?」
「心配しなくてもいい。我々が責任を持って安全を保障する。ある意味では君以上の希望になり得るのだから。…そろそろ時間だ。済まないが君にもやってもらうことがある。」
すると彼の背後のドアが開き、1人の眼鏡をかけた若い男性が白衣を纏った人々を数人引き連れて近づいてきた。
「もういいですかMr.ターナー。予定を30分オーバーしているので。」
「ああ分かってる。後は頼むぞ。」
入れ替わりにやってきた男たちに囲まれながら、ターナーを見続けると扉が閉まる直前に顔だけ振り向いて言われた。
「思えば君の能力も『方程式』の産物かもしれないな。情報と時間は密接に繋がっているからして。」
ぼくを取り囲んだ男たちは、1台の手術台にぼくを寝かせて手足を拘束し直した。その間に逃げようとも思ったけど、隙間なく武装した警衛たちが小銃で威嚇してたので仕方なく諦めた。拘束が完了した途端、眼鏡の男がぼくの頬を殴った。大して痛くはなかったものの、角度が悪かったのか口の中が切れて鉄の味が広がる。
「ったく、ようやくチャンスが来たと思えば、男が実験体とはな。どうせならぼくも例の日系ロシア人を相手にしたかったよ。」
「それはお気の毒に。ところで君は? ターナーの仲間なのか?」
当面の疑問を口にしたら、もう一度殴られた。今度は鼻に当たり、血が流れる。
「勝手に喋るんじゃない。いいか。今からはぼくがお前のご主人様だ。寛大にも命令は1つだけ。言われたら全部ハイと言え。まあ、名前くらいは教えといてやる。キアラン・イーリーだ。よく覚えろよ。ジャップ・ザ・リッパー。」
尋ねてもいないのに、イーリーはよく喋ってくれた。どうやらぼくは新しい軍事技術の
カウンセラーの資格を持ってるわけでもないのに、ここまで分析できたのは事実彼がよく口を滑らせたからだ。そういう意味では非常に分かりやすい人間と言える。そして手術台の隣にあるトレーに置かれた器具の数々。ドリル、ノコギリ、ペンチ、エトセトラ、エトセトラ。彼が何のためにここに来たのかは分からないが、これから起こることだけは確実に予想できた。
実験は過酷を極めた。詳細は告げられなかったけど、ぼくを徹底的に痛めつけるのが彼らの仕事なら、新しい拷問でもテストしているのだろうか。その内容は爪剥ぎや水責めなんて軽いものじゃなく、古代ギリシャ発祥のファラリスの雄牛や中世の
千切れた腕は最低限の止血処置を、こじ開けられた腹にはミシン糸で縫合されるに留まり、実験は続けられた。もちろん麻酔なんてもらえず、眼球にドリルを突っ込まれ激痛のあまり殺してくれと叫んでも無視され、その痛みも感じないほど反応が鈍くなったところでやっと殺す。
しかし、ぼくは死ぬと時間を遡る。何度も死ぬような羽目に会って、ようやく解放されたと思って目が覚めると、さっきの手術台に逆戻りだ。そして連中は体に貼った電極からパターンを読み取り、何らかの薬物を注射して再び生きたまま解体作業に移る。その繰り返しだ。
けど、そんなことを何百回もされると、いい加減慣れてくるものだ。少なくとも指の骨を折られた程度じゃ声を上げることもなくなった。あまりにもルーティンされた1日のせいで、目が覚めると今日は何の拷問だろうと考え出す始末だ。
それが気に食わなくなったのか、イーリーは新しい趣向を用意した。拷問を食事制限、睡眠妨害などの生理的なものに切り換えたのだ。身体的苦痛にしても、性器をハンマーで砕く、ハサミで切り落とすといった猟奇的な手口を選ぶようになった。さらにはどこから連れてきたのか、欲に飢えた死刑囚にぼくを差し出し、好き放題にケツを掘らせたこともあった。
無間地獄だった。銃弾で貫かれる痛みは一瞬だが、戦場とは違いここでは変態どもの粘着質な殺意と苦痛が真綿で首を絞めるように、ジワジワとぼくを嬲り回す。そして時間は巻き戻り、連中の欲は満足することなく、再びぼくに注がれる。
