GANTZ Repeat'   作:マルハン2

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42.怪物の卵

戦いに夢中になったことなど無かった。

その事実はぼくが初陣を飾ったときから変わらなかった。生来ぼくは臆病だ。特に暴力というものに関しては、人一倍怖がりな自信がある。学校でも虐められてたのは、懐かしい思い出だ。

ループで死にまくったお陰で、多少改善できた方だけど、完治にはまだまだのようで、そもそも治せるのだろうかと思いつつある。しかし、そんなぼくの個人的な事情に情けをかけてくれるほど敵は甘くない。

現にこうして物陰に隠れている間も、奴の気配(プレッシャー)が着実に近づくのを感じる。ここに来るまでの間にいくつかのブービートラップを仕掛けておいたはずだけど、どうやら効果なしらしい。

だがまだ勝負は続いている。この場所は特にアトラクションが多く、メリーゴーランドやゴーカートなどが所狭しと並んでいる。これだけあれば十分だ。いよいよ敵がフィールドに乗り込んできたと同時に手首のコントローラーを弄ると、さっきまでの静寂が嘘のように夢の機械の数々が、テーマパーク本来の陽気なメロディを奏でて一斉に動き出す。

「なるほど。音と光で自分の居場所を撹乱するか。だが、君の位置はすでに把握しているぞ。」

ブラフだ、と自分に言い聞かせつつ物陰からXガンを撃つ。スーツがXガンを無効化する以上命中の成否は不明だけど、爆発が起こらないということは当たったと同義だ。一箇所に留まる愚は犯さず、こまめに移動しながら撃ち続ける。発射と着弾にラグがある特性はこういうときに便利だ。大音量のBGMも発射音を打ち消し、位置予測の欺瞞に一役買ってくれている。

しかし流石に罠に気付いたターナーは近くのオブジェを引き千切って盾代わりにしてきた。なら第2段階だ。射撃に変わって今度は足元に置いておいた箱状の物体を放物線上に投げる。予めいくつかのアトラクションを物色して抜き出したバッテリーだ。それが地面に落ちる瞬間にXガンのトリガーを引く。投げる前にロックオンを掛けておいたバッテリーは、ゴミ箱の裏に背を預けているこちらにもちゃんと届くほどの破裂音と熱波を生み出した。ありもので済ませた代用品だが中々の威力だ。

あわよくば腕の1本くらい吹き飛んでいればいいと思って窺うと、その頭上を鋭い風が通り過ぎた。遅れながら数本の髪の毛が落ちる。恐ろしいことにターナーは無傷だった。そういえば爆発の直前に何か叩いた音がした。即席爆弾だと直感してどこかに蹴り飛ばしたのだろう。どちらにせよ大した危機察知能力だ。

「力に頼らず今ある状況を利用し戦いを組み立てる…彼女(マリナ)の戦い方だな。上手いものだ。」

命のやり取りの中でも余裕を崩さない姿勢に戸惑いながらも第2波を仕掛けるが、初回で見破られた罠に2回目も引っ掛かる道理はない。今度は軽やかに飛んで距離を置かれた。もっともそれも織り込み済みだ。着地点を逆算して仕掛けたワイヤーが触れ、反応した複数のバッテリー爆弾がターナーの背後にそびえ立つ観覧車の支柱を集中攻撃する。ゆっくりと軋みを上げて倒壊する鉄の車輪が敵の姿を覆い潰すのに時間は掛からなかった。

「頼むから死んでおいてくれよ…」

精一杯の祈りを込めて舞い上がる煙に目を凝らす。だが悲しいかな。相手はピンシャンしていた。ハブとハブの隙間から這い出る不死身ぶりに帰りたいと思った。一気に肉薄した斬撃を堪らず刀で受け、勢いを流して背中を襲うが、簡単に避けられる。

「いいぞ、いい反応だ。」

下からすくい上げるように這い上がってくる一撃を防ぎ、そのまま刀身を滑らせて顔目掛けて薙いだけど、ターナーは鼻先にも掠めさせずにかわす。ギリギリまで引き付けて仰け反る様子は、まだ本気を出してない。

