「少し見ないうちにいい面構えになったじゃないか。お似合いの2人だ。」
相手が立ち上がる前に、ぼくは剣を抜き一太刀で斬り伏せた。今は1秒でも惜しいのに、敵のお喋りに付き合っている暇はない。しかし、肩からめり込んで腰まで達するはずだった剣は、肉や骨に当たった感触を伝えずに、スカッと通り抜けた。
「やっぱり
「上よ。」
アキラが警告と同時に天に向けて援護射撃を放ち、ぼくはさっさと後退する。その間に辺りにはまばらな人影が降り注ぎ、足元からガスを噴射して着地してきた。その数ざっと30人。どれもガンツスーツを着用してることから、人間だと判別できそうだが、ぼくにはどうにも難しい。
背丈はバラバラだがみんな同じスーツを纏い、腿にはガンツソードを収め、顔は真っ黒なヘルメットで覆われているせいで、不気味な感じを発しているが、彼らの動きもかなり人間離れしている。隙間なくぼくらを取り囲んでいるのだけど、全員が全員ぼくらを注視しているわけではなく、ある者は覚束ない足取りでゾンビみたいに徘徊し、別の者はボーっと明後日の方向を見たままで、またまた隣では無意味にorzの体勢になってる奴もいる。
正直言って何をしたいのかサッパリ分からない。
「何かアンタに似てるね。中身はボケたジイさんみたいだけど。」
「ぼくの頭はまだお花畑にはなってないよ。」
「
多分さっきから感じていた危ない気配はコイツらのものだろう。ぼくは慎重に刀を下段に構え、アキラも即座に撃てるように狙いを定めている。それにあの装備から推測すると、恐らくはプロメテウス計画―ぼくの分身を生み出すらしい―に関係していると見て間違いない。
「彼らは数ある被験者の中から、私が選び出したお墨付きだよ。10年は保証できる性能だ。ようやく足並みが揃ったからお披露目したくてね。良かったらご覧になって頂きたいのだが。」
「悪いけど私たち急いでるの。知り合いに次期コンペで伸び悩んでいる
「それは勿体ない。君たちには是非見ていってもらいたいんだ。」
ターナーが指を鳴らした途端、仮面の群れが一斉にざわめき頭を激しく振りかぶったかと思うと、数秒前の緩慢な動きが嘘のように、一寸の狂いもなく同じタイミングでソードを起動させた。手も腰も体重の掛け方さえ、全く一緒だ。パレードで行進なんてやらせたなら、表彰台は確実だろう。
「アキラ先に行って。」
「いいの? この人数を捌くのはかなりキツいよ。」
「さっきから上の振動が激しくなってる。君はREXの応援に向かった方が良い。」
「…分かった。後でね。」
5mほど下がってから軽く屈伸したアキラは、脚部に力を溜めスーツのアシストを解放すると、助走をつけてヘルメットの包囲網を軽々と飛び越え、ここからだと簡易金庫ほどの大きさに見える出口に消えていった。
「貴重なサンプルをわざと見逃すなんて、随分と良心的だね。」
するとホログラムのターナーは薄く笑い
「彼女の実験プログラムは専用のものを使っている。彼らと戦わせるのも一興だが、地上の方がいいデータが取れると考えたんだ。それに君も余計な荷物は捨てておきたいだろう?」
なるほど本当に良心的なテロリストだ。軽く獲物を振って感覚を確かめる。よく手入れされているようだ。悪くない。そうしてる間にも連中は剣を構えてジリジリとにじり寄り、飛び掛かる機会を窺っている。どうやら集団戦も前提に仕込まれているらしい。
「さあ
「ごびゃ。」
バリケードの間を縫って逃げ回っていたシェリーのすぐ後ろを一筋の光が駆け抜け、味方の体をスーツの防御力を関係なしにドロドロに溶かしていく。
「止まるな走れ!」
殿を担うカザマが応戦しつつ、その背を無理矢理物陰に押し込む。その間にも光線は雨のように降り注ぎ、怒涛の如く地面を穿っていく。せめて撤退の支援を、とライフルの弾倉を換えようとして、着用していたベストから1つ抜きだしたが、焦って上手くいかない。
それほどあのゴツいハルクもどきは強敵だった。タイムラグなしに発射される圧倒的な火力のビームに、Zガンの直撃を受けても立ち上がる頑強な装甲。インファイトに持ち込もうとすれば、肘からブースターを点火して見た目とは裏腹の超速ナックルが飛んでくる。まさに攻防共にスキなしだ。しかし、こちとら現役の特殊部隊員だ。やられっぱなしになるものか。
「落ち着け。アメいるか?」
軽く頭を叩いたカザマが、脇からお馴染みのイチゴ味を差し出してきた。半分成すがままに受け取り飲み下すと、不思議とあのときのように呼吸が戻って来た。魔法のアメだった。