本来拷問とは対象を疲弊させて必要な情報を絞り取るものだが、その対象に何の情報的価値もなく、ただ容赦なく苦痛を与えるだけが目的となったら、一体何に縋ればいいのだろう。肉体と精神の極限を表現するならば、今のぼくと言っても過言ではないかもしれない。
そして、第3段階。椅子に拘束されたぼくの目の前には、分厚いアクリル板を隔てて裸のアキラが手足を縛られ転がされ、半裸のイーリーに襲われていた。どうやらレイプしてその痴態をぼくに見せつけるのが趣旨らしい。
「オラ、ちゃんとぼくを楽しませろよ! このアカの手先のおフェラ豚が!」
鍛えられたしなやかな肢体のアキラを、やや腹をダボつかせたイーリーが髪を引っ張り上げて覆いかぶさっている。初めは「ぶっ殺す」と叫んでいたアキラも、何度も殴られて今は無表情に天井を見るだけだ。
そんな光景を鑑賞させられているぼくはと言えば、興奮はもちろん憤怒も憐憫も感じなかった。最初は体を破壊され過ぎて、EDにでもなったかと思ったけど、ただぼく自身が
寧ろ不思議だったのは、アキラに同情もしない自分だった。普通旧知の知り合いがこういうことをされたら、憎しみを露わにしてすぐにでも飛び掛かりでもするだろうが、生憎とぼくはそれもなく、ただ眺めているだけだった。ひょっとしてイーリーらと実験を重ねるうちに、自分もサイコパスの一員になったのだろうかと考えたものだ。
ズボンをずり下げて腰を振るイーリーと、同じようにブラブラと揺れる白くて細い脚に、ジャラジャラと鎖が絡みついているのを見て、何となく感じたことを呟いた。
「つまらないな…」
アキラの蹂躙が終わって数時間後、いつもの拷問部屋で何重にも縛られているときに、意外な人物が面会に来た。
「やあ久しぶりだな。君にとっては何日ぶりだろうね?」
主観時間も分からないほど時間が経ったせいか、ターナーがやけに若く見えた。さっきまで睡眠をギリギリまで削られてたせいで、頭がクラクラする。
「さっきは済まなかったね。私が目を離した隙に、イーリーがアキラ君を強引に持ち出してしまったようだ。彼は神経科学のスペシャリストなんだが、研究テーマが倫理に触れるものでな。学会から追放されたストレスを発散したくて、あんな暴挙に及んだらしい。元々自制が効きにくい性格なのも原因の1つかもしれないが。」
珍しく悼む表情を見せたターナーだったが、それだけのためにわざわざここに出向くとは思えない。何にしても眠たくてしょうがないから、こっちから切り出すことにした。
「それで他に言いたいことは?」
「ああ。ついでに君には教えておいた方がいいと思ってな。彼女の
婚約者。確かカルロス・デインとか言ったか。でもそれがぼくに何の関係があるんだろうか。
「名前はカルロス・デイン。抵抗空軍第44機動航空団に所属。かつてはエドワーズでテストパイロットに従事した経歴を持つ凄腕だ。君も面識があるだろう。」
思い出した。確かヨコスカが襲われたときに、アキラと一緒にいた金髪の男性だ。戦闘中だというのに、妙に落ち着いていたのが印象に残ってる。
「アキラの話では亡くなったそうだけど。」
「そうだ。公式発表ではインド洋上空の敵部隊と交戦してKIAとなった。しかし、これは虚偽の報告だ。」
飛行機乗りならいくらでもある死に方だけど、ぼくはその話に興味が湧いた。今の発狂しそうな状況を少しでも忘れられるなら、この際不謹慎だとかどうでもいい。それにアキラの相手がどんな男なのかも気になった。
「彼は我々の同類だった。秘匿されてはいたが、カルロス・デインは情報管理局に引き抜かれていた形跡がある。パイロットという立場を利用して、同盟国の偵察を任されていたんだ。」
意外な事実に少しだけ瞼が上がる。過去にもインテリジェンスの連中と仕事をしたことがあったが、そのときの連中が放っていた隠微な雰囲気に比べたら、カルロスは典型的な陽気なアメリカ人の感じで微塵も同業者とは思えなかった。