実力が拮抗している場合、手の内を探り合って隙を見つけるのがセオリーだが、ぼくらには当てはまらない話だった。あまりにも似すぎているせいだ。型も、立ち回りも、フェイクも、呼吸のタイミングさえ個人差があるのか疑わしいくらいだ。

「アンタ、戦場帰りだな。いくら脳に経験を積んでも身体が着いてこなければ、これだけの動きは出来ない。どういうことだ? プロメテウス計画にマザーが出てくるのか?」

「身内の特権というものさ。血は繋がってないが、私も一時期マリナから手解きを受けたことがある。」

どおりで戦い方がそっくりになるわけだ。性格の違いか、剣筋に個性が感じられるが誤差と言うレベルでもない。第三者からしたら合わせ鏡のように刀を打ち合ってるに違いない。どちらにしろ、ぼくに余裕がないことに変わりはないけど。

背後から仕留めたはずのマスクズが1本だけの脚を器用に踏ん張り、獣みたいに地面を這って接近するのが気配で分かる。豊富なヘモグロビンを排出しながら飛び掛かる黒覆面の到達位置を予測して、肩越しに振り抜くと頭に生暖かい液体とソーセージの束が落ちてきた。

「うわっ、ばっちい。」

滴る血と小腸をかなぐり捨てて、遅れて地面に落ちたマスクズの死体が握っていたガンツソードを、ターナーに蹴り飛ばす。投げ槍さながらに直進する剣を、ターナーはヒョイと頭を傾けてかわすが、それが通り抜ける前に柄を捕らえ、勢いを殺さず流れる一動作で投げ返してきた。

送り出したときより倍のスピードで帰って来た飛び道具を叩き落すことには成功したが、その間に間合いに入って来たターナーの剣圧には耐え切れず、ぼくは道端の小石よろしく地面を転がった。

目まぐるしく回転する視界の中で、小洒落たネズミの銅像を目にしたぼくは、そいつの横腹に剣を伸ばして突き刺し、吹っ飛びの勢いを殺した。慣性に引っ張られそうな全身を押し留めながら、スーツが膨張して両腕を圧迫するのを感じる。後ろに飛んでおいて良かった。まともに受けていたら、さっきのアクションで肩の関節が外れていただろう。

「よっと…アレ?」

視界の右側が黒ずんでよく見えない。血でも混ざったのかと手をやると、何度かの経験で瞼の奥にあるはずのものが無くなっているのに気づく。そういえば転がる直前に、右目にピリッと軽い電気みたいなのが走った気がする。先程の一撃を受け止めた時に、斬り飛ばされたのかもしれない。

でも、痛くない。普通なら顔の半分が穿たれたような衝撃がするはずなのに、全くそれがない。いや、その言い方には語弊がある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。溶かした鉄を流し込まれたような、のたうち回っても足りないほどの痛みが来ないクセに、どこがどう痛いのかはハッキリと()()()()()

アドレナリンの過剰分泌による痛覚の鈍化か、Aδ線維に異常が発生したのかとも思ったけど、それでは今まで感じたことのないこの奇妙な感覚を説明することはできない。

結論としてぼくはこの不可思議な現象を無視することに決めた。痛くないなら好都合だし、事実それを追求しながら相手取れるほどあの男は弱くない。眼窩から伝い落ちる赤い雫を舌で舐め取る。

もう一度言うけど、ぼくには余裕がなかった。アキラに追いつくことも、彼女が助けようとしているREXに駆けつけることも、ここから脱出することも。

だって、こんなに愉しいんだもの。

 

「ハアッ…ハアッ…クッソ、超痛え。」

メディックの処置のお陰で止血と痛み止めは済んだが、脈が打つたびにこめかみを針が通り抜けるような痛みは消えない。それでもまだマシな方だろう。あれだけの戦闘では、寧ろ五体満足な奴の方が少ない。

「まだ死んだわけじゃない。動けるなら動いて。」

「お前、それが言えるってスゲエな…。てか普通、怪我人に働けって言うか?」

憎まれ口に苦笑しつつ、シェリーに肩を貸してもらって、前方の人だかりに向かうと、そこには変わり果てたハードスーツの姿があった。右肩は根元から吹き飛び、土管ほどの巨大な腕はREXが運び出している。幸か不幸かスーツの防御力は生きており、中の人間(イーリー)は一命を取り留めていた。

