どこかでミッキーマウスのテンポのいいメロディーが流れる。そんな戦場には不似合いな音楽が流れる中を、顔を捥がれたスーツの男たちがテンポよく宙を舞い、それを遠目に見たシェリーの頬にいくつかの血痕が付いた。
「あ~あ~あ~、つまんねぇ。頼むからもっとシャキッとした奴いないの?」
燃え立つ煙の奥で、いかついスーツからイーリーの苛立つ様子がハッキリと伝わってくる。向こうはそれでいいかもしれないが、こっちは文句をつける余裕もない状態だ。損害は人間・機械問わず4割に達し、今も増え続けている。隊員はハードスーツの性能を前に取り付く島もなく返り討ちにされ、虎の子のT-シリーズは突如乱入してきた黒マスク集団に駆逐され、隊員たちも餌食になりつつある。
畢竟、万事休す。カザマの通信でアキラが見つかったのは良いが、肝心のタクミがまだ救出できてない。彼のことだから放っといても帰ってくるだろうが、状況が状況なだけに楽観視は禁物だ。
「シェリー!」
飛び交う火線を回避してジャンプしたカザマが、シェリーが身を寄せている巨大な絵本のオブジェに飛び込んだ。題名は『プーさんの冒険』。
「大尉を確保したって本当?」
「ああ。ただすぐ後にターナーがやってきてな。マジでチビりそうになっちまった。アイツ滅茶苦茶強いぞ。」
「で、アナタは1人ノコノコとここに来たってわけ?」
ガチャリとサイドレバーを引いて、銃口を煤けた顔に押し付ける。
「待て待て待て! 行けって言ったのはアキラだし、そもそもオレは装備を奴に壊されたんだ。仕方ねえだろ。」
諸手を挙げての必死の弁解に大人しく銃を下げたが、頭の中は驚きが駆け巡っていた。カザマは優秀な兵士だ。
タクミは論外として、自分やアキラのような突出した技能を持つわけではないが、非常に高水準のスキルと身体能力を備え、優れたリーダーシップで仲間内をまとめ上げることに長けている。そのカザマが苦戦すると苦言を呈したターナーの実力は推して知るべきだった。
マズい。突入作戦を開始してから不確定要素の連続―半分予想していたが―で、どんどん下方修正せざるを得なくなっている。もうこれ以上―
「あ~! 見~つけた~っと。」
待てない。構えたスコープの先に掌底の砲口をかざしたデカブツがおり、今にも発射しようと光を収束している。シェリーは牽制も間に合わないと直感し、咄嗟に身を投げ出す。味方たちも同じく全力で飛び退るが、あのビームに巻き込まれない保証はない。
その射線上から逃れられなかったシェリーは、背中に大きな何かが被さるのを感じ、首を捻るとカザマの秀麗な顔があった。何故かは分からないが、その手に指を絡めたシェリーは、今ここに居ない仲間の名を紡いだ。
私たちはただ当たらないように祈るしかない。だから、早く―
「来て…!」
そのために深く頭を沈めたシェリーは気が付かなかった。『プーさん』の施設の一部が崩れ、そこから躍り出た人影が両者の間に割り込み、デカブツの巨大な図体を吹っ飛ばしたのを。
「…誰かと思えばイーリー君…じゃないか。随分と成長したね。」
男にしてはやや高めの声が感心したように、頓挫した強化スーツに歩み寄り、手に持った丸い物体でペシペシヘルメットを叩く。何が起こったか分からず、少し遅れて煙が晴れたのを見計らったシェリーたちは、人相を確認するためにその人影に近づいた。
「…ローガン、なの?」
ゆっくりとこちらを振り返った顔に、思わず言葉が詰まってしまった。人影の正体は間違いなくタクミそのものだ。見たところ手や指が欠けていることはなく、顔も目立った傷はない。
