GANTZ Repeat'   作:マルハン2

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39.降りてきたもの

機会は唐突に訪れた。

ここ数日間と同じようにポッド漬けで延々と悪夢を見させられていたアキラは、ふとデータの空間が揺らいだのを感じた。初めは錯覚と思うほど小さかったヒビが、振動が続く度に振り子のように大きくなる亀裂に変化し、遂には天変地異と形容できるほどの巨大な揺れに呑み込まれて、次に目覚めたのは赤く点滅する円筒の中だった。

データの世界から現実に返ってくるときに感じる、血液が粘度を持ったような気怠さの中で、ふと目に入る複数の白い人型。恐らくは担当の研究員だろうが、酷く慌てた様子だ。そのうちの1人が取り付けてあるスイッチを操作して、ポッドからアキラを強制的に吐き出させる。

襲撃だ。どこから? 電源設備に損傷。いいから被検体(サンプル)を運び出せ。そこまで聞き取ったアキラは、ああ…そうか、と納得して自然と指先を呼吸確認のために覗き込んできた研究員の喉仏に伸ばし、ほんの少し力を込めた。

すると、研究員は触れた部分を手で押さえて、面白いように転げ回った。異変を察知したもう1人が腰を引かせたときにはもう遅く、顎に拳を打ち込んでやると簡単に気絶した。取りあえず周りを確認したアキラは研究員の白衣を引っぺがす。

「遅いぞ。どうした?」

ついでに護送のためにやって来た警備員をポッドの影から急襲し、拳銃を掴んで狙いを逸らす。作動部(スライド)が封じられて引き金が引けず狼狽する間は、アキラにとって力みを利用して投げ、トリガーを指に絡ませてへし折るのに十分だった。

無力化した面々から服を拝借し奪ったP228(シグザウエル)の弾数を確認する。まだ意識が鈍ってるせいで少し体が重い。だが、今は休んでる暇はない。ようやく頼りになる味方(REX)が到着したのだから。

 

6分前―

真夜中にスコープの中で呑気に欠伸する見張りの頭に照準(サイト)を合わせたシェリーが、いつものようにそっとトリガーを絞ると、そいつはドミノみたいにパタリと倒れた。これで5人目。核攻撃でひっそりと静まり返る倒壊した家屋の一角、運よく形が残っていたアパートの屋上で伏射姿勢のシェリーがSV-98の弾倉を換え排莢作業を済ませる。

「やっぱりスゲエな。全部一発じゃねえか。」

すぐ隣で高精度の光学式コンバットグラスで、標的の沈黙を確認したカザマが感嘆の吐息を漏らす。そんな横顔を一瞥してまた仕事に専念しようとしたシェリーは、ふと思いついた質問をぶつけてみたくなった。

「何でここにいるの?」

通常の狙撃任務では実際に目標を狙う狙撃手(スナイパー)と、風向きや周囲の状況を的確に伝える観測手(スポッター)がバディを組んで当たるが、シェリーの場合、本人の能力や2人だと気が散って集中できない理由から、いつも仕事は1人でこなしてきた。

そもそも観測手はもう1人の狙撃手としての役割もあるのに、この男の腕前がポジションを譲れるほど優れたものとは思えない。すると、カザマはジト目でシェリーを見た後で、敵陣の観察に戻りながら答えた。

「ブリーフィングで話しただろ。今回のモットーは『入念な下準備と正確なタイミング』だ。万が一を考えると、2人の方が成功率が高いだろうが。」

2時の方向の木陰に一射。6人目。

「じゃあ帰って。1人の方がやりやすいから。」

「そう言うなよ。これでも選抜射手(マークスマン)の訓練も受けてんだから。」

射程距離より30mほど離れてるのを加味して、斜め上に一射。7人目。

「だとしてもアナタに撃たせる気はない。だからさっさと行って。」

「タクミのときとは全然反応が違うな。ちょっと傷つくぜ…それに女の子にだけ汚れ仕事をさせるってのも、性に合わねえんだ。代わりたかったらいつでも―」

仲良く並んで突っ立っている2つの影に一射。仲良く倒れて8と9人目。

「無理ね。気づかれないように一回で仕留めるには、相応の経験が必要。それに、アナタに人殺しが出来るとも思えない。」

「…経験ならあるさ。オレはヤクザを殴り殺して少年院(ムショ)に入ったからな。」

この距離でも聞き取れるか怪しいほどの小声だったが、シェリーの優れた聴覚はその意味をしっかりと脳に伝達し、引き金に掛けた指をピクリと震わせた。しかし、持ち前の集中力ですぐに邪念を追い払い、本命を落とすべくスコープを覗いた。