「さて…」

シェリーがライフルを突きつける。

「キリアン・イーリーね? カザマが大尉から聞いた。ローガンに、隊長に何をしたの?」

「…ゴホッ、アイツの、部下か。白人の様だが、成る程な。目が少し…似ている。」

「何をしたの。」

もう一度、強く問い質す。すると、イーリーは口元を僅かに歪め、可笑しそうにクックッと腹を揺すり出した。

「ただの実験さ…究極の兵士を造り出すための、な。」

その目は至極冷静だった。出血多量で狂ってはいない。かといって理性の光を灯しているわけでもなかった。奇妙な陶酔すら感じる、そんな目だ。

「出た。キリアン・イーリー、生理学界の異端児。論文は独創的だが、倫理的に著しく難あり。専門分野は神経科学だ。過去にも2回独断で実験を行おうとして処罰されてる。」

参謀本部から取り寄せた資料を仲間が読み上げる。それを聞いたカザマは我慢できずに、イーリーの胸倉を引きずり上げた。

「言え! アイツに何をした!」

「…痛覚マスキングだ。」

「…何だ、それ?」

聞き慣れない単語に首をかしげる一同。そんな連中を一瞥したイーリーは、嘲笑うかのように鼻を鳴らした。

「人間には痛覚と言うものが存在するのは、知っているだろ。外部から強烈な刺激を受けたときに、体が発する警告だ。ぼくは昔から注射が心底苦手(へローンフォビア)だった。だから痛みを感じない研究を進めて来たんだ。でも、ただの痛覚麻痺じゃ意味がない。重傷を負っても、気が付かずに死んでしまうからな。」

そしてまた愉快そうに唇を吊り上げた。

「きっかけはT-800、だった。」

「ターミネーターだと? どういうことだ。」

「ターナーが密かに確保したT-800の解析資料を、読んだ時だ。奴らの頭部のチップが、非常に人間の脳に近い構造であることに気づいた。各地域の文化、人間の行動様式、高度な判断力…どれも人間社会に擬態するのに必要なものだ。その中に興味深い能力があった。T-800(やつら)は、痛覚を持っていない。いや、痛みを認識するプログラムを施されていた。」

「意味が分からないぞ。簡潔に言え。」

ため息と咳を同時に出すという離れ業をやったイーリー。

「人間の脳は痛みを感じる機能と、痛みを知る機能は別々のモジュールで処理されるんだよ。そこでぼくは体性感覚野や偏桃体―痛みを感じる機能―をナノマシンや薬物投与で麻酔をかけ、痛覚を認識する箇所だけ局在的に機能させた。そうすることで、『痛みを感じずに痛みを知覚する』感覚が手に入るわけさ。」

テストで100点を取った子供みたいに、誇らしげに語られるグロテスクな狂気の産物。それはつまり、どんなに撃たれても手足が折れても、銃を支える筋肉と発砲の指令を下す脳細胞さえ残っていれば、戦闘を継続できることに帰結する。

質感としての痛みを感じず、文字通り力尽きるまで戦い続ける、最先端の技術(テクノロジー)で造られた消耗品としての命。

「ふざけんな! テメエが生み出したのは兵士じゃない。ただのゾンビだ!」

「人聞きの悪いことを言うなよ。戦場で語られるヒューマニズムほど滑稽なものはないぞ。戦いの歴史とは科学の歴史。合理性の物歴(メタヒストリ)だ。最小の行動で最大の殺傷数(こうか)を挙げる。生き残るためと言いながら、やってることは効率よく人を殺せる道具作りだ。」

トントンと残った人差し指でこめかみをつつく。

「もちろん、完成するまで問題は山積みだった。マスキング出来る痛みの種類、効果の程度と時間、施行技術。そのうちの2つは解決したが、有効時間だけは伸ばせなかった。出来たとしても精々4、5時間だ。小規模の作戦行動ならば支障はないが、反攻作戦と防衛線維持が主体の抵抗軍ドクトリンには相性が悪い。その解決策をぼくは人間自身の学習能力に委ねた。」