しかし、目だけは違った。別に人形のように虚ろなガラス玉でも、爬虫類じみた冷笑を湛えているわけでもない。異質。全てを睥睨するかのような、ただ静かでどこかかつての姿と決定的に異なる彼が存在していた。
シェリーの脳裏に同じような状況の光景が蘇る。短い間だったが掛け替えのない友人としての関係だった自分の仲間たちを、苦しみ悩み抜いた末に手を下したタクミ。あのときの彼は瞳孔すら開ききった死人の顔だったが、今の彼はそうじゃない。体中に生気が満ち溢れる一方で、全てを悟ったかのように穏やかな微笑を浮かべる様は、かの聖人もかくやと言った様子だ。
「タクミ! 生きてたのかこの野郎!」
カザマがバシバシと背中を叩いても、隊員たちが駆け寄っても、タクミは笑みを崩すことなく小突き合っていたが、スルリと滑らかな動作で挙げた片手に収まっていた
あまりにも自然な動きに誰も止めようとしない。気づけないのだ。しかし、違和感を覚え遠巻きに眺めていたシェリーだけは、射撃戦に最適化された視力で投げたモノが何か理解できた。
頭だった。正確にはひび割れた黒いバイザーと、そこにブランと繋がっている脊髄。ついでに言えば、そのバイザーの奥でぬらりと光る潰れかけた眼球を乗っけて、骨から残った僅かな透明な髄液を振りまきながら、脊髄の先端を先鋒に投擲された黒い頭が、隊員を背後から刺し殺そうとしたマスク男の顎のレンズを、ガーフィッシュの如くピンポイントで貫いた瞬間も。
「油断しない。」
やはり微笑したまま注意したタクミは、唖然とするカザマたちに現状を尋ね、オウム返しの伝達を受け取ると
「そうか。それじゃぼくは…アキラのサポートに回るから、カザマたちはすぐに撤退準備に…かかってくれ。さっきから妙な連中が…うろついてるけど、アレはぼくの…コピーだ。余計なマネをしたら…死んじゃうから、遺体の回収はNGだよ。使えない奴は…とっとと捨てて、とにかく…逃げることだけ考えて。まだ死んじゃいけないよ。ここは…アンタたちの死に場所じゃない。」
あ、ヤバい。大上段からの振り下ろしを爆転して回避したところで、アキラは下腹部に鈍い痛みを覚え始めた。
クソッ、今日アレの日じゃん。前の期間から概算して今週に来るだろうと予想していたけど、まさか今になって始まるとは。Xガンを構え直して弾幕を放ち、建物の上に飛んで距離と地の利を稼ぐ。
「どうした。息が荒くなっているぞ。」
「まだ本調子じゃねえんだよ。まあ、私としてはアンタを足止めできればいいわけだし。」
目敏い奴。小さく舌打ちしてターナーの周辺を乱れ撃ちし、コンクリの破片やメリーゴーランドの乗り物を飛ばして注意を引き付ける。が、ターナーはその全てを叩き落し、煙が立ち込める中で正確無比の照準で、刀を伸ばして建物を鉄筋ごと切り崩した。
細かく分断された破片を空中曲芸のように次々と飛び移ったアキラは地上に着地したが、間髪入れずの追撃が襲い掛かり、鈍痛もあって後手に回らざるを得なくなった。剣閃をかわしながらも銃を撃つが、どうにも当たりにくい。
しかし、銃と剣ならば圧倒的に前者が有利だ。さらにXガンは弾数無限で、高いロックオン機能は一度対象をマークすれば、距離や方向がアベコベでもトリガーを引けば必ず命中する仕組みになっている。
だが物事に絶対はない。その証拠にターナーは、アキラが照準をロックしようとすると、寸前で刀で銃を弾いて、それを外すという芸当を難なくこなしている。それに力が半端なく強い。スーツの恩恵があるとしても、恐ろしいタフネスだ。