シェリーたちが陣取っているのは、サファリ・エリアの南西に位置する瓦礫の一部だ。噂通りなら放射能塗れで専用の装備をしてないと動けないはずのフロリダは、意外にも空気は浄化されておりパーク内の見張りも防護服は纏っていない。さらにはサファリには、緑を8割は潰して建てられた広大な施設が鎮座しており、ナイジェルの情報通り灰色のポリバケツを数万倍にしたような巨大な煙突がそびえ立っていた。

「まさかかのテーマパークの跡地に核施設とはな。とんでもない連中だ。」

目標はそれじゃない。数十m手前にある変圧器の傍にある送電線の束だ。ナイジェルによるとそのうちの1本にセキュリティを制御するコードが紛れており、そこを潰すと対空レーダーやファイアウォールを含むパークに張り巡らされたあらゆる『目』がダウンする。

だが、システムをダウンさせるということは敵に警戒心を与え、一層守りが固くなることも意味する。それは今回の作戦には喜ばしくない事態になりかねない。そこでシェリーが受け持った任務は、ナイジェルが開発した特殊弾『ロイコクロリディウム』をコードに撃ち込み、システムを誤魔化すことだ。

ターナー一派の守りが非常に厳しく、ナイジェルのハッキングが通用しないとなると、奴らの盾の中に物理的に直接細工するしかない。そして化け物揃いとされるREXの隊員の中で、敵に勘付かれない距離から、正確に弾を届かせられる技能を持った人間はシェリーしかいなかった。

その距離約2100m。SV-98の射程(レンジ)を遥かに超える場所にある、直径15cm程度のケーブルにたった一発の銃弾を当てる。このターゲットはシェリーの人生上、最高位の難敵と言えた。それこそ命中したら神業だ。

「2時の方角から風。風速10m。気温24℃。」

滔々と流れるカザマの情報を経験というフィルターで変換し、コース、湿度、風圧、コリオリ力、火薬(ガンパウダー)の状態を加算して感覚を微調整する。引き金を引く前にパーク全体を俯瞰したシェリーは、荒涼とした焼野原の中で最低限とはいえ燦然と輝くアトラクションの数々を眺めて、ふとあのどこかにタクミがいるのだろうかと考えた。

古来から敵に捕らわれた仲間は救出されるときに、無残な姿で発見されるのがお約束となっている。さらに相手は諜報や拷問を仕事とするプロの集まりだ。そんな奴らに捕まったとしたらタクミは間違いなく―

ついその先を想像しそうになったシェリーは、寸前で頭を振って頬を叩く。また悪い癖が出た。昔から自分は重要な場面になるほどマイナス思考になりやすい。そのせいで数えるほどだが失敗した過去があるのだ。

忘れようと心を切り換えて発射姿勢に入ったが、人間の性質上、一旦思い浮かべた印象は意識的に抑えようとするほど頭に残りやすい。現にスコープの先には先程の映像が生々しく蘇ってきてしまっており、シェリーはいつの間にか呼吸が荒くなっていることに気付いた。

何をやっているんだ私は。大丈夫だ。こんな状態でもほとんど外したことはないし、何より同じ状況を再現して肉眼でも命中できるくらい何度もシミュレーションを繰り返してきた。それこそ、使用する銃のメンテや弾丸の火薬の調合も独自にしたほどだ。

だから私は大丈夫。いつだって冷静に1人で撃ってきた。どんな標的も、どんな敵でも。だから私は外すわけにはいかない―小さく震える指先を何とか律して、トリガーに置くが震えが止まる様子はない。そんな自分に舌打ちして拳を地面に叩きつけようとしたところで、シェリーは口に何か甘い味を感じた。

「落ち着けよ。時間はまだある。ひとまずキャンディでも舐めとけ。」

妙に間延びした様子のカザマが口元をコロコロと動かしながら、横から一粒の飴玉を差し出してきたのだった。その目はいつものキリリとしたものとは打って異なり、トロンと下がった眉はまるで昼寝から起き上がった後のようなだらしなさを感じる。