「人間が勝手に痛みを無視できるってか? 不可能だ。それほど人間(オレたち)は強くない。」

「そうでもない。意外にも脳味噌ってのは馬鹿正直なんだ。プラシーボ効果がいい例さ。脳梗塞で半身不随になった患者だって、鏡で動く方の手を映して、毎日同じ動作を繰り返したら、動かない方の手の神経系が回復したってカルテも存在するくらいだ。だからぼくはコガ・タクミに似たようなことをした。」

まさか、と思いたい。普通なら有り得ない。どんな人間でも確実に死ぬはずだ。でも、タクミは生きている。シェリーはイーリーが呼吸を乱していないことに気づいた。

「何度も痛みと薬物局所輸送(DDS)を与えた。死ぬほどな。すると期待通り、奴の脳は肉体の危機と薬理的反応の繰り返しで、徐々に『痛みを感じる機能』だけをフィルタリングした。自力で自分の脳を作り替えたんだよ。決して倒れない極限の兵士が誕生した瞬間だ。」

「まさかお前、それをアキラにも…」

「へえ、あのロシア人アキラっていうのか。ターナーが教えてくれないから分からなかったな。安心しなよ。彼女はうちにとってのVIPだ。こっちのプロメテウス計画(とっておき)を堪能してもらったよ。けど、かなりいい体してるよな、あの娘。思わず味見しちゃった。」

テヘッと舌を出した、やっちゃいました顔にREXの沸点が急降下する。もちろん、真っ先に拳を打ったカザマを取り押さえる者はおらず、ほどよく肉付きのいい頬を歪ませるだけに留まらず、その奥の歯を数本砕いた。

「…ッ! 痛いな。顎が砕けたらどうしてくれるんだ。」

「バランスが悪くなるから、頭蓋骨ごと粉砕してやるよ。それにどうせ痛覚マスキングとやらを施してるんだろ。」

「ありゃ、バレてたか。それにしても君、東洋系のクセに中々鋭いな。探偵でもしてたのかい?」

「片腕がないのにペラペラ喋ってるお前を見たら、誰だって分かるわ。オラ吐け。他にも何か隠してるんじゃねえのか?」

Xガンを押し当てて意識していたよりも低い声で恫喝する。イーリーはつまらなそうにそっぽを向き

「ジャップ・ザ・リッパーの楔前部を少しな。要するに痛覚マスキングとは別の方法で脳の特定箇所を弄くらせてもらった。」

「今度は何をしたんだ。お前はどこまで―」

刹那、世界が爆発した。耳元で鼓膜を貫くほどの轟音と閃光が瞬き、本日2度目の空を舞ったカザマは、経験的にRPGが炸裂したと理解して、どうにか着地し最寄りのバリケードに駆け込んだ。

「どこからだ!?」

『東に多数の金属体を検知している。どうやらスカイネット様御一行が到着されたようだな。』

「バカな。まだ警告が出て10分も―」

『奴らが神出鬼没なのは常識だろ。いつ待ち伏せしててもおかしくない。』

通信機越しに断言するナイジェルに何も言い返せなくなる。

「とにかく必要な情報だけ教えて。さっきの攻撃で捕虜は死んだ。」

すでに応戦状態に入っているシェリーが指差した先には、さっきまでヘラヘラと笑っていたマッドサイエンティストが、頭蓋骨どころか頭部を丸ごと髪の毛1本も残すことなく四散させていた。もたれていた壁には嘆きの壁の如く、赤いペインティングで爆散した人の顔の跡が刻まれていた。

『電磁波測定器からはT-600とT-100が50体ずつの報告が入っている。だが、未確認のパターンが検出されているみたいだ。サンプルが欲しいところだが、贅沢は言えねえな。ここは逃げに徹してくれ。』

「言われなくても。」

早速Zガンで捕捉したT-100を不可視のエネルギーで圧壊させ、照射時間を調節して円形のヴェールで即席の壁を作り、少しでも味方が後退する時間を稼ぐ。Zガン(コイツ)の威力ならあと数分は持ちこたえることが出来る。いくばくか余裕を取り戻したカザマだったが、炎の奥で奇妙な影を捉えた。

全体的なシルエットは見慣れた人型だが、体格はT-600より一回り小さい。T-600の改修型か?