秒ごとにダイレクトに訴えてくる痛みに歯噛みして、それでも仮想空間で体得した反射神経と体術で、どこぞの抜刀斎ばりの速さで飛んでくる斬撃をいなす。
全くこれだから
「どうやら本当に具合が悪い様だ。大丈夫かい?」
「だったらちょっとは遠慮しろよ。紳士なんでしょ?」
切り上げの刃の上に乗って、踵落としを決めようとしたが、届く前に刀が傾きバランスを崩したところを、腹に逆に蹴りを叩き込まれ10m以上吹っ飛び、水兵のアヒルの看板に激突する。衝撃でワンワンと鳴る頭を左右に振って立ち上がろうとしたところで、頭上に黒く鋭い一本線が落下し、それが頭皮を寸断する手前で両手のXガンを交差して防いだ。
「…いくら性能が良くてもコンディション次第でこうもなるのか。女性というのは中々どうして大変だな。ところで、部下から連絡が入った。コガ君が地上に現れたそうだ。」
「あのノロマ、やっと来たか。じゃあさっさと逃げた方が良いんじゃない? いくらアンタがやり手でも、相手はジャップ・ザ・リッパーよ。死んじまっても文句言えねえぞ。」
「そうもいかない。もう1つ知らせがあってね。この騒ぎを察知したスカイネットが大軍を差し向けて来たらしい。到達するのも時間の問題だろう。彼はともかく、エンリケが長年追っていた親子が揃っているんだ。奴がこの機会を逃すとは思えない。」
柄を握る手に力がこもり、それに比例してアキラの腕の布地にも筋が表面化していく。まだ、拮抗している。
「私は行動するときは2つ以上の意味を持たせて動くことにしている。君をエンリケに差し出すわけにはいかない。だが、動き回られると少々厄介だから、脚の1本くらい切り落としておこうか。」
手だけでなく腕全体にもスーツのアシストが働き、負荷に耐え切れなくなった地盤にアキラの膝が埋まっていく。マジでヤバい。こっちも腕の筋肉を総動員したいところだけど、その分下腹の痛みが増していき、スーツの中は体温の上昇で蒸し風呂状態だ。
「本当に容赦ねえな…」
「安心したまえ。殺しはしないさ。最悪脳味噌だけでも―」
機械じみた笑みで一層刀を押し込んできたターナーが、急に視界から消えた。いや、そうしなければいけなかったのだろう。アキラから左に20mは下がったターナーの刀の鎬には、同じ黒い切っ先が垂直に当たっていた。
「それは困るな。今度の部隊内の…人気投票でシェリーが…不戦勝になっちゃうよ。」
何mも伸ばされた刀身の根元から、男の声が聞こえる。もう見るまでもない。アイツが来た。
「もし彼女を連れて…帰らなかったら、ぼくの
黒い髪に黒いスーツ、黒い刀の三つ揃いで現れたそいつは、細い顔の端々に返り血を咲かせ、片手で首のないマスクズの腹から飛び出たヌラヌラと照り返る腸を、さながらリードみたいに引っ張り、穏やかに微笑んで刀を元の長さに戻した。嫌らしさなんて微塵もない、嘘みたいに健やかな笑顔だった。
「本命のお出ましだな。どうだった? 私の部下たちは。」
「つまらなかった。あれじゃ中身なんて…何もない、見た目だけの虎仮威しの…クソの集まりだ。」
肉のリードを放して、痛みに膝を折るアキラに微笑んだまま、優しく手を差し伸べる。しかし、それを無視して自力で立ち上がる。何故かこの手を取りたくはなかった。
「…何しに来たんだよ。」
「君を助けに。」
サラリと笑顔のまま肯定する幼馴染。次の瞬間には腕を掴まれ、後方に投げ出されていた。痛みで受け身を取れず無様に転がる。
「アキラは…みんなと合流して。さっきの会話聞いてて分かったんだけど、ナイジェルが言うには…1秒でも惜しい…みたいだから。」