「…何をするの? 集中できないから止めて。」

「そんなに肩を上げ下げしてるのを集中してるとは言わん。どっちかって言うとゴリラの求愛ダンスだ。いいから食っとけよ。オレの好きなイチゴ味だ。」

また余計な邪魔が増えたと無視を決めたシェリーだったが、いざ一舐めすると何だか無性に甘いものが欲しくなった。その様子から察したカザマが

「オレちょっと小便。」

とデリカシーのないことを言いつつ、さり気なくキャンディの袋を置いていったのを見て、スコープから顔を離すことなく片手で器用にピンクの小さな玉を取り出して口に含んだ。

『時々だけどさ、近くなるのよ。』

口をモゴモゴと転がしてセシルが呟く。2人で撃ち比べると難易度が高いほど、偶にセシルに負けることがあった。自分たちが双子なら能力だって同じはず。なのに何で私が負けるの? と尋ねた先の返答だった。

『何ていうかなぁ...めっちゃ調子良いときに起こることがあるんだけど、ライフル構えてるのに相手が目の前に届きそうになるっていうか。体もやけにリラックスして弾のラインが見えるっていうか。何だか運命の赤い糸で結ばれる感じ?』

男勝りな姉の珍しく乙女チックな発言に、気味が悪くなる。そんな妹の視線に気づいたのか、面倒そうに髪を掻きむしったセシルは、仏頂面で言ったものだった。

『まあ、変に気張るのはアンタの欠点だからね。そんなに緊張するなら深呼吸とか甘いもの食べるとかしてみれば?』

物思いに耽っていると、飴が溶け切っていた。もう一つ食べたいが袋に手を伸ばすと、カザマに負けたような気がしたので、大人しく引っ込めて仕事にかかる。

そこにはさっきとは異なる世界が広がっていた。スコープが映すケーブルの細さは変わらないのに、シェリーにはそれが恐ろしく近くに感じた。手を伸ばせば掴めそうなくらいだ。さらに目標を見つめるほど余計な体の力が抜けていき、段々と銃口とコードに1本の線が引かれている錯覚を覚えた。

初めての感覚に戸惑ったが、同時に理解もしていた。そうか。アッラーが降りてきたんだ。降りて私に示してくださったんだ。だったら他のことは考えなくていい。私がするべきことは、ただ人差し指を少し曲げるだけ。

だからカザマが肩に手を置いても、全く気にならなかった。それどころか(アッラー)を導いてくれた彼が、イスラムに伝わる高名な預言者に見えるほどだ。今のシェリーにはあらゆるものが感じ取れた。今なら分かる。世界はこうあるのだと。

不意にもう片方の肩に金色の髪が踊るのを見た。姉さん(アナタ)も来たんだね。

لدينا بالفعل(いってらっしゃい).」

ただ一言告げてシェリーは指に力を込めた。

 

殺風景なタイル状のだだっ広い空間で、頭上に轟音が鳴り響いたせいでぼくは起床する羽目になった。50時間ぶりの惰眠を貪っていたのに、天井から降ってくる埃ですっかり目が冴えてしまった。いつもなら時計代わりに銃弾をぶち込まれて起きることも珍しくないのに、今日は比較的安全に起きられたことには感謝する。

どうやらいい1日になりそうだ。その証拠に手足を動かしてみると、()()()()()()()()()()()、精々手の爪が剥がされた程度の欠損しかない。痛みも感じるはずがなかった。拷問を受ける以外暇過ぎて半ば日課になっているストレッチと筋トレを終えると、前触れもなく扉が開きXショットガンで武装した男たちがぼくを取り囲んだ。慎重に警戒しながら手錠を嵌めて、外に連れ出される。

「何だかこうして大勢で歩いてると、ピクニックみたいだね。」

ずっと遠大な廊下を歩くのも退屈なので、大柄な背中に話しかけてみたが反応はなく、代わりに銃で小突かれて渋々足を進めることにした。その一歩を踏み出す瞬間、パンパンと散発的な音と同時に目の前の1人がグラリと崩れ、ついでに周りの何人かも手に空いた穴からドクドクと活気よく血を噴き出した。

唯一無事だったのはぼくの真後ろに居る奴で、不意打ちを決めた襲撃者を撃とうと殺気を前方に向けたのがマズかった。ぼくは自分も弾を食らったように倒れようとした直前で地面に手をつき、男の銃を蹴り飛ばす。捕虜の奇襲に面食らった男に、更に回し蹴りを放つと見事に顎にクリーンヒットした。

