飛んできたロケットランチャーがナイジェルのすぐ足もとに着弾した。
「グアッ!?」
爆発的な光が視界を灼き、轟音とともに呆気なく宙を舞う。大地を転がり口に入った土を吐き後退しようと腰を浮かせたが、敵から7mしか離れてない距離では悪あがきにもならなかった。
鋼鉄の死神はトリガーを冷酷に引きかけたが、唐突に崩れ落ちた。初めは故障かと思ったが、胴体の破損具合がそうではないことを物語っていた。
Xガンを撃たれた金属は、爆発に近い壊れ方をするため引きちぎられた形状になるが、目の前の奴は背中にへこんだ穴が空いており、拳の形に似ている。
そのとき、死んだはずの機械が赤い双眸をナイジェルに向け、銃を構えたが、直後にその頭が掻き消えた。
「先輩、ケガはありませんか?」
同時に涼しい声が降りかかり、見上げると同じくらい涼しい顔の新兵が傍らに立っていた。
「タクミ…?」
「200mほど南に味方が陣取ってます。何とか合流してください。」
初陣とは思えない落ち着きぶりで情報を伝えながら手を差し出す。握り返すと思ったよりずっと強い力がナイジェルを引っ張った。
「合流って、お前はどうすんだよ。武器もなしに…」
「必要ないんです。」
短く切り捨てると、タクミは駆け出して土煙に紛れて幻みたいに消えてしまった。呆然とその背中を見ていたナイジェルに
「ナイジェル、無事か?」
曹長が到着し安否を尋ねる。
「曹長、タクミって確か初陣っすよね。」
「ああ、あれほどヤレる奴とは予想外だった。全部素手で潰してやがる。」
「は?」
後ろを振り返り目を凝らすと、先程の一体と同じ穴が空けられたものが点々としていた。信じられなかった。あの穏やかな雰囲気の後輩がここまで敵を圧倒するとは。
「タクミ…」
複雑な気持ちが言葉に出る。相変わらず日差しの強い128周目の出来事だった。
ループが3桁に達すると、ぼくは体に微かな変化を感じるようになった。以前よりモーションが楽にこなせるようになったのだ。
マザーとの組手で鍛えられた技術や反射神経もあるが、何より膂力が格段に上がっていた。ただ殴っただけでサンドバックに穴が空くようになったり、蹴りで鉄板を使い物にならなくさせたりしたからだ。今では片手で逆立ちもできる。
いくら体を鍛えてもループには持ち越せないので筋トレはしなかったのに何故だろう?
その答えはマザーが教えてくれた。曰く、人間は肉体の自壊を防ぐために無意識に脳が力を抑制しており、それを外すと常人でも片腕で100kg以上の質量を保持できるらしい。気合いやモチベーションで上げることで一時的に解除できるが、全開には至らない。
けど、ぼくは死にまくった経験から、半意識的にこのリミッターを外せるようになったという。
「それでも多用するのは辞めた方がいい。」
鋭いパンチを繰り出しながらマザーが忠告する。すでに会話しながらでもぼくは攻撃をかわせるようになっていた。マザーの格闘術は非常に実戦的で、基本的な軍隊格闘術であるクラヴマガにシステマやカリシラットを複合したものだった。どうやら化け物相手に打撃は効きにくいから、スピーディーな動き、関節技、投げ技を追求した結果らしい。お陰でナイフや棍棒の扱いにも随分と慣れた。
「何でさ?」
「今のお前は相当数の戦いをしてきたが、それは経験の話だ。体はいつもと変わらない。つまりフルパワーで殴ったらお前の腕もダメージを受ける。」
マザーの手を払いながら軽いジャブを放つと、肘を突き出すフィストブレイクと呼ばれるカリシラット独特の防御体勢が待ち構えていた。あれは当たると痛い。
途中で軌道変更し腕だけをしなるように打ち込む。脱力した状態で拳そのものの重みを活かすシステマ・ストライクは、しかし同様に呼気を吐いて脱力したマザーには効かなかった。