「アンタは?」
「ここで…ターナーを食い止める。どうせ…ぼく以外適役いないだろうし。だからさっさと…行って。」
「バカ。アンタが一緒に来なきゃ意味ないだろうが。何のためにカザマたちがここまで―」
「うるせえな。」
ほんの一歩踏み出しただけなのに、すぐ目の前にタクミが立ち塞がり、胸ぐらを掴みあげて宙づりにする。とても数日間拘束されっぱなしだった男の力とは思えない。
「悪いけど…今君を構っている余裕なんてないんだよ。何故だかぼくは…
何も言えなかった。いや、何も言い返せなかった。分かっていたはずなのだ。あの小さな―それでも満ち足りていた―
タクミからすれば、私は暴虐で高飛車で、背中も満足に預けられないただの足手まといかもしれない。ただの女なのかもしれない。でも、だからこそ私は―
「いいから行けよ。君はぼくと違って…死んでもらったら…困るんだから。」
アイツを1人にしてはおけないのだ。
スーツを手放し、今度こそターナーに向かい合ったタクミの背中に、軽く拳を当てる。
「死んだりしたらぶっ殺す。」
その言葉を最後にアキラは駆け出した。今度は決して失わないように。
「行ったか。」
背後の気配と共に柔らかな匂いが消え去り、いつもの煤けた匂いが今更ながらに鼻腔に入り込む。
「いいのかな? わざわざ助けに来たのに、彼女をまた乱戦の中に戻すなど。統計的にスカイネットが攻め込むのは敵の密集具合に左右されるぞ。」
「あのアキラなら…心配ないよ。見た…感じ戦えないわけじゃ…ないし、もし…死んじゃったら、ぼくが…首を刎ねれば…いい話だ。」
「本当にそうかな?」
ターナーが肩をすくめる。
「あくまで私の見解だが、実験が終わったら非常に妙な気分になった。体中に力が溢れ全てのものが明瞭に感じ取れるのに、心は満たされない。寧ろ空洞が出来たように喪失感が巣食っている。美味い酒を飲んでも、女を抱いても潤されることはない、底なし沼に嵌っているのだよ。だが、それがどうだ。今、私はとても喜ばしく感じている。目の前に、初めて、対等の相手が立っている! 全力で戦える敵がいる! 私は自覚する。戦士に必要なのは金でも、酒でも、女でもない。
高らかに宣言するターナーに、奇しくもぼくはYesと叫びたくなった。だって、ずっとそうだった。好きな音楽を聴いても、仲間とつるんで飲み明けても、レイチェルと抱き合っても、一度も心から夢中になったことはなかった。
決して満たされないわけではなかったけど、どこかで冷めて見下しているもう1人の自分がいた。でも、今度はそのもう1人が檻の中でとぐろを巻いて、虎視眈々と舌なめずりしている。
この気持ちは何なのだろう。何だか戦いたくて仕方ない。地下の戦闘から疼いている熱が荒々しく逆巻き、呼応した体が理性を押しのけて動き出す。アルコールに似た酩酊感に浸りながら、両腕を広げ体を開き、何度も感じた高揚感に身を委ねる。
息を吸い込み酸素と共にアドレナリンを、全身に送り込んだ時には既に檻は破られ、中の『ぼく』がぼくと一体となって、大地を蹴り出していた。
敵の敵は味方という言葉がある。今のシェリーからすれば、敵でも猫でもいくら手を借りても足りないくらいだ。何せそれくらい忙しい。ナイジェルから緊急通信が入って15分。敵の猛攻は止まらず、こっちの被害も止まらない。
とは言え、それは向こうも同じ様で、累々と積み重なった死体のスーツ集団は、最早敵か味方か判別できない。しかし、状況が好転することはなく、現在まともに動けるのはシェリーを合わせても30人いるかどうかだ。そんなわけで、彼女らは最後の作戦に身を投じていた。