脳震盪で倒れ伏した男の服を素早く漁り、ケースに入った鍵で手錠を外す間に、ぼくは襲撃者が近づいてくるのを感じ、ついでに足音でその正体も判別できた。

「グズッてないで、さっさとしな。」

ガンツスーツに拳銃を携えたアキラが、丁寧にも護衛の足も撃ってXガンを頂戴する。その横顔は至極冷静で、数日―ぼくにとっては主観的に数年ぶりだが―見ない間に、比類なき猛者の風格を醸し出していた。これもプロメテウス計画の影響なのだろうか。

まるで自分の映し鏡を見ている気分になり、ちょっとだけ気持ち悪く感じてしまう。それでも、近くにいるときに漂う甘い香りは、昔から知っている彼女の匂いだと思った。

「何が起こってるの?」

「カザマたちが私らを助けに来たのよ。今は地上(うえ)で混戦状態。ナイジェルさんのお陰でセキュリティに穴が空いてるから、そこから逃げる。ほらこれ。」

そう言って投げ渡されたケースの中には、お馴染みのスーツとガンツソードが入っていた。早速囚人服みたいな布切れを剥ぎ取って袖を通す。

「どうやってこれを手に入れたの?」

「実験室から出る前にスロノムスキー(クソ親父)から渡された。前もって用意してたやつみたい。残念ながら刀は赤いやつじゃないけどね。」

「十分だよ。」

柄のスイッチを押して動作確認し、スーツの点検も軽く済ませて、転がっていたXガンを一丁見繕ってホルスターに収納する。さっきの()()()()で分かったことだが、今日はかなり体の調子がいい。何だか倍は軽くなったような気がする。やっぱり今日はいい1日になりそうだ。

 

最初の任務(フェイズ1)が無事完了しても、シェリーたちの戦いは続いていた。合流地点で拾ってもらって15分、シェリーは仲間と共にアトラクションを盾にして、マジックキングダムパークで激しい銃撃戦を展開していた。敵の規模が不明確な以上、こちらも出し惜しみするわけにはいかない。というわけで、本隊の3割に相当する数を編成して乗り込んできたのだが、予想以上に敵の反抗は激しかった。

特殊部隊顔負けの練度で動き、地の利を生かした巧みな配置で、こちらの出鼻を挫いている。しかし、悪くない。さっきの狙撃が効いたのか、未だに向こうの指揮系統には混乱が見られる。徐々にではあるが、流れは確実にREXに傾いていた。

「まったく『ロイコクロリディウム』とはよく言ったもんだな。」

傍らでカザマが必死な表情の中に、どこか愉快な様子を滲ませながらZガンで応戦する。

「そうね。」

とだけ答えたシェリーだったが、内心ではまさしくそのとおりだと思っていた。ロイコクロリディウムとは寄生虫の一種であり、カタツムリや鳥に寄生して生きる生物だ。ただ、この寄生虫は積極的に中間宿主(カタツムリ)から最終宿主(とり)に移ろうとする傾向があり、鳥に自身を食わせるためにカタツムリの触覚を芋虫みたいに擬態させ、さらには脳に取り付き意のままに操るという恐ろしい性質も持ち合わせている。

ナイジェルがシェリーに渡した弾丸には特別製のウイルスを仕込んでおり、それがコードに侵入してパークのセンサ類を欺瞞させたのだ。余談ではあるが、ロイコクロリディウムに興味を持ったシェリーは、こっそりネットで画像を調べてみたのだが、余りの気持ち悪さにしばらく弾丸を触ることさえ躊躇われ、そんな名前を付けたナイジェルにも、しばらく近寄ってほしくなかった。

「ほんとにアレは引いたわ…ナイジェル、ローガンからの連絡は?」

『まだだ。ハックしたカメラで追跡しているが、サルベージには時間がかかる。』

「早くして。敵も馬鹿じゃない。少しずつ立て直してきてる。」

『分かってるよ…ん!? おい、気を付けろ。奥から何か出て来たぞ!』

「もう見えてる。」

後続を潰そうとライフルを構えた先にそいつはいた。全身黒づくめな点はガンツの共通仕様だが、その黒は一際異様だった。

脚から胸部にかけて覆われたメタリックな装甲は鎧そのままのマッシブな印象を与え、肩部から張り出したアーマーから伸びる異常に太い腕には、全長に匹敵するほどの刀身が剥き出しになっている。さらに本来晒されたままの顔面部に宛がわれたマスクには、ポインターが細かく配列され、見る者に無数の目を向けられている気にさせる。

ハッキリ言って滅茶苦茶不気味だった。それと同時にシェリーは一目で直感した。コイツはヤバい。見たところガンツの強化装備らしいが、これまで扱ってきた武器とはケタが違うことだけは分かる。

どうする?