「そっちはどうだ?」
と首元のレンズに内蔵したマイクに吹き込むとナイジェルが
『たった今ビンゴが出た。コイツは数年前から軍が研究を進めていた次世代戦術強襲統合兵装型強化外殻―』
「長い。40字以内でまとめろ。」
『要するに新型のスーツだ。通常のスーツに重ね着した武装込みの強化装備だな。どうだ?』
「おお、キレイに36字。それで性能は?」
『もう見たと思うがあのぶっとい腕には光線発射器とブースター、それを利用したブレードを仕込んでいる。頭部のマスクはレーダー、暗視スコープ、サーマルを搭載し、カタログ上のパワーと耐久力は―』
「いいから対処法と弱点教えて。こっちも時間ない。」
通信に割り込んできたシェリーの有無の言わせなさに、ナイジェルはタジタジになる。昔から寡黙な物言いの彼女だが、キレたときは余計に冷たくなる。本人は怒っているのだが感情の起伏が小さいため、素人からすればいつも通りの表情にしか見えない。
なのになぜ彼女が怒っているのが分かるのかと聞かれれば、ナイジェルからすれば付き合いの長さという答えしか出せないのが現状だ。つまるところシェリーとコミュニケーションをするには結構根気がいるのだ。そしてこうなるとかなり怖いのも付き合い故に知っているナイジェルは、ピアノの如くキーを連弾し文字と数字の羅列を読み直す。
『はい。えーと資料によると外装の構造上、柔軟性を維持するために関節部分は隙間となっているようです。』
「結構。それと
『かしこまりました。』
返事を待たずに通信を切って弾を入れ換えるシェリーに、戸惑いの声が掛かる。
「なあシェリー、予備隊って何の話だ?」
黙って上を指すのを追うカザマ。さっきから変わらない照明と火災で、煌々と照り返る空があるだけだったが、ふとその一点がキラリとしたかと思ったら、1秒後には貨物用ほどのコンテナが粉塵を振りまいて目の前に降って来た。
突然の飛来物にしばし注意を奪われたのは敵味方問わず、その原因は素知らぬツラで煙を吐きながらゆっくりと扉を開く―のではなく、激しい閃光と爆炎を発して直方体の箱を粉微塵にするという、思い切り派手な登場をかました。
すると驚くことに出て来たのは、ターミネーターの軍勢だった。T-600を始めとして、T-100、ハウンド、エアロスタット、ハイドロボットなどなど、様々なT-シリーズが軒並みだ。
スカイネットの刺客かと誰もが思い、武器をロボットどもに向けたが、代わりにターミネーターが照準を着けたのは、ターナーの精鋭たちだった。
「へ?」
と間の抜けた敵の1人が、直後にバズーカで吹っ飛んだのを契機に、ターミネーターの火器が一斉に火を吹いた。意外過ぎる行動に着いていけないのは敵だけでなく、カザマらも同じだった。
「何だこれ?」
「これまでREXが捕獲してきたターミネーターを、ナイジェルが改造したもの。雑用に使うために回路をイジッたらしいけど、ローガンの希望で訓練の仮想敵にしてたって。でも動きが鈍いってほとんどがお蔵入りになってたの。」
「それを持ち出してきたのか。」
「ええ。ローガンは不満そうだったけど、意外と使えるみたい。」
たぶんこれも無断で引っ張り出してきたに違いない。車両1台手配するのに何枚も書類を書かなければいけない抵抗軍で、これほど早くにこれだけの量を投入できるのだから、またREXの独断なのだろう。
「こりゃ減俸だな。」
「それだけじゃない。極秘作戦で勝手に部隊動かして経費使ってパーティー、挙句には隊長は拉致。下手すれば降格かも。」
「マジで?」
背後に気配が立ったのはそのときだった。
「ブエクシッ!」
何故か出て来たくしゃみで張り付いた唾を拭いながら、ぼくは慣れ親しんだ刺激が発するのを知覚した。ピリッと背筋に電流が走り、中枢神経を介し脳内のシナプスに乗って伝わった情報に、反応した体がするべき行動に移った直後、さっきまでいた空間を大振りの黒い一撃が両断する。
スーツの力を借りたガンツソードの恐ろしさは、その身をもってよく知っている。入射角と当てる箇所を間違えなければ、その切れ味で簡単にスーツごと切り裂くことが出来るのだ。だから、ぼくはどんな風に避ければ最も地面に深く剣がめり込み、抜けにくくなるかが分かっていた。
すぐに二の太刀を返そうとするマスクが、剣が抜けないことに気づき引き抜こうと力を込めた両腕を、レンズをピンポイントで狙って切り落とし、胸の中心に片手を突き立てた。呻きもなく支えを失った死体から貫通した手を抜き出して、抉り出した心臓を踏み潰す。