「じゃあ本当の死因は?」
「彼はアキラ君と将来を約束し、それを契機に局から足を洗おうとしていたが、局は条件として最後の指令を下した。イラクで遂行中だった極秘任務で勃発した事件についての調査だ。」
イラク、極秘任務。その単語にぼくの記憶領域が著しく刺激される。未だに頭の片隅で巣食っている忘れられるはずのない情景。予想もしなかった展開にぼくの意識は急速に引き上げられ、その結末を容易に予想してしまった。
「カルロス・デインは現地の空爆部隊の応援を装って潜入し、命令を受けてモースルの上空まで飛んだ。そこで彼はある騒動を目撃して、思わず記録してしまった。」
数分前とは比べ物にならないほど覚醒した中で、ターナーが1枚の写真を取り出した。空から撮ったため強烈な火炎と立ち込める煙でほとんど覆われてしまっているが、中央には白い何かを抱えた黒い影が僅かに覗いている。それは事件後に押収された資料の中から、偶然見つけたあの写真とほぼ同じ構図だった。
「騒動の後、彼は隠蔽されたこの事実を世に問うべきだと結論した。そのために式を一旦延ばし、マスコミと連絡を取ろうと動いた。しかし、この解放作戦には当時多くの国が絡んでいた。表面上は静かなものだがエネルギーの不足は深刻なものだからな。アメリカも石油の一代産出地帯である中東を失いたくはないし、イラクとしても抵抗軍のトップに君臨するアメリカに見限られるわけにはいかない。そこからはお決まりの筋書きだ。」
「暗殺か。」
「古来から使われ続ける常套手段だ。裏を返せば彼の持つ情報は、それほどの破壊力があったのさ。恐らくは軍への信頼低下による戦争継続期間が5年は延びただろう。そこから生じる犠牲と1人の命。どちらを取るべきかは明白だ。」
つまり彼が死んだのは国家間の思惑故であり、そもそもの原因はあの惨劇だ。その惨劇を引き起こしたのはぼくであり、じゃあカルロスを死なせアキラの未来を奪ったのは-
「ぼく…?」
ぼくが殺した。アキラの大切な人を死に追いやり、知らなかったとはいえ当然のように一緒に過ごし、あまつさえ快楽を共有したこともあった。例えようのない皮肉に全身が硬直するが、ターナーの次の一言で今度は別の感情が去来した。
「そう自分を責めるんじゃない。彼女は全部知っているよ。」
「え…?」
知っている? それはつまりぼくが婚約者の仇だということを?
「正確には私が伝えた。このままでは不憫だと思ったのでね。無論、君の正体や作戦内容といった点はぼかしておいたが。最初は信じてもらえなかったが、さっきの写真で納得してくれたよ。それからどうだ。何と私に仇討ちに協力しろと言ってきた。全く驚いたよ。」
おかしげに膝を揺するターナーに、ぼくは不信感を募らせた。コロラドの生活が軍の命令-多分ワグナー中佐も噛んでいる-ということは分かってる。けどこの男はそれ以前にアキラに接触していたと言ったのだ。それにアキラも承知の上で乗ったということは、共同生活を仕組んだのは、目の前のコイツ。
「お察しの通りだ。君たちを引き合わせたのはこの私だよ。」
聞きたくなかったことをサラリと言ったターナー目掛けて飛び掛かる。しかし、手足の幾つかを欠いている状態でまともに動けるはずもなく、椅子が数cmほど進んだだけだった。すぐに物音を察知した警衛に取り押さえられ、出口に向かうターナーの背中が遠ざかっていく。ぼくはそれをただ見つめることしかできなかった。
それからイーリーの実験は続き、プレス機による圧殺、四肢をもぎ取ってからの失血死、猛獣に腸を貪らせるなどなど、バリエーションに満ち満ちたスクラップショーが延々と繰り返され、ビチャビチャと肝臓やら腎臓やらが飛び散るのを眺めるうちに、気づけばもう捕らわれてから5日を迎えていた。