未知の敵を相手に判断を留保してしまったシェリーをよそに、デカブツはゆったりとした動作で片腕を立てると、()()()()()()()()()()()()()()。その光は瞬く間に射線上の障害物を塵に返し、偶々そのライン上で戦っていた人間は、触れた部位をゴッソリと抉り取られていった。

「ネッケル!」

カザマの悲痛な叫びが戦友に届いたのは、上半身を綺麗に吹き飛ばされた後であり、煙を立てて所在なく立ち尽くした二脚は、体の持ち主を探そうとして歩き出したが、初めの一歩でパタンとすっ転んだ。

「邪魔をするなよ。もうちょっとで完成するんだぞ。ぼくの軍事史を覆すほどの大実験が。」

悲鳴と苦悶が地面を這いずる中で、デカブツから不似合いなハスキーボイスが、纏わりつくような粘り気を放散する。どこか卑屈っぽそうで、しかし自分以外を認められないエゴが耳朶に絡みつくのを自覚したシェリーは、腹の底から訴え続ける警告に従って、考えるより先に銃を構えた。

「これでぼくは天才に戻れる。ようやく学会のお堅いジジイどもを黙らせてやれる。もう失わない。金も名誉も仲間も。そしてあのロシア女も。全部ぼくのものだ!」

長年溜まり切った鬱憤を晴らさんと、鋼鉄の咆哮を上げたデカブツに、シェリーは祈るしかなかった。

أشعياء الإغاثة لتغطية بالحساء(イザヤ救済のため来たれ).

 

アキラに連れ出されて早10分。ぼくらは追っ手を片付けつつ、出口を探して全力疾走していた。

「何かあちこち曲がってるけど、本当に大丈夫?」

「あのポッチャリメガネに連れ回されてるときに、いくつか目星付けといたのよ。少なくともアンタよりかは道を知ってる。」

勢いよく突っ走るアキラに今更ながら不安が過ぎる。こんな状況ならこの幼馴染はもっと喋りそうなタチなのに、今は妙に口数が少ない気がする。まあ仕方ないか。レイプ(あんな目)に遭ったんなら…

「ところでそっちこそ大丈夫なの?」

振り返ることなくふと流れて来た台詞に首を捻る。

「ほら、アンタも色々とされてたみたいだったからさ。体とかどうなのかって。」

「問題ないよ。さっき医務室で止血剤くすねてきたし。それに今はすごく体が軽いんだ。」

ちょっとばかり調子に乗ってアキラを追い越そうとすると、すぐに引っ張り戻された。前よりかなり力強くなってるみたいで、有無を言わさず後ろに着かされる。

「いきなり掴むなよ。伸びちゃうだろ。」

「確かに大したケガはないけど、出しゃばり過ぎだよ。それともうアンタも分かってんでしょ。」

「…うん。」

素直に頷いて彼女の背後に回る。回廊の先にある大きめの扉。あの奥からヤバそうな匂いがプンプン漂ってくる。でも、あそこを通らないと地上には出られない。ぼくらは進むしかないのだ。

それにしても、と亜麻色の長髪を見やる。想像以上の力だ。まさか今までぼくしか持ち得なかった危機察知能力を彼女も手にしたとは。その昔、熟慮する者(プロメテウス)は天界から『火』を盗んで、文明の発展のために人類に分け与えたという。しかしゼウスの怒りを買ったプロメテウスは、ハゲタカに毎日生きたまま内臓を啄まれる罰を受けたが、不死のために毎晩再生し、何万年も食肉にされたらしい。

人類の幸せを願って力を与え鳥のエサになった神と、人類を守るために敢えて無限の死を受け入れた兵士たち。だとするとこれほど自虐的なネーミングもないだろう。この計画の発案者は中々にブラックな人物だったらしい。

「行こう。」

お互いに頷きあって扉の両脇から突入する。扉の中は巨大で真っ白な空間だった。上も下も右も左も、どこもかしこも白だらけ。継ぎ目も何もあったもんじゃなく、遠近感が掴めず頭がおかしくなりそうだ。もちろんそこには

「御機嫌ようコガ君、アキラ君。」

やっぱりというかもういいというか、グラハム・ターナーが鎮座していた。

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