「まだ?」
「あと少しだ。2、1…よし、いいぞ!」
カザマが数人の仲間と死体から奪ったZガンを、物陰から構えて照準を物々しい影に合わせる。しかし、ロックオン用のトリガーを引いただけですぐに戻り、専用回線でデータを転送する。
その情報は上空に待機する輸送機に陣取るナイジェルのデバイスに送られ、彼とスパコンの手で輸送機に設置された誘導カメラに、ミサイルの予測軌道進路の補助マーカーとして再変換される。
「ドンピシャだぜ。」
REXの陽動により、敵勢がマーカーのサークルに入ったのを確認してボタンを押すと、輸送機の腹が開き内蔵していた超小型誘導ミサイルを投下した。それは地上にいたシェリーも通達され、味方と頷きあって牽制を解いて素早く後退する。
当然、被害を被るのはそういった事情を知る由もない黒マスク軍団だった。急に張り合いがなくなったREXに不審を感じ、若干侵攻スピードを緩めはしたが、着弾すると1発20mの火柱が立つミサイルからは逃げられない。
それでも驚異的な反射神経で、空爆を予感したマスクズはすぐに回避しようとしたが、到底逃げ切ることはできず、全体の6割近くがバラバラの肉片に変わって、真っ赤な瓦礫となって赤いシャワーと一緒に降り注いだ。
「やったか…?」
衝撃と轟音が収まり、塞いだ耳を開いたカザマが壁から顔だけ出して様子を伺う。だが次の瞬間、燃え立つ炎の中でユラリと何かが動くと、一条の光が顔面を掠めた。まだ、生きてやがる。
「こんなものでぼくを殺れると思うなよ! 虫けらどもが!」
重く圧し掛かったジェットコースターのポールを払いのけ、吼え上がる黒いハルク。その姿が揺らめいて見えるは恐らく蜃気楼のせいだけじゃない。しかし、
「今だ!」
カザマの号令で
しかし、いくら叩き込んでもイーリーがダメージを受けている様子はない。その証拠にお返しとばかりに、掌底からビームを放出し、肘部のブースターの加速で360°満遍なく光の束を注ぎ込む。
「
再度の掛け声で隊員たちが一斉に跳躍し、脚力を増強して目にも留まらぬ速度で飛び回り、全方位から絶えず応射を繰り返す。
「しつこいんだよゴキブリのくせに!」
凄まじい衝撃に晒されながらも、なお倒れないイーリーはマニュアルを操作して、ビームを拡散型に変更する。1本だった光線が無数の紐のように分裂し、何人ものREXを裁断する様に悦に入っていたイーリーは、しかし大きくバランスを崩した。
外骨格の姿勢制御も間に合わず、すってんころりんと形容されそうな転び方をしたイーリーは、足元の違和感に気づく。へこんでいた。それは先程の空爆で出来たクレーターだった。よく見るとそこかしこに同じ跡が点々と刻まれている。
どれも直径は小さいが、一度はまると簡単には抜け出せないほどの深さだ。さらにハードスーツの隆々とした脚は、穴の小ささが災いしてすっかりと収まっていた。加えて運悪く仰向けに倒れてしまい、いくらスーツが筋力を増幅してくれても、年中研究室に籠っているイーリーに起き上がる腹筋が付いているはずがなく、ハードスーツの極端な体格が一層バランスを悪くしている。
それを狙って飛び回っていたREXが、黒い網を射出する。最新の高分子繊維で構成されたその網は、瞬時にイーリーの腕に巻き付くと、ちょうど磔の刑のように2つの太い腕を宙に固定した。何とか振り解こうとするが、体勢の悪さと誤った力の入れ方のせいで、千切ることが出来ない。
そんなイーリーにカザマは全力で疾走していた。ようやくだ。ようやく近付ける!