システマは呼吸をコントロールしてリラックスすることから合気道と似た概念を持つ。練習ではゆっくりした動きだけど、実戦ではそれなりに早くなるし、マザーの場合極め過ぎて消えたと錯覚する体捌きになり、僅かに手足が触れただけで相手が宙を舞う。
鮮やかなハンドテクニックで相手を絡めとるのはカリシラットの専売特許だ。教わった通りの動きで攻撃を捌き、懐に入ってフロントチョークで締め上げる。人間に限らず動物は上からの攻撃や拘束に弱い。
「いくらアンタでも簡単には抜けられないだろ。」
「…さあ、どうかな。」
「けど半意識的って、もう半分は勝手に外すかもしれないってことだろう。危ないんじゃないかな?」
タップして降参の意思を示し大の字になって呼吸を静めながら尋ねる。ひょっとしてこれにも何かコツがあるんじゃないかと期待してのことだったけど
「ならばコントロールできるまで訓練に励むことだ。」
にべもない返しにそりゃそうだよな、と独白して仕切り直しとなった。再び襲ってきた速さに合わせ、マザーの手の甲を指で押さえ一息に投げた。が、システマの原理に従って流れに逆らわず、浮いている間に体勢を入れ替え、マザーは転がる代わりに両足で踏ん張り同じ技をかけ返す。
そんな光景を遠巻きに見ていた特務部隊員らの小話がぼくの耳に入ってきた。
「なあ、見たかさっきの。」
「ああ、認めたくないが、マザーのスピードにちゃんとついてきてやがる。何者だ、あの坊主?」
いつもマザーと訓練してきたため分からないが、ぼくらの戦いはどんなに見積もっても異常だった。実戦と遜色ない殺気を放ち、切れ味抜群の技を非常識な動きで出し合う。もはや人間では無い者同士の戦いがそこにあった。
しばらく殴り合ったが、突然マザーが構えを解いた。
「どうしたんだよ?」
「もう近接戦闘は十分だ。次の訓練に移る。」
「ゲッ、まだあるのか。」
あからさまに嫌な顔になったぼくをカラカラと笑う。
「心配するな。これで最後だ。」
そう言ってマザーは黒い物体を投げてよこした。全体的なフォルムは懐中電灯に似ているが、レンズのはずの部分は縦にスリットが入ってる。
「マザー、これは…」
「ガンツソード、接近戦用の兵装だ。使い方はマニュアルで知ってるだろう?」
「いや、知ってるっちゃあ知ってるけど…」
改めて右手の懐中電灯をしげしげと見つめなおす。ガンツソードは支給される武器でも唯一の原始的な装備と言っていい。通常は柄だけだが、手元のダイヤルを操作すると黒い刀身が出現し、金属でも有機物でも関係なくほとんどの物質を切断できる業物となる。さらにはスーツの補助が必要になるが、刀身の長さを任意に調節可能なのも強みだ。だが、銃弾が飛び交う戦場において棒切れ一本で立ち向かうのはバカのやることだし、ぼくも演習以外で使った覚えはなかった。
「T-000のことを覚えてるか?」
ループ脱出の最重要項目だ。忘れるはずもない。
「もちろん。」
「どんな姿だった?」
「どんなって、写真の通りだよ。ゴツイ図体でキャタピラ履いた。」
それがガンツソードと何の関係があるのか、ぼくには話の筋が全く読めなかった。
「では何であんな形になったのか疑問に思ったことは?」
「知らないよ。」
「だろうな。だがこれから話すことを聞くと、お前はコイツを使わざるを得なくなる。」
眉をひそめたぼくにマザーは何か企むように微笑んだ。
システマについては動画を見たのですが、しっくりこなかったので作中では韓国で行われているシステマの動画や合気道やフィクションに出てくる動きを参考にしました。あくまでフィクションなので大目に見ていただけたらと思います。
参照:塩田剛三、バイオハザードダムネーション
実際に早く動く動画はこちらから
https://www.youtube.com/watch?v=sbEGgZ86Ci0
https://www.youtube.com/watch?v=P4ZwQ6qxZbQ
https://www.youtube.com/watch?v=CYyOIoGvFNo