どちらにしろ撤退が優先だ。早めに潰すに越したことはない。持ち前の判断力で標的の破壊を実行しようと構えた瞬間、シルエットが若干姿勢を崩したかと思うと()()()()()()()()

「んなっ!?」

―鹵獲した新型潜入用ターミネーター『T-800 model101 cybernetic organism』における解析結果から一部抜粋

① 当該機種は脚部に油圧式ポンプの高出力を利用した人間のそれに近い構造を有しており、人間社会に擬態するためにより広い駆動域を実現している。その再現度は総計150kgの重量をものともしない速度での移動が可能であると推定される。

人型である以上歩きはするが、走り出した個体は見たことがない。例の新型と直感したカザマは、Zガンを捨ててファイティングポーズを取った。鈍重さを感じさせないスピードに加え、ジグザグに乱数機動を描く相手では、照準を合わせるのが著しく困難になる。ならば接触の危険が増すが、肉弾戦に持ち込む方が仕留められる確率は高い。

腰をわずかに落として、両足に均等に体重を乗せ、呼吸を整える。あと数mに迫ったところで左腕に力を集中し、反応したスーツが岩塊を容易く破壊できるほどのパワーを付与する。そして目と鼻の先に到達した新型に合わせて拳を振るい―()()()()()()()()()()()()()()()()()がカザマの頬にヒットした。

②T-800は潜入を主眼に開発されているが、戦闘機械としても非常に優れた性能を維持しており、T-600を凌ぐ稼働時間、出力、耐久性、思考能力、攻撃力を備えていると考えられる。

特筆すべきは思考能力であり、ニュートラルネットワークと並列処理による極めて高い学習機能が搭載され、高等知性のみが有する様々な抽象的概念すら理解できる可能性が高い。これは人間社会に溶け込む必要を鑑みても、過剰性能と捉えられており、同下位種の指揮役を担う目的もあると考えられる。

また攻撃性能に関しても、射撃精度の向上はもちろん、①にも示した広範な駆動域及び蓄積された格闘技術の読み出しにより、白兵戦も十分に対応可能な模様。

これらの連携を重視した強化措置と対人戦への本格的な機能拡張から、当該機種は従来のターミネーターを統率する役割を持ち、その危険性は非常に高いと結論する。

見事なカウンターを食らってたたらを踏む体に、T-800の正確かつ容赦のない連打が確実に立つ力を奪っていく。止血したとはいえ、頑丈さが取り柄とはいえ、腕1本分の血を失った体はすでに警報アラートのオンパレードで、今カザマを支えているのは気力だけだ。

それでもどうにか意識を振り絞って鉄の拳を受け続けていたが、中身は生身の人間。当然の如く限界を迎え膝を屈してしまう。それを好機とばかりに腰を捻って振るわれた剛腕は、ちょうどカザマの胸の中心―心臓に一直線に伸びた。

が、直前で割り込んだ影―もう1人の殿(しんがり)を務めるシェリーが、代わりにそれを受ける瞬間が映った。奇しくもその拳はシェリーの心臓を直撃し、たまらずその場に崩れ落ちた。

③隠密性を最大限に発揮すべく設計されたT-800は、そのステルス能力を活かして暗殺アンドロイドとしての側面も併せ持つ。特徴として人体の構造も学習しており、それから判定して繰り出される動作は、使い方を間違えなければ医療機器として通用するほどの精密さを備えていることが判明した。事実モーションプロセッサを解析すると、優先的に急所を狙うよう組み込まれていることが確認されている。

「シェリー!」

上手く動かない脚を引きずって、仰向けの身体をひっくり返し、呼吸を確かめる。小さな口は開き胸も上下しているが、呼吸は浅く脈も弱い。このままではいずれ―思わず背筋がゾッと震え、次いで頭の中に未知の物質が広がっていく。

許せない。殺せ。本能の促すままに拳を血が滴るほど握り締め、全身で吼えながら渾身の一発を食らわせる。しかし、予め行動を精査していたT-800は逆にその力を利用し、伸ばされた腕を掴み腰にも手を回して、完璧なタイミングで腰投げした。