「素晴らしい。実に素晴らしい。1体で2個大隊に匹敵するマスクズの最高級カスタムを、無傷で10体も倒すとは、やはり君は想像以上の戦士だ。」
嘘偽りもなく賞賛と拍手を送るホログラムが、遠めの見物を決め込んでいる。その声には失った部下を悼む成分は含まれていない。
「どうかな。近接戦闘の専門家として、彼らと戦ってみた感想は。」
「確かに中々の出来だけど、動きが少し規則的過ぎるね。これじゃ先読みされやすいし、生物の持つ有機的特性を活かしきれてない。」
「なるほど。やはり意識を抑え込んで反応速度を高めても、人間本来の能力は引き出しきれないか。」
顎に手を当て考え込む仕草のターナーを横目に、手当たり次第に襲ってくるマスクズの斬撃をいなして、或いは動きを誘ってカウンターを与える。さっき拾ったもう一刀を左後ろの喉に刺しつつ、上空から飛び掛かる2体を待ち構えて、ちょうど重なったところで刃を伸ばして焼き鳥みたいに串刺しにした。
「まだまだ改良の余地はありそうだね。」
「そうかもしれんな。だが、これでも頑張った方だ。最初の被験者は200人ほど居たんだが、そのうちの半数は数回のループで耐え切れずに脱落した。生命の本能が最も忌むべき『死』という現象を経験したのだ。無理もない。まあこの程度の被害は予想の範疇で、次からが本当の選別段階になる。」
「かなりスパルタンなやり方らしいな。」
掴みかかる手を逆に捻り上げ、その骨を粉砕して腰から下を切断。
「かもな。2段階目は順調だった。被験者たちも死の感覚に慣れ始め、戦闘技術の向上も確認できた。どれもエリート部隊から選抜した優秀な兵士だったので、覚えが速かったのだがしばらくして弊害が発生した。」
わざとやや遅めに振って避けられたところを、先回りしてレンズが集中する頸部に切れ込みを入れると、炭酸水のように血漿が漏れ出した。
「理論的に追求すれば当然に導ける結論だった。しかし、実験自体が何のノウハウもなしに開始したため、誰も気づけなかった。奴らは長い激戦の中で死に続けることで、生と死の概念が曖昧になり
千切った腕を投げて撒かれた血で目くらましし、動きが止まった一瞬を突いて真っ二つ。
「世界から選りすぐった戦士を以てしても、心の均衡は保てなかった。では何故二等兵だった君が、何の異常もなく、それだけの力を手にできたのか。答えは簡単。マリナ・オーグランにあった。彼女の優れた指導力とカリスマは士気高揚のみならず、兵士のケアにも効果を表した。
つまりはマザー様様というわけだ。結局ぼくはどこまで行っても、彼女の影に追われる定めらしい。当たり前か。ぼくなんて所詮は雑兵に過ぎず、あの出会いがなければ今頃ラリッて路地裏にでも転がっていただろう。だってぼくは―
いや、
鋭い一筋の線が頬を掠め、カザマは反射的に数m飛び退いた。今日はこんなヤバい状況に何度も会ってる気がする。少なくとも今ので6回目だ。顔を拭うついでに口の中の血だまりを吐き出す。
「クソッ、何なんだよコイツら。」
先程の一閃を繰り出してきた敵は、自分たちと同じガンツスーツに身を包んでいるが、真っ黒なガラスに覆われた顔は全くののっぺらぼうで、感情を微塵も感じさせない。それだけならまだいいが、問題なのはその手に握られた黒い刀だ。本当ならカザマの知る限りただ1人の男にしか扱えないはずの武器が、対峙しているそいつのように周りの隊員にも襲い掛かり、手当たり次第に血祭りに上げている。
さらには例のハードスーツが撃ち漏らしを餌食にしているという鬼に金棒で、ちっとも突破口を開けていない。カザマもよそ見をする余裕はなく、今もこうして辛うじて凌いでいる。すぐに距離を詰めた黒マスクが撃ち下ろしてきた剣先をZガンで受け止めるが、凄まじい膂力に全身の筋肉が悲鳴を上げる。この動きはまるで―
「手強い…!」
「だったら助けてあげようか?」
その声が告げるままに間髪入れず独特の音が響き、象が乗っかってると思うほどの圧力が緩むと、マスクは首のレンズから血を吹き流しながら倒れ込んだ。何が起こったのか分からないまま右を見やると、そこにはXガンを構えたアキラが、いつもの凛とした姿勢で立っていた。
「アキラ! 無事だったのか。」
「まあ色々あったけどね。で、状況は…ヤバいみたいね。」
その通りだった。ただでさえ激しかった戦場が、今度は阿鼻叫喚の地獄絵図に早変わりしていた。ある者は頭から半分に切り分けられたり、ミンチになるほど細かくされた。また別の場所では搾り切った雑巾みたいに捩じられた者もいた。汗、鼻水、涙、唾液、その他体液諸々。ここには人間の持つ液体が一面に広がっている。