『これが作戦だ。』
20分以上前、どうにか糊口を凌いでいた仲間を集めて、爆音に負けず声を張り上げていたときを思い出す。
『作戦? おいおい、よしてくれよ。これじゃお前ら日本人お得意のカミカゼ・アタックじゃねえか。』
仲間の1人が皮肉交じりに茶化したが
『結論から言えばそうなる。』
『ふざけんな! オレは無駄死にするためにここに来たわけじゃねえんだぞ!』
『オレもだよ。そうさ。オレだって散々考えたんだ。でも、その結果これがベストだと判断した。逆に言えばこれが一番の安全策なんだ。』
『安全!? 支援もない孤立無援で、こっちの人員は歩くこともままならねえ。オマケに奴にはヘンテコなマスク野郎がわんさかしてやがる。これのどこが安全なんだ?』
『3年前、オレはヨコスカにいた。』
唐突に話を変えたカザマを訝しむ味方。しかし、シェリーに制されて口を噤む。
『初陣の朝、いきなり基地に警報が鳴った。敵が攻めて来たんだ。オレも何とか訓練通りに動いたが、防衛線はガタガタで仲間も次々に殺られていく。1秒後にはオレがああなるんじゃないかって、ビクビクしてたときだ。目の前に黒い影が現れて、アッという間にターミネーターを圧しちまった。』
ゆっくりと緩急をつけて、伝えたいところを強調する。天然のジゴロと称される所以の話術で、興味を引きよせる効果は、男も女も関係なく耳を傾けさせた。
『影で顔は分からなかったが、後になって仲間が偶然入手した基地のカメラ映像を見せてくれた。間違いなく本人だったよ。ただ、そのときにはタクミの経歴は秘匿条項になって、確かめられなかった。だけど、REXに入って確信したんだ。アイツは本物のヒーローだってな。』
ヒーロー。男なら小さい頃は誰もが憧れる言葉だ。
『オレは兄弟を養うために軍に入った。今もチビたちを一番に考えている。けど時々、アイツの背中を追っかけたくなっちまうんだ。理屈じゃねえ。体が勝手に動いちまう。どうしてもアイツが眩しく見えちまうんだよ。だからオレは
戦うには余りにも単純で稚拙な動機だ。でも、だからこそブレない。
『そりゃ偶にだがアイツが怖いと思った時もあったさ。昔のときと比べて、今のアイツは何だか脳の代わりにチップで動いてるみたいだ。冷徹で機械みたいに。でも、それでもアイツはオレの憧れなんだ。』
ここまで来るのに多くの
目標まで30m。対象が右腕を強引に動かして網を切る。もっと速く。味方が懸命に取り押さえるが、振り払われる。
15m。右手が怪しく光り、水平に振ったかと思うと、肌の水分が蒸発するほどの熱波が襲い掛かった。それでも止まらない。
3m。ブロックに見える巨大な拳が迫り来る。勢いを着けすぎたせいで、回避が間に合わない。ギリギリでかわしたが、ブレードがスーツに食い込む。途端に肘先から激痛が走るが、もう遅かった。
左の拳を思い切り黒い装甲にぶつけ、跳ね上げる。無論、傷などつきようもないが、その必要はない。がら空きになった脇の隙間に、手の平サイズのシリンダーをねじ込むが、2秒もしない間にゴツいパンチに捕まり、五臓全部が口から飛び出るんじゃないかと思えるほどの衝撃が、カザマを遥か後方に吹き飛ばした。
アレ、オレ飛んでる。宙を舞う中で鈍くなった頭に、ぼんやりと痛みが伝わる。その発生源である右手には、本来あるべきものが肘の付け根からなくなっていた。ヤベ、利き腕じゃねえか。
まあ、この際仕方ないか。どのみち任務完了だもんな。もうオレはこれ以上無理だ。だからシェリー、頼むぜ。
作戦は3段階。1、空爆による敵支援の迎撃。2、標的の捕獲(最初の爆撃で足場を崩す)。3、無力化しての該当箇所へ爆弾設置。そして、狙撃。
何度も味方が吹き飛ぶ光景を見てきた。何度もトリガーを引こうと思った。その度に押し殺してきたマグマが、脳内で溢れんばかりに駆け巡る。狙いも外さない。もう私には
撃鉄が下がり7.62mm弾の装薬が点火して、使い手が定めたポイントに過たず直進する。何者にも阻まれることなく、ジャイロしながら直線軌道を描いた弾は、狙い通りカザマが仕掛けた
水素を核にした常に臨界状態のそれは、外部からの僅かな刺激にも過敏に反応し、行き場のない熱力を暴発させた。偶然にも小さなビルを破壊できるほどのエネルギーは、反射的に脇を閉じようとしたスーツの窪みにスッポリと収まり、余すことなく膨大な威力を内側で爆発させた。