人間相手なら地面にキスするだけで済むが、何百kgも持ち上げるパワーを持つターミネーターだと、カザマのような巨漢でも簡単に投げ飛ばされてしまう。さらに運の悪いことに、投げられた先には爆撃でコンクリが剥がれ、露になった鉄筋が鋭く尖って待ち構えており、カザマの右肩に深々と突き刺さった。

再び侵蝕してくる痛みに呻きながら、必死によじって引き抜こうとする。しかし、鉄筋の螺旋に肉が巻き付いているのか、一歩も動けない。しかも目前にはユラリと蜃気楼を纏って、T-800が悠然と近づいてくる。

絶対絶命。その言葉が脳裏を過ぎった直後、カザマの前にまた影が立ち塞がった。だが、その影は髪をたなびかせ、片手にはXガン、もう片方にはグッタリと四肢を垂れたマスクズを抱えている。アキラだった。

「お待たせって言うところだけど、ちょっと遅かったか。」

まさか切り抜けてきたというのか。あの黒マスクが跳梁跋扈する虐殺のオーケストラを。アキラ、と呼ぶ前に彼女は消えていた。死体を手放した途端に、ちょっと跳んだだけでT-800の背後を取り、仮面ライダー並みの鮮やかな回し蹴りでその髑髏顔を刈り取った。綺麗に落とされた首はカザマが磔にされた壁に放物線を描き、ちょうど顔の真横にめり込んだ。

一瞬だった。不意を突かれたとはいえ、鍛え抜かれた特殊部隊の兵士を戦闘不能に追い込むほどの性能を発揮したスカイネットの最新兵器が、たった1人の細身の女性に破壊された。

「抜くよ。」

いつの間にかシェリーを移動させたアキラが傍に立ち、ひどく短い合図と同時に肩に手をかけ一息に引っ張った。肉の抵抗が伝わって声にならない絶叫を喉の奥で上げてしまう。

「…ッ、もうちょっと優しくやってくれよ。こっちにも心の準備が―」

「下手に構えられると筋肉が緊張して抜きにくくなるのよ。ほら我慢しろ。男だろ。」

手早くスーツの切れ端でガーゼを作り、傷口に巻く。幸いにも衝突の速度で生じた摩擦が肉を焼いており、出血はない。それでも1mmでも動くたびに苛んでくる痛みは避けようがなく、すぐに息が上がってしまう。せめて鎮痛剤があればなあ。

そして差し迫った問題がもう1つ。未だにグングンと進軍しているターミネーターの群れだ。しかし、意外にもあっさりと解決策は名乗り出た。

「私が足止めする。アンタはシェリーを連れてランデブーポイントに急いで。」

久々に聞く中尉としての声で命じたアキラは、両腿のXガンを引き抜いて迷うことなく駆け出した。ものの3秒で敵中に突っ込み、すぐに囲まれて見えなくなったが、ギョーンと間の抜けた音がした直後に爆発が起こり、ガッシャンガッシャンと鉄の骸が量産されていく。その間にもカザマは残った体力を振り絞って動いていた。

最早止せ、と言えはしなかった。どう足掻いたって自分にできるのはアキラに言われたことだけだ。いや、それができるかどうかすら怪しい。けれど、オレは命令された。託された。だったらやるしかないだろうが。

気を抜くとすぐにでも倒れてしまいそうな体を叱咤して、同じように灯が消えかかりそうな華奢な体を背負って歩を進める。どうやらここに来るまでに障害はアキラが根こそぎ取り除いたようで、そこかしこにマスクズの死体が転がっている。

これなら味方も無事だろう。先に回収地点に向かった仲間たちを安全を確信したカザマは、もう一度後ろを振り返る。有象無象の機械軍団がひしめく中心に、亜麻色の髪が踊るのを見える。奇しくもその背中はタクミが重なって見えた。




ピンときた方もいられるでしょうが、痛覚マスキングは「虐殺器官」から借用させていただきました。
脳の構造についてはさっぱりなので、勝手に理論っぽくしています(笑)
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