「ああ。あの覆面どもが現れてから、こっちが一方的に
「だったら今すぐ撤収して。アイツらはプロメテウス計画で生み出されたタクミの
そう言いながら新しいマスクズに相対して、両手のXガンを連射するアキラも、カザマからすれば驚愕に値した。
それに二挺拳銃という今までにない戦闘スタイルが、隙のない弾幕を作り出し、逆に押し返している。何度か一緒に訓練したことはあったが、そのときに叩き出したスコアより数倍のスピードと精度で、的確にダメージを叩きこんでいる。銃器を盾代わりに剣を弾き、殴る蹴るを的確なタイミングで送り込む辺り格闘術もレベルアップしていた。
縦横無尽に振り回されるガンツソードを鬱陶しそうに叩き落し、脇固めで拘束したマスクズに膝蹴りと銃撃を交互に繰り返す。そのうちスーツが耐え切れなくなったのか、全身からドロリとゲルを吐き出し、次の一射を浴びたことで首から上が派手に千切れ飛んだ。アキラはXガンをジッと見て
「…まあまあ使えるじゃん。私はこれから援護に回る。カザマはシェリーたちと一緒にあの変態スーツを倒して。本当は私がぶっ殺してやりたいけど、生憎余裕ないみたいだから。」
「余裕ないって…。すごいじゃねえか! あんだけ強けりゃタクミにも負けないくらい―」
「残念だけど私でも両方を相手するのは無理だね。だから早く行って。」
「そうだ。君は早く立ち去った方が良い。」
不意に知らない声と共に、背後から気配を感じた。それも恐ろしく冷たい刃で背筋を撫でられるような。その冷たさにカザマは本能から危険を感じ取り、振り向きざまに撃とうとして―
「撃つときはきちんと狙いを定めてから。兵士の鉄則だぞ。」
正面に捉えたと思った瞬間に、また背後から声が聞こえた。気が付くとZガンはバラバラに解体されており、息もつかせず首に針のような鋭い何かが触れているのを感じた。それが少し上に動いただけで勝手に体が立ち上がり、ついでに前を向かせられると、目に映り込んだのは真っ白な頭髪と、対照的に浅黒い肌、その奥で鋭く光る双眸だった。
「グラハム・ターナー…」
「カザマ・ダイゴ君だったね。紳士としての申し出だが、私は彼女に話がある。席を外してもらえないか?」
「散々勝手した連中が何を…」
「カザマ行って。」
後ろに控えていたアキラがハッキリと言い放つ。その目はしっかりとターナーを見据えており、怒りと言うだけでは足りない何かを宿している。遠回しにだが邪魔だと言われてる気がした。悔しいが仕方なかった。
「分かった…ヤバくなったら逃げろよ。」
一気に跳躍して炎の向こうに消えた大柄な背中を見送り、アキラは最優先目標と対峙する。
「随分とやる気みたいだな。スパイは人前に出ちゃダメって知らないの?」
いつものビジネススタイルを脱ぎ捨て、黒いスーツを纏った姿はまさに兵士。ご丁寧にガンツソードまで携帯している。
「そろそろ私もテストするべきかと思ってね。」
「あ?」
「ある男がいた。彼は使命を帯びていた。必ずこの世界を変えてみせると。それは家族のように一緒だった女性との約束でもあった。そのためなら何でもやった。諜報、潜入工作、暗殺…枚挙に暇がないほど男は汚れた。ある日、男に手紙が届いた。彼女からのその手紙は自らの死をスイッチに届くよう細工されたものだった。」
前触れもなく饒舌になったターナーを訝しみ、警戒しながらも何故か聞き入ってしまうアキラ。これもスパイの話術なのだろうか。
「手紙には1人の少年のことを綴っていた。男は彼が後継者なのだと悟った。そして果たすべき役目をするために自らを無限の時限回廊に投じた。そこは地獄だった。いつまでも終わらない戦闘に繰り返される死の苦痛。気が狂うほどの暴力に晒されながら、彼は戦い続けた。全ては約束を果たすために。それだけの思いで苦しみに耐えた結果、男はただ1人の成功体となった。」
「それでアンタの髪はマリー・アントワネットみたいになったってわけか。…まあいいけど。どのみちアンタには数え切れないくらいのお礼をしなきゃいけないと思ってたんだよな。こちとらあのヘンテコ機械のせいで、頭粉砕されたり内臓引き抜かれたりしたんだから。」
「ならちょうどいい。ターミネーター相手に身体を動かしてみたが、物足りなくなってきてね。だが君ならあるいは―」
「刺激的な口説き文句だな。やっと燃えて来た。」